総合魔導学習指導要領マギノ・ゲーム

第3章 秋 ～戦いの季節～

第79話

　健輔撃墜の報で動いたのは優香だけではない。

　中央、最も苛烈戦っていたある女性がいの１番にブチ切れた。

「人の後輩に何してくれてるんだあああ！」

「沸点がよくわからない奴め……っ！」

　叫びと共に突き出された葵の拳が水の拳を消し飛ばす。

　葵の固有能力は数多ある固有能力の中では地味な方だ。

　自身のサブ系統をメインと同等の能力域まで押し上げるだけ。

　外見的な変わりはなく、効果だけ聞けばそこにどんなメリットがあるのか、理解するのに一瞬、間が必要となるだろう。

「おらあああ！」

「ぐっ、この脳筋め！」

　貴之が生み出す端から破壊し、全ての攻撃をすり抜ける。

　貴之の戦い方は大味すぎるため、機動力が高い相手との相性が悪い。

　細かい体捌き、空中制動とかつて隆志に制された時とは別人のような葵の機動。

　貴之も１年前とは違うその動きに焦りを隠せない。

「これが『レベル・コーディネイト』か。単純故に穴がない！」

「せやああああ！」

「舐めるな！」

　葵の収束系の成長に合わせて身体系を成長させるこの固有能力、葵の地力なくば成立しないものである。

　葵の思想が如実に出ていた。

　己はこれで完成している、故に余計な装飾はいらないと彼女が言っているかのようである。

　この固有を発動させることで彼女は高速移動する１撃必殺持ちという最悪の存在へと変化を遂げる。

「ぐっ、だが、俺にも意地があるのだ！！」

　猛攻を仕掛けてきた葵に対抗するため貴之も己が切り札を出す。

　周囲から海水を集め、まるで鎧を着込むかのように身に纏う。

「身体系などなくとも、己が体捌きのみで潰してくれる！！」

「出来の悪い鎧程度で！！」

　葵の拳と貴之の拳が撃ち合う。

　大ぶりな自身の攻撃を見直した高機動型対策の戦法だった。

　先程まで生み出していた巨人の拳とは違い多少大きいが人間大であるため、小回りが利く相手にも振り回されない。

　しかし、今回に限っては明らかに選択肢を間違っていた。

　大雑把に物理型で格闘するのが貴之の個性だったのだ。

　そして、物理型だからこそ、葵と戦えていたのである。

「こんなもので！！」

「やはり、付け焼刃ではっ……！　不覚！」

　葵は対人特化の魔導師、彼女と組み合ってただで済む魔導師など数えるほどもいない。

　貴之も弱くはないが葵の土俵に昇って勝てる程ではなかった。

　接近を許してしまった以上、今更鎧を解除することもできず、

「っ、魔力で下からコーティングしてる……。猿知恵ね！！」

「言ってくれる！！」

　殴り合う程に鎧が消し飛ぶ。

　貴之が着込んだ水の鎧はただ浸透系を用いて鎧を模した上で魔力を用いて強度を上げたものだ。

　浸透系でただ操作しただけのものりは頑丈である。

「はああああ！！」

「ふん！」

　しかし、５重の障壁も１撃で突き破る葵の拳に対抗できるものではない。

　葵の攻撃を完全に防ぎたいならサラでも連れてこないと話にならない。

　全力で強化された鎧は並の火力なら完全に防げる。

　障壁と合わせれば攻防一体の強力な技だと言って良いだろう。

「ぐっ、良い蹴りだ」

「そう？　もう１発どう、ぞっ！！」

　しかし、葵の拳はそれを超えてくる。

　なんとか１撃必殺になることは避けているがこのままだとジリ貧になるのは目に見えていた。

　物理型の技を持って葵に抗せなくなった時点でこの結果は見えていたのかもしれない。

　もし、仮の話ではあるがここに莉理子が居れば、貴之も合一化により今少しの抵抗が可能だった。

　現実問題として、彼女は立夏の元にいる。

　その仮定には意味がなく、また莉理子は今、まさに葵に匹敵するエースと対峙しようとしている時だった。

　そんな彼女に貴之を慮(おもんばか)る余裕などあるはずもない。

「じゃあね。これで１敗した分はリベンジさせてもらったわ」

「ふ、ふふ、では今度は俺がリベンジを誓おう」

「お好きにどうぞ。――私はいつでも待ってるわよ」

　――剛腕一閃。

　障壁ごと水の鎧を粉砕されて貴之は落ちる。

　健輔に続く主力選手の撃墜だった。

『源田選手、ライフ０％撃墜！　佐藤選手の撃墜から試合が動き出しました！　左翼では、おおっと左翼唯一の前衛、杉浪選手が落ちたぞ！！』

『あら～？　これってどっちが有利なのかしら～？　あっ、それと近藤選手、あら？　２人いるわ～』

『萌技……。えーと、改めてお伝えします、近藤隆志選手も撃墜、しかし、復活権で即時復帰となります。大きく動き出した試合、勝利の女神が微笑むのどちらのチームなのか！！』

