第87話
「さて、お浚いをしておこうか」
「『ツクヨミ』との試合に関して通達が来た。試合形式は『レース』。夏に1度、基礎的ななルールでは練習したことがあったな」
試合前のミーティング既に健輔にとっても見慣れた光景だった。
真由美が正面に立ち、早奈恵が説明を行う。
時には早奈恵の場所に隆志が入ったりするが基本的な流れは変わっていない。
何度目になるかもわからない光景に落ち着きを覚える。
早奈恵の外見からは似合わない幾分きつい口調での説明もある意味で風物詩のようなものになっていた。
間にあった2戦目の試合も消化して、いよいよ目前に迫った『ツクヨミ』との戦い。
それに対する対策会議はいつもと同じように進んでいく。
「『ツクヨミ』がもっとも得意とする形式のルール、つまりは相手側の土俵に昇ることになる。同格、もしくは僅かに劣る程度チームは己の舞台なら上を喰らうことは十分にありえるぞ」
「特にここは練習も含めて全てがこれに集中してるから、忘れないでね」
『ツクヨミ』というチームについてはいろいろなことを健輔も聞いている。
普通なら試合に出れるようになるラインが高い魔導競技のハードル、それを無理矢理下げたのが『ツクヨミ』だ。
スサノオは逆に先鋭化、精鋭集団となったのに対して対照的だと言える。
初心者でも70点出せるようになるチーム、それが『ツクヨミ』なのだ。
チームの雰囲気も合わさって、『アマテラス』分裂後は最大のチーム人数を誇っている。
「細かいことは何もないよ。『ツクヨミ』がするのは撃って耐えるだけ。それ以外は何もないからね」
「こちらができるのは全てを避けてゴールするか、やつらを倒すだけだな」
レース形式の基本は3人1組のペアで3回レースを行い順位によるポイントの総計を競うものだ。
3人の内訳は自由で構わないがバックス抜きだと支援がなしになるので厳しい面も出てくる。
「今回は1番基本に近い、3回勝負を行い。総計を競うそれだけだ」
「折り返し辺りで課題が出るのも前やったのと同じだね」
レースの中ごろに課題が出され、それをクリアすると先に進めるようになる。
課題は借り物競走のようなものからいろいろ存在している。
課題をクリアして制限時間内でゴールする。
それがレース形式のメインとなる。
もう1つは途中で相手を全滅させれば良い、その時点でレースは終了し出場人数分のポイントが入る。
これだけならば真面目にレースをするチームはなくなっただろうが、当然、落とし穴が存在する。
課題をクリアするまで攻撃は禁止、もう1つは転移に関するものがある。
課題に関しては第1レースの中盤まで有効なものであり、第2レースからは関係ないが転移のルールがレースは特殊なのだ。
全員がゲート設置のための転移式を持つことが許されるため、1人だけ先に進み、ゴール間際に設置するのも許されている。
転移と攻撃、後は速度これらを有機的に組み合わせて行うのが『レース』である。
バックスの扱いも関係あるため、見た目よりも難しい。
レースとしての本質を追及するもよし、魔導競技として相手を撃墜するのもよしと割とバランスの良い競技だった。
また、3組で行うため、スーパーエースの存在が決定打にならないのも大きいだろう。
「と、まあ、ここまでは普通のチーム想定だからね。結論から言うね。『ツクヨミ』は後半で必ず撃墜を狙うよ」
「防御特化だろうが基本的に火力過剰のやつらには勝てん。また、あいつらはレースでバックスを使わない。支援なしでも狙えるように練習しているからな」
「聞いていた以上に酷いですね……」
あらゆる局面に対応できる汎用性を捨てた特化集団。
火力は皆いずれ劣らぬAランクばかりだ。
火力と防御以外は全て捨てている故に、それだけは負けないのが『ツクヨミ』なのだ。
機動力などは3年でも健輔に劣るものもいるだろう。
「特化と万能。どちらが上ってこともないがな」
和哉の感想は皆の思いだった。
魔導は多かれ少なかれ特化させる要素を持っている。
ツクヨミはさらにそれを研ぎ澄ましただけだが、それが恐ろしいことになっているのだから始末に負えない。
壁がないという弱点を除けば普通のルールでも戦えるのだ。
「怖いのは確率が低くてもある程度は『アマテラス』打倒の可能性もあることだ。極端に相性の悪いチームを除けば最低3割は勝率が常にある」
「今期は『スサノオ』が1番脆いわね。あそこは代ごとの浮き沈みが激しいけど『ツクヨミ』は安定してる」
隆志と妃里も『ツクヨミ』の脅威を語る。
