第80話
『「剣よッ!!」』
魔導陣が展開されて剣群が招来する。
立夏の基本戦法はこの物量で相手の障壁を削り、刃の群れで心理的動揺を誘ってから近接戦に持ち込むことだ。
如何に超人的な能力を持っている魔導師とはいえ基本は人間だ。
万能防御たる障壁があるとはいえ、目の前に突然、剣が現れて自分の方に飛んでくるなら反射的に驚いてしまう。
ましてや、戦闘行為に身を沈めていても基本は高校生なのだ。
一定数の例外を除けば心理的な負担は大きい。
また視覚効果も外せない。
視界を埋め尽くすほどの剣を見て、まず人が思い浮かべるとはどうやって『防ぐ』のかということだ。
選択肢としては『回避』か『防御』がとっさによぎるだろう。
そして、立夏の情報から防御を選ぶ。
『回避』も悪くはないが、立夏は高機動型の魔導師なのだ、そこと機動力で競ろうとは普通は考えない。
それならば、どうやって被害を最小限にするかを考える方が建設的だ。
どうせ、一発は大したことはないのだから――。
その心理を立夏が狙っているしても、普通はこのように考える。
『「この攻撃、防げるかしら!!」』
立夏の方もそのように思考を誘導することを心掛けている。
所詮、言葉1つにしか過ぎないが決定的な場面には小さな積み重ねが物を言う。
大雑把に見えて経験から積み上げた確かなで緻密な戦闘論理。
それこそが橘立夏の持ち味だった。
真由美や香奈子、そしてハンナのような華や派手さはない。
エースというのが盤面を1人でも覆すものを言うならば、彼女は不適格だった。
今だに固有能力さえ目覚めない辺り、凡人であることに疑いようはない。
しかし、それと強さは無関係である。
ある意味で彼女は健輔の延長線上にいる、そしてそれを誰よりも痛感しているのは戦っている相手だった。
「防ぎません。超えていきます」
『「っ!」』
優香は目前の強敵に油断を微塵も抱かない。
余計な思考のせいで見えていなかった立夏の戦い方も今は把握できていた。
自らを庇って落ちたパートナーと似ている対戦相手、侮るはずがない。
水色の光で彩られた瞳が冷たく立夏を見詰める。
『「その目、お姉さんにそっくりよ!」』
「そう、ですか。ありがとうございます」
優香はその言葉に僅かに戸惑う。
言葉1つも武器にしてくる、彼女にとってはやりにくい相手である。
しかし、負けられないのだ。
動揺を打ち消して、全身から魔力を放出しながら近接戦に応じる。
『「くっ……!?」』
「はあああああ!」
立夏は近づけさせないように剣群を叩き付けるが魔力で格段に防御力が上昇した優香は力技で突破を図ってくる。
「てりゃああああ!」
『「ッああああああ!!」』
双剣の魔導機同士を激しく打ち合わせ、着かず離れずに彼女たちは斬り合い続ける。
互いに一歩も譲らない。
健輔では対処不能だった剣群も優香の前では大した効果を持たない。
剣群の攻撃力を優香の魔力による防御が上回っている。
剣群はその性質上、攻撃のタイミングをずらすことができない。
そこに目を付けた優香が魔力の噴出で軌道を逸らしているのだ。
立夏が浸透系でない以上、軌道を逸れた剣は明後日の方向へと飛んでいく。
『「それは対策済みよ!!」』
「『雪風』!」
『了解しました』
しかし、そんなわかりやすい弱点を放置したままにしているはずがない。
再び魔剣群が招来される。
自動追尾に魔力付与を加えた魔剣たち、魔力の消耗に体は悲鳴を上げているが立夏に顧みる余裕はない。
通常の剣とは違い、オレンジと藍色の魔力光を発している剣たちは払われても再び優香に襲いかかる。
全力の立夏が想定しているのは優香の姉たる桜香なのだ。
桜香ができることは全て対処してある。
今度こそ、魔剣たちは優香を貫いたように、
『「手応えがない!?」』
見えた。
確かに剣は優香を直撃したはずなのに、ライフダメージのアナウンスが掛らない。
何より、直撃したはずの剣が下に通り過ぎて行っている。
