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総合魔導学習指導要領マギノ・ゲーム  作者: 天川守
第3章 秋 ~戦いの季節~
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第78話

 四方に展開された剣が彼女を盾のように守る。

 先程までのように物質化したものだけなく、魔力状態の剣も混じっている。

 攻防一体の物質剣と攻撃主体の魔力剣、2つを自在に使いこなし、立夏は健輔たちを追い詰める。


「はあああ!!」

「『曙』展開!!」

『了承』


 魔力刃が乱舞して、優香の進路を塞ぐ。

 回避を行えば創造された剣が質量を持って優香を貫く。

 質と量のぶつかり合い、先程までと似たような光景だが決定的な相違があった。


「『雪風』!」

『ブーストオン』


 魔力が噴き上がり、強制的に上昇させた火力で優香は刃の排除に掛る。

 魔導機を横に構える。

 集めた魔力によって刀身が輝き出す。


「はああああ!」


 烈火の気迫と共に優香の魔導機から横薙ぎに光が放たれる。

 魔導砲撃と同種の現象、砲塔を作らないため貫通力と射程距離に劣るが範囲に優る攻撃だった。


「高火力の魔導砲撃を近接型が……魔導斬撃とでも言うべきかしら。――莉理子」

『霧散するよりも多くの量を注ぎ込めば可能ですが、並大抵の魔力では無理ですね』


 魔力の放射現象――原理としては砲撃と同じだ。

 砲撃程の貫通力はないが広範囲にエネルギーをばらまくことで相手の物量を覆す。

 遠距離系を持たない優香は本来ならば雪がれた魔力が霧散してしまうため、このような純魔力攻撃を行えないはずだった。

 それを覆すものはたった1つ番外能力(エクストラ・アビリティ)――過剰収束能力(オーバー・リミット)だけだ。


「出鱈目ね」

『立夏さん、来ます』


 優香の攻撃を凌いだ隙を逃さずに魔弾が襲いかかる。

 この戦い方は見覚えがあった。


「今度は和哉っ。節操のない子ね」

『魔力反応増大、来ます』


 空に突然出現した100超える魔弾を睨み、術者の姿を探す。


「っ、煩わしい!」

『もう1度、強化陣を展開します。剣の数を増やしましょう』

「――ダメよ」

『立夏さん?』

「来る」


 魔弾の襲撃に紛れて蒼い閃光が立夏の視界に写る。

 考える暇はない、即決した立夏は両手に構えていた剣型の魔導機を投げ捨て、両手に剣を創造する。


「投げ捨てる!?」

「こういう使い方もあるの!」

「術式!? 『雪風』!」

「遅い!! 『曙』!」

 

 投げ捨てられた魔導機『曙』が主の言葉に従い、術式を起動させる。

 魔導機には帰還術式というものがある。

 万が一紛失しても登録された魔力の元へと転送で返ってくるものなのだが、それを利用することで面白いことができる。

 予め術式を登録した状態で尚且つ魔力が残留しているならば、離れていても魔導機で術式を起動させられるのだ。

 つまるところ、手元以外で術式を発動させれる裏技だった。

 魔導機を手放す必要があるが、自身の手元以外でもうまくすれば術式を展開できる。

 優香の足元、下側に投げられた魔導機から巨大な陣が描かれ、上空に向かって剣を投げつける。

 描かれた陣を通過した瞬間に剣はその数を一気に増やし群れとなって襲いかかった。


「っ! 障壁展開!!」


 一気に呼び出された剣群は優香の障壁に突き刺さり、フリーになった立夏は優香の背後を取る。

 だが――


「今度は糸!?」


 ――優香を守るように展開された糸の結界が立夏の攻撃を阻む。


「ちぃ、戻りなさい!」

『了承』


 持っていた剣を2本纏めて優香に投げつける。

 目まぐるしく入れ変わる攻防、どちらも相手の手の内を探りつつダメージを狙うが決定打にならない。

 