彼らが入学した時から何も変わっていない。
進歩がないとも取れるが安定とも取れるそれは強みなのは間違いない。
桜香でさえも総勢9名で放たれる砲撃群は怯むのだから。
「甘くみるのだけは避けるように」
『はい!』
「いい返事です。じゃ、さなえん、当日の走者を発表しちゃって」
「了解した。第1レース、真由美、葵、隆志。まずはここで確実にポイントを総取りする」
機動型の隆志で撹乱、葵と真由美は言うまでもない。
同じ土俵なら彼女たちに勝てる人材は『ツクヨミ』にはいないからだ。
「第2レース、剛志、圭吾、真希。剛志、責任重大だぞ」
「お任せを」
第2レースでは剛志を壁にすることで砲撃を無効化。
真希が落として圭吾がそれを支援する形になる。
「最後の第3レース、健輔、優香、美咲。接戦になった場合はお前たちで決まる頼んだぞ」
「了解です!」
「精いっぱい努めます」
「はいッ!」
最後は健輔、優香のペアと支援している美咲のいつも通りの組み合わせだった。
どの距離でも全スペックを発揮できる稀有なコンビはレースでも崩れることなくその力を発揮する。
人数的に不利になるが和哉や妃里はこの形式では持ち味が活かしきれない。
それならばバックスを付けた方が良い、そういう判断だった。
「気を引き締めていこう」
『はい!』
『クォークオブフェイト』の準備は整った。
後は試合に臨むのみである。
試合ももうすぐ折り返しに入る、『魔導戦隊』まで残り4戦、『アマテラス』までは5戦。
そこに万全の状態で辿りつくためにも負けるわけにはいかなかった。
「こうして見に来るんだからなんだかんで気になるわよねー。『ツクヨミ』ってなんていうかレベルを図るのにもってこいのチームだし」
「そうだな。貴様に同意するのは極めて遺憾だが、同意しよう」
「……あなた、いちいち私に反応するのやめない?」
「会話とは反応だろうが、アホか」
「……いつか、痛い目見せてやるわ……」
観客席に腰かける2人は『明星のかけら』の藤原慶子と源田貴之である。
彼らもご多分にもれず、試合からの敵情視察をやっている。
今回は『ツクヨミ』の仕上がりを確認しに来ていた。
『クォークオブフェイト』とは1度当たっているため物差しとして使いやすいからだ。
やはり、映像などからはわからない物も多い。
どこのチームも似たようなことはやっている。
だからこそ、このようなことも起こることがある。
「ほう、珍しいな。お前たちが2人で行動か」
「げっ……仁君じゃん」
「久しいな、仁。夏以来か」
『アマテラス』チームリーダー北原仁が女性2人と男性1人を連れ立ってそこにいた。
彼らこそが亜希と桜香以外のベーシックルールにおけるアマテラスの主力メンバーだった。
後ろに控えているのが全員後衛魔導師となっている。
「楓もお久しぶり」
「はい、先輩も。お元気で何よりです」
その中の1人、楓と呼ばれた女性に慶子は笑いかける。
分裂する前に慶子が面倒を見ていた女の子だった。
慶子の薫陶を受けたためか。性格などは欠片も似ていないが戦い方だけはよく似ていた。
女性的な主張の激しい慶子に対して、楓は微笑を絶やさない穏やかな女性である。
年よりも幾分上に見える貫禄があった。
実家が古い旅館らしく所作の1つ、1つが美しい。
「そちらは『ツクヨミ』か?」
「そういうそっちは真由美たち?」
仁の問い掛けに問いで返す。
お互いに答えを言っているようなものであるが納得したのか、それ以上踏み込むことはなかった。
「なるほどね、真由美は警戒されてるわけだ」
「当然だ。遠距離ならば桜香君すらも潰す可能性を持つ相手を侮るなどあり得ない」
「葵は良いのか?」
「無論、良くはないさ。むしろ、言われてる程こちらも盤石ではない」
隠す必要性がないのか仁はあっさりと内情を暴露する。
外から見えているほど『アマテラス』は万全ではない。
桜香にほぼ寄り掛かっているような状態のチームが健全とは言えないのは当然だろう。
そのことを問題として認識しているのは仁だけなのだが。
「こちらは桜香君ではないからね。やれるだけのことはやるさ」
「そう。ま、お互いに良き結果になることに期待するわ。まだ、敵ではないしね」
まだ、と強調してくる慶子に仁は不敵に笑い返す。
「試合を楽しみにしているよ」
「ええ、楽しみにしてなさい」
敵ではあるが、今は戦う時ではない。
双方、不敵な笑みを向け合あった後は会話もなくなった。
いつかぶつかる相手でも今は戦う時はではないのだ。
「うし、全員いるなー。事前の伝達通りでいくわ」