『「そのブレ、まさか幻影!」』
「当たりです!!」
優香の身体が僅かにぶれている様に見える。
光を操り自身の本体を僅かにズラしている。
遠距離戦では小細工の類だが、近接戦では効果が大きい。
『「間合いが!?」』
「はあああ!!」
魔導機の間合いが把握していたものよりも伸びているように見える。
優香の体躯が大きく、いや小さくなっているように見える。
あるいはそのどちらともなのか。
水色の乙女は相手を幻惑して、己が舞台に引き摺りこむ。
『「っああああ!」』
「やあああ!」
剣が飛び交う中で2人は魔導機で斬り結ぶ。
立夏の剣群は優香に接近を許したため、本来の力を発揮しきれなくなっていた。
また、斬り合いも立夏側の負荷が大きい。
パワー型ではない彼女がパワー型でもある優香と鍔迫り合いを行うのは些か以上に無理がある。
『「きゃああああ!」』
「『雪風』、ブレイクモード!!」
『了解、術式解放。パワー型へと配分を行います』
弾き飛ばした立夏に追撃を行う。
パワーでの問答無用の蹂躙、魔力の輝きを強くしながら彼女は進撃する。
託された分に応えるために。
しかし、
『「っ、まだよ!」』
立夏もまた託されたものがある立場である。
叫びに従い剣群が再び優香を襲う。
体勢を崩す為とはいえ、距離を作ったことで立夏の剣が再び生きるようになっていた。
「いつまでも同じ手で!!」
魔剣が優香を襲う、その瞬間に剣に罅が入る。
『「どうして!?」』
「自動追尾、魔力付与。いくらあなたが創造系の名手とはいえ詰め込み過ぎです!」
『「耐久力を!」』
「はあああああ!」
一見、完璧に見える魔剣にも弱点が存在する。
いろいろと詰め込みすぎた結果、耐久力が落ちているのだ。
並の魔力ならともかく現在の優香ならば、意識して魔力同士を反応させれば内部から崩壊させるのは容易かった。
術式を刻むということは外部からも干渉できるということである。
「もらった!!」
剣群を凌ぎ、魔剣も封じた。
立夏に逆転の術は存在せず、このまま切り込めば優香の勝利だ。
本当にそうなのか――。
脳裏に疑問が掠める。
ここまで用意周到な戦い方をする相手が魔剣対策に気付いていないことなどありえるのか。
仮に、健輔ならばどうするか。
そこまで考えた優香は一太刀与えるその瞬間に急停止を行った。
『「なっ!」』
「やはりッ!?」
用意されたように立夏との間に現れる魔導陣。
空中のどこにでも生み出せるのなら、吹き飛ばされた方向に設置することも容易いだろう。
つまり、ここは優香を誘い込むための罠。
今、笑みから驚愕に変わった立夏の表情がそれを示していた。
『「っ! 曙、発動!!」』
『終の段、剣の山、発動』
『「いきなさい!」』
「魔導機を投げる? あの時の技、と同系統で――」
間一髪で気付いたとはいえ立夏の罠にいることは変わっていない。
立夏が魔導機を優香に向かって投げつける。
思い返されるのは試合の初めに行われた術式の遠隔起動だった。
そこに思い至り、優香の背筋に寒気が走る。
固定された魔導陣と逃げ道を塞ぐように投げられた魔導器――2つの要素が結合するよりも早く優香の体が動く。
「『雪風』! 全力解放!!」
『了解しました』
『「聡いッ! でも、もう遅い!!」』
優香の左右、上下そして立夏との間に出現した魔導陣から剣が飛び出してくる。
1つの陣辺りに都合100は剣が見えている。
その全てが魔剣、崩壊させるのは可能だが数が多い。
どうやっても何発かは貰ってしまう。
「正面から粉砕する!」
『「前に出てくる!?」』
ならば、ここで防御を捨てる。
優香は相手を凌駕する攻撃を持って粉砕することを決めた。
双剣状態の『雪風』が激しく輝く。
『オーバーリミット』のギアを暴走ギリギリまで引き上げて一気に注ぎ込む。
魔力がチャージされた『雪風』を勢いよく振りかぶり、優香は×の字で正面に振り下ろした。
