第8話
真由美との戦いから一夜明けて次の日。
健輔は微妙に怠い体を持て余すも、なんとか1日の授業を無事に終えたのだが、健輔たちは部室に着くや否や、待ち構えていた真由美によって外へと強制連行される。
「優香ちゃんに健ちゃん、2人ともご苦労様です! さあ、今日の練習をスパッ! と始めようか」
「部長、いきなり連れてこられて混乱しているので説明を求めます」
「今日から、ペア訓練を始めるわけだけど内容を簡単に伝えます! 心して聞くように」
「無視っすか!?」
相手を顧みない有頂天モードの真由美を見て、ここ2ヶ月で鍛えられた直感が警告を発する。
入学したばかりの頃もそうだったが、理論を踏まえた上で体に叩き込むのが真由美の教育方法だった。
肉体派、という程でもないが基本的に座学を好まない健輔には、相性が悪い訳ではなかったのだが物事には何事も限度というものがある。
微妙に遠い目をしながら、健輔の脳裏には春先の何も知らなかった肉体に強制的に叩きこまれた日々が蘇っていた。
あの日々のおかげで今の自分があるのはわかっているが、怖くないかと言うこととは別問題である。
空も真面に飛べなかった頃に空中からの砲撃や、戦闘の恐怖を知りなさいと紐なしバンジーすることになったのは健輔をして辛いことだった。
遠くに旅立っていきそうな意識を必死に繋ぎとめて、頭を振って追い出す。
健輔だけならばともかく、あの優香にまで同じ指導方法であるはずがない。
真由美を信頼した瞳で熱く見つめると、
「おっ、いつになくヤル気だね! いいよ、健ちゃん。今日のメニューはバッチリ考えてるからね!」
真由美は勿体ぶるかのように一拍おいた後、一気に内容を捲し立てた。
「とりあえず、健ちゃんには後衛のイロハを叩き込んであげるね! それが終わったら、前衛のイロハを剛志君から体に刻んでもらうから! もう週末だし、時間は十分にあるから期待しててね! 優香ちゃんも基本は同じ内容かな。2人ともまずは後衛ってなんなのかって部分を体と頭で理解してもらうよ」
「ご指導の程、よろしくお願いします」
「はは……、よろしく、です……」
素直な優香と対照的にテンションの低い健輔。
真由美の指導が嫌いな訳でもなく、おまけに魔導が嫌いな訳でもない。
むしろ、どちらかが本当に嫌ならばとっくの昔にチームを辞めている。
しかし、好きであっても憂鬱になることはあるのだ。
ここからやってくるだろう、空を舞う日々。
強くなるために必要とはいえ、心の中で泣くくらいは許して欲しかった。
健輔が地獄の入口で乾いた覚悟を決めている間にも話は進む。
ここから先の大前提、真由美は後衛というポジションについての大まかな解説を始める。
「軽くお兄ちゃんからも聞いたかもしれないけど、改めて伝えるね。公式戦では戦場には9対9で対峙することになってるのは知ってるかな?」
「はい、近藤副部長からお聞きしました」
「ん、ありがと。じゃあ、それを念頭においてね。まず、試合においてその比率は原則自由と言う事も情報に追加してくれると嬉しいな」
魔導競技にはいくつものルールが存在しているが、その中でもっとも基本になるものは9対9の戦いになっている。
細かい規定などを無視して、大雑把に纏めると18人の魔導師が戦って生き残った方が勝ち、というシンプルな構図だった。
基本的に分かれるポジションは全部で3つ。
前衛、後衛、そしてバックス。
真由美がここで言いたい事はこの比率は原則同じだが、作戦やチーム合わせて弄ることも出来るということだった。
そして、この中で後衛が果たす役割は『矛』。
すなわち攻撃の役割である。
系統の選択もそこに合わせている部分が多い。
「わかっていることだと思うんだけど、後衛って基本遠距離・高火力・高耐久って系統の人が多いんだ。私の系統がその典型になるんだけどね。そして、多分だけど、1番メジャーな組み合わせにもなってるんだ。さて、優香ちゃん、どうしてそうなったかわかる?」
「はい、真由美さんのメインである収束系は周囲から大量の魔素を集めることができる系統です。有り余る魔力で障壁の強化が出来、魔力の密度を高めることができます」
