第84話
「はーい、では皆さん、『ツクヨミ』対策会議を始めまーす」
『……』
「あれ? みんな、どうしてそんなに反応硬いの?」
「授業で疲れてるからだろ。むしろお前はなんでそんなにテンション高いんだ」
「なんでと言われてもねー」
真由美の元気な声が響き渡る部室で健輔たちがノックダウンしていた。
中間テストがないため代わりに行われた抜き打ちテストで華麗に撃墜されてしまった健輔が里奈からお呼びがかかり厳重注意されたのである。
魔導戦闘に能力を全振りし過ぎた故の悲劇だった。
実際は勉強していない健輔が一切同情の余地なく悪いのだが。
「毎度毎度、こう真面目にやってもつまらないじゃない? ワンパターンていうか。先が読めちゃうと詰まらないからさー」
「会議で奇を衒う意味はないだろう。まったく……。早奈恵は?」
「みんなで術式会議だって。あっちは研究発表も近いから自由にやらせてあげようと思ってるよ」
『ツクヨミ』の対策会議など大分前にやっていた。
直前対策が必要なのは残りのチームでは『アマテラス』ぐらいであり、他のチームは力の限りぶつかるぐらいしかすることが残っていなかった。
侮っているのではなく作戦までも既に想定済みなのだ。
後は個々の動きや流れに合わせて柔軟に対処するものであり、机の前で悩むものではない。
「それじゃあ、楽しい話しようか。せっかく、バックスの3人以外は全員揃ってるんだしさ」
「楽しい話ですか? どっかの強敵と戦った時の話とか?」
「それが楽しいのは葵、お前だけだ」
「葵はちょっと黙ってようねー」
和哉が葵の戯言を一刀両断する。
真希の見事なフォローも加わり、2年生チームのチームワークが垣間見える。
いつも見ている健輔からしても見事な手並と言えるだろう。
葵の止め方は是非とも伝授して欲しいところであった。
「あおちゃんも楽しいかもしれないけどね。ずばりッ! 文化祭で何かするのか! ってやつです。体育祭のチームの感想も聞いてみたかったし」
「ああ、あの男子皆殺し祭りのことですか」
「え、いや、そんな物騒な名前じゃなかったと思うんだけど。……和哉君だけ違うの見たの?」
「いいえ。健輔、圭吾合ってるよな?」
『うす』
隆志や剛志も口には出さないが同じ感想のようだった、
少し未来を想像してみれば誰でもわかる。
真由美に香奈子、葵に桜香、おまけに優香にクラウディア。
ここまでで名前が上がった人物だけでも最悪なのにまだまだ増えるのだ。
男子にも強い魔導師はいるが平均値を取るとおそらく今の代は女子の方が強い。
にも関わらず、攻撃側が女子という男子を地獄に落とすために計画されたとしか思えないチーム分けである。
「そんなにいやなのか……。一応、平均値は同じらしいからこうなったみたいなんだよ? るるちゃんから確認したから間違いない情報なんだけどなー」
「エースの力量が勘案に入ってないんですよ。隆志さんクラスが100人いても真由美さんに勝てないじゃないですか」
「そんなことはないよー。健ちゃんで後1歩なんだし、お兄ちゃんならいけるでしょ」
「お前の中で俺はどんな超人になっているんだ」
健輔は確かに真由美からもう少しで勝利をもぎ取れるところまで行った。
しかし、それは1対1という環境ありきである。
大規模戦、その上に遠距離戦になる可能性が高い逃亡が主目的の鬼ごっこで真由美に勝つなどもはや、夢のような確率である。
その上香奈子などの他のエースもいるのだから始末に負えない。
「とりあえず、鬼ごっこの事は置いておこうか。健ちゃんが死にそうな顔してるしね。じゃあ、文化祭だよ。文化祭、私とさなえんのクラスはメイド喫茶になりましたよー」
「定番ですね。どこら辺に魔導が関係あるんですか?」
「ふふん、魔導機の機能を応用してその場で服を切り替えます! 女の子はこういうの大好きだからね。男受けも狙った一石二鳥の作戦です!」
メイド喫茶と言っているが看板は普通の喫茶店だそうだ。
男女問わず接客を行い、オーダーされた衣装でもてなすらしい。
その場で服のイメージを投影するのは難しいため、クラスの支援系魔導師が今必死に術式を作っている最中らしい。
早奈恵が最近忙しいのはそことの兼ね合いもあるためとのことだった。
「こういうイベントは全力で楽しまないと後悔するからね。私はなるべく後悔の2文字とは縁がないように生きるつもりなんだ!」
「ああ、その点はお前の半生を見守って来た俺が保証しよう。お前ほど自由に生きているやつを俺は知らんよ」
「ありがとう! さ、みんなは何をするの? 余裕があったら遊びに行くから教えて欲しいな」
「まあ、隠す程でもないからな。俺たちのクラス――」
隆志は妃里と同じクラスで出し物は魔力加工による小物作りらしい。
