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総合魔導学習指導要領マギノ・ゲーム  作者: 天川守
第3章 秋 ~戦いの季節~
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第96話

『敵、前衛。数は2。系統は創造系・収束系。身体・収束系と推定されます。ベストな系統は――』

「『陽炎』、状況シミュレート終了。待機状態へ移行」

『了解しました、マスター』


 『陽炎』を受領してから2日。

 その間に1試合消化したため、対『魔導戦隊』まで残り1試合、『アマテラス』には2試合となっていた。

 受領したばかりの新装備と今までの魔導機とは違う人格型AI搭載機という点。

 これらに慣れるために残された時間はそれほど多くなかった。


「さて、『陽炎』。どうして俺が切り上げたかわかるか?」


 メンテナンスヘッドに固定された『陽炎』へ健輔は語り掛けた。

 共に闘う相棒として重要なことの1つに双方の認識を合わしておく、というものが存在している。

 如何に齟齬を少なくするかで発揮できる力は大きく変わってくるのだ。

 いざという時の最大値を底上げするためにも日々のこういった積み重ねが大事だった。


『……申し訳ありません。該当する問題が見つかりません』

「簡単だ。その想定状況で呑気に情報を聞いたら落ちるからだよ。引き継いだデータは参照しただろう?」

『肯定します。……つまりは無駄な情報は省けということですか?』

「そういうことだ。今はまだ俺の戦い方について知って貰わないといけない段階だけど優先度の高いところにこの事は置いてくれ。出来るな?」

『問題ありません。全ての要望に応えられるように私はマイスターに設計されています』


 機械的な抑揚のない言葉だが偽りはない。

 『彼女』は自身をそういう物だと認識しているし、健輔もそうのように信じていた。

 相棒の様子に軽い笑みを漏らす。


「ああ、頼りにしてるよ。人の動きは俺がどうとでも出来る。お前は機械の正確さで俺を補助してくれたらいい」

『それが命令ならば必ず』

「よろしく」


 今までの戦いは健輔の感覚で進めている部分が大きかった。

 これからは『陽炎』の視点も取り入れて進める必要がある。

 我流で粗い健輔の戦法は早晩対応されてしまう危険性が常に付き纏う。

 手品は種が割れてしまえば、そこまでだからだ。

 『陽炎』の存在はただの強化された装備というだけではない。

 型の存在しない万能系の『形』を見つけることにも必ず役に立つだろう。


「再開するぞ。次は『天空の焔』との試合を参照して状況を算出しろ。疑問があったら教えてくれ」

『了解しました。任務を遂行します』

「頼んだ。ああ、後、気になったことは纏めておいてくれよ」

『はい。では、作業に入ります』

「おう」

 