真由美の系統はメインが収束、サブが遠距離系の組み合わせとなっている。
後衛でもっともメジャーな組み合わせであり、それにはそうなっただけの理由が存在していた。
説明を続ける優香は自身でも内容を再確認しているだろうか。
少しだけ考え込むかのように目を閉じてから口を開く。
「基本的に魔導には総体としての魔力量という概念はありません。しかし、疲労などを鑑みて、相対的な魔力量は存在します。そして、その中で隔絶した魔力差を生みだせる系統は収束系しかありません」
「うん、そうだね。 魔力量が増えるのはそのままあらゆる面でアドバンテージが手に入るってこと。やってる事は単純だけど、そこから他にもいろいろ応用が聞く系統かな。じゃあ、次は健ちゃん!」
「うへ、遠距離系についてで良いですか?」
「うん。期待してるよ~? 何と言っても万能系。きちんと全部を把握してないとね」
ニンマリとした笑みで挑発する真由美に少しだけカチンと来る。
なるべく平静を装いながら、健輔は口を開いた。
「え、遠距離系は名前そのままです。確か、昔は放出系とかも呼ばれていた、のかな? 魔力はそのままの状態で身体から離れると、えーと、確か物凄い勢いで霧散します。そのため、遠距離攻撃にはこれの習得が基本となっています」
「大正解! さて、この2つ合わせるとさっきの後衛の典型になります。自分でいうのも、あれだけど見た目も派手でわかりやすいからね。人気の組み合わせなんだ」
収束系はわかりやすく言うならばエンジンであり、遠距離系は発射口である。
大馬力のエンジンで遠くまで飛ばす、まさしく砲台の役割であり、視覚的にもわかりやすい系統だった。
そのため、人気が出たとも言える。
誰しも地味よりは派手な方が良いと考える者の方が多い。
わかりやすく強力な系統がこの2つの組み合わせだった。
「うん、2人とも基礎知識は問題無さそうだね。では、実戦といこうか!」
「はい」
「は、はい……」
優秀でやる気溢れる後輩を見て、真由美のテンションはどんどん上がっていく。
一方、真由美のテンションが高くなっていく様子を傍から見ている健輔は警戒度をドンドン高めていた。
健輔からすれば肉食獣がもの凄い空腹な様を見せられているようなものだ。
警戒するのが当たり前である。
今日はすごいことになりそうだ、2人は同時に同じ事を思う。
微妙なニュアンスの違いが健輔と真由美の心の距離を示しているようであった。
「知識はさっきの通りだけど、こういうのはやっぱり実感が大事だからね。実際に2人には砲撃の怖さを知ってもらいます」
朗らかな笑顔で告げているが、健輔からすれば怖すぎる宣告である。
似たような事を言われて、砲撃を直撃されてからもう一月ほど前の話だった。
おかげで並大抵の事では動じなくなったが、健輔はその時から真由美の笑顔に対して最大限の警戒をするようになっていた。
「最初は簡単にいくね。健ちゃんが優香ちゃんに向かって砲撃を撃ち続ける、ただそれだけだよ。とりあえず、30分ぐらいかな。途中から私も混ざるからそのつもりでお願いね」
「わかりました。け、佐藤さん、よろしくお願いします」
「お、おう」
真由美には簡単な準備運動のようなものでも健輔にはハードな課題だった。
収束砲撃は制御にかなりの精神力と体力を使うのだ。
それを30分となると、普通に容赦のないメニューだった。
これくらいは楽だよね、と本気で思っていそうな真由美の笑顔に内心で戦慄を覚えるも指示には素直に従う。
そのように訓練してきたこともあるが、真由美が指示する事には基本的に外れがないのだ。
後から振り返れば重要な事だったと言う事が多々ある。
自分の小さな恐怖やプライドよりも、強くなるのには言う事を聞くのが1番だと健輔は本能で理解していた。
「じゃ、優香ちゃんは向こうで準備をお願い。こっちでは簡単なレクチャーを健ちゃんにするから、体を温めておいてね」
「はい。では、失礼しますね」
優香がその場を去って、少し離れた場所に向かう。
