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総合魔導学習指導要領マギノ・ゲーム  作者: 天川守
第1章 春 ~始まりの季節~
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第7話

「この決着も予定通りか? 真由美」

「そうだったら、いいんだけどさ。まさか、負けちゃうとは思わなかったな」


 隆志は考え込んだ様子を見せる妹に答えがわかってもいながらも声を掛ける。


「結果は引き分けだろ?」

「ニヤニヤしながら、言っても説得力ないよーだ! もう! 剛志君、2人を運んでおいてあげてね。特に健ちゃんはかなり無理したくさいから、念のため保健室に連れて行っておいてくれるかな。お兄ちゃんは着替えとかの準備をお願い」

「了解、その後はどうする?」

「部室で反省会かなー、そろそろ他のみんなもくるだろうし、私はその辺の準備をしておくよ」

「なるほど、じゃあ後でな」

「うん、よろしくね」






「健輔さん、起きてください」


 徐々に意識が覚醒してくる。

 誰かが身体を揺すりながら、自分の名前を呼んでいた。

 こんな風に自分を呼ぶ人物がいただろうか、と夢心地で健輔は思う。

 肩に添えられた手は柔らかく、呼びかける声は天女のように美しい。

 汗の匂いに混じって匂うのは花の香りのようで安らぎを与えくれた。

 極楽にいるような気分で健輔は惑う。


「健輔さん、健輔さん」


 段々と意識が浮上してくる。

 ひんやりした手が、顔に当たっていた。

 まるで眠る病人の額に手を当てているかのようだ。

 眠る、とそこまで思考が至り、一気に意識が目覚める。

 つい先ほどまでの戦い、真由美との激闘を思い出した健輔は慌てて飛び起きた。


「試合は!?」


 健輔は周囲を見渡した。

 ベッドに白いカーテン、微妙に漂う薬品の匂いから考えて場所は保健室だろう。

 隣に視線をやると、制服に着替えている優香が驚いたといった感じで健輔を見ていた。


「九条? そうか、あの後気を失ったのか」

「え、は、はい。それに魔力回路に負荷を掛け過ぎたため、回復を行うために身体が保全状態に入ったとのことです」

「そっか……」

 

 健輔も流石に無理をしすぎたのは自覚があった。

 限界を超えたでも生温い、完全に体を無理矢理動かしていたような状態だったのだ。

 公式戦でもないただの練習でやっていいレベルの無茶ではない。

 ハイテンションになったとはいえ、自制すべきレベルの暴挙だったのは言うまでもないだろう。

 深く反省する健輔だったが、傍らの美少女によって現実に引き戻される。


「け、佐藤さん!」

「はい!?」

 

 思考に浸っていた状態から引き戻される。

 そういえば結局勝敗がどうなったのか健輔は知らなかった。

 それも気になっているが優香の様子も気になった。

 いつもと少し違うような気がするのだ。


「す、すいません、大きな声をだしてしまって。お体の方は大丈夫ですか?」

「え、ああ、大丈夫だよ。そういや、結局勝敗はどうなったんだ? 後、今何時ぐらいなのか教えてほしいんだけど」

「時間は、あれから50分程経ってます。勝敗は……すいません、あれだけ健闘していただいたにも関わらず……」

「やっぱり……」

 

 その答えは予想していた。

 真由美程の魔導師にそんなに簡単に勝てたら苦労しないだろう。


「引き分けです」


 想定と違う単語に健輔が一瞬フリーズする。

 すぐさま再起動を掛けた彼はオウム返しで優香に聞き返した。


「引き分け? マジで?」

「マジです」


 優香のマジです発言が吹き飛ぶぐらいの衝撃が健輔を襲う。

 引き分け、ようやくその単語を脳が受け止めた健輔は雄たけびを上げる。

 

「よっしゃーー! って痛い、身体が痛いんだけど」 

「大丈夫ですか!? もう、魔力回路に負荷がかかったと言ったじゃないですか」


 上半身を勢いよくあげたため身体が痛みで軋む。

 背中に手を回して優香が支えてくれる。

 礼を言うために優香に視線を向けると、今まで見たことがないほど彼女は優しい表情をしていた。


「ありがとうございます」

「へ? ああ、こちらこそ、ありがとうございます」

 

