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総合魔導学習指導要領マギノ・ゲーム  作者: 天川守
第3章 秋 ~戦いの季節~
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第88話

『第1レースの皆様が位置に付きました! では、カウントダウンを開始します!』

『3~』

『2!』

『1~』

『0!』


 実況の声が重なる形でスタートは切られる。

 『クォークオブフェイト』の先陣たる3人は静かに飛び立つ。

 まずは単純な速度勝負から始まる。

 ならば、この中で1番速い人物たちは決まっていた。


「葵、前に出るぞ。真由美は後ろからこいよ?」

「了解」

「お兄ちゃん、頑張ってねー」


 2人が先行するのを見送った真由美は背後へと視線を移す。

 飛行の錬度と、相手の行動から次の動きを考えるためだ。


「ふーん、なるほどね」


 少しだけ観察してみてもわかるほど空中での動きが粗い。

 3年生ではないだろう、だが姿勢制御の錬度から考えると1年生でもない。

 砲撃体勢以外の空中動作は1年生では練習しないのが『ツクヨミ』だ。

 余程の規格外でなければ1年では高速飛行など出来ないだろう。

 しかし、それなりに飛べているのなら話は変わってくる。

 どこかできちんと練習をしたことがあり、ある程度の経験もある年代となる。


「2年生かな。でも、動きからして次代の頭ってわけでもないね。良くも悪くも普通」


 敵の狙いには予想が付いた。

 課題までの攻撃が禁止されているのは第1レースまでだ。

 以後は自由に攻撃が可能になる。

 こちらの走者を考えて負けても痛くない、もしくは負けた方が良い走者をぶつけてきたのだろう。


「ふーん、私の考えは読まれちゃったのか。これはちょっとあれかな。剛志君たちはきついかも」

 

 第1レースを全て落としても第2レースで取り返せばイーブンだ。

 プレッシャーをかける意図もあったが、完璧に読まれている。

 そうなるとこちらが期待出来るほどの効果もないだろう。

 やり慣れている、と真由美は警戒レベルを1段階引き上げる。


「やっぱり、しんどそうな相手だね」


 課題が終わった時に必ず仕掛けてくる。

 真由美は応戦の準備だけは進めておくのだった。


「あれか」


 先行した隆志たちがチェックポイントに到着する。

 今だに他の4名は遥か後方、圧倒的なリードだった。


「私が行きますよー」

「頼む」


 葵が空中に浮かぶ立方体状の浮遊装置のボタンを押す。


『はい、チェックポイントの通過を確認しました。2人を承認します!』

『では~課題の発表です~。じゃ、じゃ~ん、第1課題はターゲットを潰せ、です』


 実況の発表にしたがい大量の得点が描かれた魔力が現れる。


『制限時間は1分で~す』

『その間に1000点以上を獲得すると課題はクリアになります!』

『では~、スタート~』


「おらあああ!!」

 

 自律稼働を始めた魔力球を逃さず葵がゴミに変える。

 課題の難易度は原則高くない、ごく稀にやばいものもあるが基本クリア自体は簡単なものが多い。

 レースルールにおいてここまでなど前哨戦にすらならない。

 課題の攻略により、攻撃は解禁される。

 これは両チーム同時に、である。

 ただ魔力を使って空を飛んでいても専用フィールドでもなければ盛り上がりに欠ける。

 