「『クォークオブフェイト』、そう言いたいところですね」

「ん……。クラウはそう思う？」

「やはり師匠もいますし、私たちに勝ったチームですから。私たち以外に負けて欲しくはないですね」

　『天空の焔』の３人、クラウディア、香奈子、ほのかたちは試合を観戦していた。

　常と変わらぬ笑顔のクラウディアだが健輔が撃墜された時は目を見張っていた。

　彼女の中で圧倒的な生存能力を持つ健輔が撃墜されるシーンが想像できなかったのだ。

　過大評価を良いところだが、それだけ彼女は健輔を高く評価していた。

　でなくば、わざわざ敵チームにも関わらず教えを請うような事はしなかっただろう。

「ふふ、でもさっきのドヤ顔は可愛かったわよ」

「ほ、ほのかさん、やめて下さいよ……」

　健輔撃墜、優香の変貌という流れを見て彼女はこれが健輔が無謀な攻勢に出た理由だと勝手に納得していた。

　自身の撃墜が最善と判断したからだろう、と自慢げに予想を立てて２人の先輩に語ったのだ。

　微笑ましそうに自分を見ている２人を見て恥ずかしくなったのか、今は普段通りの様子であったが。

「ん……。クラウは可愛い」

「も、もうっ……。そ、その……他の方には黙っていて下さいね？」

「はいはい、大丈夫ですよ」

　３人が戯れている間にも戦局は動く。

　彼女たちも『明星のかけら』とはいづれ当たるのだ。

　実力がよくわかっている『クォークオブフェイト』と比較できるのは貴重な機会だった。

「もう……。それで、香奈子さんは『明星のかけら』についてどう思いますか？」

「ん……。バランスが良い、でも火力不足。最近のトレンドからは外れてる」

「そうよね。意図的なのかはわからないけど、そう、なんていうかキーが抜けている感じがするわ」

　トレンドと香奈子は表現したが、言うならば定石だ。

　優香と葵、そして真由美もだが『クォークオブフェイト』には核となる火力がある。

　それに対して『明星のかけら』には大規模な火力はない。

　確かに魔導連携を駆使する三条莉理子は比類なき能力の持ち主で強力な魔導師だが、チーム全体で見た時の火力がこの場合は問題になるのだ。

　辛うじて慶子が平均クラスの火力を保持している程度であり、貴之ですらギリギリである。

　立夏も健輔を撃墜したがあれは健輔の半ば自爆的な行動ありきである。

　生き延びるだけならば健輔は１時間だろうが耐え抜いていただろう。

「多分だけどそういうチームなんでしょうね」

「テクニカルチームだと？」

「ええ、火力絶頂期だからこそ、とでも言うのかしら？　現に個人単位で見た時は強力よ。相性が裏返ってしまった源田君は不運だったとは思うけど」

　立夏、慶子、元信、さらには貴之、莉理子と５名もの強力な魔導師を抱えているのが『明星のかけら』だ。

　個別の戦力は『クォークオブフェイト』に劣るものではない。

　差配も決して悪くはなかった。

　健輔の自爆で右翼からの攻勢は幾分厳しくなったが、まだ中央・左翼が共に健在だったのだから。

　貴之と葵の相性も悪くなかった。

　１点、誤りがあるのなら成長予想が些か甘かったぐらいだろう。

「藤田さんの固有を知っていて、なおかつ勝てると踏んだ。でも、些か過信だったのではないかしら」

「ん……。どちらかと言うと右翼の問題、時間を掛け過ぎた」

「合一化を出して直ぐに決めるべきでしたね。でも健輔さんが硬過ぎて時間が掛ったのが問題です」

「ん、九条さんのトリガーにもなって踏んだり蹴ったり。あの子はやっぱり扱いに困る」

「一応、師匠になるのでノーコメントでお願いします」

「ふふ、でも怖くなるのはここからよ」

　葵がフリーになった。

　恐ろしさを１番感じているのは対戦相手の『明星のかけら』だろう。

　１度戦ったものとしてほのかは僅かな憐憫を込めて、戦場を見詰める。

「本当にご愁傷様よね。ええ、手負いの獣なんて正面から相手をしたくないわ。しかも、念願の獲物を狩った後なのよ」

　戦った者にしかわからないだろう葵の怖さを知っているほのかはここからの『明星のかけら』に深く同情するのだった。

「くそったれ！！」

　元信の絶叫が左翼陣に響く。

　半ば自爆覚悟の隆志の突入をうまく捌いたつもりだったが、それこそが狙いとは思いもしなかった。

「あいつが２人目とは！」

　自身のダメージに頓着しないはずである。

　隆志は自身を最大の囮として活用しつつ撃破のタイミングを見計らっていた。

　事前予想では葵だったのが見事に外していた。

「クソ、こっちの壁が崩れてる。それも、２枚だ。バックス、莉理子はまだダメか？」

『ダメです。九条選手との交戦でこちらを見る余裕もないみたいです』

「桜香の妹はそのレベルで危険なのかよ。『天空の焔』では手を抜いてたのか？」

　フリーになった葵を押さえるための駒が足りなかった。

　ここは左翼を捨てて右翼に合流すべきか、元信はそこまで考えた。