 よくわからないが、何故か2人で頭を下げて謝りあう。


「ふ、ふふっ」


 先に優香が笑いを零す。

 つられて健輔も笑ってしまう。

 2人はしばらく意味もなく笑いあった。


「すいません。急に笑ってしまって」

「なにお互い様さ」


 笑いが収まり、空気が落ち着くと今度は沈黙が場を支配する。

 おそらく双方言いたいことがあるのだが、どちらから何を言えばいいのかわからない。

 そんな状態で互いを見つめ合っていた。

 健輔は意を決して、言葉を出そうと口を開く。


『あのっ!』

「そ、そちらからどうぞ」

「いや、そっちこそお先に……」


 奇跡的にタイミングがかぶってしまい、何故かお互いに譲りあう。

 話が進まないため健輔は自分から行こうと口を開こうとした時、


「何、コントみたいなことしてるんだよ。お前さんたち」


 と第3者の声が場を鎮めたのだった。


「初々しいやつらだな。ただ、保健室で何やってんだよ」


 隆志はからかう様な口調で健輔に話しかける。

 口元に笑みを浮かべている所を見ると機嫌はいいのだろう。


「先輩としては異性との不純なお付き合いは注意しなければならないぞ」

「そんな風に見えますか? お優しい先輩」


 先輩の乱入から固まっている優香を置き去りにして2人の会話は弾む。

 

「体調は悪くないみたいだな? しばらく微妙な痛みはあるだろうが、それも直に治るさ。とりあえず制服持ってきたから、着替えて部室にこい」

「了解です。九条も傍に居てくれて、ありがとうな」

「……いえ、お体にお障りないようで安心しました。また、後でお会いしましょう」


 困ったような表情のまま優香は立ち上がって保健室から出ていく。


「なんか微妙に機嫌悪くなかったですか? 九条のやつ」

「俺のせいだろうな、一体何を言いたかったのやら。まあ、仕方ないだろう。早く着替えろよ。真由美たちが待ってるぞ」

「あっ、わかりました!」


 ベットから出て健輔は制服に着替える。

 よくよく見てみると枕の隣には綺麗に畳まれてある魔導スーツがあった。

 

「それはお前のものだからきちんと持って帰れよ。後、必要性も身を持って体感しただろ?」

「へ? 身を持って、ですか?」

「それがなかったら、お前さん今回のラストに全裸を真由美たちに御開帳することになっていたぞ」

「あっ……」

 

 健輔は戦慄を覚える。

 魔力の過剰生成で魔力回路に負荷が掛り意識を失った。

 完璧にスーツがなかったら全裸コースである。

 健輔は再度視線をスーツに送り、深く頭を下げた。

 己の身を守ってくれたスーツに感謝の念を送ったのだ。

 先人の英知、真実不要なものなどなく、先輩の忠告は忘れないようにしようと健輔は胸に刻むのであった。



 



