第81話
医務室で検査を済ませて着替える外に出ると何やら思案顔で待っている人物がいた。
「ん、なんだ優香か。先に行ったんじゃないのか?」
「あ、いえ、その、私のために無理をなさったみたいなんで」
「ああ、別に気にすんなよ。あれが最善だと思っただけだから」
優香が少しバツの悪そうな顔で立っている。
真面目な彼女なので庇われたことを気にしているのだろう。
健輔は軽く笑い返した。
「ああ、後おめでとう。ようやく、きちんと扱えるようになったんじゃないか?」
「え、あ、はい。でも、健輔さん知ってたんですか?」
「いんや、知らないけど」
「……へ?」
優香の間抜け面、とでもいうのか。
崩れた表情でも絵になる辺りに世の理不尽を感じつつ健輔も種明かしをする。
「簡単だ。勤勉で努力家、その上才能もある魔導師が何故だか知らないけど妙に自分の力に懐疑的なんだ。そこには何か理由があるだろ?」
「……はい、その、お話してもよろしいですか?」
「どうぞ。まあ、無理には言わなくてもいいぞ」
「いえ、きちんと話しておきたくて」
「今まで手を抜いていてごめんなさい。みたいな理由ならいらんからな」
「っ、それは」
「図星かよ。あれだな、頭良いといろんなこと考えて、袋小路になるって本当なんだな」
半年間の間に随分気安い関係になったものだと苦笑してしまう。
健輔にとって、変わらず高嶺の華である少女は最近殊更人間的魅力を身に付けてきていた。
完璧で隙のない人間よりも少しは粗がある方が誰でも共感できる。
常に澄ました顔をしているよりもクスクスと笑ってくれている方が好感度は高くなるものだろう。
しかし、感情表現が豊かになった変わりに生来の気質、とでもいうのか優香にはそういうものが見え隠れするようになってきていた。
「失礼かもしれんがもしかして、今の方が地じゃないのか?」
「え、いや、その地、ですか?」
「俺は詳しく知ってるわけではないし、話したこともほとんどないがなんていうのか今の方が自然だ。こっちの方が好きなんで何も問題はないけどな」
「え、す、好き! ですか?」
「え、そこ反応すんの……」
脱線しそうになるのを咳払いで引き戻す。
赤い顔であわあわ言っている優香。
1学期のクールな九条優香はどこに行ったのかと少し肩を落とす。
あれはあれで健輔からすると大人びて好みだったのだ。
「と、とにかくだ。どっちかと言うとごめんなさいとか言われる方が男は傷つくから言わなくていいんだよ」
「……そうなんですか? はい、わかりました」
「サンキュー、めんどくさくてすまんね」
「ふふ、私がお礼を言うべきなのに変ですね」
硬い空気が大分解れてきた。
優香は内罰傾向が極めて強い。
今日はそれがいい方向に回ったパターンだが本来はあまり良いものではないだろう。
『オーバーリミット』の使用を躊躇っていたのも、健輔の予想が正しければ1度どこかで自身の未熟が原因で失敗しているからだ。
その時、周囲に間違いなく何か影響があったはずである。
「んで? 結局、理由はなんだったんだ?」
「……中学生の時です。私は――」
中学、内部生の頃からここにいる優香は当然魔導の授業を行う。
本格的な戦闘練習などはないが組み合いや個別技能の取得などは行われていた。
どれほど優香が優秀な魔導師であろうと己が身の丈を超えた能力が突然覚醒したら、手綱を取ることなど不可能だっただろう。
収束系の能力が暴走した場合は身体が内部から爆発しそうになる。
膨れ上がる感覚は当時、中学2年生だった優香に苦い恐怖を刻み込んだ。
「だが、それだけじゃないだろ?」
「それもわかるんですか? はい、まだ続きがあります」
ここで悲劇的、とでも言うべきだったのだろうか。
教師が見ている前だったし、優香が並の魔導師だったならば突然起こった身体の変化に泣きじゃくり、気付けば教師に助けられている。そうなっていたはずだろう。
しかし、なまじ中途半端に枠を超えていた彼女は咄嗟に魔力を外に逃がしてしまう。
初覚醒した膨大な魔力を無差別に周囲に放り出す。
簡単に言えば絨毯爆撃を不意打ちで仕掛ける様なものだ。
幸いにも死者は出なかった。
授業中でもある程度の防護フィールドは機能していたし、優香が未だ系統選択をしていない時だったのも幸いした。
「先生たちも悪くないと言ってくれましたし。級友たちも許してくれました。ただ……」
