第83話
「は~い、みなさ~ん、おはようございます~」
『おはようございます』
10月も中旬に入った月曜日。
ホームルームの時間で担任教師の大山里奈が穏やかな雰囲気で連絡事項を通達する。
通達内容は主に文化祭の話だった。
健輔のたちのクラスは1部の生徒が出し物を企画したらしく文化祭も出店側で参戦することになっている。
健輔は準備にほとんど関わっていないが祭りの前の空気は嫌いではなかった。
「文化祭のほうは~委員長を中心に~自由にやって下さいね~。このクラスで大会にレギュラーで出ているのは~佐藤君と高島君、後は湊くんぐらいですので~。それ以外の方は協力をお願いします~」
『はい!』
「ありがとう~。後は体育祭、催しものの方ですね。そろそろチーム分けと当日のゲームが発表されるので楽しみにしていてください」
ざわッと僅かに教室が熱気で満ちる。
天祥学園では体育祭と文化祭は同時開催になっている。
メインは文化祭であり、『魔導に触れ合ってもらう』という名目で一般にも大きく解放された祭りとなっている。
戦闘カリキュラムという言葉などが象徴するようにどうしても魔導には野蛮な印象が付き纏う。
それらを払拭するために文化祭には並ならぬ熱意が注ぎ込まれているのだった。
魔導を用いた独自の催しものなら公序良俗に反しない範囲でかなり事が許可される。
有名どころだと空中喫茶などあった。
空にある喫茶店というだけだが、魔導ならではのものであると言えるだろう。
一方の体育祭だが、こちらは祭りといっても行われるのは1つの行事だけで普通の学校の様に競技を行ったりはしない。
そもそも日常的に戦っている魔導師はそんな普通の体育祭では楽しめなかった。
故に、体育祭では1~3年までを特定理由で2つにチーム分けを行い、学園エリアだけでなく全エリアを対象にした催しを行う。
去年は総員激突、大サバゲー大会を行ったらしい。
妨害要因として参加した大学部、一般客も楽しんでくれたよい催しだったとのことだ。
『圭吾は何だと思うよ?』
『噂はいくつかあるけど、そうだね。どれでも面白いと思うよ』
『ちゃんと答えろよ……』
『無粋なネタばれはしない主義なんだ』
『ケチめ』
「は~い、みなさん、楽しみなのはわかったので~後にして下さいね~。後~佐藤君~、隠蔽がうまくなったのは褒めてあげますけど~念話はダメですよ~」
「げっ」
「後で、職員室です~」
クラスメイトから上がる笑い声に顔を赤くする健輔だった。
「悪戯はダメですからね~」
昼休みに職員室に顔を出した健輔に里奈はその一言だけで済ましてくれた。
気の緩みからか、つい学校で禁止されている念話を使ってしまった。
発信者である健輔をあっさりと見つけてしまう辺り里奈の魔導師としての力が垣間見える。
「圭吾たちに合流するか。軽くパンだけ買っていこう」
食堂にいるだろうチームのメンツを思い、パンだけ買うことを決める。
あまり待たせる様な真似はしたくなかった。
「あん? 何だあの人だかり?」
購買に足を向けようとした健輔が電光掲示版の前に張り付く人の集まりを見つける。
黄色い悲鳴や歓声と男女問わずの熱気に満ちていた。
「はーん、あれが体育祭のやつか」
得心した健輔は頷き自身も確認に行く。
圭吾たちが見ていないならばちょうど良い話の種になるだろう。
「今年は何かな、っと」
多少遠くても視力を強化すれば済む話だった。
日常でも躊躇なく魔導を使うようになった辺り健輔も大分天祥学園に染まってきていた。
魔導師としてのレベルも高くなっている健輔は許可されている魔導の行使レベルも相応に高い。
日常における魔導の行使段階は10段階で分けられおり、健輔は5番目だ。
この辺りはチームで激戦を繰り広げているものの特権だった。
「え……マジで。いや、頭おかしいだろ」
目に映った信じられない企画に一瞬、企画者の正気を疑う。
何度も目を擦ったがそんなことで現実は変わらないため意味がなかった。
念のため写真の撮影とメモだけ取ってその場を後にする。
「とりあえず、メシに行くか……」
予想よりも過酷な企画にダウナーになったが気を取り直して食事を買いに行くのだった。
「鬼ごっこ、ですか?」
食堂のいつも一角。
半ば定位置のようになってきた4人掛けのテーブルで優香たちは待っていた。
「そ、今年は鬼ごっこだとさ」
「男女対抗鬼ごっこ……。なるほど、今年はそういう風に分けるんですね」
