今度こそ彼にハッピーエンドを 5
以前投稿した短編4作品の続編となっております。上記シリーズタイトルからとぶことができますので、そちらからお読み頂きますようお願い致します。
それは、ただの偶然だった。
珍しく外へ出ることが求められた日。
幾重にも重ねられた分厚いヴェールの隙間から見えたのは、親しげに顔を寄せ合って笑い合う彼と、彼女。
踝よりも短めに作られたまちむすめの為の軽やかなスカート。
高価な装飾品はひとつもないのに溢れんばかりに輝くお姫様。
それに寄り添う、軽装の彼。
露天をひやかし、お姫様が何かを指差す。
彼がそれを拾い上げ、代価を手渡し、そしてそっと手のひらの中のものをお姫様の手のひらに落とした。
遠くて、聞こえないはずなのに、鈴を鳴らしたような笑い声が聞こえた気がした。
引き摺るほど、長くとられた裾が急に足に絡みついてくるようだった。
重くて、おもくて。
何もかもが違う自分が嫌で。
私は、お姫様になれない。
こども達に時間を告げるチャイムが響く。
園部 凛はうとうとしていたことに気がついて、慌てて手元を見た。前衛的な模様が刻まれてしまったノート。
もちろん、美術の課題ではない。
「'•••寝ちゃった。どうしよう、これ。」
残念なことに見開きの左の頁。ちぎって捨てるには裏に書いた部分が惜しい。
「というか、課題、終わらない•••」
夏休みの終わるカウントダウンはとっくにはじまっているにも関わらず、ほとんどの課題が手付かず。
いつものことと言ってしまえばそれまでだが、今年は、凛1人で何とかしなければならない。
課題が終わらなければ、もれなく補習が付いてくる。
「•••もう、それでもいっか」
むしろ補習で予定が埋まってしまえば気が紛れるかもしれない、と考えてしまえば、なけなしのやる気さえも失われていくというもの。
そうして、天井に映った夕暮れの赤が闇に喰われていく。
「•••時間!」
待ち合わせまで、あといくらもない。
部屋着を脱ぎ捨てて、短めのワンピースを被って着替えは終わり。
髪の毛には目立つ寝ぐせはなかったはず、と軽く手ぐしをしれて良しとする。
財布が入るギリギリの大きさのかばんを掴んで、後は歩きやすいサンダルを足にひっかければ、準備は終わり。
「いってきます!」
ちらり、とはす向かいの家をみれば、電気はついていない。まだ誰も帰っていないらしい。
約束は、早瀬 優としているわけではない。
そもそも、帰っていない理由だって特別委員会があるからで。
それなのに、確認してしまうのは、もはや習慣になってしまっているからだ。
そんな自分を嗤って、凛は駅へと足を向けた。
小走りで急げば約束に間に合いそうだ。
「•••あれは?」
「却下」
「じゃあ、あれは!」
「わたし、ライダーになれないよ。」
「あれはどうだ!」
「•••魔法少女って年じゃないでしょ。」
「あれは!」
「••••••」
凛は滝山 晴の指の先を辿って、何度目かの溜息をついた。
「やっぱ、紙袋でいいんじゃない?」
「それだとただの不審者だろ!」
指の先には国民的ヒーローの敵役として有名なあの怪人。
「紙袋よりよっぽど怪しいと思う。」
溢れんばかりの人に、喧騒と熱気。
夏の夜を鮮やかに彩る提灯。
美味しそうな匂いが夜風に煽られ辺り一面に広がる。
「•••ここまで来る意味ってあったの?」
流されないように立つのも大変な人混みの中で、凛と晴はとある出店の前に陣取っている。
親に強請る子供よりもよほどしつこく店先にとどまる高校生の姿はあまりに浮いていて、無駄に目立っていた。
「お面といえば祭だろう?ちょうど祭がやってる時期でよかったな。」
新旧様々なヒーロー、ヒロインたちに、一世を風靡したキャラクター。
それは紛れもなく、お面屋さん。
「紙袋だったら家にあるのに•••」
ひときわ長くて大きな溜息が凛からこぼれ落ちる。理由なんて分かりきっているのに、なんでこんなことになったんだっけ、と遠い気持ちになることは止められなかった。
『騎士』である滝山 晴を『お姫様』である橘 綾奈に近づけないために、凛が打つことのできた最善の一手はそれしかなかった。
そもそも、晴と凛は別に友達でも何でもなくて。凛に歌ってほしくて、晴が付きまとっているだけの状態だった。
凛が断り、晴がそれを受け入れれば終わりになるはずだった関係。
そんな状態だったから、晴と綾奈との接触を防ぐ方法はあまりにもあっさりと見つかった。
そう、神様が仕組んでくれたみたいに。
凛は、自分の歌を引き換えに、晴の近くにいる権利を手に入れた。