「優香ちゃんはパワー型か……。桜香とも少し違うわね」

『息切れは期待しない方がいいでしょうね』

「わかってる」


 幾度かの攻防で現在の優香の状態は掴んでいた。

 基本は普段と変わらないが大幅に火力が向上し、その結果攻撃も多彩になっている。

 短距離の純魔力攻撃と言い、スペックに物を言わせた攻撃も存在し先程まであった隙が完全になくなっていた。

 決死の覚悟で生み出した攻撃チャンスも相方にうまいことスカされてしまい有効打になっていない。

 しかし、手がないわけではなかった。

 奥の手を出せば両名を圧倒することは難しくはないだろう。

 特に今の優香はまだ何かしらの迷いが見える。

 チャンスと言えば、チャンスであった。


「先にこっちが札を切るのはいやなんだけど」

『現状、相対的には相手が有利ですね』


 莉理子との連携による剣群召喚もそろそろ慣れてきているはずだ。

 単純な物量ではまだ使えるが虚を突くのにはもう使えない。


「参ったなぁ……。侮ってはいなかったけど想定は超えられちゃった」

『桜香さんとはまた違う。当たり前ですけどちょっと捉われてましたね』


 状況が逼迫してきた。

 乾いてきた下唇を舐めて腰を落とす。

 主導権が宙ぶらりんになっているのは不味いのだ。

 火力が足りない立夏は状況を強制的にイーブンに引き戻すことができない。

 多少苦しくとも己の手で場を作り直す必要があった。


「まだ全部見たわけではないし……。ちょっと、ギアを上げていこう」

『さっきのお返しですね。いいと思います。こっちは準備だけは始めておきますから』

「お願い」


 念話を打ち切ると先程とは逆に立夏が優香へと斬りかかる。

 攻守逆転、再び戦場が動き出した。




 自身のセカンドフェーズ移行はうまくいっている。

 順調に推移する戦況は彼女の思い描いていた理想の能力を発揮することで生まれたものだ。

 高い基礎力に対応力、そして逆転用の大火力と今の優香はバランス型でありながら必要な物を全て揃えている。

 健輔の器用貧乏な万能系とは違う戦場における真の万能性を体現していた。


「硬いし、うまい」


 自負するだけの能力はある。

 正しく理想的な前衛となっていた優香だが、その心中は穏やかではなかった。

 数の上で優る2人で攻めておきながら立夏に途中で攻撃の主導権を奪われていた。

 流れる様な切り替えに優香は対応できず、健輔の助けを借りてしまっている。

 己の未熟で武器を十全に扱えていない、その恐怖がまた蘇ってきそうになるのを必死で抑える。


「いける、いけるんだ」


 迫りくる剣群を叩き潰しながら自己を鼓舞する。

 ――そうしないと押しつぶされそうで怖かったのだ。

 身体の中で荒れ狂う力の奔流が彼女のトラウマを刺激する。

 まざまざと魅せ付けられる技量の差も彼女にとっては目が痛かった。


「は、はああああ!!」


 消し飛ばすように放たれる光を事も無げに回避する立夏。

 交差する瞬間に、その瞳に失望が見受けられるようで怖かった。

 ありもしない被害妄想、何故か自分自身に心を追い詰められる優香。

 思考の迷路に入り込みそうになる彼女をギリギリで戦場に繋いでいるのは健輔おかげだった。


『おい、大丈夫か』

「――っ、はい。大丈夫です」


 立夏の攻撃を捌きながら普段の自分を取り戻す。

 どこかへ旅立ちそうになる自分を押さえながら、努めて平静を装い作戦を問い直す。


「ここからどうしますか?」

『――ふむ、そうだな』

 

 立夏側からのアタックを凌ぎながら健輔は思考を巡らせる。

 まずこの状況はダメだった。

 平静に見せていても戦闘中の健輔の目は誤魔化せない。

 優香は怖がっている、それも自分自身をだ。

 なんとなく理由も察しが付いたがここで健輔が大丈夫だと言って治るようならとっくの昔に乗り越えているだろう。


(ふむふむ。俺が立夏さんを倒す。――無理だな)