残されたのは2人。
笑顔の真由美とどこか遠い目をした健輔。
なんともアンバランスな2人が残っていた。
「さて!」
「はい!」
真由美が唐突に大きな声を上げ、健輔は反射的に返事を返す。
体に染み付いた習性からの行動だった。
真由美は少し硬く見える後輩を解すように柔らかい空気を醸し出す。
流石の彼女も優しい雰囲気を出せば出す程、健輔が微妙に怯えるというのはわかっていなかった。
また硬くなった後輩を緊張しているのだろうと勘違いしつつも、真由美は本題を進める。
「質問です。砲撃で大事なこととは、一体なんでしょうか? 答えて、健ちゃん」
「相手を撃墜することですか? やっぱり最大火力、矛の役割なんですから」
「ぶー、残念、違います! 正解は行動を制限することです。相手の撃墜は前衛の仕事でもあるからね、それに撃墜に気を取られるのは不味いし」
真由美は可愛らしく指でバツのマークを作る。
外見は普通に美少女なので可愛らしいのだが、言ってる内容が物騒だった。
不正解だったことも合わせて健輔は複雑な顔を見せる。
「わからない、って顔してるね。納得出来ない?」
「えっと、当てなくていいんですか? 相手にダメージを与えないと勝てないと思うんですけど」
「間違ってないんだけどね……。念頭に置くことが違うんだよねー。それって1人で戦う場合の解答だからさ」
「1人で……」
「うん。この間の優香ちゃんとの戦いを思い出して欲しいんだけど、あの時、健ちゃんが誘導砲撃を選んだのはなんで?」
「確実に当てるためです。どんな攻撃も当たらないと意味がないですからね」
もっとも、当たっても火力不足で意味がないという悲しい結末になってしまったのは健輔には辛い結末だった。
優香は特別火力が高いわけではない。
健輔が未熟であることを差し引いても、あそこまであっさりと潰されることになるとは思ってみなかった。
少し暗い表情になった後輩を見て、真由美は苦笑する。
「思い出すのはいいんだけど、そこまでわかるのに答えはでない?」
「……う~ん、すいません。わからないです」
「じゃ、正解を言いましょう。なんで行動の制限が後衛の役割かと言いますと」
「言いますと?」
「ここの実力で対処方法が変わるからです!」
「へ?」
健輔の驚いた顔にしてやったりといった笑みを浮かべ、
「誘導砲撃で健ちゃんは火力が落ちて勝てなかったよね? でも、あれ私がやると優香ちゃんを落とせるよ」
「あっ」
真由美が言いたい事はそれだった。
撃墜は念頭に置くほどの事ではないのだ。
狙えるならば、いくらでも狙えば良い。
問題は常にそれが出来るわけではないということだった。
後衛の火力を粉砕する前衛も世には存在している。
「だから、行動の阻害が本命、なんですか?」
「そうだね。こういっておけば、皆頭を使うでしょう?」
「……いろいろと考えてるんですね」
「それがリーダーですから」
健輔は感心すると同時に昨日の真由美との引き分けがある意味で手を抜かれた結果だといのもわかってしまった。
練習なのだから、健輔の動きを待つ。
それは主導権を渡すという事なのだから、本気のはずがない。
誘導弾の発言の裏を読めば、健輔程度はいつでも沈めれたということだった。
よく考えてみれば当然のことである。
あくまでも練習なのであって、勝つことがもっとも重要な目的ではない。
真由美にとってあの試合の勝敗はそこまで重要ではなかったのだ。
「どうかしたの? 少し落ち込んだ感じだけど? もしかして、変な事でも言った?」
「あっ、いえ、すいません。続きをお願いします」
昨日の引き分けに浮かれてましたとも言えず、健輔は誤魔化す。
真由美も深く追求するつもりはなかったのか、すんなりと話を進めてくれた。
「言うべきことはほとんど言ったよ。後衛、ポシジョン間は単独で存在してるんじゃなく、繋がってるわけで、後衛は最大の火力を誇る」
「はい」
「その分、当てるのは難しいし、確実に当てようと思えば火力が落ちたりもある。だから、念頭に置くべき事は相手の実力を如何に発揮させない、かそういう事だよ」