 残り少ない時間は全てを有効に用いねばならない。

 健輔は『陽炎』に課題を申し付けて着替えを始める。

 すっかり馴染んだ制服に袖を通すと足早に待ち合わせ場所へと向かうのだった。




「おはようございます」

「おっす、おはよう」


 駅で優香と合流して挨拶を交わす。

 今日はクラウディアが試合のためいないが、最近は3人で登校することが増えていた。

 以前は機嫌が急降下していた優香も最近ではもう慣れてしまったのか、クラウディアとにこやかに会話をしている。

 圭吾が居たり、美咲が居たりと人数の上限はドンドン上がっていた。

 それでも常に優香は微笑みならが隣にいる。

 夏から変わってしまって健輔の朝。

 気付けば早起きも健輔の身体に染み付いてしまっていた。


「では、『陽炎』はまだAIの学習中なんですね」

「基本的な分は里奈ちゃんが完全にやってくれてたみたいなんだけどな。流石に俺個人に合わせる調整は自分でやらないとダメだからさ」


 優香の『雪風』もカスタム機より上位のAIが搭載されているが健輔の『陽炎』はそれよりもさらに1段階上の最新型である人格保持型だ。

 武装部分と頭脳部分で独立した機構を持つため、今後のバージョンアップにも対応しやすい。

 万能系という保有者の少ない系統で戦う健輔の能力を120%引き出せるように組まれた大山里奈渾身の最高傑作である。

 魔導機として格だけを考えれば健輔は学園でも3本指には入る領域だった。

 後はそれを健輔が活かし切れるのかが問題となる。


「私も笹山先生からお話だけ聞いていましたけど自己の判断に疑問を持てるのは凄いですね。戦術補佐として、万能系にぴったりの機能だと思います」

「まあ、教科書もない我流戦法もそろそろきついからな。時間が足りないから参考になるやつも俺では探せなかったからさ。そういう部分も補佐出来るようって里奈ちゅんが」

「日常生活まで補佐を、そういうことですね。新しい戦法の目安はあるんですか?」

「基本的なモーションの収拾から始めようと思ってる。やっぱり、砲撃、剣撃と動作は最適化されてるだろうから、そこから逆算して穴をつこうかな、と思ってる」

「それは……確かに労力が大変なことになりそうですね」

「試しに桜香さんからやってるんだがな……」

「姉さん、ですか。……何か収穫はありましたか?」


 モーションの収拾。

 健輔としては最終的には変幻自在にバトルスタイルを1流域で切り変えれるようにしたいのだが時間は有限だった。

 今年中の完成は不可能でも来年以降も見据えて準備だけは進めておくことにしたのだ。

 現在は有名魔導師、特に桜香のパターンを集めていた。

 試合前の対策も兼ねていたのだが、調べれば調べる程、テンションが急降下していく。


「お前のお姉さん、大概とんでもないな」

「とんでもない? どういうことですか?」


 人がほとんど見られない早朝の車内で2人は隣り合って座っている。

 僅かに見上げるような優香の視線に鼓動が高鳴るも、誤魔化すように咳払いをすることで心を落ち着けた。


「シルエットモードは、なんていうんだ。戦闘データから動きもコピーしてるんだよな」

「はい、それはお聞きしてます。試合のデータからよく再現できましたよね。すごいと思います」

「美咲にも手伝って貰ったからな。っと、話がずれたな、まあ、そんなものを使っているから動きというものに詳しくなったんだが、お前の姉さん、今年の試合は基本の動作しかしてない」

「え……」


 桜香のデータを集めて健輔が知ったのは基本に忠実すぎるということだ。

 教科書通りとは良い意味でも悪い意味でも用いられるが彼女の場合は良い意味だった。

 基本とは土台なのだ。

 これがしっかりしているか、組み方が甘いのかではその後の伸びが違う。

 しかし、それは土台としての強さである。

 九条桜香はそこからして違うのだ。

 基本に忠実、それだけで国内最強になっている。

 悪く言えば個性がないのだが、そんな高レベルで纏まった基礎を持っている魔導師を健輔は彼女以外には知らない。

 そういう意味では桜香はまだまだ魔導師として未熟だとも言えるのだから、これは恐ろしいことを暗示していた。

 