「顔を隠すんだったら紙袋で十分でしょ。」
色んなお面がこちらを向いて笑っている。ずっと見ているとそれなりに不気味に感じる光景だ。
お面の視線を振り切るように、凛は晴を見上げる。
「折角ここまで来たんだからお面にすりゃいいだろ?」
堂々巡りである。
それなりに地元では有名な祭だ。
人混みと、夏特有の張り付くような空気に凛は気分が悪くなってきたのを感じた。
これ以上気分が悪くなる前にさっさと選んで退場するのが吉か、と凛はお面たちを見渡す。
「あれ。」
「ん?•••また微妙なの選ぶな。」
アメリカからやって来たクッキーを貪っているキャラクター。焦点があってないのはそのキャラクターだけではで、並んでる中で唯一こっちを見ていないところが気に入った。
「おっさん、その青いのと、そっちの赤いの、1つずつ!」
お面屋の店主は、店先に陣取っていた高校生がやっと決めたのか、と極めて迅速にお面を取り外して渡した。
「なんで、2つも買ったの?•••そしてなんで頭につけようとするの!」
「や、祭でお面買って持って帰るのってむしろ変だろ。」
晴は赤いほうを自分の頭につけ、青いほうを凛の頭にくっつける。
「はい、できた。2つ買ったのは凛が目立たないため。2人でステージに立つってのに、片方だけお面つきとかむしろ無駄に好奇心を煽るだろ。」
その通りだった。
晴が時たま見せる絶妙な配慮。
これが、凛の奥底に生まれた小さな罪悪感を膨らませる。
「•••そうだね、ごめん。」
「凛が歌ってくれる気になった理由は分かんねーけど、俺はとりあえず凛が歌ってくれれば満足なわけ。別に凛を顔で選んだわけじゃないし、凛が目立ちたくないってなら協力する。それだけだ。」
「うん、ごめんね。」
凛は、凛の我儘のために、『騎士』と『お姫様』の可能性を摘み取る。
惹かれてもおかしくない魅力を持つ晴と、綾奈を出会わせない。
「だから、別に謝ってほしいってわけじゃないんだけど?」
口角をあげて、笑みの形を作る。
「じゃ、ありがと?」
「それそれ。ま、礼を言われるようなことはしてねーけど。とりあえずどういたしまして。」
目は見れなかった。
「で、これからどうする?凛はメシ食った?」
目的はないが、逆らうにも体力を使うため、人の流れに乗って移動する。
「んー、人多いしわたしは帰、」
「•••めて下さい!」
高い声が小さく響いた。
と、いってもこの喧騒の中だ。それなりにはった声だったのだろうが、かき消されそうな大きさだった。
それでも凛が反応できたのには理由がある。
「凛、どした?」
不自然に言葉を切った凛に気がつき、晴は凛の視線の先を追った。
「あー、ナンパ?ま、祭だしな。それにしてもテンプレな•••ってあの制服、うちのだな。知り合いか?」
確かにありきたりな光景だった。
嫌がる女の子を3人で囲い、あまつさえ、その腕をとっている。
「なんかまずそうな感じだな。凛、ちょっとここで、」
予感がした。
凛は晴のTシャツの裾を引っ張って止めた。
怪訝そうな視線が降りかかる。
「やめて下さい!」
息を切らした、その声。
彼女をかばうように、男たちの視線の前に割り込んだ姿。
「連れが何かしましたか?代わりに話を聞きますが」
丁寧だが、しっかりとした声に通り過ぎるばかりだった人々の視線が集まる。
悪態をつきながら、男たちは逃げるように立ち去った。
戻ってきた祭の空気の中で。
不思議なくらいその声は凛に届く。
「橘さん、大丈夫だった?」
優しく、労わるような声。
「早瀬の連れか。何はともあれ大事にらならなくて良かったな。彼女か?」
晴の言葉になんて答えたのか、凛は覚えていない。
委員会、終わってたんだ、とか。
学校からだと家の方向と正反対なのに、とか。
一緒にお祭行こうって約束してたのかな、とか。
毎年、わたしと来てたのに、とか。
やっぱり、特別な関係に見えるんだ、とか。
色々なことがごちゃまぜになって、凛はお面を引き下げて顔を覆う。
もう、何も見たくなかった。
きっと歪んでしまっている顔を見られたくもなかった。
「ね、晴。ちょっと人酔いしちゃったから、わたし、今日は帰るよ。」
「え?凛大丈夫か?•••人混み苦手っぽいもんな。こんなとこ連れ出して悪かった。送る。」
早くここから離れたかった。
『お姫様』に気付いてしまった『騎士』を離したかった。
大丈夫、全てがうまくいっている。
神様が今度こそ、彼の味方をしてくれている。
今度こそ、きっとハッピーエンドを迎えられる。
それが『私』と『わたし』と願い。