「いや、うまくいくはずない。そうだろ？」

「ああ、勿論だな」

　敵陣までやってきた隆志は元信に淡々と返事をする。

　元より彼は『クォークオブフェイト』において重要な駒ではない。

　自身をそう定義しているからこそ、彼は時に大胆に自分を捨てる。

　この辺りはある意味で健輔と良く似ていた。

　先輩のこうした後ろ姿は確実に後輩へ影響を与えている。

「……あの佐藤ってやつが落ちてからこの荒れよう。一体どういうことだよ！」

「俺が知っているわけがないだろう。立夏が離れられないのはやつの狙いだとは思うがな」

　健輔という人間を良く知る隆志は必ず何かしらの思惑があったと確信している。

　勝利への執念、その一点において誰かに負ける男ででないと隆志は信じているからだ。

　己が身を犠牲にしてでもチームに貢献する。

　そういう後輩と認識している。

　そんな後輩に報いるためにも隆志は確実な手を打つ。

　撃破ではなく拘束を狙い、戦闘を仕掛けるのだ。

「抵抗してくれて構わんよ。どうせ、お前を拘束するだけだ」

「――糞野郎め、ここの重要性をよくわかってやがるな」

「立夏と組まれると少々厄介だ。ここでお留守番をお願いする」

　進退窮まった元信は腹を括る。

　隆志を撃破して立夏に合流するしかない。

「いくぞおお！！！」

「来るといい」

　淡々と最後まで感情を読ませない声で隆志は元信と対峙する。

　支援型がエースと合流されると厄介なのだ。

　ここから行かせないだけで隆志の役割は完遂される。

　火力不足の身で相手の撃破を狙わないといけない元信と葵が来るまで時間稼ぐだけの隆志、どちらが有利なのかは明らかだった。

　海中に潜む射手は苦笑いを浮かべる。

　これはよくない、と。

『総員、通達。とりあえず、撃破だけは避けなさい。後１人しか許容人数がいないわ』

『りょ、了解！！』『わかりました！』

『大丈夫よ、落ち着いていきなさいな』

　後輩たちの動揺した声に余裕のある様子を装う。

　慶子自身、徐々に流れが不利になっているのを感じていた。

　慶子程ではなくても後輩たちも感じていることだろう。

　流れが明らかに向こうにある。

『葵は私が止めるからあなたたちは真由美を止めること。いいわね？』

『はい！』

『任せて下さい！』

　気休め以上にはならないが指示をしないと前線の３名が落ちてしまう。

『どこまでいけるかしら』

　立夏が莉理子との合一を解除するタイミングが問題になる。

　この状況をなんとかできるのは慶子だけであった。

　杖を構え直し、砲塔を葵に向ける。

『本当に厄介よ。あそこまで突き抜ければ止める手段も限られる』

　チャージした砲撃を放つ。

　水中から放つ場合、膜で包むイメージをしなければ直ぐに拡散してしまうのだ。

　高等技能と言う程でもないが通常よりも手間は掛る。

　慶子は妨害することで時間を稼ぐ。

　しかし、それはそれまでよりも攻撃回数が増えるということだった。

　砲台の位置がわからなかったからこそ、真由美が手を出せなかったということを忘れてはならない。

「甘いよ、慶子ちゃん。そんな動き方じゃダメだよ」

　よって、彼女は慶子の位置を大まかに特定してしまう。

　隠れているからこそ効力があったのだ。

　それを失ってしまえば、どうなるのか。

「『羅睺(らごう)』いくわよ」

『承認』

「バスターフォーム」

『展開』

　近藤真由美の専用魔導機『羅睺』、魔導機とは現代の杖であり武器でもあるものだ。

　魔導競技において設定されているカテゴリの中で最上級の杖が専用機であるが、専用機は使用する術者の特性を特徴化する傾向が強い。

　真由美ならばその２つ名『凶星』、つまりは砲撃こそが最大の特徴となる。

　わざわざ魔導機を展開しなくても、多様な砲撃を圧倒的な威力で放てる彼女がわざわざ魔導機を展開したのには理由があった。

「水の中にいるんじゃ、海面と接触した時に威力が減衰するからね。後は逃げられやすいし。なので、行動できなくさせよう」

　状況が動いている。

　もはや、真由美が中央で敵の攻撃を引きつける意味はなかった。

「切り札の競り合いで私が負けるのってそんなにないよ、慶子ちゃん」

　慶子は優秀で頭も回る。

　しかし、魔導師として見た時真由美より１段劣るのも事実だった。

　切れる札の多さが違う。

「あおちゃん、そこの３人はいいから向こうに殴り込みをかけて。剛志くんは妃里の援護。待たせてごめんね」

「いえ、では」

『了解で～す』

　轟音を立て放たれる真紅の光。

　赤い魔力光を纏う真由美は不動の射撃体勢へと移る。

　彼女の親友にしてライバル、ハンナのように空を凶星が駆け抜けるのだった。

　試合は終局へと向かう。

　追い詰められた『明星のかけら』。

　このまま抵抗できずに彼らは流れに押し流されてしまうのか。