「優香の双剣スタイルは攻撃重視だからだよな?」

「はい、火力を手数で補うためでした。今は純粋に攻撃に重きを置いているためですけど」

「その分、防御が不安と」

「そこは仕方がないです。障壁頼りになりますけど、強度には自信がありますから」

「優香のやつを突破できるのなんてそんないないからな」


 葵は誰が相手でも紙のようにぶち壊すが普通はできない。

 健輔も1枚削れれば恩の字だった。

 基本的に突き抜けない限りは防御は攻撃に勝っている。


「桜香さんは両手剣。防御も攻撃も速度も普通に全部高いとか言う笑えない状態だからな」

「そう、ですね。真由美さんに見せて貰ったデータが何の役にも立たなかったですから」


 魔導能力評価が当然、桜香にも存在する。

 去年の段階のものため、今は間違いなくこれ以上なのだろうが、それだけでも絶望的な気分になるのだから、恐ろしい。


「優香の血縁に失礼だとは思うけど、怪物過ぎるわ」

「えと……、の、ノーコメントで」

「わかってるよ。悪い、悪口みたいだよな」

「あ、いいえ。そんなつもりじゃないのはわかってますから」

「そう言えば、『陽炎』なんだけど何かドラマとか――」


 暗い話題になりそうだったのを察して健輔は話を変える。

 学生らしい、テレビの話題。

 優香とにこやかに話す裏で健輔は桜香の評価を思い出す。

 真由美をして何の参考にもならないと言い切った世界最高クラスの魔導師の実力。

 『九条桜香――パワー:S、スピード:A、テクニック;S、ディフェンス;A、アビリティ:S』


 わかることはただ単純に強いと言うことだけ。

 元々、成績算出のための評価基準の限界をまざまざと健輔たちに見せ付けていた。

 これを超えなければ勝てない。

 暗欝とした気分になりながらも健輔は考えることをやめない。

 彼は優香の様に都合の良いタイミングで覚醒する余地は存在しないのだ。

 固有能力に目覚めることもおそらくないだろうと直感していた。

 順当に勝って、負けるしかできない。

 だからこそ、諦めることだけはしないと誓っていた。

 ――たとえ、ここでの勝利が更なる苦境を呼び込むとわかっていても。




「それで? 約束を完全に忘れて寮に置いてきた、と」

「すいませんでした!!」


 放課後、大量の荷物を持って部室にやってきた美咲に健輔は鮮やかな土下座を行う。

 前の『陽炎』で使っていた術式を新しい『陽炎』に合わせるため見て貰うことを頼んでいたのだ。

 快諾した彼女は大量の荷物を持って準備万端で来たのだが、肝心の『陽炎』さんが居られなかった。

 理由は語るまでもないだろう。


「もー、変なところで抜けてるわね! いつもは約束とか、きちんと守ってるのに」

「すまん。本当にすいません。浮かれて完全に忘れてました」

「……はぁぁ。わかった、もういいから頭を上げて? 居心地が悪い」

「本当にすまん」


 困ったように健輔を見る美咲と頭を上げようとしない健輔。

 美咲は助けを求めて剛志に視線を送る。

 微妙に笑いを堪えていた先輩は健輔を一瞥して、


「浮気がバレた彼氏のような一幕だったぞ」


 と変な事を言い出したのだった。


「か、彼? ち、違いますよ!」

「すまん」

「なんで下げっぱなしで反応しないの!」

「マジでごめん」

「わかったから、もう! 先輩も変なこと言わないで下さいよ!」

「ああ、すまんな。ただ、顔が真っ赤だぞ」

「誰のせいですか!!」


 混沌とする部室に颯爽と現れる一条の光。


「健輔ー! 新しい魔導機を見せなさい! 先輩命令で――ってなんで土下座してんの?」


 藤田葵、場を混沌とさせるだけなのか、それとも整理が付くのか。

 美咲は困った様な顔で今後の事態に頭を抱えるのだった。


「くひひひひ、そんな、り、理由で、ど、土下座してたの?」

 

 腹を抱えている女性は藤田葵、このチームのエースであり、ムードメーカーだった。

 対人特化の魔導師であり、固有能力まで保持している。

 本能で生きているような野性味溢れる女傑だった。

 

「男らしいわね、健輔。私は嫌いじゃないわよ」

「じゃあ、笑いすぎなのをなんとかして下さい」

「それはそれ、これはこれ、よ。女との約束をすっぽかして笑い話で済んでるんだからいいじゃない」

「笑い話じゃなくなる場合って……」

「私との約束を破るとか?」

「げっ」


 サーと血の気が引く。

 葵ならばリアルに起こりそうな辺り怖い。

 妙な説得力があるのだ。


「ま、それよりも転送術式で召喚すればいいじゃない。別にメンテナンス用の機器に繋いでいても可能でしょ?」

「あっ」

「抜けてるわね~。ま、私はそういうところも嫌いじゃないわよ。完璧なだけの人間なんてつまらないしね。からかい甲斐があるのは評価が高いわよ」

「お前は基準が面白いか、面白くないかしか存在しないだろう」

「失敬ね。ちゃんと他にも考えてるわよ。えーと、不快か、そうじゃないかとか!」

「……健輔、早く召喚してやれ」

「ちょっと!? 無視なの」


 じゃれあう2人を脇に召喚を試みる。

 現在も『陽炎』はシミュレート中だろう。

 念話を繋ぎコンタクトを取る。


『すまん、少し召喚したいんだが構わないか』

『……シミュレートから復帰します。……認識完了、了解。転送準備を開始します・3・2・1――0』

「来ますよ」


 先輩2名も健輔の正面に注目する。

 健輔の正面、机の上に魔導陣が現れて、その直ぐ後に『陽炎』が乗っていたケースごと転送されてきた。

 