『はい!』
『ツクヨミ』リーダー、朝倉孝介はいつものように気の抜けた声で仲間に接する。
常と変わらぬ態度は後輩からは頼もしく見え、逆によく知る友人たちからすると素だということがわかる。
自然体で佇むその有り様は真由美ともまた違うリーダーのあり方だ。
なんだかんだで下を統率するのが、真由美。
一緒にいるのが彼とでもいうのか。
正反対のようで近しい性質を持つ2人、そんな2人のチームがぶつかり合う。
「相手の手はわからない。だから、考えても意味がない。俺たちは俺たちのいつも通りをやれば良いだけだ」
「その上でみんなに言っておくわね。間違いなくどこか1つは落とすわ」
「砲撃の殴り合いで近藤真由美に俺たちは勝てない。3人纏めて粉砕されるだけだ」
特化してその舞台では負けない。
確かに健輔のような生半な後衛などなら容易く粉砕し、妃里や隆志クラスの熟練した前衛も距離の暴虐には逆らえない。
だが、真由美だけは別問題なのだ。
同じ土俵で力比べをして格上が勝つ、至極順当な結末が待っている。
「必ず1つ取られる。そして、可能性としては第1レースが1番高い。プレッシャーを掛けるのにちょうど良いからな」
「第2はなんとか繋ぐつもり。だから、第3は頼んだわね」
上級生からの告白を神妙な表情で聞く後輩たち。
第2レースは孝介を筆頭とした3年たちが出場する。
最後の第3レースは次代、つまりは2年のエースたちだ。
『はい!』
「おう、いい返事だ。ま、気軽にな。正し、全力でやれ。――それが礼儀だ」
『はい!』
「いきましょう」
『ご来場の皆様にお伝えします。本日の試合はスタイル:レース、なります。細かいルールなどはお手元の冊子を――』
『防護結界付近にお座りの方は決して結界に触れないで下さい~。魔力が無い方には大変危険ですのでご協力お願いしま~す』
『試合開始まではまだお時間がありますので、お手洗いがまだのお客様は中央――』
慌ただしく流れていくアナウンスももはや慣れた物なのか、流暢に1年生たちは原稿を読んでいた。
夏合宿の頃から考えると見違えるような上達ぶりである。
幾度も試合を担当してもらったため、司会の2人のことを健輔は覚えていた。
「俺たちも成長してるのかね……」
「何か言った?」
「いんや、こっちの話。それで調子はどうよ」
「悪くないわよ。優香の方は」
「大丈夫です。徐々に馴らしていきます」
溢れだす水色の魔力は彼女が徐々に戦闘体勢に移行していることを示している。
横から感じる強烈な波動に眉を少しだけ顰める。
未だにこういう圧倒的な才能を見ると嫉妬心が疼く。
乗り越えきれない辺り自分はまだまだだな、と自嘲めいた笑みを浮かべる。
「唐突に笑い出すと怖いんですけど」
「あ……、すまん」
「その癖、直した方がいいと思うよ。なんというか、その、変態くさい」
「言うに事欠いて変態はひどいな、おい」
「えーと、私は別にいいと思いますよ?」
「慰めになってないぞ……。いいさ、どうせ、変態だよ」
なんだかんだ言っても高校1年生の男子高校生にとって同じ年の女子からの変態呼ばわりは心を深く傷つけた。
案外ピュアボーイなのである。
戦闘では肝が太いがそれ以外だと途端に現代っ子になるのが健輔であった。
流石に悪いと思ったのか美咲がその整った容貌に焦りの表情を浮かべる。
「ご、ごめん。言い過ぎた」
「……いいよ。どうせ、変態ですよ……」
「ご、ごめんって。その、つい、って感じだからっ!」
「それって本音ってことじゃないか……」
「ちがっ、ネガティブに捉えないでよ」
「お2人ともそろそろ試合ですよ? 喧嘩しないように」
『はい』
美咲との言い争いは優香の仲裁で一旦終わりを告げる。
何かを言いたげな美咲の視線を感じながらも若干いじけている健輔は開始を待つ。
しかし、このまま試合に入るのは些か精神衛生によろしくなかった。
結局、先に折れるのは男である。
大きくため息を吐いて、美咲に言い放つ。
「はああ……。気にしてないから、サポート頼むよ」
「うん……。ごめんね?」
「ああ、後ろは頼む」
「任された」
『はい! 大変長らくお待たせしました、試合を開始したいと思います!』
『では~第1レースの走者の皆様は位置について下さいね~』
「始まるか」
レースは結局模擬戦を含めても両手で足りる程度しかやったことがない。
そこをテリトリーとするチームにどれだけ自分が通用するのか。
健輔は先程までの出来事を頭の片隅に追いやり試合に神経を集中させるのだった。