 着替えを終えて保健室を後にした2人は部室へとやって来た。

 隆志の後について部室に入ってみると試合前よりも人数が増えている。


「佐藤が復活したぞー、今日は残りをどうするんだ?」

「さっきのメンバーは反省会。残りの子たちは、妃里(ゆり)に引率してもらって連携訓練かな。2年生の端末(フェアリー)に連絡をまわしておいてくれる? お兄ちゃん」

「了解。石山、そういうことなんで頼むわ」

「わかったわ、後で話を聞かせてよ。みんな、いきましょうか」


 先程、模擬戦を行ったメンバー以外が練習に向かう。

 それを確認した真由美がこちらに笑みを向け、


「じゃ、全員揃ったところで、反省会始めようか!」


 反省会の開始を宣言する。

 テーブルには優香と健輔、隆志と剛志の4人が座っていた。

 正面、ホワイトボードの前に立つ真由美は嬉しそうな表情で進行を行う。


「いきなりだけど本題から行こうか。健ちゃんと優香ちゃんには花丸をあげちゃいましょう!」

「健ちゃん? ぶ、部長? なんか呼び方変わってませんか」

「うん、魔導師として認めた人のことは名前で呼びたいんだ! ダメかな?」


 真由美は認めるに足るレベルに達した部員全員を下の名前で呼ぶ。

 健輔は入学して3ヶ月で真由美が認めるレベルまで到達したのだ。

 偉業、というと大げさだが、健輔としてはそのレベルの出来事だった。

 尊敬する先輩に認められる。

 その喜びは筆舌に尽くし難い。


「は、はい! ありがとうございます!」

「喜んでくれたなら、嬉しいな」


 真由美は健輔に微笑み返す。

 子どものように喜ぶ姿がよかったのだろうか、優しい笑みだった。

 健輔の隣に座る優香は冷静なままだったが、良く見れば僅かに手が震えている。

 意地っぱりな女の子に今度は苦笑しつつ、真由美は話を進め始めた。


「さてと、それじゃあきちんと反省会しましょうか」


 その一声で浮ついた空気が落ち着きを見せる。

 良く出来たチームメイトに笑顔が零れそうになるが、真面目な表情のまま真由美は先の試合の目的について語り始めた。


「まず前もって言っておくと、今回の模擬戦は一応、系統を極めるってことを身を持って知ってもらうこと。後は、自分だけでできる限界を知ってもらうこと。この2つをやるつもりだったんだけど」

「まさかの、引き分けだからな。凶星も堕ちたもんだな、真由美さん」


 隆志のからかいに苦笑いをしながら真由美は応える。


「だね、いやー本当におばさんになった気分ですよ」

「いっ……」

 健輔は真由美の意味深な笑みに背筋が震えた。

 根に持たれている、健輔でなくても簡単に悟れるだろう。

 女性にあの挑発はマズイ、1つ大事な事を学習していた。

 以後、健輔の中で年齢による挑発は封印されることになる。

 

「さて、健ちゃんで遊ぶのはともかくとして。優香ちゃんも表面上の情報だけじゃ、わからないことがあるってわかったでしょ? 剛志君、強かったよね」

「はい、障壁をうまく展開できないため破壊系は脆いと聞いていだのですが、絶妙な技巧でカバーされていました」

「最終的に負けてしまったがな。流石だったよ、九条」

「あ、ありがとうございます」


 剛志と優香の戦いも激戦だったのだろう。

 優香が勝つと信じて戦っていたが、実際はそこまで余裕ではなかったのかも知れない。

 

「予定とは、違う結末だったけど……。うん、2人がとてもいいペアだってこともわかったしね。実りの多い練習でした!」

「それで? 反省会としては、何をするんだ? 審判してた俺から見たものでも語ればいいのか」

「ううん、試合が終わった後にやるって決めてたことがあるのでそっちを先にやるよ。ペアを組むんだから互いの系統について詳しく知っておくべきだよね。翻って、敵を知ることにも繋がるわけだしさ。授業では言わないようなこともあるから」


 こちらに顔を向けると、真由美はホワイトボードに何かを書き込む。


「じゃあ、優香ちゃんの方からかな」

「はい、メインが身体系、サブが創造系になります」


 それについて健輔は良く知っていた。

 おそらく1番調べた系統だろう。

 そのため特徴も良く知っている。

 

「お兄ちゃんが簡単に説明してくれたよね? 系統は得意な魔力の使い方だって言うのはさ」

「聞きましたけど、あれだけじゃないんですか?」

「使い方は人それぞれだからね、大凡の使い方の平均を授業では教えてるんだ。例えば、優香ちゃんと同じ系統で変身ヒーローしてるチームとかもあるよ」


 変身ヒーローに限らず、既存の発想に捉われない使い方はたくさんある。

 ある程度の指針は系統という形で整備されているが、そこから先は自分で歩みを進めることも可能なのだ。

 発想力で系統の相性を覆した例も多く存在している。

 

「身体系は、基礎系統の身体系とも言われるやつだね。出来ることは簡単、魔力を用いることで身体能力を上昇させること。使ってる人は結構多いかな。これって魔素が薄くても体内で発動するものだから結構使えるんだよ」