『獲得ポイント1500点、満点です! クリアおめでとうございます。よって、今から両チーム攻撃が解禁されます!』

『は~い、どうぞ~』


 間延びした実況の声が全ての魔導機に対人攻撃を解禁するコマンドを送る。

 受諾されると同時に、後方から葵たちに向けて閃光が放たれるのだった。


「はんッ! こんなの私に効かないわよ!」


 野性の勘で付きだされた拳は相手の1撃を消し飛ばす。

 隆志は射線を誘導することで回避していた。

 第1射はうまく凌いだ2人、しかし、距離と数で彼らは劣っている。

 このまま撃ち合いをされると早晩限界が来てしまう。


「先に進むぞ」

「了解、私たちはちょっとでも時間を稼いだ方が良いですしね」

「理解が早くて助かる」

「……褒めてます? それ」

「当たり前だ」


 背後の敵をまったく気にせずに彼らは進む。

 何せ背後には頼れる彼らのリーダーがいるのだから、何の問題もないのだ。

 『ツクヨミ』は強い。

 レース系での経験、バックスなしので遠距離攻撃を可能にする錬度。

 そして高い火力と耐久力。

 だが、これら全てが彼女には意味をなさない。


「う、うわあああああ」

『厚井選手撃墜! 砲撃ごと飲み込まれる。如何なルールであろうが『凶星』の放火から逃れられない!!』

『きゃ~真由美さんかっこいい~』


「桜庭っ!」

「わかってる!!」


 開幕の3連射で放った砲撃はその全てがあっさりとスカされてしまった。

 彼らとて2年間『ツクヨミ』で砲撃のみを鍛え上げてきた猛者たちである。

 能力的な意味で不足はない。

 砲撃型としてなら他のチームで直ぐ様に一線を張れるレベルなのだ、弱くはなかった。

 弱くはなかったが、運はなかった。

 真由美と敵対していること、それ自体が大多数の砲撃魔導師にとっては既に悲劇なのだということを彼らは身を持って知ることになる。


「逃がさないよ」


 一言呟くと一瞬にしてその砲撃が彼らの全力を容易く上回る領域へと変貌を遂げる。

 知識で知っていることと体感するのは違う。

 同系統、そして同じスタイルを歩んできたからこそ、彼らは直感する。

 ――勝てない、と。


「う、うおおおおおお!」

「待て、幾島っ!!」


 1人の選手が決死の表情で真由美に突貫する自爆覚悟の近距離砲撃、それで一矢報いようというのだ。

 

「甘い」

「なっ……」

 

 5重展開された障壁は相手の通過を許さない。

 障害物としての障壁はサラが用いていたものだ。

 彼女程ではないが『リミット・ブレイク』――収束限界を失くす固有能力を持つ真由美にも猿真似程度なら可能だった。


「私に自爆を決めたいなら転送陣ぐらい使いこなして貰わないとダメだよ」

「くっ、く――」


 最後まで言い切ることなく光に沈む。

 これが明確な格上と何の策もなしに当たった時の当然の光景だった。

 ましてや、戦い方まで同じならより優れた方が勝ち残るのは自明の理である。

 ツクヨミのリーダー朝倉孝介はこうなることがわかっていた。

 そして、参戦していた3人も覚悟していたのだ。

 覚悟はしていたが想定が甘すぎた。

 彼らが仮に第1射で攻撃を選択するのならば、相手は真由美だけを狙うべきだったのだ。

 しかし、普段通りの動きが彼らの思考を縛ってしまった。

 いつも通り、前衛を狙おう、と。

 第1射で真由美を落とせる可能性も限りなく0に近いがそれでも今よりは勝率は高かっただろう。


「ま、まだだ!」

「あんまり付き合ってあげるのもあれだけど、このレースは貰うよ」


 現れた凶星群が相手を蹂躙する。

 圧倒的なまでも暴力の具現、これが『終わりなき凶星』――近藤真由美だった。




「仁さん、やはり」

「そうだね。『ツクヨミ』も予想していたとはいえこれは辛いだろう」

「ポイントは総取り、時間すらもほとんど真由美さんたちのものですね」


 真由美に対する必死の抵抗続けるが焼け石に水だった。

 徒労というよりも意味すらほとんど存在しない。


「もはや、ここでの体勢は喫した流石の『ツクヨミ』も同系統で上位の魔導師を倒すことはできない」

「正統派だからこそ、盤面を覆すこともできない」

 

