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総合魔導学習指導要領マギノ・ゲーム  作者: 天川守
第3章 秋 ~戦いの季節~
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第94話

 万能系の弱点とはなんだろうか。

 今更のことであるが、健輔は常にそれを自問している。

 健輔はあまり勉強が好きではなく、身体を動かすことにもあまり興味がない男子高校生である。

 自分を普通と称して、積極的に活動を行ってこなかった彼だが断言できる利点が1つ存在する、

 それは好きなことには全力を投入出来ることだ。

 いやな事も魔導のためになら、遣り切る。

 そんなやつはたくさんいると言われるかもしれないが得てして継続することは難しい。

 一時の熱量を維持できるものは少ないのだ。

 火が付くのこそ遅いが1度加熱すると燃え続ける健輔はそれはそれで稀有な才能だろう。


「こいつ……、俺とは全然違うぞ」


 健輔が改めて万能系について問い直した理由、それは対戦相手にある。

 正秀院(せいしゅういん)(たつ)(よし)、健輔と同学年で試合に出ている万能系だ。

 ここまで意識して試合を見てこなかった健輔だが対戦を目前にして封印を解除した。

 万能系同士の対戦など世界を探してもレアな事象なのだ。

 対策は自分で考えるしかない。

 どんなものが出てきても恐れない気持ちで映像を見た。

 そして、決意はあっさりと崩れることになる。


「これは……」


 自画自賛になるが健輔は自分の万能系の戦い方に自信があった。

 万能系の正当な、王道たる戦い方はこれしかないだろう、そう思っていたのだ。

 大きくかけ離れた戦い方のはずがない、と。

 

「バックス系統主体……こいつ」


 バックス系統だけは系統の習熟度よりも本人の力量、頭の良さなどが重要になる。

 式への理解、知識の豊富さなどでカバーが可能なのだ。

 後は、年月をかければ技量は上がる。

 正秀院龍輝の万能系の使い方はバックス技能を補佐する形でのものだった。

 この違いは大きい。

 健輔も『明星のかけら』との戦いでバックス系の重要さは理解していたが意味合いが違った。

 健輔は戦闘の補助としてバックスを用いようと考えているのに対して龍輝はバックスの補助に戦闘を使っている。

 戦うバックスとでも言うべき戦法だった。


「これは、美咲に相談だな」


 餅は餅屋へ、自分では表面上しか読み取れない。

 あっさりと白旗を上げた健輔は美咲に相談するため、連絡を送るのだった。




「健輔の予想はあってるわよ。この人、バックス系の方が主体ね。能力自体は健輔とそんなに差はないけど、なんていうか術者の力量が違うから結果が変わってるわ」


 翌日、急な願いだったにも関わらずデータを確認してくれた美咲の言葉はそんなものだった。

 