 系統の中でメジャーなものの名前を挙げろと言われれば3番目当たりにくる系統である。

 前衛御用達の系統で健輔たちのチームでも優香を含めて少なくない人数が用いていた。


「でも、他の系統も魔素を取りこんで発動しますよね? なんで他のやつはダメなんですか?」

「収束砲とかは濃度とか、密度が関係してるんだ。後は、魔素が薄いと魔力に変換できる量が少なくなるっていうのもあるかな。体内に留める分に関しては、外に出すよりも減少率は少ないからね」


 魔導の発動には魔素が必要でさらにそれなりの濃度がないと外部では著しく効果が落ちる。

 こういった基本的なことは授業で教えているが興味のないことだったのか健輔の脳内からは綺麗に零れ落ちていた。

 周囲の生温かい目線に今度から真面目に聞こうと心を入れ替えることを決める。

 

「健ちゃん、ちゃんと授業は聞いておこうね。さて、後は身体系がメインの人たちの特徴は基本みんな技巧派になるってことかな。シンプルな強さがある分飛び抜けたものもない系統だよ」

「補足すると、前衛やってるやつは身体系を持ってる場合が多いぞ。切り込みに向いている系統だからな。後は空を飛ぶのもこの系統を極めていくとうまくなっていく」

「へ? なんでですか?」

「基礎だからだよ。お前さんの系統程じゃないが、他の系統も少し習熟できるんだ」


 正確には基礎系統を身体系と呼んでいるだけのため、というのが正しい。

 身体能力の向上は結果的に起こる事象であってメインでないのだ。

 多岐に渡るため【基礎】と一纏めになっているが基本的により効果の高い魔力を生み出す系統とでも考えればいい。

 魔力回路の質が上昇して、生成魔力の質が上がり術の制御力も上がる。

 だから強くなる、というのが身体系の基本的な流れであった。

 

「次は創造系なんだけど。これって魔力を体外で生み出したりする系統なんだよね。極めると物質化するというか、魔力を誰でも使えるような形にしたり加工することができるようになるんだ」

「戦闘においては、魔力で作った斬撃を飛ばしたり・障壁作ったりと、想像力が重要な系統だな。魔力で武器を作ったりできるから魔導機よりも魔力の伝導率がよかったりもする」


 創造系はその飛び抜けた汎用性が特徴の系統である。

 単体で戦局を逆転させるような爆発力はないが、安定した力は戦闘だけでなくバックスとしても活用できるので全系統でもナンバー1の人気を誇る系統だった。

 今回の模擬戦で健輔がお世話になったように想像力が及ぶ範囲で魔力が許すなら何でも出来る。

 想像して創造する、応用力に富む優秀な魔導と言えるだろう。


「非戦闘系でも活用できる系統だからそういう意味でも人気だよ。魔力の完全な物質化って研究でも注目されてるしね」

「ざっくりと解説したが、実際そこまで難しい話でもないからな。大事なことは特徴を覚えておくことだ、思いもよらない使い方するやつもいるからな」

「この2系統の組み合わせは、火力があまりないのが欠点かな。だから、それをどう補ってきているかが勝負どころになっていく」

「九条なら今は機動力で手数を上げて対処している。そうだな?」

「はい、その通りです」


 最近、優香に火力で押し切られた身としてはあれで火力が弱い系統などと言われても想像出来ない。

 健輔の障壁はそれこそ紙屑のように両断されたのである。

 最もそれは無理からぬ事だろう。

 相性が重要になるのは同レベル帯からの話である。

 格下が格上に勝とうと思うのならば、普通の戦い方をしていては意味がない。

 まずは相手に届く武器を作る必要があった。

 真由美の話は武器を生成するための知識をつけるためのものなのだ。


「簡単に纏めたけど、使い方としてはこんなものだよ。ちなみにどちらがメインかサブでも大分戦い方が変わってくるから忘れないようにね」

「うっす」

「わかりました」


 前述された2系統の組み合わせは特徴としてシンプルさと応用力で幅広く様々な状況に対応できる万能タイプの前衛が基本形となる。

 優香はそういった意味では正統派な使い手だった。

 彼女らしいと健輔は少し笑みを零す。

 