「なるほど」
砲撃のやり方1つで相手の選択肢を縛れる。
この事がもう意味を健輔はまだよくわかっていなかった。
真由美も言葉だけで理解出来るとは思っていない。
そのための実践であり、練習だった。
「今はなんとなく、そんな者なんだぐらいで大丈夫だよ。さ、1回やってみようか」
「了解です!」
「私は準備をしておくから。そっちもお願い」
「はい!」
ニコニコとした真由美の背を見送り、健輔は練習の準備を始める。
先ほどまで調子に乗っていた事に対する自責の念などがあったのだが、いざ練習となるとそのような脇道思考は消えていた。
健輔はまだ気付いていない。
真由美から見れば、類稀なる集中力を持っているように見えているのだと。
本人も知らない隠れた才能、それが先の試合から少しずつ、表に出ようとしているのだった。
中々に堂の入った砲撃姿勢を満足気に真由美はみつめる。
誰をモデルにして構えているのか、本人だからこそ直ぐにわかった。
「うん、健ちゃんは大丈夫そうだね」
真由美は健輔から優香の方へ意識を向ける。
一見すれば、健輔の砲撃を危なげなく躱しているように見えるだろう。
しかし、真由美の目は誤魔化せなかった。
「……これは、優香ちゃんはいろいろと難しいかな」
実力もあり、才能もある後輩を真由美は難しい表情で見つめていた。
現時点で優香がかなりの完成度なのは事実だが、国内最上位、もしくは世界クラスで見れば足りない部分も多い。
何より真由美の経験上、高機動型の魔導師は相当な技巧派にならなければ脆さが際立つ形になる。
その分、極めた際には万能型にも手が届くだろう。
「う~ん、いろいろと難しい子だけど……。どうしようかな」
今回、健輔と組ませたのは両者にとって良い刺激になると考えたためだ。
優香には自分の脆さを理解するのに、健輔という成長途上の魔導師にぶつける事で実感してもらう。
健輔には優香という学園でも最高クラスの才能を感じさせる事でやる気を出させる。
他にも細々とした狙いはあるが、メインの理由は上記の2つだった。
今のところ、健輔に関しては順調に進んでいる感じなのだが、優香の方は微妙である。
何も感じていない訳ではないだろうが、今はまだ優香側へいく刺激が弱いようだった。
「何かしら掴んで欲しいけど、大丈夫かな」
優香は周りから眺めているだけだと聡く見えてしまう。
だが、実際のところは割と不器用なのだ。
真由美が自分で組ませたペアだがその辺りも実に対照的な2人である。
器用に見えるが不器用な優香、愚直に見えるが小器用な健輔。
今はまだ健輔の実力が足りていないため、期待していた効果を発揮出来ていない。
しかし、真由美はそれも時間の問題だと思っていた。
健輔は3ヶ月みっちりと基礎練習をやらせてきた、さらには経験も積んでいる。
そろそろ開花してもおかしくないはずだった。
また、嬉しい誤算と言うべきだろうか、練習試合での思い切りの良さから実戦に向いているようなのも評価が高い。
ここからどんな化学変化を起こすのか、真由美にも読み切れなかった。
「目の離せない2人だな、もう」
言葉の内容は裏腹にとても嬉しそうな顔で真由美は2人を見守る。
今はまだ雛だが、この2人が羽ばたく時どんな翼を持つのか。
彼女はそれが楽しみで仕方ないのだった。
「っ!」
優香の直ぐ傍を砲撃が駆け抜けていく。
避ける範囲を限定された状態で砲撃を避け続ける。
言葉にすればそれだけの練習なのだが、それが予想よりも遥かに難しい。
何よりも開始してまだ10分程度なのだが、
「精度が上がってきてる……!」
優香は呻くような声を漏らす。
これが誘導砲撃だったならば切り払えた。
しかし、収束砲撃となると話は別なのだ。
優香は確かに強いが、系統による特性差――火力差を押し返せる程ではない。
健輔は本職の後衛ではない、にもかかわらず状況が噛み合えばこれほどの脅威になる。
昨日の真由美との戦いから何かを得たのか。
それとも元々センスがよかったのか。
どちらかはわからないが、先週の模擬戦から信じられないレベルで成長していた。
