私の高校生活と奇怪なギフト
***
月日は流れ、私は十五歳になった。いわゆる、花も恥じらうお年頃ってやつ。むず痒いけれど、きらきらしている素敵な年齢だと思われがちだ。
けれど、そんな一般論は私には当てはまらない。
高校入学を機に、私は一人暮らしを始めた。
……と言うと聞こえはいいが、ようは親父に追い出されたのだ。
……と言うと、今度は人聞きが悪いか。
親父は、一人娘がひ弱な箱入り娘に思えて心配らしい。だから高校入学をいい機会にして、私に逞しく成長して欲しいのだろう。
とは言え。親父は私を無一文でほっぽり出したりしない。私は治安の良い地域の、セキュリティーのしっかりしている、高級マンションの最上階に住んでいる。私を住まわせる為に親父が買ったのだ。優秀なコンシェルジュが常駐していて、買い物もクリーニングも、母の日や父の日の贈り物の用意も、全部してくれる。
快適で、自由気ままな一人暮らし。楽園みたいだ。親父と離れられた。これで私の安眠は誰にも妨害されない。親父の口臭や脇臭を我慢する必要も無い。
苦労が人を成長させるとしたら、この生活で私はちっとも成長しないだろう。
……と思っていた、ところが。私はしなくても良い苦労をする羽目になるのである。
私が通っているのは、バカと貧乏人はお断りの、私立の進学校だ。教養と知性を備えた才子才女が集まっている。……筈だが、ハイティーンという素敵な年齢の魔法にかかってしまった、頭がお花畑の王子様やお姫様は、残念ながら少なくない。
なんと私は、そんなおめでたい人種と、高校に入学して一週間もたたない内に遭遇してしまった。
カフェテリアの日当たりの良い一角で、私が一人静かにランチをしていた時。頭も尻も軽そうな女学生たちに囲まれた。
「あなた、新入生? そこね、私たちの席なの。退いてくれる?」
鼻にかかった声で、つっけんどんに言ったのは、バービー人形みたいな、痛んできしきしになった金髪の女。化粧が下手くそだから、パンダみたいに目の周りが異様に真黒。
私は怪訝に思った。白いテーブルを見渡すけれど、予約席の印なんて何処にもない。私が黙っていると、女の背後から、学校のロゴの入ったジャンパーを着た、図体のでかい男が口を挟んだ。
「おいおい、そんなきつい言い方することないだろ。その子、怖がってるぜ」
「ええ? やだぁ、うそ、違うよぉ。勘違いしないでね。怒ってないの。知らなかったんだろうから仕方がないわ。次からは気をつけてね」
パンダ女はボイスチェンジャーを通したみたいに、声色を変える。タイトなミニスカートからはみ出しそうな、大きな尻をぶんぶん振って、図体のでかい男を見上げる目が、呆れてしまうくらい媚びていた。
パンダ女の、私をバカにした態度もさることながら、男どものにやけ面が癪に障る。けれど、ここで揉め事を起こすのは得策ではない。周囲の視線が束になって私に突き刺さっているのがわかる。
私は、パンダ女の顔面にトマトジュースをぶっかけてやりたい衝動と闘い、やりこめた。
パンダたちの阿呆面を視界から閉め出して、努めて冷静に言う。
「そう。次からは別のテーブルを選ぶわ。話しはそれだけ? 私、食事は落ちついてとりたいの。話が終わったなら、遠慮して欲しいんだけど」
言うべき事は言ったので、私は食事を再開した。
静かになったのは、せいぜい三十秒くらいだった。女たちのヒステリックな喚き声が響き渡り、私のランチタイムは台無しにされた。
ばんばんとテーブルを叩くパンダの手の甲に、フォークを突き刺してやれたら、どれだけすっとするだろう。しかし、そうするわけにもいかない。せっかく、机に齧りついて入学した学校だ。せっかく乗れた名門大学への架け橋から、こんなバカ女の為に飛び降りるのは絶対に避けなければ。