「さてと、問題は、健ちゃんのやつなんだよね。私もこの系統の人と戦った経験はないわけじゃないんだけど試合じゃ消し飛ばしちゃったから、あんまり知らないんだよ」

「笑顔で怖い事言わないでくださいよ。でも。なんかないんですか? 先生たちも結構困ってる感じだったんですけど」


 健輔の言葉に真由美たちはなんとも言い難い表情を浮かべる。

 つい最近似たような表情を見たことがあった。

 里奈が浮かべていた困ったような笑みとよく似ているのだ。


「私たちの認識として話すね。健ちゃんの系統は『万能系』と呼ばれている系統なのは知ってるよね。特徴はそのまま。現在ある系統は全て使用できること。もう1つは基本2系統の現代魔導の中で特異な才能に依らず2系統以上を同時に使えることの2点」

「これだけなら史上最強、選ばれしものの系統とか言われていいんだけどな。デメリットは習熟が遅いってこと、それに関連して結果として器用貧乏になってることだ」


 自分の系統の事は健輔もよくわかっていた。

 他の問題点としては、それらを解決するには研究が進むしかないのだが保有者が魔導の中で唯一資質によって決まるものであるため、絶対数が少ない。

 そのため研究にかなり時間が掛っている。


「魔力回路も通常のものと違う部分があるらしいからな。まあ、そこら辺はお前さんの方がよくわかってるだろ」

「よく言われるのは、『魔力を操る』だね。仮説だけど多分普通は回路を通って性質を決めることで特異な現象を起こすんだけど、万能系だけは違うみたいなんだよね」

「そこを自覚して自分なりにいろいろやってみろ。こっちは場を提供していくからな」

「はい! 問題ないです!」


 いろいろデメリットがあるのは彼にもわかっている。

 しかし、健輔はこのかっこいい系統をとても気に入っているので何も問題なかった。

 隠そうとしているのだろうがまったく嬉しさを隠せていない健輔を見ながら真由美は話を進める。


「男の子だねー、前向きなのは私も嫌いじゃないよ。さて、おさらいは大丈夫かな? ここからは、これからの事について話すよ」


 隣の優香が心配そうに見ているのに、健輔はまったく気づいていない。

 真由美はこのしっかりしているようで抜けている後輩に普段からもう少ししっかりして欲しいと思っていた。

 戦闘での機転、思い切りは現時点でもかなり高得点なのに、何故それが日常生活で発揮されないのか不思議でならない。

  

「万能系に関しては、私たちとしても基本的には研究の進みに期待するしかないよ。抜本的な解決にはね」

「はい」


 真由美の言葉に健輔本人よりも、優香の方が余程心配そうな表情を浮かべている。

 この子は本当に前向きだ、真由美は素直に感心した。

 万能系は周りに置いていかれる可能性が高い。

 昔は汎用系とか言われていた上に固有能力に覚醒できた事例もないのだ。

 わからないこと尽くしの系統だ、不安は多くあるだろう。

 しかし、逆にいえばそれだけ多くの可能性が眠っている系統でもある。

 今日、真由美は確かな片鱗を感じ取った。

 

「ま、そんなに心配しなくても大丈夫だよ。先輩としてやれることはちゃんと考えておいたから!」

「やれることですか?」

「うん、だからペアでの練習してもらおうと思ってね。今が6月半ばで公式戦まで、後1ヶ月ってところだからね。そろそろいい時期かなと思って。今日のやつは最終確認も兼ねた模擬戦だったんだ」 


 本当に期待以上の結果だった。

 同時に2人の弱点もよくわかった試合だったと言える。 

 