「危ないっ」
直ぐ傍を砲撃が追加する。
優香が思考している間にも段々と至近弾が増えてきていた。
今はまだ避けられているが、
「人数が増えると、避けられない……!」
如何に対抗するのかを考えるが、対抗手段が思いつかなかった。
どれほどの天才であろうとも、今の優香はまだ経験値が足りていない。
よく見れば健輔の砲撃が一定のパターンであることがわかる。
魔導砲撃の威力に飲まれてしまい、正常な判断力を失ってしまっているのだ。
真由美がこの練習を課した理由の1つため、狙い通りではあるのだが、優香は不甲斐ない自分を許せない。
「もっと、集中しないと!」
己を鼓舞するように優香は叫ぶ。
練習とはいえ、落とされるつもりはないと彼女の瞳は強く健輔を睨みつける。
負けず嫌い。
涼しげな外見に反して中々に気性が激しいのが優香である。
練習であろうとも手を抜くつもりなど微塵も存在しない。
ドンドンと調子を上げる健輔に対抗するかのように優香の動きのキレも増していくのであった。
「ふーん、なるどねー」
優香の動きが変わったのを見て、真由美はニヤリとする。
健輔の砲撃精度が上がっているのはわかっていたが、思ったよりも優香にプレッシャーを与えていたようだった。
優香の集中力が高まったのも、この後真由美の攻撃が入ると避けきれないと悟っていたからだろう。
「そろそろ、突いてみようか」
真由美は小悪魔めいた笑顔を作り、
「健ちゃん、いい調子だよー。うんうん、そんな感じでいいよ。実際の時もある程度行動可能な領域は限られてるからね」
「はい!」
健輔に声を掛ける。
実際のところ、真由美の言葉に嘘はない。
健輔が真由美が意図的に言わなかった部分にまで、しっかりと気付いていたことを評価している。
健輔はこの練習を始めて直ぐに止まっている状態だと、収束と遠隔の組み合わせなら砲撃の連射が出来ることに気付いたらしく、ドンドン優香へ至近弾が増えていた。
コツを掴んだのだろう。
傍から見ていてもドンドンと上達していくのが見て取れる。
「ふむふむ。やっぱり集中力があるね」
優香を全力で狙い撃つ姿はまるで本職の後衛のようだった。
真由美は目を細めて健輔の様子を細かく観察する。
「……私の砲撃がモデル、うん、よく特徴を捉えているね。これは意外な才能かも」
砲撃と一言に言っても、やはりやり方にはいろいろな差異がある。
ド素人まではいかなくても、本職ではない健輔にはいろいろと勝手が違って遣り難いはずなのにそれを真由美を参考した姿勢で上手く誤魔化していた。
しかも、そっくり物真似というわけではなくポイントだけを押さえている。
「連射の楽しさもわかってきたみたいです」
笑顔で優香を攻撃する健輔を微笑ましく見守る。
真由美にも覚えがあるが、調子が上がり、連射に慣れてくると砲撃の楽しさが段々とわかってくるのだ。
見た目が派手でとても強力な系統の組み合わせ、おそらくもっともメジャーなバトルスタイル。
いろいろと飾った言葉ではあるが、どれも的を射ている。
真由美が見守る中、健輔はドンドン調子を上げていく。
それを見て、真由美は僅かに眉を顰めた。
「ありゃりゃ、トリガーハッピーというか頭に血が上ってるねー」
別に珍しくはない。
ひたすら魔力を循環させるこの系統ではよくあることなのだ。
血の巡りがよくなりすぎるというのだろうか。
健輔はまだマシな方だった。
人によっては酒に酔っているかのようになって、敵と味方の区別がつかなくなるものもいるのだ。
今注意するべきことではない、と真由美はこの事を脇に置いておく。
それよりも真由美はそろそろ優香に止めをさすべく、自身も参加を始めることを2人に伝えるのだった。
「後10分を切ったから、私も参加するよー」
速度と数を増した健輔の砲撃を避けていた優香はついに本番が来たのだと悟った。
おそらくこの20分が健輔の、最後の10分は優香への指導なのだと優香は思っている。
気合を入れないと一瞬で終わってしまうかもしれない。
優香は気を引き締めながら、健輔の攻撃を避け切ったのを見図り、距離をとって一息を入れる。