「戦闘中に味方の攻撃の威力が上がったり、砲撃が掻き消えたりしたのも?」

「そう。前者は普通にバックスとして、後者は健輔も考えてた流動系の応用じゃないかな」


 流動系は魔力の流れを操る系統だ。

 固定されたものを解除するのが普通の使い方だが、戦闘にも応用できるのではないかと健輔は考えていた。

 真由美クラスの高エネルギーだと焼け石に水にしかならないが、普通レベルならば逸らすなりなんなりに活用できる可能性がある。

 健輔は魔力を散らすといった方向性で活用することを考えていたが、相手は発動した式を書き換えれるレベルにいるようだった。

 バックスとしての基礎技能に差がありすぎて健輔に再現は難しいだろう。


「うん、私たちにも負けないレベルだ。多分、魔力を散らしたって感じかな。この人そっちの方が適性が良いみたい」

「なるほどな。これは想定していた戦い方はダメだな」


 似ているようで傾向が違う。

 自分と同じ感覚で対峙するのはまずい。


「でも、参考になったかな。健輔はこれとは別の形になるけどバックスを用いるって発想のヒントになる感じ、ちょっといい感じのが湧いてきた」

「お、てことは?」

「新しい術式を考えてみる。頑張って『魔導戦隊』に間に合わせるようにするね」

「サンキュー。それと後は新しい『陽炎』だな。これで今よりもやれることが増える」


 今よりも柔軟にそして素早く、自分を切り替えて対処に当たれる。

 バックスをそのまま持ち込むのは健輔には出来そうにない、ならば遣れる形で持ち込めば良いのだ。

 龍輝のバックス主体の戦闘というのは良いヒントになった。


「手間かけて悪い」

「チームメイトなんだから、そういうこと言わない! 負けたら承知しないわよ」

「はいはい、ご期待に添えるように努力しますよ」

「返事は1回!」

「はい」

「真面目に!」

「理不尽だな!」


 敵の予想外のあり方にうろたえたがそれが新しい道を拓くことにもなった。

 己の新たな剣に思いも馳せて、健輔は万全の準備を進める。

 彼に優香が『明星のかけら』で見せたような都合よく覚醒する才能はない。

 敗北に沈む時、それは健輔が事前に準備したもの全てが歯が立たなかった時だ。

 そんな強敵が存在しているならば、全霊を賭して猶届かない可能性がある。

 一抹の不安を感じるも、手を止めることだけはしないのだった。




 自在に進路を塞ぐ魔力で出来た糸。

 彼――高島圭吾が操る最大の武器にして最高の盾たる相棒は周囲を囲む魔力球のことごとくを灰燼に帰す。

 攻防一体、特定の条件を満たした状態ならば健輔にすら勝利した糸の監獄。

 能力を極めた時には嵌れば抜けだせない格上殺しにもなりうる可能性を秘めた技だった。

 とはいえ、未熟な今の段階では夢物語にすぎない。


「ほいよ、次だ」

「はいっ!」


 和哉との日課たる訓練。

 圭吾と和哉の思惑が完全に一致したからこそ続けられているこれは圭吾が負け越していた。

 和哉はチーム内でも目立たない凡庸な魔導師だ。

 健輔と1対1で戦えば10回中7回は健輔が勝つ。

 和哉がチームを活かすための魔導師であるためでもあるが、非力な存在だと言っていいだろう。

 もし、それで彼を甘く見れば食い破られるわけだが。

 

「ほれ」

「ぐっ」


 試合ではあまり見せない、槍型に形成された魔力。

 圭吾の障壁を貫き、ダメージを与えてくる。

 貫通効果、相手の魔力を中和して障壁を擦り抜ける技術だ。

 創造系ならば、そういう状態の魔力を生み出すことは難しくないが和哉の様に無造作に生み出すことはできない。

 では、何故和哉がそれを可能なのか。

 簡単である、彼は『魔力の生成に特化した魔導師』なのだ。

 創造系は汎用性が高い系統である。

 しかし、その代わりに爆発力に乏しい。

 これは正しいイメージなのだが、いつまでも汎用性が高いわけではない。


「ちと、イメージが甘いな。糸に引き摺られすぎだな」

「はあっ……はあ……あり、がとう……ございます!」


 サラが代表的な例だが、1部の要素に特化したイメージを持つことで桁はずれの効果を得ることが出来るようになる。

 サラならば『障壁』、立夏ならば『剣』、そして和哉は『魔力』。

 魔力を生み出すと言っても無限の魔力などといったものではない。

 魔力球を生み出すなどもそうだが、最初から加工した状態で創造するのだ。

 強力ではないが、チームの脇を埋める能力と言えるだろう。


「創造系はサブでも特化すれば問題ない。お前さんは糸しか作らないんだろうし、もっとイメージを研ぎ澄ませよ」

「はい!」

「小器用だからか、ちょっと糸って言葉に引っ張られすぎだな。あくまでもあれは魔力で作っているのを忘れるな」

「了解です!」


 幾度も聞いた和哉からの忠告だがどうしても圭吾はイメージの切り替えがうまくできなかった。

 切れない糸をイメージするのは出来るのだ。

 問題はそこから切れる糸へイメージを切り替える事が出来ない点にあった。

 1度固めたイメージに引き摺られる、それが現在の圭吾の課題である。

 柔軟にイメージを切り替えれる、圭吾が健輔を羨ましいと思っている点だった。


「健輔にもコツを聞いたんですけどね……」

「当ててやろうか? そんなものなかったんだろ?」

「わかりますか」

「あいつは葵と似ているからな。去年、葵にどうやって砲撃を察知してるんだ、と聞いたら勘と答えられたのと同じだ」


 真面目に考えるとアホを見るのがセンスで生きている類の人間たちだ。

 ご多分に漏れず、健輔もその類だった。

 圭吾は1年生内で1番戦力になっていない。

 焦りを覚えるタイプではないので表面化はしていないが内心に悔しさはあった。

 優香や美咲はともかく、健輔には負けたくない。

 幼馴染で親友だからこその意地でもあった。


「お前さんは良い弟子だから、あまり手が掛らず嬉しいよ」

「どうも。では師匠、手の掛る弟子とは?」

「言うまでもないわな。お前の親友だよ」


 己の出来る範囲を見極めて圭吾は手を伸ばす。

 明日の試合も彼は出場することになっている。

 本命前の2戦で自身をどこまで持っていけるか。

 圭吾は残り少ない時間を効率に使うため、再度の訓練を和哉に申し出るのだった。

 