「これ、最初に見た時も思ったんだが、企画者の頭おかしくないか?」
「葵さんは捕まえる前に昇天させそうだよね。うん、健輔の言う通り頭可笑しいね」
「男側罰ゲームじゃないの? これ……」
健輔が知る上位の魔導師=女子が多い。
無論男側も弱いわけではないが香奈子と真由美がタックを組む時点で男にとっては悪夢でしかない。
後衛魔導師で世界基準で考えても3本の指に入る存在が2人も敵にいる。
――男女対抗鬼ごっこ。
今年の体育祭の催し物が大変なことになりそうだった。
「しかも、女子が鬼役……」
「先生とかは遠まわしに男子に死ねと言っているのかな」
「もうちょっと戦力比考えろよ。いや、マジでさ」
男子が子役で女子が鬼役として追いかける。
撃墜した場合はタッチされた扱いになり、捕縛陣に送られる。
男は1人でもいいから制限時間の3時間を逃げ切れば勝利。
逆に全員掴まれば女子の勝利とわかりやすいルールとなっていた。
当日に必ず響き渡る男子の阿鼻叫喚にさえ、目を瞑ればよい企画であると言えるだろう。
美咲や優香も幾分気の毒な顔をしている。
「……一体、何人生き残れるんだろうな」
「そう、だね。なんか男性魔導師が警戒に吹き飛ばされる光景が見えるよ」
近い将来に起こるであろう光景に目が僅かに潤む。
試合に出ている男性魔導師はまだいいが、あまり試合慣れしていないのが魔導砲撃に飲まれたりしてトラウマにならないかだけが心配だった。
「……久しぶりに真由美さんと真剣に戦えるんだと、前向きに考えるしかないな」
「胸を借りるわけですね」
「優香ちゃんは借りなくても……って違うよね。……はあ、疲れてるのかな」
「美咲さんはバックスだからね。僕らとは違う意味でストレスもたまるだろうさ」
「……うん、ありがとう」
大会中は美咲でなくてもストレスも疲労も天井知らずに積み上がっていく。
魔導の恩寵で肉体的な疲労面に関してはそこまで目くじらを立てずともよいが、気疲れというものはどうしようもない。
直接戦場で発散している戦闘系魔導師と違ってバックスなどの後方魔導師は発散方法も自身で考えねばならない。
「バックスは大変だよな。俺たちはとりあえず試合終わったら一息吐くけどそっちはむしろそこからが本番だもんな」
「うん。実戦で稼働した術式データは重要だからね。みんなの適性にあった型とかも考え出すと夜も眠れなくなるよ……」
「ああ、うん。いや、お世話になってます」
「同じく、ありがとう」
「ありがとうございます」
「え、いいよ。好きでやってることだもん」
バックスの見えない努力で健輔たちは最高のパフォーマンスを発揮できていることを忘れてはならない。
照れくさそうに笑う美咲に笑い返して、改めて胸中に刻むのだった。
そしてそれと同時に体育祭への憂鬱も心に残るのであった。
「うんうん、大体出揃った感じだよー。皆さんお疲れ様でしたー」
『お疲れ様でーす』
大会運営本部。
天祥学園の魔導競技全てを取り仕切る頭脳であり、身体でもある場所はある種の解放感に包まれていた。
試合はまだまだ続くが運営側では一区切り付く出来事があったのだ。
それは優勝候補の予想である。
多くの試合が取り行われている中で力の入れ方、言い方は悪いが贔屓するチームを見つけないといけない。
例えば機械実況ではなく人間を当てる。
来場者が多くなりそうだから警備部に連絡をする、などと多岐に渡る部分があるため運営側はランク付けついでにそういった情報も収集しているのだ。
大凡の結果が出たため、今年のチームごとの戦闘力評価が完了した。
これは放送部としてはもっとも慌ただしい物が終わったことを示す。
体育祭などのイベントはまだまだあるが、少しの解放感程度味わって問題はないだろう。
「例年よりもちょっと遅かったけど、妙なイレギュラーもなく大凡事前の予想通りになったね」
「ですな。部長的には満足で」
「うむ。褒めてつかわす」
「なんですか、その言い方?」
「偉そうでしょう? 君は真面目だなー。眼鏡掛けてるし」
「眼鏡は関係ないでしょう! 眼鏡は!」
放送部部長と副部長が熟練の掛け合いを披露する後ろで1年生の紫藤菜月と斎藤萌技は纏められた表を見ていた。
「もえちゃん」
「そうよね~。なっちゃんはずっと『クォークオブフェイト』の人たちの試合を担当してるから勝って欲しいよね~」
「うん。同級生とクラスメイトもいるからね」