 一連の攻防を見てもわかるが健輔では剣群を凌げない。

 (よし)んば凌げても近接戦で勝てない。

 立夏に勝てるのはおそらくチーム内では真由美か優香しかいない。

 葵では相性が悪かった。

 広範な火力を持たないと打倒できない類の相手なのだ。

 ここは優香に奮起してもらうしかなかった。

 だが、彼女は健輔が見た限り期待だの、羨望だのでは燃えあがらない。

 いや、正確には期待されてるものが能力や才能、さらには姉絡みだと力を発揮できないのだ。

 健輔にはわからない領域で優香にも悩みがあるのだろう。


「でも、託されたものには燃え上がる性質か……。なんだ、意外と熱血だな」


 早奈恵からも好きにしろとお墨付きを貰っている。

 よって健輔は好きにすることにした。

 おそらくそれが1番勝率が高いと判断して。


「また、落ちるのか……。強敵相手でも綺麗に勝ちたいもんだよ」


 愚痴をこぼしつつも健輔は動きだす。

 試合中に他の事に気を取られているからこそ優香は実力を発揮できないのだ。

 ならば、目の前に集中させてやればいい。

 十全に力を発揮しさえすれば優香ならば十分に立夏を撃破できるのだから。


「俺が前に出るわ。援護を頼む」

『健輔さん? は、はい、わかりました』


 うまくいかずとも優香は奮起してくれるだろうし、うまくいったなら自分が立夏を落とせるかもしれない。

 芸がないことだが、身体を張るのは男の役目だろう。


「まあ、女の子の後ろにいるのはあんまり性に合わんしな」


 古臭いかもしれないが健輔の感性はそんなものだった。

 軽い調子で攻勢を仕掛けてくる立夏の出鼻を挫く様に健輔は前に踊り出るのだった。




「動きが変わった?」

『佐藤君が前に出てくるようですね』


 1度凌がれたこともあり、再度の攻勢に立夏が出た時であった。

 健輔が前に出てきている。

 立夏からすれば鴨がネギをしょった状態なのだが、彼女の魔導師としての勘が囁く。

 これは罠だ、と。

 相手は何かしら状況を動かすために前に出てきたのだ。

 渋っていた切り札を出すことを決断する。

 今、好きに行動させるのはまずい、ただそれだけの勘での決断だった。


「莉理子、ここで切る。――いやな感じがするの」

『了解です。私の系統と連携させます。他の方への支援は残りの2人で対応しますね』


 魔導連携(マギノ・リンゲージ)――術式を融合させることで対象者のスペックを大幅に引き上げる技術(・・)である。

 固有能力扱いされるほどの彼女の技能は他者の追随を許さず国内最高のバックスであろう。

 剣群召喚にしても、立夏の創造能力ありきとは言え単純故の強力さがあった。

 そもそも前衛は大規模火力を持ちづらい魔導においては反則級の能力だろう。

 しかし、それすらも魔導連携の真髄から程遠い。

 これの真価は全ての処理を1人に集中させた時に現れる。

 莉理子の系統は創造・固定系。

 たった1人と完全(・・)にリンクさせることで自身の系統を相手に付け足せる。

 莉理子の意識と能力が疑似的に立夏に付け加えられるというべき状態になるのだ。

 ルール上バックスが直接攻撃を加えることは禁止されているがこれは数少ない例外である。

 あくまでも攻撃しているのは立夏であるため、成立している荒業だった。

 対象者との緊密な連携が必要なため、意識を揃える練習をしないといけないのだがその効果は絶大だ。


『「いきましょう」』


 重なる声が同一化を果たしたことを示す。

 明るいオレンジと深い藍色の魔力光が溢れだし、2人の力が1人へと集約される。

 立夏の場合は創造系に上書きした状態の都合3系統、そこにバックスとしての技能と魔力を可視化する瞳が加わる。

 相手が例え万能系でも食い破る。

 重なる思考は単純化され、2人を戦場へ駆り立てる。


「っお!?」

 