「ペア訓練は連携の練習も当然だけど、2人の強化も含まれてるからね」

「強化ですか? 一体、何を?」

「それはね、2人が互いに必要な部分を補えるってこと! 優香ちゃんだったらいろんなタイプとの戦いの経験を健ちゃんから学習できる」

「逆に佐藤、お前さんは九条から細かい技術を学べるってことだ。今までと違う視点でみるだけでも大分違うだろうさ」


 2人は真由美の説明でメリットを理解できたのだろう。

 健輔は嬉しそうに優香に挨拶を行う。


「成程! 了解です。九条、よろしく頼むわ」

「わかりました。け、……佐藤さん、よろしくお願いします」


 健輔は何かを言いたそうな感じの優香にまったく気づかず次への期待に思いを馳せている。

 相性がいいのか、悪いのか。

 真由美は一抹の不安を感じながらも、後輩を信じることにしていた。

 いろいろと問題があるのは当然なのだ。

 大事なのは如何にして、伸ばしてあげるかだろう。


「……優香ちゃんも笑ってるし、大丈夫でしょう」


 誰にも聞こえないように静かに真由美は呟く。

 あんなに可愛らしい優香を見たのは久しぶりだった。

 だから、きっと大丈夫だと信じられたのである。

 サポートはするが最後は自力で進まないといけない。

 真由美は3年生、この1年間しかしっかりと見守る事は出来ないのだ。


「どんな風になると思う? お兄ちゃん」

「さあな、まあ、つまらない事にはならんさ」

「うわ、卑怯な解答だね」


 肩を竦める兄をジト目で睨みつつ、未来に思いを馳せる。

 この2人はこの先にどんな成長していくのだろう。

 今から、それを見る日が本当に楽しみで仕方ない。

 まるで母のような心境で2人を見つめる真由美であった。






『今日は体力的にもうきついでしょ? 明日から実際にペアでやってもらうから今日はもう帰ってもいいよ。お疲れ様!』


 真由美の解散の号令を受けて帰路へと着く。

 今日は本当に精神・肉体両面から濃い1日となった。

 だが、確かな手応えを健輔は感じていた。

 自分はやれるという感触を掴んだのだ。

 苦節3ヶ月、ボコボコにされた日々に意味はあったと喜びを露わにしていた。

 最初の10分程は――、と注釈が付くが。


「…………」


 無言で歩く同行者、そう健輔は1人で帰っているのではない同行者が存在していた。

 そして、その同行者がここでは問題になる。

 寮の方向が同じということで優香と一緒に帰っていたが、何故か優香の機嫌が悪いのだ。

 おかげで空気が妙に重かった。

 

「え、えーと、九条さん? なんで、怒ってるの?」

「……何がでしょうか? 私、怒ってませんよ。け、……佐藤さん」


 どこから見ても不機嫌で怒っていた。

 原因にさっぱり心当たりのない健輔には手の打ちようがない。

 明日からパートナーとしてやっていくはずなのに既に空中分解しそうだった。

 健輔も何を言っているのか、よくわからない。

 確かに繋がったように感じた絆は何だったのかと問いたくなった程である。

 

「…………」


 そのまま、また無為に時間が過ぎるのかと健輔は空を見上げそうになったのだが、


「……そ、その」

「うん?」


 健輔の様子に悪いと思ったのか、先程まで難しい顔をしていた優香が僅かに雰囲気を和らげて、口を開く。


「……本当に、その、怒ってるわけじゃないので、そんな困った顔しないでください」

「え、また顔に出てたかな」

「はい、バッチリと出てますよ」


 優香は困った人ですとまるで不出来な弟でも見るような表情だった。

 きっと彼女は自分の子どもにもこんな表情で接するのだろう、根拠はまったくないが何故かそう思う。

 健輔は今日のやたら濃かった1日を思い返す。

 今まで見たこともなかった優香の表情を本当にたくさん見たものである。

 健輔が視線を向けると綺麗な瞳に彼を映しながら優香は静かに口を開く。

 

「……夏の」


 優香にしては珍しく言い淀むというより、何か迷うように言葉を途切れさせる。


「うん?」


 まるで年下の子どもにでも接するかのように健輔は自分でも信じられないくらい優しい相槌を返す。

 その相槌がよかったのか、それとも意を決しただけなのか優香はまっすぐにこちらを見据え、


「夏の公式戦、第1戦が終わったら、1つお願いしたいことがあるんですが、聞いていただけませんか?」


 と言ってきたのだった。

 健輔としては今聞いても問題はないのだが、優香がわざわざそう言ったのだ。

 そこには何か大事な意味があるのだろう。


「ああ、問題ないよ。試合に勝って気持ちよく聞けるよう、明日から頑張ろうぜ!」


 優香は安心したように目を閉じると。


「ありがとうございます。明日から、よろしくお願いします」


 それは健輔が今まで見た中で1番綺麗な笑顔だった。

 これがこの先長い間共に闘うパートナーとなる乙女との最初の1歩。

 彼女の美しい笑顔で彩られた日々の始まりだった。


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