魔力を触って加工できる形で『創造系』が生み出し、最後に『固定系』で固定することでいろいろとできるとのことだった。
いろいろと審査が必要なため教師の立ち入りやAIでの監視付くなどと大変らしくさらには妃里も隆志も高位の創造系の使い手のため動員が決定しているらしい。
和哉は真希と同じクラスで出し物はダンジョン物らしい。
戦闘フィールドの1部を借りて、教室から転移できるようにして行うとのことだった。
一般客には魔導を楽しんで貰えるようにするらしいが学内生には魔物役の生徒が攻撃を仕掛けるとのことだった。
「俺が当番の時に来たなら期待していろ」
と和哉は意味ありげな言葉を残している。
葵は香奈と同じクラスで出し物は聞いた話によると食事系らしい。
葵的に運動がない時点で萎えたらしく興味がないとのことだった。
食事系の出店だけは魔導もあまり関与しないためそういう意味でも葵の興味は低いのだろう。
パフォーマンス料理をするところもあるが一般客はともかく魔導師には見慣れた光景である。
通学中に空を飛びながらうどんを喰っている先輩を初めて見た時は流石の健輔も驚いた。
「あおちゃんはもう少し周りに興味を持とうね。剛志君は?」
「空中遊泳です。空を飛ぶだけなので魔導師にはあまりおもしろくないかと」
「あー、毎年どこかがやるよね。結構盛況になるんだよね。やっぱり、空を飛んでみたいのかな? 気持ちはわかるけどね」
健輔も初めて空を生身で飛んだ時は感動した。
決して人力ではいけない場所に何やら不思議な力で行くことができるというのは子どもの心を呼び起こすというのか、とにかくピュアな感動を与えてくれた。
他者を飛ばすというのはそれなりに難しいが術式のフォローがあれば問題はない。
隆志は救助要因として待機するらしい。
こう言う時に錬度の高い大会メンツは重用される。
「ふーん、みんなのやつも楽しそうだね! 私は高校生活最後の文化祭だから全力で楽しむよ」
「……そうだな。俺も後輩のところには顔を出すさ」
「私も行くからね。健輔はちゃんともてなしなさいよ?」
「どうして俺、限定なんですかね」
と言われても健輔たちは文化祭にあまり関与していないのだ。
あまり興味もないため出し物の内容も知らない。
1年のため2年や3年ほどの物はできないはずである。
「健輔は知らないですよ。HRとか器用に寝てましたしね」
「流石だな。葵の因子を継ぐ者よ」
「なんですか、その因子……」
「先輩、なんか遠まわしに私がバカにされてる感じするんですけど」
「圭吾君は知ってるんだよね?」
「はい、僕たちは普通に出店ですね。案はいろいろあったんですけどね。海中レストランとか」
防護式を展開することで海の中を濡れることなく移動できる方法がある。
難易度的には中ぐらいの術式だが現在の1年生には荷が重くて里奈によって却下されていた。
1年生はどうしても全体的な錬度の問題もあるため、普通に出店になるパターンが多かった。
「いいねー。ただやっぱり魔導師には普通かな」
「まあ、俺たち普通に海の中に潜んだりしますしね」
「優香ちゃんたちは? 何するの?」
「真由美さんのところと同じ喫茶店です。ただ男女分かれてやるようでして」
「ああ、クラス単位じゃないんだ」
「はい、執事喫茶とメイド喫茶で2度おいしいらしいです」
優香のコスプレがみたいと思った男たちがメイド喫茶を通すために執事喫茶を提案したのではないかという疑念が湧いたが黙っておく。
わざわざ妙な分割を行っていることといい、当たってそうなのがいやだった。
「優香ちゃんも着るの?」
「はい、真由美さんのところのように魔導での切り替えはできなので接客時に浮遊で運んだりするだけですが」
「まあ、即興は難易度高いから仕方ないよ。優香ちゃんならある程度はなんとかできるけど1人だけじゃねー」
ワイワイと女子陣が賑やかになるにつれて男性陣は男性陣で話し出す。
魔導師にも休息は必要だ。
いづれ来る文化祭を普通の学生のように彼らは待ちわびるのだった。
「う、うわわああ」
『大隅選手、撃墜! 九条選手、これで4人目の撃墜です! 『不滅の太陽』! 世界ランク第2位の魔導師に死角なしっ!!』
戦場を駆け抜ける暴風、荒れ狂う武神の舞。
誰も彼女を止められない。
多くの魔導師が技術的な制約があるため収められるのは2系統までとなっている。
そのため魔導師は必然として特化することになり相性の問題が出てくるようになった。
じゃんけんのようにグーではパーに勝てないのだ。
「クソっ! クソっ! なんだよ、その系統は!?」
しかし、彼女はそのルールに当てはまらない。
他の者がチェスをやっているのに1人だけ将棋をやっているような出鱈目さである。
2つ名の上位10名。
その中でも上位3名は文字通り次元が違う。