菜月は形の良い唇から息を吐く。
あまり良いことではないがこれだけ試合を重ねれば情の1つも沸いてくる。
実況を行う際にどちらかに肩入れすることなどはないがプライベートでは応援していた。
「お、なっちゃんも気になって見にきたの?」
「部長」
何故か捩じり鉢巻きをしている部長は爽やかな笑顔で菜月に話しかける。
「ふふん、贔屓のところの判定が気になる感じですな?」
「はい、その、どうなってるのかなって」
「いいよー。やっぱり自分の学校のことなんだから興味持って欲しいよね」
ニコニコしている放送部部長は表を指差し持論を語り始める。
「さて、今年のデータでは例年と違うところにも着目しています」
「違うところ?」
「実力・人気・実績。ま、ざっと纏めるとこれで評価してたんだけど、今年からは新しい要素も加えてあります!!」
「おー、パチパチー」
萌技の気の抜けるような応援を受けて部長は「ふふん」と自慢げな顔を作る。
まだ本決まりではないとは基本はこの試作データを基準に来年度の格付けなども算出される。
自慢げなのはわかるがあまりのドヤ顔に少しイラっとくる菜月であった。
「多分、『アマテラス』は残るわね。問題は残りの2組。ここも近く結果が出そうなのよね」
「『魔導戦隊』と『クォークオブフェイト』」
「まあ、予想だけど割と重要な1戦になると思うよ」
菜月の視線の先にはランク付けされたチーム表がある。
Sランスには3チーム、Aランクには5チーム程。
強豪とされている中でも別格が3チームあり、対戦の結果次第だがここが世界戦に行く可能性が高かった。
「さて、どうなるかな。『クォークオブフェイト』は『ツクヨミ』ともうすぐだよね?」
「はい」
「うんうん、実に楽しみですよ。あそこは面白くて楽しい試合を見せてくれるから大好きだ」
ワクワクしている部長を尻目に菜月は先を思い溜息を吐く。
「頑張って下さいね」
健輔たちの知らないところで応援してくれている人たちがいるのだ。
多くの人の思いを載せて今日も1日が終わりに向かっていくのだった。
「う~ん。どうしてそんなに~機嫌が悪いの~? 教えてくれないかしら~」
『……機嫌が悪いわけではありません』
「でも~答えてくれないじゃない~」
叢雲のラボの一角で机の上に置かれた杖と対話するのんびりとした女性がいた。
常に笑顔を絶やさない女性には珍しくも困った表情をしている。
語り掛けられている杖は人間ならば溜息を吐きそうな様子で話し出す。
『私のマスターのデータは見せていただきました。私が最善のスペックを発揮するのにはこの魔導機では不十分です』
「あらら~。もしかして、自己審査? すごいわ~もうそんなことができるようになったのね~」
『マイスターはぐらかさないで下さい。どうして、私の登録スペックよりもこのボディは低いのですか』
「うふふ、それはね~」
「あなたが気付くのを待っていたんですよ」
「あ、彩夏ちゃん、ひどい~。先に~バラしちゃダメだよ~」
里奈が自信満々に言おうとしたセリフを横から攫っていった彩夏は悪びれた様子も見せずに『陽炎』に語り掛ける。
「佐藤君の武器は自己判断ぐらいできないと話にならないですから」
『……つまりは性能試験だった、と?』
「ええ、でも自分で言い出さなかったのはマイナスですよ」
『……理解しました。マスターには遠慮せず忠言するようにします』
「それでいいですよ。多くの情報から決断するのがあなたの主の仕事ですから」
彩夏と『陽炎』のやり取りもニコニコしながら里奈は見ている。
初期から考えれば恐ろしいまでの進歩だった。
里奈が世話をしていた時はAI然としたものだったが、今やまるで人のような判断力を持っている。
学習し、進歩する。
人であれ、AIであれ成長を見ることは里奈にとって嬉しいことだ。
『マイスターはもう少しわかりやすいようにお願いします。あなたの言う事は私には難しい』
「でしょうね。人間でも里奈のことはよくわからないのですから、難易度は推して知るべし、ね。あなたのマスターはわかりやすいから安心しなさい」
「え~、私もわかりやすいと思うけどな~」
『彩夏の言う通りです。マイスターには反省を願います』
「は~い。ごめんなさい~」
健輔の新たな剣の準備も進んでいた。
大会の最中でも各々、己が足りないものを埋めるために行動する。
誰だって負けたくはないのだから。