「術式起動! 『蒼い閃光』!」
『発動します』
名前の通りに水色の閃光が放たれる。
過剰収束能力『オーバーリミット』、これをようやく使いこなせるようになった優香はある意味で3系統を手にしたも同然である。
『蒼い閃光』――優香の全ての魔力を注ぎ込む1撃限りの大砲だった。
『「しまっ!?」』
「くっ、剣が!」
優香の正面の魔剣群ごと立夏を蒼い光は飲み込んでいく。
放たれた魔力の余波で周囲の魔剣もいくらか数を減らすが、魔力の残っていない優香に防ぐ手段は非ず、直撃を受けるのだった。
『九条選手、ライフ40%。橘選手、ライフ20%。右翼の陣から後退します。『曙光の剣』と『蒼い閃光』の対決は『蒼い閃光』の勝利に終わりました!!』
『……2人共かっこいいな~。尊敬しちゃう~』
『え、あ、いや、し、試合が大きく動きました。そろそろ3分経ちますので佐藤選手ならびに源田選手がフィールドに復帰してきます。しかし、エース同士での対決で敗北を喫した『明星のかけら』士気が心配です』
「……割とズタぼろ。まさか、こんなに強いなんて……」
閃光に飲まれながらもなんとか右翼から脱出した立夏だったが、ダメージが大きすぎた。
優香も追撃をかける余裕がないからの判断だったが、僅かに落ちるまでの時間が伸びた程度しかない。
あのタイミングでここまで判断した辺りに、彼女の強さがある。
合一化は既に解除され立夏は疲労を滲ませながら左翼への合流を急ぐ。
合一化はメリットだらけに見えるが弱点もある。
融合中はかなりの全能感、とでもいうのだろうかとにかく特殊な感覚を得ている。
そこから放り出されることで心身ともに急激に消耗する。
もはや序盤のような戦闘は不可能であった。
『……すいません。地力を見誤りましたね』
「ううん、作戦は私も承認したもの。それに言い方は悪いけどこの試合は負けるのも含めて私たちの思惑通りよ」
『……立夏さん』
「1回ぐらい負けて潰える夢じゃないわよ。……私の仲間はみんな癖があるでしょ? だから、あんまり気負わないで」
『はい、では続きも予定通りに』
「うん」
念話を切って、速度を上げる。
今は中央に集中しているが真由美が気紛れに狙ってきたら防げる余裕はなかった。
「これはダメかも……。うん、次代は育ってるってことか。この年で年齢を痛感するとは思わなかったな」
『藤田選手、続けざまに中央の3名を撃破! これでカウントが飽和したため、源田選手から順に戦場への復帰が取りやめられます! これは決まってしまったか!』
『佐藤選手が復帰しますよ~。皆さん、最後まで諦めないで下さい~』
必死に逃げる立夏に凶報が入る。
中央の壁がなくなったということはある人物と遭遇する危険が急上昇するということだ。
右翼から左翼に行くには中央を通るしかない。
ぼろぼろの姿で立夏はやって来た相手に笑みを向け、
「これはダメかもしれないな」
「かもじゃなくてダメですよ」
「げっ、あおちゃん」
今日だけで通算4名撃破したとは思えないぴんぴんした様子で葵が立夏に立ちふさがる。
右翼から左翼への移動は予見されていたようだった。
でなくばこれほどタイミングよく3名を撃破はできないだろう。
立夏を仕留めるために急いだ、というところだった。
「とういうわけでお終いです。普段ならもうちょっと時間は掛るけど今の立夏さんなら余裕ですね」
「……抵抗はさせてもらうわ」
「ご自由に」
立夏は剣を作り出そうとするが葵は一切を気にせず攻撃を敢行する。
僅かに傷つけるだけに終わり、懐に入り込まれてしまう。
そして、
「相も変わらず出鱈目ね」
「ありがとうございます」
「褒めてないッ!」
腹を殴られてからの蹴りで立夏は海へと消えていった。
『橘選手、撃墜! 平良選手撃墜! 近藤選手撃墜!』
『消耗が出てきました~。『明星のかけら』がさらに2人除外されます~』
「終わりね」
