第77話
――時間は健輔が自爆を行う前に戻る。
左翼での交戦は魔導のセオリー通りの戦いだったと言えるだろう。
前衛が壁となり交戦、後衛がそれを支援し突き崩す。
これの応酬により、最終的に脆い方が砕ける。
シンプルな構造は美しく、そして同時に意外性もなかった。
「和哉、弾幕を」
『おいっす』
隆志の要請に従い無数に表れる弾幕。
相手側の後衛は砲撃タイプと元信の2人だけ、1人は誘導弾での攻撃が元信は前衛の支援を行っている。
瞬間的な手数では隆志たちの方が優勢であった。
「ふむ、効かんか」
「ふっ!」
しかし、弾幕群は相手の前衛に当たろうとした瞬間に逸れてしまう。
――まるで何者かに操られたかのような動き。
「和哉」
『ダメっすわ。集中しても数押しはダメですね。後、何発かそっちいきます』
和哉の言葉通り、敵に向かっていたはずの魔弾が急に隆志へと襲いかかる。
激変する事態を特に回避行動も取らずに冷静な態度で対処する。
実力で劣る隆志が取り乱して勝てる相手ではない。
何より、彼は己の後輩たちを深く信頼していた。
コントロールされた魔弾が隆志に着弾する刹那、一条の閃光が彼を守る。
『ちょっとー。当たったらどうするんですか?』
「お前が撃ち落とすと信じていたさ。それよりもどうだ?」
『ダメですね。相手の陣が見えづらいというか、うん、暈されてます』
「そうか」
予想した通りの真希の答えに特に落胆せずも見せず簡潔に返す。
隆志は物珍しさのない魔導師だ。
冷静沈着であり、頼れる先輩なのは間違いない。
同時にそれ以上でもなかった、端的に言うならば彼には華がない。
エースたるものが持つべき輝きがないのだ。
故に2つ名も持っていない。
「ふむ、このままもいいがそれは芸がないな」
系統も身体・創造系という安定の極みともいうべきものだ。
抜群の安定性と引き換えに爆発力は欠片もない。
状況を一変させうるジョーカーを彼は持っていないし、持つことができない。
「少し突くか」
しかし、それは弱さを意味しない。
持てないなりの矜持を見せ付けるため隆志は少し相手を突いてみることにした。
「先輩、来ます!」
『ああ、死角は任せろ。基本自由にやってくれて構わん』
『明星のかけら』は莉理子の術式により後方に居ながら味方の支援を行えるようになっている。
突然の突出、そこにある意図を読み解こうと思考に沈む。
彼が今回、隆志の相手に立候補したのは自分以外では手玉に取られる可能性が高かったからだ。
少なくとも『明星のかけら』で隆志の経験と頭脳に対抗できるのは自分か慶子しかいないと思っていた。
莉理子では戦闘魔導師としての視点が抜けているため不十分なのだ。
他にも立夏の事情やチーム方針もあり、彼は隆志と当たることができるようになったのだ。
「ここで特攻だと……。あいつが? いや、ないない。だったら、狙いはなんだ?」
博打を打つようなタイプではないことを知っている。
現在盤面は拮抗している。
当然だろう、初めから拮抗させるためにこの状況を整えたのだ。
彼等が考えた通りに今のところ動かせている。
元よりここを守ることは本命ではない、いざとなれば捨てることも考慮に入れていた。
「こちらの狙いに気付いて無理矢理でも動かしにきた……。ふむ、それが1番ありえそうだな」
和哉の魔弾、真希の狙撃についても十分知っている。
隆志が警戒していた新しい手は莉理子の協力がないため、手を打てない。
現状でなんとかする必要があった。
「――存分に踊ってくれ。遠慮はいらない」
後輩へ魔力を送り、支援する。
予定に変更はない。
彼の役割はここを維持することなのだ。
それ以外は職務外である。
飛びこむ隆志を見据えて、彼は静かに糸を操るのだった。
「か、怪獣決戦ですか……。これは……」
「似たようなものね。圭吾君は流れ弾に気をつけてね。向こうの3人も見てるだけではないでしょうし」
「了解です」
直ぐ傍では水で出来た拳と普通の拳が殴り合い海面が爆発している。
火力と大質量の応酬を間近に控えながら圭吾は懸命に妃里を支援していた。
3対2と人数に的に不利なこともあり、終始押されているがたまに飛んでくる真由美の砲撃が決定打を阻止してくれる。