 先程よりも早く、そして多くの物質化した剣が健輔を襲う。


「健輔さん!? このっ!!」


 優香が魔導斬撃を以って迎え撃つが剣群は減らない。

 空中にいくつも魔導陣が固定(・・)されて姿を消さないためだ。

 1つの剣が通るたびにその数を無数に増殖させる。

 健輔も香奈子との戦いで陣の固定という似たようなことはやったが流石に錬度が違った。

 合一化、己が技能を重ねるとは聞いていたがいざ目前とするとやはり驚きがある。

 バックス系とされている技能はそれが単品だと戦闘ではあまり使えないからこそのものだ。

 そこを解決してしまえば流動系や固定系も明確な脅威となる。


『「さっきまでと同じとは思わないでね」』

「はっ! こっちも無策じゃないんだよ!」


 重なる声に意気軒昂に言い返す。

 言葉を塗り潰すように放たれる(つるぎ)の猟犬たち。

 剣は健輔の障壁に突き刺さり、じわじわとゲージを削っていく。

 身体系の高速機動もあり、立夏を健輔では捉えられない。

 いきなりすぎる立夏の変貌は頭から健輔の作戦を粉砕してくれたが、手も足も出ない状況も想定している。


「『陽炎』! シルエットモードS!」

『了解』


 全てを創造系に極振りをして、彼女(サラ)の『鉄壁』を再現する。

 防御するだけでは無論、立夏には勝てない。

 だから、攻撃は優香の役目である。

 自身の能力への不信か、それとも姉と繋がっている相手だからか。

 あるいはどちらともが原因で実力を発揮できていない彼女を奮い立たせるためだ。

 仲間が身を削り耐える姿こそ、彼女には1番効果的なはずだ。

 自分のことには無頓着だが、ああ見えて友人のことには熱い。


「――この状況なら頭の中から余計なものは出ていくだろ」


 どれほどの物量で押してこようが剣が障壁に当たる数には限度がある。

 徐々に削られることは避けれずとも時間稼ぎには十分だ。

 生きたサンドバックとして可能な限りこちらにリソースを向けさせる。


「なるべく、急いで欲しいけどな」


 立夏本人ではなく露払いの剣群すら抜けぬ自分に僅かに苛立ちながらも健輔は腹を据える。

 自分のライフをうまく使わないといけない瞬間が必ずくる。

 ただその時を狙いすまして彼は待つのだった。




 健輔が剣群を必死に耐え凌ぐの横目に優香は立夏との交戦に入る。


「はああああ!」

『「甘い!」』


 死角からの1撃をまるで見えているかのように防ぐと返す刃で剣群を放つ。

 大半は健輔が引きつけているが新たに生み出される分は優香が対応しなければならない。

 バックスの全体を統括する術式と合わせて、神の視点で戦場を俯瞰しながら戦う立夏に優香は苦戦しつつも必死に喰らいついていた。


「これが……。姉さんの領域」


 2人分の能力を1人に集約する。

 打倒『アマテラス』――夢でもなければ幻でもない。

 立夏たちは本気なのだ。

 自分たちが持ち得る全てを使って桜香を超えようとしている。


「私は……」


 翻って自分の中途半端さが浮き彫りになっていた。

 今、斬り結べているのも健輔が剣群の大半を引き受けているからである。

 仲間に身体を張らせて期待に応えていない。

 常にどこかで意識的にセーブを掛けてしまっている優香は今までの試合でも肝心な時に役に立っていない。

 お膳立ては常に健輔任せであった。

 実力から考えれば役割は逆であってしかるべきなのに。


「っ、やああああ!」

『「っ、魔力放射ね!」』


 『立夏』が優香の力技に後ろに下がる。

 仮に2人分でも増加するのは技能と基本的な魔力のみ、収束系の能力は持ち得ない。

 依然、力押しならば優香に分があった。


「負けないっ! 負けちゃダメだから!」

『「っ、それはこちらも同じ! あなたを超えて桜香も超える!!」』


 互いに同じ目標を選んだ同士。

 優香のどこか浮ついた思考が消える。

 目前のみを見据えて彼女は全力を示す。


「『雪風』! フェイク展開!!」

『了解しました! プリズムモード起動します』


『「曙、術式解放、4番、5番」』

『了承。『剣の舞』を開陳する』


 優香の姿がぶれて、その数を増す。

 対『天空の焔』でも見せた分身攻撃、だが圧倒的な魔力量で起動した今回はかつての規模を超えている。

 また、前とは違うことがあった。


「はああああ!」


 優香が剣を振るうことで分身も剣を振るう。

 すると、そこから魔力で作られた斬撃が生まれるのだ。

 幻影に動作させることで魔力を抽出し、魔力斬撃を飛ばす。

 優香は創造系の能力のほとんどをこれに注いでいる。

 未だに未完成の技だが、十分な脅威だった。


『「そんなものでッ!!」』


 立夏も創作術式『剣の舞』を持って迎撃する。

 開陳された術式により、それまでの魔導陣とは異なる陣が固定された形で展開する。