当時、一緒に練習をしていたもっとも仲の良かった友達は直撃を受けて1週間程度だが入院してしまい、そのまま天祥学園をやめてしまった。
親の意向もあったが本人が魔導を怖がってしまったのだ。
「あんな形でなければあの子もまだここにいたと思うんです。何より、姉は同じ状態で完全に制御しました」
「ふーん、そういうわけか」
「健輔さん?」
優香の自己評価が低い根元の原因がこれだったのだ。
姉はできて、自分はできない。
しかも周囲に被害まで与えていたらそりゃ、内罰的なやつなら自分が悪いとなる。
優香の能力覚醒に関しては本人ですらどうこうできるものではないし、あえて責任を求めるなら教師のものだろう。
責任者とは責任を取るためにいるのだから。
ここで桜香も失敗していたならここまで深くは考えなかったのだろうが、桁違いすぎる姉は易々と乗り越えてしまったのだ。
「優香」
「はい?」
「後、そうだな。ツクヨミと戦って、魔導戦隊を倒したらアマテラスだ。そこでお姉さんを倒そう」
「え……は、はい!」
「うん、ちょっとやる気出てきたな。後、謝んなくていいから早く完全にものにしてくれよ?」
「はい! 今度こそきちんと制御してみせます!」
何故かやたら明るい笑顔の優香と連れ立ち健輔は学園へと帰る。
健輔からすれば気にしすぎだったがそこに何かを言うのはお門違いであろう。
ただ彼的に気に食わないことがあったため、戦う覚悟だけは決める。
そんな試合後の一幕だった。
「なんかあれな感じだったね。こう、糠に釘って言うのかな」
「手を抜いていたというよりも悟られないことを優先していたな」
「やっぱり? となるとこっちは塩を送ってもらった感じかー」
部室で真由美が隆志と試合の所感を交わす。
立夏たちの狙いはどこにあったのか、そして何をしようとしていたのか。
「アマテラスの本気を引き出すのは相応のチームが必要だ。あそこに勝つまでを視野に入れるなら桜香の撃墜だけでは不十分だからな」
「仁あたりのこともよく知ってるしね。ふーん、なるほど無敗だと2分の1の確率で陣地戦だもんね。そこをいやがったのか」
「莉理子が立夏に専念しているはずだ。最後まで罠を疑ったがそこまで考えるのも計算づくだろうさ」
早奈恵が僅かに毒吐く。
真由美たちの美学からするとあまりそういうことをされるのは好みではなかったが贅沢を言える立場ではなかった。
各チーム目標は違うのだから、それの達成に最善を尽くすのは当然である。
「真面目にやってたけどあれは全霊じゃないよね」
「莉理子が去年レベルのままだった。ありえんよ、あいつは技術を磨けばそれだけで強くなる。奥の手は隠しきったな」
『明星のかけら』は第1目標がアマテラス打倒でそれ以外は二の次だ。
そう考えれば不自然な陣の差配にも納得がいく。
ロマンの塊のような立夏対優香を行うわけである。
「第1目的は出来れば、優香ちゃんを撃破した上で右翼からの攻勢で勝利ってところか」
「第2は仮に負ける場合も対桜香用の能力が通用するのか、そこを計るってとこだろう」
そう考えると負けることにも意味があるのがわかる。
試合ルールの選択権はこのまま1敗していれば保持できるのだ。
「うまいことやるなー。こう、強かだよね。負けてもいいようにできるチームはそんなにないよ」
「あそこは弱点がない。戦力が安定しているが故に計算が楽だからな」
流石の強豪チームである。
転んでもただでは転ばない。
「次のツクヨミもめんどくさいよね」
「確実にレース戦だな。あそこはあれが得意だ」
「あのトリガーハッピーたちはめんどくさいよね」
「葵のような性格をした真由美しか存在しないチームだ。あそこまで突き抜けると逆に感嘆する」
「うん?」
未だ道のりは途上、世界大会優勝までは遠い。
しかし、一歩ずつ彼らは歩んでいく。
頭を抱えながらもツクヨミの対策を始めるのだった。
3貴子が1つツクヨミ。
『アマテラス』『スサノオ』に続く伝統と歴史を持つチームだがこのチームは前2者と明確に違うところがある。
それは、
「うーす、いくぞー」
『はーい』
なんというか、緩いのである。
アマテラスは大分裂する前も後も世界を目指しているし、事実として最強のチームだ。
スサノオも現在はスーパーエースの不在もあり振るわない成績だが決して弱いチームではない。