「そう、そっちも勝ち進んでるんだ。よかったよ」

『そっちはもうすぐ本番なんでしょう? 桜香は強いわよ。油断してるとあっさり終わるでしょうね』


 ハンナの言葉に真由美は苦笑する。

 香奈子との戦いの事をどこからか聞き付けていたようである。

 ライバルが1撃で落とされたと聞いたのだ。

 心中穏やかではないのは当然だろう。

 あれに関しては一切、弁解の余地もなく真由美の責任である。

 可能性を考慮に入れながらありえない、と常識(・・)で選択肢を省いてしまったのだから。


「ハンナ、怒ってるでしょう? ごめん、謝るから機嫌を直して」

『あら? なんで私が怒ってると思うかしら?』

「赤木香奈子、あれは油断だったわ。きちんと警戒していたら1撃で終わることはなかった」

『……そうよ。まったく、早奈恵から聞いた私がどれだけ驚いたかわかる?』

「わかってるよ。慢心しておりました。――でも、1つだけ。香奈子さんはあなたの眼鏡にも叶うわよ。世界大会に来たら面白いかもね」

『ふふ、そう言うなら楽しみにしておくわ。じゃあ、そっちも元気でね。――無理はしないように』

「っ、ええ。あなたもね」


 通話を終えて溜息を吐く。

 ハンナが声から悟れるくらいには疲労が出ているようだった。

 ようやく半分というところだがレベルの上がった大会は予想以上に真由美に負担を強いていた。

 チームのリーダーに課せられるプレッシャーは並ではない。

 弱音を下に見せる訳にもいかず、常に余裕のある態度を見せるのは真由美をしてきつかった。

 最強という偶像を纏い続けられる桜香はやはり、優秀なのだろう。


「『魔導戦隊』もそうだけど……。『アマテラス』……どういう布陣で行こうか」


 魔導戦隊のゴーレムを1人で止めれると言ったが実際のところは2人掛りでもギリギリだろう。

 わざわざ不安になるようなことを言う必要はないため、誤魔化しているが葵辺りには気付かれている可能性があった。


「やるだけやる。結局、いつも結論は同じなんだよね」


 施設を後にし、帰路へとつく。

 真由美がその場を離れようとした時、


「どうも。お疲れだね、真由美」

「……立夏ちゃん」


 級友が声を掛けるのだった。


「ごめんね? こんなところで急に声をかけて」

「それは別に気にしてないけど、どうしたの?」

「ちょっと、提案があってね。そっちに受けて欲しいなってさ」


 立夏が真面目な表情となり、背筋を正す。

 わざわざ、そこそこ遅いこの時間に真由美を探してきたのだから、ただ会いに来ただけではないことはわかっていた。

 しかし、意図が読めない。

 既に立夏たち『明星のかけら』とは決着がついている。

 今後は決定戦か世界戦に出場しないと絡むことはないだろう。

 

「そんなに警戒しなくていいよ。そっちにも旨みのあるお話だから」

「立夏ちゃんのところは怖いからなー。私も少し騙されそうでつい警戒しちゃう」


 友人同士の軽口。警戒しているのは事実だが悪い結果になるとは思っていなかった。

 むしろ、この状況を変えるのに役に立つはずだと僅かな期待感すら感じている。


「もう、そんなのじゃないわよ。提案、私と戦った2人、少し面倒見て上げようか?」

「へ?」


 面倒をみる。

 言葉の意味をそのまま捉えるなら大変なことになる。

 稽古をつけてやろうと提案しているのだ。

 対『アマテラス』が主眼の『明星のかけら』。

 これ以上は存在しない最高の練習相手だと言えるだろう。

 だからこそ、真由美は驚いた。


「……どういうこと?」


 怪しいなどというものではない。

 敵に塩を送るなどというレベルではないのだ。

 クラウディアの時とは事情が違う、立夏たちにこちらから差し出すメリットはないのだ。

 健輔たちの実力調査、しかし、それが目的ならばこんな回りくどいことは必要ない。


「ま、警戒するよね。でも、本当に他意はないよ。純粋に応援してる。そろそろ、誰かが桜香を負かしてあげないと、あの子が可哀想だからね」

「……ふーん、当て馬かな?」

「間違ってないけど、勝てるなら勝って欲しいと思っているわよ」


 見つめ合う2人、先に折れたのは真由美だった。

 実際、メリットは大きいのだ。

 桜香に経験が足りなかった時期とはいえ勝利したことのある立夏の力は並ではない。

 直接、戦い方を仕込んでくれるならこれ以上ないほどに頼もしい。


「わかったよ。ただ、やるなら『魔導戦隊』が終わってからにして」

「了解。連絡をくれたら直ぐにいくから」

「はああ……」

「大きな溜息吐いてどうしたのよ?」

「立夏ちゃんのせいじゃない……」

「え?」

「もう、本当に天然さんなんだから……」


 先程までのクールな表情ではなく少し崩れた立夏に僅かに安堵する。

 どうして国内の大会でこんなに神経をすり減らすのか、愚痴りたい気持ちを抑えながら何やら慌てている立夏をからかうのだった。

 本人の知らぬところで直前対策訓練を導入される健輔と優香。

 これが『アマテラス』打倒に繋がると信じて心を鬼にする真由美であった。


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