「右から来るわ」
「了解です」
糸の結界は圭吾の意のままに動き、敵の動きと攻撃を阻害する。
状況に嵌れば強い、と言われるように圭吾の戦い方は限定された強さを持っている。
どちらかと言えば今回の様に開けたフィールドよりも狭い方がやりやすいのだが、そこに甘えていてはいつまも経っても健輔に追い付けない。
「そこっ!」
相手の隙を見計らい、先端を槍のように尖らせて海中から強襲する。
彼も伊達に健輔の幼馴染はやっていない。
型通りのままで戦うつもりは微塵もなかった。
「悪くないわ」
圭吾の支援を受けながら前衛で壁もこなす妃里は戦い易い状況に微笑を浮かべる。
真由美のような圧倒的な安心感や健輔のようなハラハラする気持ちとも違う。
強いて言うなら清潔感とでも言うのだろうか。
こちらを思いやった支援は妃里を主体として成り立っていて彼女には至極やりやすい。
真由美などは相手を倒すための支援なので、最優先されるのは妃里の都合ではない。
「不満に思ったことはないけど、こういうのありね」
支援の在り方としてはどちらもありなのだろう。
真由美の只管に勝利を狙う支援も正しいし、圭吾の様に支援者の全力を引き出すやり方もありだ。
「これはちょっと、今後は考慮に入れないとダメね」
妃里が狙う意志を見せた敵まで綺麗に舗装された通り道を往く。
糸の結界で切り取られたそこは障害なく相手へと肉薄できる最高のポジションだった。
自在に糸を生み出す浸透・創造系の面目躍如だろう。
「貰った!」
「きゃあああ!」
斬撃が無防備な相手を切り裂く。
相手の障壁展開を別方向に誘導している辺りも評価が高い。
細かい気配りがいき届いている。
「これは圭吾君がモテるのも納得かな。……健輔ともやっていけるわけだわ」
妙な納得を胸に全幅の信頼を預けて妃里は空を駆ける。
加速する戦闘に合わせて隣の決戦もどんどんヒートアップしてくる。
『清水選手、ライフ70%、そして、源田選手、ライフ80%』
『藤田選手、ライフ75%です~』
『中央での衝突激化しています! 藤田選手と源田選手の勝負も見逃せません!』
「っ、おらああ!!」
葵の剛腕が水の壁を粉砕する。
通常攻撃が必殺の威力を誇る葵の拳、それと正面から殴り合える相手は多くはない。
その数少ない1人が源田貴之、その人だった。
収束・浸透系。
通常の浸透系の使い手とは違い真っ向勝負を好む彼のバトルスタイルは異色のものだった。
周囲の物質を操り、形を成す。
基本は同じだ。しかし、そこから先が違った。
特にかく巨大に、精密さなど欠片もない武骨で巨大なパーツ群。
拳だけ、足だけ、顔だけと部分ごとに生み出されたそれを攻撃に転用する。
彼がやっていることはそれだけ。
それだけしかなかったからこそ、葵との相性は最悪だった。
「おおおおおおお!」
「はああああ!!」
貴之の叫びに合わせて海面が隆起し、巨大な顔面が葵目掛けて頭突きをかましてくる。
回避など微塵も考えず葵は勢いよく身体ごと突撃し、拳を入れる。
魔力を最大まで回し、強化された身体能力によって支えられた魔の拳。
収束系の大火力も活かして決めた相手を障壁ごと粉砕する。
そんな葵の攻撃も幾度砕こうが意味のないものには意味がなかった。
巨大な顔面を潰しても、水は変わらずそこにあるのだ。
「くそッ!!」
「ぬんん!!」
飛び散った水が直ぐに別の形を取り始める。
相手の迎撃で振り抜いてしまっている葵は大きな隙を晒しているのだ。
狙わない理由がない。
「しゃらくさい!! 舐めんな!」
強引に身体を捩じり、襲い来る巨大な拳に蹴りをかます。
空中制動の技術と魔力量で押し通る強引な技だったが、効果はあった。
先程よりもさらに激しく水は飛び散る。
葵は反対側ですまし顔をしている禿の頭の巨漢に不敵に笑い返す。
どうだ、と言いたげな葵のドヤ顔に男は珍しく僅かに苦笑を浮かべた。
「貴様はあの性悪とは違い女子らしくなさすぎるだろ。その野性を少しは隠せ。嫁の貰い手がなくなるぞ」
「大きなお世話っ、よ!」
返答変わりの拳もなんなく防がれる。