 『ツクヨミ』は小細工をしないし、できない。

 彼らはその火力と絆で撃ち抜くだけなのだ。

 善し悪しはともかく、それだけは完璧に磨き上げている。

 それでどうにもならない状況はどうにもできないのが彼らなのだ。


「まさに運が悪い。真由美君は参加メンバーを見たらわかるが確実に取りにきているしね」

「計算通り、そういうわけですか」

「うん、もしかすると第2レースで決まる可能性もあるな」

「……ここまでとは」


 第1レースに全力を投入して優位を確定させておくことで後続にプレッシャーをかける。

 葵を意図的に活用させないという思惑もあっただろう。

 幾度かの試合でデータは既に出ているし、隠蔽するのにそこまで意味がないがわざわざ提供する必要もない。

 特に近接魔導師の動作パターンなどは全て掴まれると致命的な事態となる。

 葵の不満にならない形で行動を制限する意図もあったみるべきだろう。

 真由美1人でも圧倒出来るところにわざわざ葵を置いたのはそれが理由だ。


「しかし、『ツクヨミ』もきちんと対応しているな」


 一方の『ツクヨミ』も真由美にただ蹂躙されたわけではない。

 相手の出場順を予測して適度な札を当てている。

 彼らも真由美相手に同じ舞台に昇って勝てるとは思っていなかったのだろう。

 地味だが重要な駆け引きが裏で行われている。

 それを感じ取った仁は頭痛を禁じ得なかった。

 どちらも厄介なチームだと再確認出来てしまったのだから。

 特に旧友で元チームメイトは頭痛の種である。

 味方ならば頼もしいが敵の時は最悪の存在なのだ。その辺りは仁も良く知っていた。


『桜庭選手、撃墜! 第1レースは全ポイントをチーム『クォークオブフェイト』が取得することになります』

『6ポイント進呈しま~す』

『第2レースに移ります! 第1試合先取により、『クォークオブフェイト』からスタートとなります!』

『その後に10秒遅れで、『ツクヨミ』です~』


「重要なのはここだな。『ツクヨミ』も主力を揃えている」

「……」

「ふ、厄介なチームだよ。僕たちでは荷が重いのは事実だね」

「ここからどうなると思いますか?」

「1番、動きが激しくなるのがここからだね。最後も厳しいだろうが、後がない『ツクヨミ』にとってはここが正念場だ」


 第2レースを完璧な形で勝利するか、最低でも1位で通過しないとその時点で勝利は遠くなってしまう。

 

「後は、如何に『クォークオブフェイト』の心の隙間を付けるか、だね」

「心の隙間、ですか? 油断などはないと思いますが」

「油断ではないよ。第1レースを完璧な形で取っているんだ、心のどこかで少しぐらいなら負けても大丈夫と思っているかもしれないだろう?」

「なるほど、負けられない『ツクヨミ』とそこが明確な差になる、ですね」

「精神論かと笑われるかもしれないが、最後にはそういうものがあるのもまた事実だ。気持ちで負けていては話にならない」


 剛志たちもほいほい油断してやられるような人物ではない。

 日頃培った経験とこれまでの土台、環境。

 戦いにはあらゆるものが影響するのだ。

 絶対的な格上と言うのは人間対人間では成立しない言葉だろう。


「共に同じ土台があるのだ。どちらに転んでもおかしくない」

「はい、しっかりと見ておきます」


 仁たちの視界にはぶつかり始める第2レースの様子が見える。

 手に汗を握る、今目の前にいるチームと戦うことになるのだ。

 仁は何度その瞬間がやってこようとも慣れることはない、と小心者な自分を心の中で笑うのだった。




 閃光がコースを両断するかの如く放たれる。

 先行してスタートした剛志たちは初めから後ろを取られた状態となる。

 光速の1撃、避けること叶わない光の束は容赦なく彼らを狙い撃つ。

 

「ぬんッ!」

「剛志、右!」

 

 真希の言葉に従い、剛志は僅かに身体を横にずらす。

 後方の敵を捉えた真希が一条の光を放つ。

 『ツクヨミ』の敵魔導師を正確に狙い済ませた必中の一閃、


「っ、ダメね」

「やはりか」


 確かに攻撃は命中し障壁を3枚貫通したが、残り2枚を突破できなかった。

 攻守に優れた魔導師たち、それが『ツクヨミ』だ。

 ましてや3年生の主力陣は真由美には劣るが侮ってよいレベルではなくなる。

 障壁などの展開枚数はいくつか取り決めがあり、創造系を持たない魔導師は最大で5枚まで展開できるようになる。

 当然、彼らはそのラインを満たしているし、火力もまたそのレベルの相手を1撃で沈めるレベルだろう。


「高島、防御を頼むぞ」

「了解です!」


 張り巡らされた糸の結界に、浸透系で作られる水の壁。

 今回の圭吾は徹底的な支援が役割だった。

 彼の攻撃は全て、後方には届かないからだ。

 