やりかえせないストレスで、私の胃はきりきりと痛む。すっかり食欲を無くしてしまった私は、残飯も食器もテーブルの上に置いたまま、ショルダーバッグを肩に引っかけて、その場を後にした。
たったそれだけのことで、私は不本意なことに入学早々、有名人になってしまった。
私は相手を立てたつもりだ。あれ以来、カフェテリアの特等席を利用していない。
それなのに、スクールカーストの頂点に君臨する上級生にたてついた、生意気な新入生と言うレッテルを貼られた。それは、ありがたいものではなかった。箔がついて、敬遠されるなら良かったのだが。
私は何処にいても悪目立ちしてしまう。目立ちたくないのに。
女子生徒の悪口や無視は、なんてことない。端から、仲良くするつもりはないからだ。私物を隠されたり汚されたりするから、ロッカーが使えないのは、ちょっと不便だ。でも、それだって慣れてしまえば、なんてことない。
女の反感より、男の興味を買ってしまったのが痛かった。バカな男どもの間でも、私は有名になってしまったのだ。面白がってちょっかいをかけてくる男が出てきた。悉く無視していたら、妙なあだ名をつけられた。
難攻不落の雪の女王様、だ。白雪姫の次は雪の女王である。
肩より長い黒髪をコテでくるりと巻いてサイドテールで結わえ、ブランド品で身を固め、言い寄る男たちをばっさばっさと切り捨てる私は、お高くとまった悪女に見えるらしい。否定はしないが。
誰が最初に私を落とせるかと、下品な賭けの材料にまでされていると言うのだから、本当にうんざりする。
さらに追い打ちをかけるように、気味の悪いことが私の身の回りで起こった。
ある朝、私は目を覚ました。起きて最初にすることは、バルコニーに続く窓のカーテンを引いて開けることだ。その日もそうした。そして、ぽかんとしてしまった。
バルコニーの手摺の上に、ネズミの死体が置いてあった。蚯蚓みたいな尻尾を見て、辛うじて、その肉塊がネズミだとわかった。殆ど原型を留めていない。灰色の毛皮はずたずたにされていて、頭は潰れている。
最初は、鳥の仕業だと思った。気分が悪かったが、それだけだ。私はカーテンを引いて閉め、いつも通りの朝を過ごした。出かける時に、ネズミの死骸を片づけるように、コンシェルジュに命じた。帰宅してから確認ふると、綺麗に磨かれた真鍮の手摺には、血の染みひとつ見当たらない。
それで終わりなら、私は気にしなかった。
ところが、次の日の朝も、ネズミの死骸を発見した。次の朝は、ネズミの死骸の隣に、甲虫らしき死骸のおまけつき。ネズミの死骸が二つに増えたり、小鳥の死骸に変わったり、増えたり減ったり種類を変えたりして、奇怪なギフトは毎朝届く。
ここは十階だ。鳥の仕業だろう。そうとしか思えない。けれど、流石に気味が悪い。
私の訴えを聞いたコンシェルジュは、バルコニーに監視カメラを設置することを提案した。私はそのアイディアを採用した。犯人の正体と、犯行の瞬間をとらえられれば、対策を練れるだろう。
ところが、カメラを仕掛けた翌日から、ギフトは届かなくなった。
コンシェルジュは、見慣れない機械を警戒して、鳥が近寄らなくなったのだろうと言った。一件落着ということになった。
犯人も犯行の動機も、わからず仕舞いだ。すっきりしないけれど、死骸の投棄が止んだのだから、追求しようがなかった。
朝、カーテンを引いて開けるたびに、私は考える。
監視カメラを設置した途端に、犯行はぴたりと止んだ。犯人は明らかに、カメラを避けている。人間の仕業なのではないか? しかし、ここはマンションの十階だ。ここまで登ってくるなんて、何者だ? 蜘蛛男か? あり得ない。