相性の悪さは如何ともしがたいものがあった。
葵は対人特化であり、デカ物は苦手なのだ。
「いいわ。そろそろ本気よ」
「ふむ、あれか……。良いだろう、本懐だ。また潰してやろう」
「やれるものなら、やってみなさいよ!!」
「あおちゃんは毎回、いい空気吸ってるよね」
「あいつはそういうやつなので仕方ないでしょう」
葵がイキイキと戦うのを見て、羨ましそうに真由美は呟く。
何も考えずに砲撃しているだけで勝てるならそれが最高なのだが、試合はそんな簡単なものではないため結局、彼女は毎回頭を使っている。
それが少しだけ不満だった。
「頭脳労働は私の仕事じゃないんだけどなー」
「今回は早奈恵さんがあちらに掛り切りですから仕方ないでしょう」
「莉理子ちゃんは怖いね。はあ……『皇帝』のところの『ゲームマスター』はきちんと対策を考えないと」
「少し早いのでは?」
「それでいざという時に無策だったらダメでしょう? 戦闘と違ってあっちは時間をかけないとダメだからね」
剛志と呑気に会話しているように見えても真由美は気を抜いてはいない。
慶子のことはよく知っている。
脇が甘いようなら噛みついてくるのは疑いようもない。
「こういう待ちの戦は得意じゃないかな」
「部長はイケイケですからね」
「ちょ……、それって酷くない?」
「どこがですか?」
間の抜けた会話は続く。
この時、真由美は知らなかった。
彼女が思っている程に慶子に余裕などないということを。
人間誰しもが自分が知っていることしか知らないものだ。
真由美は自分の砲撃に狙われることのストレスを知らない。
如何にそれが恐ろしいのかを知識でしか知らないのだ。
『あの砲撃バカ。バカスカと撃ってくれちゃって……。迂闊に身動きも取れないじゃない!』
海中に潜む慶子を含めた3名の後衛は本陣を空にしたように見せかけていた。
真由美の目ならばそれを捉えられるのは承知していたし、その後の行動も予想が付いていた。
しかし、いざ砲撃に曝されると恐怖感が湧いてくる。
如何に飄々としている慶子でも未だ成人すらしていない女性だ。
目の前で爆弾が爆発して驚かないはずがない。
いや、爆弾という表現は可愛いすぎるかもしれない。
少なくとも彼女にとっては真紅の光は恐怖そのものだった。
『莉理子、こう、狙いを逸らすとかできない? 毎度命が縮む思いがするんだけど』
『無理ですよ。スペックでなら赤木香奈子っていう新星が出てきましたけど、未だに総合力ならあの人がナンバー1ですよ? 障壁強化とかならなんとかできますけど、流石に本陣全体に偽装は魔力が足りません』
『あの女は本当に厄介なんだから……。正直、精神的にきついから立夏を急かしてね? 遊ばれてるようじゃ困るのよ』
『それは、わかっ――っ、すいません、念話を切ります!』
『ちょっと、急に』
莉理子の焦った様子に慶子が何かを問いかけようした時大きな爆音が海中に潜む彼女にも届く。
状況は彼女にはさっぱりわからなかったが1つだけはっきりしていることがある。
『これは……無理矢理動かされた? 右翼は1年生コンビで……。あっ』
右翼のメンツを頭に浮かべ爆音と結び付けた時、答えを悟る。
奇しくも同時に実況が入り彼女は予想が的中してしまったことを知るのだった。
「香奈、お前は隆志のフォローを私は全体の妨害を続ける」
「了解っすー。うわぁ、莉理子のやつ容赦ないな……」
「美咲、健輔たちの方は?」
「念話が偶に混線します。意図的に変な情報を流そうとしてるかもしれないです」
「そうか……。よし、真由美に肉眼で確認させよう。念話のみでの行動も音声加工でもされたら危険だ」
戦場の脇、バックスに割り当てられた場所で3人の少女が必死に手を動かしている。
もっとも小柄で下手をしたら小学生にも見えそうな女性が似合わない尊大な口調で指揮を取る。
バックスは地味で目立たないが毎回、情報面でのサポートを行ってきた。
今回も変わらず行っているのだが、相手が厳しい。
『戦譜の演奏者』――バックスで2つ名が付く規格外は3人分の妨害を物ともせずに彼女らの妨害を行っていた。
状況は悪い、徐々に真綿で首を絞めるかのように追い詰められている感じがあった。