本陣から放たれる真由美の閃光の果てを見て葵は息を吐く。
その言葉通り、この状態から『明星のかけら』が再起することはなかった。
「じゃあ、行きますか」
追いついてきた突入部隊と共に本陣に雪崩れ込み海中組を粉砕する。
その攻勢を持って試合は終わりを告げるのだった。
『試合終了です。本陣陥落により『クォークオブフェイト』の勝利が決まりました!』
『皆さん、盛大な拍手をお願いします~』
歓声が上がり、観客は選手たちを労う。
長い戦いは終わり、勝者も敗者も等しく息を吐くのだった。
「負けちゃったね」
「負けたな」
「負けましたな」
「負けたわね」
『明星のかけら』側の控室、フィールドから帰還した彼らは敗北の苦みに顔を顰める――わけではなかった。
負けた悲壮感を感じさせなにいつも通りやり取りに後輩たちが笑いをこぼす。
莉理子は負けたにも関わらずあまり変わらない4人に呆れていた。
「もう少し、悔しそうにしてくださいよ。あちらのチームが見たら怒りますよ」
「俺は真剣に悔しがってるよ。隆志のやつと相打ちとか笑えないわ」
「私はねー。莉理子がいないと真由美の相手はちょっと無理ね。そりゃ、引っ掻き回すぐらいはやったけどそれで揺らぐような人間じゃないし」
「藤田葵には俺ではもう厳しいな。成長が著しいというか、今が1番乗っているだろうよ」
「優香ちゃんがあそこまで強いのはあれだったけど、私的には満足かな。課題も見えてきたし。優香ちゃんを基準にできると思えば悪くないと思ってる」
今回の作戦は莉理子が立てたものだったが些か戦力を分散しすぎた。
正面から受け止める方針だったので計画通りなのだったが、健輔の自爆から大分予定がずれてしまっていた。
当初の予定では2人をある程度損耗するも撃破、無理押ししてでも立夏が真由美を打ち取る。
もしくは右翼に注意を向けさせて中央から進撃などを考えていた。
一切後先を考えない戦闘ならばもう少し打てる手はあったのだが、今回は全てを出し切るわけにいかず、このような形になった。
「まあ、プラスに考えようよ。元々、負けてもいいように作戦を立てたんだしさ」
「そうですね。悔しさは『アマテラス』にぶつけましょう。全霊を出し切っていないのは申し訳ないですけどね」
今回の敗北はベストではないがベターではあるのだ。
最悪からは程遠い。
1戦負けて終わるような彼らではなかった。
「良き試合だったと思ってくれたらいいんですけど」
「その辺りは大丈夫じゃないかな。優香ちゃんもいろいろ踏ん切りが付いただろうし、結果として私たち敵にもうれしい事態になりそうだしね」
「……立夏さん?」
莉理子がつい漏らしてしまった言葉に立夏が笑顔で返す。
意味深な言葉と笑顔に莉理子が不思議そうに首を傾げた。
立夏はそんな後輩の様子が面白かったのか、簡単に説明をする。
「ま、似たもの同士だもの。桜香の事を恨んだことはない。でもね、逆に含むものがないわけでもない。あの子も大体そんなところでしょう」
「同類ってことですか?」
「ええ、真由美たちとはまた目的が違うもの。勝利はベストってだけね。今回は必ず勝たないといけない類の戦いではないから」
彼女たちは力の抜き加減を熟知している。
全力でやりはしたが全霊ではない。
まだ全てを見せるわけにいかなかったのだ。
彼女たちには隠さないといけない相手がいるのだから。
「今はあの子たちの勝利を祝いましょう? 私たちよりも先にあそこと当たるんだから」
「そう、ですね。なるほど、利用しつつ、されつつ、とそんな感じですか」
「まあ、そんなところかな」
「立夏、莉理子。いくぞー」
「うん、わかった」
試合は終わった。
健輔たち『クォークオブフェイト』の勝利で幕は閉じたのだ。
勝者は健輔たちだが負けたほうも強かではある。
敗者は敗者の理を持って次の布石を打っているのだ。
順調に勝ち進んでいる健輔たちの前に静かに暗雲が漂ってきているのを彼らはまだ知らない。