『召喚完了しました。マスター、何か御用ですか?』

「ああ、こっちの美咲を登録しておいてくれるか? 術式関連の……えっと」

「マイスターで良いわよ。初めまして、ううん、よろしくね、『陽炎』」

『……検索完了、マイスター美咲、よろしくお願いします』


 その光景に固まっていた葵が再起動を果たす。

 面白そうににんまり笑うと、


「へ~、これが人格型なのね。私の『餓狼』とはまた違うわね」

「お前の『餓狼』はしゃべらないだろうに」

「そうなのよねー。ちょっと、失敗したかな」


 術式認証用のキーワード承認などは行うが話せない葵の魔導機『餓狼』。

 全機能を戦闘に割り振っている弊害だった。

 葵はシンプルに完成しているため、ただひたすらに己を積み上げるだけで強くなる。

 だからこそ助言者としてのAIが必要ないのだ。


「私は私だから、AIは入れなかったっけ……。うん、健輔のやつみたいに可愛いのだったら欲しかったわね。大切にしなさいよ」

「相棒を粗雑に扱ったら勝てる試合も勝てないですよ、わかってます」

「だったら、いいけど。ああ、そうだ新しい魔導機が来たんだったらこれを渡しておくわ」

「これ?」

「健輔、そろそろ誕生日も近いでしょう? ま、前祝いってことで」

「まだ10月で誕生日11月なんですけど……。それって口実ですよね?」

「ええ、ま、受け取りなさい。『餓狼』」

『転送』


 葵が一言呟き、何かを転送する。

 送り出す相手は健輔の『陽炎』だった。

 

『データを受信します。……戦闘データを頂きました。マスター、これでより精度の高い再現が可能です』

「戦闘データって……。葵さんいいんですか? 前は100年早いとか」

「そりゃね。私の動きを再現したいからデータくれ! とか、流石に虫がよすぎるわよ。こういうのは努力してからじゃないと」

「では、俺もやろう。今のお前ならこれに振り回されることもないだろう。九条桜香に勝利するには少しでも札が欲しいだろうしな」


 健輔は1度葵にデータの提供を頼んでいた。

 バッサリと断られたがあれは夏休み前である。

 シルエットモードの原型すらまともに出来ていないころには早すぎる頼みだった。

 しかし、今の魔導師として自己の形をしっかりと持っている健輔には問題はない。

 葵はそのように判断したのだ。

 それは彼女が本当の意味で後輩を認めたのかもしれない出来事だった。

 剛志も同じように健輔に向かって自分の努力の結晶を譲り渡す。

 新しいデータに目を輝かせる健輔には事の重大さがわかっていなかった。

 ある意味で自分自身とも言えるものをチームメイトとはいえ、他人に全てを見せたのだ。

 信頼が無ければ出来ない行為である。


「結果が出るかはわからんがやらんよりは良いだろう」

「あ、ありがとうございます!」

『データを受信しました。マスター?』

「おう、帰ったら検討だな」

『では、整理だけ進めておきます』

 

 今までの健輔の行いが先輩たちからの信頼を勝ち取る要因になったのは言うまでもない。

 諦めず直向きに上を目指す後輩へと手向け、それが今回の戦闘データの提供だった。

 葵たちを皮切りに続々とデータが集まってくるが今の健輔は、葵たちのものを如何に活用するのかで頭がいっぱいだった。

 次から次へとやってくる難問たちに頭を悩ませていたのが嘘のような変わり身である。


「葵さん。男の子って単純ですね」

「そりゃねー。でも、そこが可愛いんじゃない」

「私はそこまでは……」

「なあ! 美咲、この術式と先輩のデータを合わせて――」

「はいはい、慌てなくても逃げませんよー」


 美咲はしゃぐ健輔に少し呆れた様子を見せる。

 しかし、そこには先程までの不機嫌な様相はなく、困ったように手を引かれていた。

 まだまだ上にいける。

 桜香への不安やまだ見ぬ敵を恐れる気持ちはこの一時だけでも健輔の中から消えていく。

 いつか必ず対峙する時は来るのだ。

 今はまだ、向き合うものではないその思いに背を向けて健輔は駆け出す。

 今日まで紡いできたものが必ず花を咲かせると信じて。


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