彼女は油断などしていなかった。
一息いれたのも状況から大丈夫だと判断してなのだ。
真由美は魔力のチャージどころか、構えすらしていなかった。
しかし、どれほど自問したところで答えが出る事はなく。
気が付いた時には優香の正面には砲撃が迫っていた。
「えっ……」
避けられずはずもなく、閃光に包まれてしまうのであった。
「ちょ、直撃……かよ」
爆音が周囲に響く中、健輔は声を震わせながら呻くように言葉を漏らす。
健輔は隣にいる真由美に視線を向けて見るが、ニコニコしたままで特別様子が変わったところはなかった。
真由美は自分を見ている健輔に気付いたのか不思議そうな顔をすると、
「どうしたの? ほらほら、まだ時間はあるよ。続けて続けて! 優香ちゃんのことなら落ちてきてないから大丈夫だよ。ちゃんと加減もしてるし」
「あっ、はい……。わ、わかりました!」
あまりの容赦のなさに健輔の顔が引き攣る。
先程まであった高揚は戦慄のせいでどこかへと飛んでいき、やっぱりこの人はすごいというよくわからない感想を抱きながら健輔は砲撃を再開するのだった。
「障壁が、簡単に砕かれた? 今までそんなことなかったのに……」
真由美の言葉通り見た目に反して、威力を制限された砲撃は優香に大したダメージを与えていなかった。
しかし、それは肉体的な面での話である。
直撃の衝撃とそれよりも障壁があっさりと突破されたことへの驚きがそこにはあった。
昨日砕かれた際は破壊系が相手だったのだからまだ分かる。
それ以外で自身の障壁がこれほど簡単に砕かれたのは、おそらく優香にとって初めてのことだった。
彼女は心に走った衝撃に身動きがとれず茫然としてしまう。
それでも、なんとか立て直せたのは、彼女の心境などお構いなしに打ち込まれた砲撃の数々のおかげだった。
「ッ、次が来たの? 障壁展開!」
1発目、2発目と次々と砲撃が障壁に当たる。
これは健輔側の攻撃なのだろう。
先ほどとは違い防ぐことができている。
「ま、マズイ。罅が……!?」
防げてはいるが、同時に今までの健輔の攻撃とは違った。
真由美の砲撃の後に再構成したとはいえ脆すぎる。
「このままだと……」
思考に時間を裂きすぎたのだろう。
物凄い魔力の集まりを感じた時には手遅れで、
「しまっ……!?」
優香は障壁ごと再度閃光に包まれてしまうのだった。
「うん、2人で始めてからは5分ぐらいかな。流石優香ちゃんだね」
落ちてきた優香を回収した真由美の第1声はそんな内容だった。
「流石なんですか? 5分で落ちましたけど」
「多分、健ちゃんで同じ条件だと最後に行く前に落ちてるよ」
「うっ、そんぐらいしか持ちません?」
「持つわけないじゃん。健ちゃんもわかってるでしょ?」
あっさりとした真由美の肯定に健輔の心に棘が刺さる。
少しは否定して欲しい、言ったところで無駄なその言葉を必死に彼は飲み込む。
「それよりちゃんと見てた? 優香ちゃんの動き方とか魔力の流れとかさ」
「えっ、はい。ちゃんと見てましたよ」
健輔の返事を聞いた真由美は「じゃあ大丈夫だね」と言うと耳を疑う様なことを言い出す。
「じゃあ、次は健ちゃんだから準備してね」
「は? へ、これから?」
「そうだよー、言ったじゃん後衛と前衛の基本を叩きこむってさ。健ちゃんはどっちも実践できるんだから両方やらないとダメでしょ」
何を当たり前なことをと笑顔でのたまう悪魔(真由美)に健輔は茫然となる。
笑顔で準備を進める魔王(真由美)に翻意させることなどできないと悟った健輔は覚悟を決める。
「ばしばしいくよー! 時間は同じく30分。ただし、途中で人数が増えたりはしないから安心してね! 頑張っていこう!」
「いえーい! 了解でーす!」
半ばやけくそになりながら、彼は死地へと挑む。
優香の介抱のため駆け付けてきた石山妃里からも「骨は拾ってあげる」というありがたいお言葉をいただいた。
ならば、この死地を乗り越えるしかないだろう。
結果として健輔は見事、砲撃の恐怖と前衛の勇気というものを会得することができたのだった。