「作戦を誤ったか? いや、待ち伏せも同じことか」


 攻撃可能なのはスタートしてからなのだ。

 呑気に相手を待ち伏せて交戦しようなどとしたら、相手は仲間ごと隆志たちを吹き飛ばそうとしたはずである。

 剛志1人ならば破壊系であるため生き残れるが残りの2人が無理だった。

 

「このまま凌ぎながら行く。真希、狙えそうなら狙ってくれ」

「了解、気を抜かずに行きましょう」

「わかりました!」


 バックス抜きでやるのは些か以上にきつい。

 砲撃を殴り落とすには正確な情報が必要だ。

 特に射線予想は必須である。

 だが、普段の試合でそこをサポートしているバックスは今回いない。

 圭吾の変わりに入れる手もあったのだが、手数の問題から見送られている。

 無い物ねだりは剛志の信条に反するが一瞬、考えずにはいられなかった。


「詮無きことだな。このような泣きごとは性に合わん」


 チーム内の魔導師の傾向からどうしてもどこかのレースは不利になる。

 『ツクヨミ』はバックスなしでも正確な砲撃を可能にしているレース戦のプロフェッショナルだ。

 常に3人全てを戦闘魔導師で固めてくる。

 ここに火力で対抗して勝とうと思うと、恐ろしいまでの汎用性、もしくはパワーが無ければならない。

 チームでこれに該当するのが4人しかいないのだ。

 その4人も分散すると効力が下がってしまう。

 真由美ならば1人でも圧倒できるだろうが、今度は残りの3人をどのように振り分けるのかが問題だった。


「葵も結局は前衛だ。バックスがいなくとも勘で5割は落とすだろうが」


 絶えず来る砲撃に身を晒している内も思考をやめない。

 そろそろ相手もやり方を変えてくるだろう。

 

「今回の3人はベストではない。では、どうするのかだが」


 残りの3人、葵と優香、そして健輔。

 葵をこの組に放りこむ手もあったのだ。

 どうして真由美がその組み分けをしなかったのか、理由は簡単である。


「如何にして高島を返す、か」


 葵もバックス抜きでは5割で落ちる。

 しかし、バックスを入れると火力差で押し切られる。

 今、剛志が耐えられているのも攻撃が分散しているからだ。

 これが全て集中してしまえば如何な葵でも落ちる。

 距離がある以上常に相手の舞台に昇ることを強いられるのは避けられない。

 その上でもっとも、被害が少なくなる形を模索したのがこの組だったのだ。


「部長も気遣ってくれたのか」


 剛志もそして真希も真由美が言わなかった意図に気付いている。

 向こう側が真由美に3組の中で1番弱い組みをぶつけたようにこちらも同じことをしているのだ。

 その上で圭吾を入れた。

 健輔の友人らしく圭吾も目立たないが生存能力が高い。

 どうしても攻撃に寄っている妃里は生き残るということに向いておらず、和哉は脆い後衛の典型であるため今回はふさわしくない。

 圭吾が1人でも良いから1位で帰還すれば良い、というのが真由美の本当の意図である。


「ふっ、面白い」


 侮っているなどと剛志は欠片も思っていない。

 チームメイトを過小評価も過大評価もしない冷静な瞳だった。

 万が一があっても最終組で取り返せるつもりなのだ。

 そのための優香、健輔、美咲の組み合わせである。

 裏を返すと失敗しても良いと剛志に言外で言っているのだ。

 好きにやれとお墨付きを貰ったようなものだった。


「ならば、期待に応えれるように努力しよう」

 

 ベターよりもベストを狙って。

 常に最善に挑むのが自分たちのチームだと剛志は信じている。

 折り返しに近づき、激しくなる砲撃を前に決断した。


「高島、課題はそちらでこなせ。いけるな?」

「は、はい!」

「真希」

「はいはい、わかってますよ」


 第2レースも中盤へ突入する。

 加熱する戦い、どちらへ天秤が傾くのだろうか。


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