しかし、ツクヨミは違う。
これは彼が弱いとかそういうのではなく、純粋に魔導好きが集まっただけのチームなのだ。
他チームが部活ならばここはサークルをやっている、大体そんな感じである。
実際、今回エントリーしている47チームの中にはお遊び気分のチームも多い。
母数が増えればそういうことになるのは必然であるし、何より悪いことをしているわけはないので問題はなかった。
そういうチームはやはり心血を注いてでいるチームに勝てないからだ。
「あー、やっぱりあの『凶星』のチームが来るわ」
「うお、あそこかー。誘ったけど入ってくれなかったんだよな?」
「うん、『良いチームだけど私が欲しいものとは違う』って言ってたかな、多分あの人は世界大会で優勝したいんだと思うよ」
「かー、それじゃあ、俺たちは無理だな。『どんな時も楽しみましょう』が標語だからなー」
「そうだね。気持ち良く攻撃して、気持ち良く試合を終えるのが1番だ」
2人の男子生徒が緩い雰囲気でお菓子を食べながら駄弁っている。
ツクヨミの方針は2人が話していた通りの『楽しくやろう』に集約される。
それは自分たちだけでなくみんなで楽しもうという意味での目標だった。
自分たちだけなら簡単だが相手も楽しいとなると難しくなる。
特にこの傾向のチームは実力が低くなってしまう。
弱い相手と戦っても敵は楽しくない。
しかし、練習に本格的に取り組むと楽しくなれずに脱落する生徒が増えてしまう。
それらのジレンマを解決するために彼らは近接戦を捨てた。
「いつものぶっつけ本番、大ぶっ放し大会ではダメだろうね~」
「なるべく作戦を考えていこうか。……最後はいつも通りになってしまうかもしれないけどさー」
魔導において、技能として難易度が高いのは近距離と遠距離のうち近距離になる。
常人を大きく超えた性能――スペックはそれ自体が武器となるが同類同士では大きな意味を持たない。
そこで近接技能を磨く訳だがやはり練習時間というものが立ちふさがる。
魔導にほとんどを注ぎ込む情熱があるならば問題はない。
しかし、それができないものを切り捨ててしまっては楽しくやれない。
だからこそ、遠距離に特化したのだ。
近接技能を全て捨てて遠距離に局限化された大火力集団、それがツクヨミである。
「バックスはどうしようか?」
「レースならなしでも私たちならやれるよ」
「侮るのもなー。俺、『終わりなき凶星』はデータ見たけど、すごい綺麗な砲撃なんだぜ?」
「そうなの? 他所の試合って情報だけで終わらせちゃうから、私あんまり知らないんだよね」
「基礎から凄い綺麗なんだよ。一緒に見るか? 正直、あの人競うのは楽しいと思うぜ」
「そうだよねッ! アメリカのハンナさんもそうだけど、派手さに目がいきがちな砲撃系であんなに精密な人いないと思うんだ」
わいわいと話し合う男女4名。
これまでの強豪チームのように執念めいた魔導への思いや、強烈な目的意識はそこにはない。
普通の学生と同じく趣味として、または遊びとして魔導を嗜んでいるのだ。
相応に痛い思いをすることもあるがその程度は軽い代償だと考えていた。
「おいおい、もう少し真面目にやろうぜ」
「ぶー、リーダーだけなんか他人事みたいだよー。後衛魔導師のプライドはどうしたー」
「そうだそうだ!」
「まったく。そんだけ凄い人とやるんだから全力でやらないと楽しくないだろ? 遊びだからこそ、全力で。うちの標語じゃないか」
「わかってるわよ。もう、じゃあ、私から提案するわ」
「あ、私もあるよー。レースじゃなくてみんな並べてドカーンッ! 戦法はどうかな?」
「俺たちがあの人にドカンされるんじゃね?」
「あっ……」
アマテラス、スサノオ、ツクヨミ。
毛色は違い、目的も違うが学園の顔となるチームとして過不足ない実力を備えている。
その中でもツクヨミは異色だろう。
強豪も、中堅も、そして弱小もあそこと戦った際は仮に敗北したとしても、笑って納得するのだ。
――楽しかった、と。
競い、高め合うのが学び舎の本懐。
ある意味でもっともそれに忠実なチームがツクヨミである。
最強のチームは『アマテラス』。
だが、影で言われていることがある。
最高のチームは『ツクヨミ』だ、と。
最強への前哨戦として、最高と戦う試合形式は『レース』。
いつもとは違う戦いに健輔たちは対応できるのだろうか。