ハンナから下の7名は相性などにもよるが条件さえ揃えば格上に勝利できる可能性は存在する。
だが、今代の上位3名『皇帝』『太陽』『女神』は違う。
ハンナたちは実力こそ桁違いだが魔導の原則から反してはいない。
扱える系統数は通常の魔導師と同じであるし、何より固有能力も別に彼女たち限定の物ではない。
積み上げれるものを積み上げて、限りなく頂点に近づいたのが彼女たちだ。
真由美も例外ではない。
『九条選手の固有能力『系統融合』! 異なる系統を融合することで新しい性質の系統を生み出す能力です!』
歓声が対戦相手の叫びを飲み込む。
太陽は優しく大地を照らすだけではない。
時には苛烈な顔を見せて、大地を枯らすことさえあるのだ。
「桜香……」
「亜希君は右から頼む」
「っ……、わかりました」
「すまない」
「いえ」
明確に既存のルールから逸脱している天才。
それが桜香だ。
優香が枠内の天才なら彼女は枠外の天才、常人の理解の範疇にいない。
扱う系統は都合5つ。
収束、身体、遠距離、浸透、創造。
その全てを同じレベルで習得している。
ルール違反もいいところである。
この時点で反則にも関わらず、優香の『オーバーリミット』に類似した番外能力と発覚しているだけで固有能力を2つ所持している。
『梅田選手撃墜! この試合、『アマテラス』の勝利となります!』
彼女が在学している間は揺るがないと言われている学内最強魔導師の地位。
健輔や優香だけでなく多くの魔導師が彼女を打倒することを目指している。
頂に立つ者、誰もが目を奪われる天才。
「って、感じのモノローグが付きそうよね」
「慶子、茶化さないで」
観客席で試合を見ている3人の女性。
チーム『明星のかけら』の藤原慶子、橘立夏、三条莉理子の3名だ。
打倒『アマテラス』これを掲げる上で避けては通れない最大の壁、九条桜香。
彼女らも日夜研究を重ねていた。
どこが得意なコースなのか、逆にどこが苦手なのか、桜香のデータならばストーカーの如く全てを保持している。
「仕上がりは万全。油断も慢心もない完璧淑女」
「桜香は真面目で誠実ですから。手を抜くなんて欠片も考えないでしょうね。同時に王道を行く人ですもの」
「何もしてないのに相手を絶望させるんだから王道ってすごいよね」
陳腐な表現になるが桜香は完璧だ。
人間に完璧が無いとは言え、見つからなければ完璧と言ってもいいだろう。
誰もがこう合って欲しいと思う天才像を具現したように生きている。
誠実で真面目で才能に驕らず誰とでも同じ目線で話す。
物事には全力で取り組み、努力を欠かさない。
その上で美人。
「中途半端なら嫉妬もできるけど、あそこまで突き抜けると嫉妬することすら自分が惨めになるだけね」
「あれに対抗できるんだから『皇帝』のナルシストも少しは理解できちゃうかも。ある意味では『皇帝』の方が人間らしいのかしら」
「私は優香ちゃんに同情しますよ。あれが姉なのだから鬱屈した感情を持っておかしくないのにあれだけ真っ直ぐに育っただけでも奇跡です」
「そうね。桜香が姉だと私もつらいと思うわ」
優香が内罰的傾向を持ったのも当然だろう。
桜香が光り輝く程に情けないのは自分になる。
こんな素晴らしい姉に嫉妬するなんて、と負の感情すら自分にとって欠片もプラスにならない。
恨める程傲慢な人間ならば問題はなかっただろう。
怒りを糧に奮起できた、悔しさや怒りは時に人間を大きく飛躍させる。
感情という燃料として使い方さえ誤らなければ最上のものはそれらの思いだからだ。
そういう意味では桜香は罪深かった。
妹からそういう感情を抱く機会すら取り上げてしまったのだから。
「人間味がないけど仕方ないよね。桜香ちゃんも間違っていないことをやめる理由はないし」
「妹に気を使えっていうのも変だしね」
桜香には友人も多い、明るく誠実な性格は後輩からも慕われている。
しかし、彼女は孤独だろう。
どうしても精神的に彼女には後れを取ってしまう。
人間というものは横並びでないと歪みな関係になってしまうからだ。
「自然と桜香さんを中心にする形になったのもその辺りが原因ですよね」
「そう、だから桜香ちゃんのためにも勝たないとダメ」
「出来るのか、どうかって問題があるけどね」
1人の後輩を思い、立夏は再度の決意を固める。
先輩として後輩に全てを押し付けた形になったのを彼女は恥じている。
だからこそ、敵対することでその借りを返そうとしているのだ。
仲良しこよしだけがその人のために出来ることではない。
桜香とて人間なのだ。
当たり前に精神的な負荷は掛っている。
「真由美たちにも期待はするけど準備だけは進めるよ」
「ええ、そうね」
「式の改良は進めてますから、大丈夫ですよ」
優香との戦いはあまさず活かす。
決意を胸に立夏は戦場の桜香を見詰めるのだった。