つい先程までは、だ。
「健輔の自爆は久しぶりに見たなー。まあ、あんなに上達してもやっちゃう辺りあの子実は自爆ジャンキーだったりして」
「か、香奈さん、友達がそんな中毒症状なのは私、いやなんですけど……」
「だが、今回はうまいこと良い方に作用した。真由美に進言してやつに復活権を付与しておいた甲斐があったよ」
健輔の自爆は貴重な情報を齎してくれた。
立夏が復活権を持っていたことから推測できることがある。
健輔の話にあった不介入と合わせて考えれば狙いが見えてくる。
「右翼に戦力を集中させているように見える。普通に考えれば左翼からだが、おそらく本陣突破が狙いだな」
「ですねー。左翼はなんていうか、動きからして待ち構えてる感があります」
「主攻が本陣、中央突破狙いなのはわかりますが、それだけでしょうか?」
「いや、右翼も本命だよ。つまるところ、一か所だけブラフで後は全部本命だ」
莉理子の描いた絵図が見えてきた。
右翼で立夏が2人を突破する。
中央で貴之が葵を撃破する。
本陣、つまり慶子はどちらかに援護として合流、とおそらくこのどれかのパターンがメインだったのだろう。
左翼が迎撃に成功して逆進行というのも大穴で考えていたはずである。
「どれがメインなのかはこの際は考えない。ただ、ある程度思惑が読めればやれることがある」
「剛志さんはこのまま待機ですね。右翼が本格交戦に入るみたいですし」
「優香の形態移行を確認、向こうも立夏さんの魔導陣の変化を観測」
「魔導連携か、本気だな……。他の3人もおそらく本格的に仕掛けてくるな……」
莉理子が作戦案を放棄して力押しで出てくる可能性が上がった。
立夏の消耗を抑えての撃破が不可能になった以上長期戦を不利と捉えたのだろう。
優香の本気も立夏ならば想定していた可能性がある。
何せ、打倒『アマテラス』が主目的のチームなのだ、専用の対策ぐらいは積んでいるはずだった。
桜香用の対策がそのまま優香に使えるわけではないが互いに桜香を意識している身なのだ。
無意味ということもない。
「よし、香奈、お前は隆志の全面バックアップを。あそこが崩れるとまずい」
「はーい、香奈さんにお任せあれ」
「美咲、お前のは優香の全面サポートだ。健輔は地力でなんとかするだろう」
「りょ、了解です」
「こちらの念話の維持は真由美と健輔、隆志の3人以外は放棄する旨を通達する。以後は各自の判断で勝利を目指せ、とな」
不敵に後輩に笑いかける外見は幼い少女である早奈恵。
アンバランスすぎて逆に様になっている感じてしまう。
それがおかしくなったのか、香奈と美咲はつい、といった感じで笑ってしまう。
「む、何か問題でもあるか?」
「いいえー、早奈恵大佐の指揮に従うであります!」
「右に同じです」
「誰が大佐だ。ふっ……、とにかく伝達しろ。時間はあまりないぞ」
「もうやってますよー。しかし、あれですな。葵に関してはこの命令って『野性を開放しろ!』って言ってるようなものですよ」
「ああいう輩は自由に動かした方が良い。特に理屈に動く奴には絶大な効果だろうさ。まあ、あれだ。心を攻めるというやつだよ」
慌ただしく動き出した盤面を見ながら早奈恵は駒を把握することを放棄する。
相手の思惑に嵌り、強制的に縄を握れなくなる前に先に手放したのだ。
バックスとして戦った際に莉理子に勝てると思うほど彼女は耄碌していない。
「これはチーム戦だ。最後に勝てば問題ないだろう?」
「間違いないですね」
「わ、私は流石に先輩たち程は悟れないです」
既に把握できる状態を離れた戦場を見詰めながら早奈恵は笑う。
右翼では優香と健輔が立夏に対峙し、左翼では隆志が元信と謀り合う。
中央では脳筋同士がぶつかり、性悪をバカが仕留める。
「ほら、作戦通りだろ? 結局、最後はシンプルになるものだよ」
「たはは、笑えないっす」
「私たちの意味って……」
仲間に対して酷い表現をしながらもそこには全幅の信頼があった。
双方共に余力を残さず、ぶつかり合う。
崩れたところから盤面が大きく変わる。
試合は終局に向かって一気に加速するのだった。