 2つの魔力光で彩られた陣はそれまでのものとは異なる威圧感を感じさせる。

 優香の分身と斬撃を狙いすますように剣を構えて、陣に投げ込む。


『「いきなさいッ!!」』


 陣を通過して出てきた黒い剣たちがさも自分の意志を持つかのように優香の分身たちへ襲いかかる。

 それまで直線軌道しか描いていなかった剣がまるでミサイルのように相手を追尾する。

 また威力も格段に上昇していた。

 速度の上昇と魔力の付与によって魔剣化した物質剣は猟犬としての本領を発揮する。

 自動で追尾するという術式を刻んだ状態で創造された魔剣たち。

 彼らは生き物のように獲物を追い立てる。


「っ!? まずい……!?」


 1つ1つの剣が魔力を帯びており貫通力も上昇している。

 2人分の能力がないと使えない奥の手を立夏は見せている。


『「貰った!!」』


 剣で貫かれて消滅する分身たち。

 未だに未完成の技と桜香用に研ぎ澄まされた刃。

 桜香を超えるために具体的な打倒策を模索してきたものと己のことさえ制御できていなかったものの差が如実に表れていた。

 少し覚悟を決めたくらいで埋まる差ではない。

 故に、


「後は任せるわ。――頼んだぞ」

「健輔さん!?」

『「――身代わり!? ここでッ!」』


 無理矢理突破してきた剣群で既にボロボロの状態の健輔が割り込むことで一手稼ぐ。

 立夏が放つ斬撃群はもはや方向転換も聞かず本来のターゲットではなく、既に半ば用済みとなっていた健輔に当たり――


『佐藤選手、撃墜!! 右翼で戦況が『明星のかけら』に傾いた!』

『きゃー、かっこいいわー』


 ――彼はこの戦場から退場することになる。


「ッ!」

『「逃がさない!!」』


 しかし、稼いだとは言っても所詮、一手に過ぎない。

 未だに優香は立夏の射程圏内、魔剣の群れも生きている。


「盾……、そんな……」


 己が不甲斐なさで仲間を身代わりにして生き延びる。

 そう考えた時、彼女の頭が一気に冷めた。

 人が追い詰められた時の反応は諦めるか、立ち向かうの2択だ。

 そして立ち向かい方にはいろいろある。

 ついこの間、逆切れという形で逆境を乗り越えたものがいたが優香はまた異なる。

 一定レベル以上ゲージが振り切ると途端に冷静になるものがいる。

 俗に言われるだろう。

 ――普段怒らないものが怒ると怖い、と。


「――『雪風』」

『了解』

『「これは……魔力の放出!?」』


 雑念が消えて、集中力が一気に高まる。

 過去のトラウマも姉に対する複雑な感情も今はいらない。


「ブースト!!」

『「流石に……!!」』


 暴走と変わらない勢いで放出された魔力は状況をイーブンに戻す。

 魔剣の群れを叩き潰して優香は手に構えた双剣を構え直す。


『「なんだ、ちゃんとそういう目もできるんじゃない」』

「……」


 自分の限界を超えるのに必要なのはあらゆる選択肢をシャットアウトする意志力だ。

 こうしたら、どうなるだろう。

 思考することは悪くないが余計なところまで手を出せば待っているのは思考の迷宮である。

 目の前の相手を打破する、今優香はそこに視点を確定した。

 今までが集中していなかったわけではない。

 実際、先程の攻防は全力だっただろう。

 しかし、まだ余計なことを考えていた。

 この試合に桜香について考える余地などないし、必要ないのだ。


「謝罪します。大変失礼なことをしていました」

『「別にいいわよ? お礼はあなたのチームメイトに言って上げなさい。気付いて、それでも身を張ってあなたに後事を託したのでしょう?」』

「そこは勝利を報告することでお返しします」

『「へぇ……。うん、冷静なあなたより怒ってる方がいいわよ」』


 怒りは時にはマイナスとなるが、状況によってはプラスにもなる。

 今はプラスに働いているから何も問題なかった。

 得てして人間は喜びや幸福よりも悔しさや怒りの方がバネとなるものだ。

 今、優香が自分に対して怒っているように健全な怒りも存在するのである。

 何事も適量であることが重要だった。


「――いきます、先輩」

『「――来なさい、後輩」』

 

 信じて託されたものに優香は応える。

 立夏もようやく相手が自分を見ていることを感じていた。

 これでこの試合のもう1つの目的も果たせそうだ、と立夏は笑う。


『「いくわよ!!」』

「――魔力解放」


 共に超えるべき相手を見据えて両雄は激しくぶつかり合う。

 最終戦は立夏が勝利した。

 しかし、健輔の捨て身で戦いは延長戦へと縺れ込む。

 先程までの甘さはない優香と最後の攻防を交わす立夏だった。


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