私の誕生日とちょっとしたハプニング
そうして、十歳の誕生日を迎えた。私の為というお題目で、盛大なパーティーが催される。
私は、黒いフリルが段々について、たくさんの黒いリボンが飾られた、あざといピンクのドレスを着せられて、髪をオモチャみたいにくるくるとカールされて、主賓席に座らされていた。
頭上から降ってくる、歪んだ笑顔。慇懃に振る舞いながら、どいつもこいつも、ショーケースに並んだアクセサリーを値踏みするような目で、私を見ている。
凍りついた水面のような感情の平穏と、動かない感情の欠落が、私の頭の先からつま先までを浸していた。
みんながみんな、隣の親父と私を、何度も見比べる。凶悪なガマガエルみたいな親父の娘には、とても思えないという意味だ。華やかに飾り立てた嘘の言葉より、鳩が豆鉄砲を食らったような阿呆面が、一番の賛辞だと私は思っている。
親父とママに挟まれた私は、行儀よくして、大人たちが、心にもないおべっかを言って、くるくる入れ替わるのをぼうっと眺めていた。
膝の上には、スノーウィが頭を載せている。スノーウィの同伴は、大人の事情という奴で、このくだらないパーティーに参加させられた私が、唯一つ親父から引き出した譲歩だ。
訳のわからない大人が犇めくところに連れて来られたスノーウィは、軽いパニックを起こしていた。
私はスノーウィを宥める為に、スノーウィの頭を膝に載せてやった。そうしていると、スノーウィは唸ったり、歯を剥いたり、吠えたりしなくなった。
そのかわりに、伸びあがって私の唇を舐めたり、クンクンと甘えた声を出したり、掌に濡れた鼻先を押し付けたりして甘えている。
スノーウィの柔らかい頭髪をくしゃりと掴むと、スノーウィは私を見上げた。本物の犬のように、感情の見えないグリーンの双眸が、きらきらして見えるのは、シャンデリアの輝きを瞳に映しているからだろうか。
涎にまみれた手を、スノーウィの白い髪で拭っていると、見知らぬ男が私の前に立った。
それは不格好な男だった。四角張った骨格にみっしりと肥え肉をのせており、背が丸い。肉の重さに押しつぶされたように足が短かった。顔立ちには青年の若々しさ、あどけなさの名残があるものの、生え際は敗走寸前の小隊もかくやという風に、だいぶ後退している。
目は小さくしょぼしょぼしていて、大きな鼻はつぶれていて、唇は分厚く幅も広い。
豚のような顔だと思う。男は腰を曲げて、私の顔を覗き込んだ。醜い。けれど、つぶらな瞳は澄んでいた。吸い込まれてしまいそうなくらい。
けれども、所詮はそれだけだ。男が何事もなく過ぎ去っていったなら、私はその男のことを数分後には忘れてしまっただろう。
男が何か言いかけたとき、親父が私の肩に手を置いた。私が振り返ると、男が見かけ通りに豚のような悲鳴をあげる。男は親父の部下である屈強な男たちに床に押し倒され、抑え込まれていた。
ママが弾かれたように席を立ち、私を背から抱きしめる。親父はママの細い肩を、いななく馬をなだめるように撫でて、椅子の背もたれに深くもたれた。
「やあ、はじめまして、刑事さん。悪霊の巣に単身乗り込んでいらっしゃった、勇敢なる殉教者に敬意を表して、ご要望を承ろう。さあ、どうやって殺されたい?」
またはじまった。親父に何らかの不利益を齎そうとする輩が、相応の仕返しをされるのは当然で、どのような結果がもたらされるのか、私に見せる行為を親父は教育と呼ぶ。
抑え込まれた男はたちまち、あおっちゃけた卑屈な面相で命乞いをした。
「ま、まって。まって。助けてください。ここで見たこと、聞いたこと、誰にも漏らしません。お願いします、助けて。どうか」
透き通る翅を千切られたトンボのように無様にのたうつ男を見て、私は鼻白む。刑事なんてタフな職業についている癖に、骨のない男だ。まだ爪の一枚も剥がされていないうちから命乞いをするなんて。
親父は足を軽く上げて、革靴の光り具合を点検した。温顔を崩さずに、ゆっくりと頭を振る。
「残念だが、ミスター・シンクレア。私が採用する君の意見は、処刑方法についてのみだ。君が決められないなら、私が決めてやろう」
水をたたえた水槽に穴をあけたように、シンクレアと呼ばれた男の顔から、みるみるうちに生気が抜けていく。
シンクレアは拉げ、床に投げ出した四肢を痙攣させた。絶望に濡れあえいでいる。親父は靴の角度を変えながら、光り具合をまた確認した。
黒服の男がアタッシュケースを携えやってくる。わざとシンクレアの目に入りやすいところでケースを開く。器具の正確な用途は、シンクレアにはわからなかったかもしれない。しかしその禍々しさは伝わった。シンクレアは瘧にかかったようにがくがく震える。目はこぼれんばかりに見開かれ、唇はわななき、歯がぶつかり合って、がちがちと音をたてている。
私のいる側からは、アタッシュケースの中身が見えない。興味をそそられて、私は席を立った。ママの手がこわばり、私の肩に重くのしかかる。不思議に思って振り向くと、複雑な表情をしているママの手に、親父がソフトに触れた。安心させるようにママにほほ笑みかけると、顎をしゃくって私を促す。
私はアタッシュケースを開く黒服の隣に立ち、器具を見せるように命じた。黒服は恭しくアタッシュケースを差し出し、私から見やすい角度に捧げ持つ。私が中身をのぞこうとすると、鋭い声が鞭声のように私をうちすえた。
「望みならある!」
意想外の事態に、私は竦み上がってしまった。黒服たちに押さえつけられたシンクレアが、昂然と頭をもたげている。
その顔は土気色で、唇はかみしめすぎて紫色にうっ血していた。けれど、怯える目の芯が毅然としている。その目でシンクレアは私を見た。その目が、確かにこう言っていた。
『なんて、かわいそうな娘だろう』
私はショックを受けた。この私が、屠殺寸前の豚に憐れまれた。
シンクレアは亀のように首を伸ばして、親父を見上げる。ぎりぎりと歯を噛みしめ、絞り出すように言った。
「その子を部屋にかえしてくれ。あんたらが仕出かそうとしていることは、いたいけなこどもの目に入れちゃいかんことだ」
親父が身を乗り出す。真珠のように白い、さし歯を剥いて笑った。
「それでいいのかい? この子が見ていなければ、どんなむごい殺し方でもかまわない?」
シンクレアは気圧されて、首を竦めた。沈黙の間に、考えうる限りの惨い拷問と処刑の想像が、シンクレアを苛んだ筈だ。そして実際に降りかかる災難は、確実にそれを上回る苦痛に満ちている。
シンクレアは項垂れた。床に額をこすりつけ、ふぬけた声で、しかし軽口を叩く気概を見せた。
「最も非道な殺され方は、回避させてもらったさ。ご親切にどうも」
親父が目顔で指図すると、黒服たちはシンクレアを引きずって行った。アタッシュケースを閉じた黒服がそのあとに続く。
居心地悪そうに押し黙る客たちに一礼して、広間の大扉を閉めた。
親父は上機嫌だった。あのシンクレアとか言う男の拷問と処刑は、親父自らプロデュースすることになるだろう。親父はあの気の毒な豚がお気に召したようだ。
夜も更けて、パーティーはお開きになった。私は寝支度を整えて自室のベッドに横たわる。ママは私の額にキスを落とし、消灯して出て行った。