第74話
「は~い、調整は~終わりましたよ~。起きて下さい~」
里奈ののんびりとした声と僅かに揺すられる感覚で健輔は目覚める。
「す、すいません。寝てましたか?」
「ふふふ。ええ~いい感じに~いびきを掻いてましたよ~」
魔導機の調整のため研究エリアにやってきたが待ち時間の最中に眠ってしまったようだった。
微笑ましそうに健輔を見ている里奈に顔を赤くして謝罪する。
まるで授業中に眠ってしまって起こされた際に母の名前を呼んでしまったかのような恥ずかしさだった。
小学生の時に1度やって以来健輔のトラウマになっている。
「そ、それで『陽炎』の調子はどうですか?」
「う~ん、やっぱり『天空の焔』との戦いは厳しかったみたいです~。大分ガタガタに~なってましたよ~」
クラウディアとの戦いでは細かい系統の変化を多用していた。
健輔の危惧通り常よりも負荷が掛っていた。
「大丈夫ですかね? 次の『明星のかけら』も厳しそうな相手なんですけど」
「試合中の動作は~今日の調整で大丈夫ですよ~。でも~当初の想定通り~佐藤君の~能力に追い付いてきてないですね~」
「……負担掛けてますかね?」
「はっきり言うと~かなり負荷ではありますよ~。貴重なデータでもあるので~特に問題ないですけどね~」
ニコニコしている里奈は何でも無い様に言っているが流石に調整の頻度が増えていることくらいは健輔もわかっていた。
なるべく負荷を掛けずに試合を済ませたい思いがあるのだが、それで負けてしまっては本末転倒である。
やはり強敵チームには全開で戦わねばならず、それがさらに『陽炎』の負担になっていた。
「気にしなくていいですよ~? 魔導機を労って~負けたら大変ですから~」
「……はい、ありがとうございます」
元より手を抜けるような贅沢な立場ではないのだ。
挑戦者の心を健輔は忘れていない。
現在、里奈が急いで準備を進めてくれている専用機『陽炎新式』も順調とのことだった。
新しい刃も待っている、そのためにも今は己が杖を信じて戦うしかなかった。
「新しい『陽炎』ちゃんの方にも~協力ありがとうね~。おかげで進捗が上がりました~」
「いえ、自分のやつですから出来ることはやっておきたかっただけですよ」
里奈の要請を受けて新しい『陽炎』に向けてシルエットモードの戦闘データなどの提供した。
これによってAIの学習なども進むとのことだった。
健輔の戦いを十全にサポートするためにはかなり成熟したAIが必要らしく、そこがネックとなっているらしく健輔のパーソナルに関するデータはありがたいとのことである。
「すいません。なんか、めんどくさい戦い方で」
「気にしないで~。私は~1魔導ファンとしても~面白い戦い方だと思ってますよ~」
「ありがとうございます」
担任教師は変わらない笑顔で生徒を安心させる。
入学して以来、このポカポカした先生に健輔は御世話になりっぱなしだった。
真由美のチームを紹介してくれたことから始まって、現在の『陽炎』や魔導の細かい疑問などにも完璧に対応してくれている。
健輔のそこはかとない疑問として、里奈は一体いつ休んでいるのかわからない、というものがあった。
少なくとも健輔が出会った時は常に仕事をしている。
彩夏が『ワーカーホリック』と称していたのも納得の仕事ぶりだった。
身体が丈夫には見えないため健輔だけでなく多くの生徒が少しは休んで欲しいと思っているのだが、心配されている当人は気にせず元気に働いている。
「それで~何か聞きたいことがある~って話だったけど~何ですか~? 前もって~連絡までしてくれましたし~、何か~重要な事何ですよね~?」
「はい、ちょっと九条桜香さんの番外能力について聞きたくて」
「番外能力ですか~? 別に構わないけど~どうして~わざわざ私に~?」
「優香の方なんですけど、俺の勘だとまだ上があるような気がするんですよね」
健輔がそう言った時に、僅かに本当に僅かに里奈が目を細めた。
よく気付いたとでも言いたげな穏やかな目線に少しドギマギする。
普段はポヤポヤしている子どものような先生なのだが唐突に『大人な』雰囲気を感じさせることがある。
そういう時は普段意識しない女性らしい部分などが気になってしまうのだ。
健輔も健全な男子高校生の1人なのだ。
大人女性らしい人に憧れを感じる時ぐらいはある。
動揺が出ないように懸命に抑え続きを話す。
「っと、きっかけというか、確信したのは『天空の焔』戦です」
「ふ~ん、なるほど~。香奈子ちゃんと~クラウディアさんですか~?」
「はい、香奈子さんは遅れて覚醒した時の様子から。クラウディアはライトニングモードからです」
香奈子の大規模魔力の放出、クラウディアの基礎スペックの向上。
どちらも優香の『オーバーリミット』と類似した現象だ。
優香は両者を融合したような現象を起こしている、にも関わらずどこか能力が弱い。
正確には地味だった。
姉の桜香の番外能力は相当強力らしいのに、妹が生来持っていたものが大幅に劣るなどと言うことがあり得るのだろうか。
健輔の疑問はそこから始まっている。
そもそも、クラウディアのように本来用途ではない方法で無理矢理上昇させるならばともかく優香の能力は香奈子と同系統の収束能力だ。
時間制限があったりすることがおかしい。
「だから~、桜香ちゃんのから~予想を立てるわけですね~」
「直接言って若干失敗しましたから。でも、次の橘立夏との試合はいろんな意味でチャンスです。そこは優香もわかってると思うんですよね」
優香が実際のところ桜香をどう思っているのかは本人しかわからない。
健輔から見たところ、とにかく桜香を超えたいと思っている、ぐらいのことしか読み取れていない。
仲が良いのは間違いないがそれだけでもない姉妹なのだ。
「打倒したいのか、本人もよくわかってないのか。まあ、プライベートですから、細かくは言いません。でも、勝ちたいとは思ってるはずです」
「そうですね~。佐藤君の考えは~間違ってないと思いますよ~」
「だから、優香は『明星のかけら』で次のステップにいこうとする可能性が高いと思うんです」
「ふ~む。だから~?」
「準備だけはしておこうかな、と。もし、失敗しても俺なら何かしらのフォローができるかもしれないでしょう?」
最後は少しの茶目っけを乗せて健輔は里奈に尋ねる。
何が起こるのか予想して先回りするのが仕事ができるやつの条件だとするならば、健輔は正しく動いていた。
問題に対して対処療法だけでは限界がある、抜本治療が必要だと里奈に言っているのだ。
生徒からのお願いに里奈は2人を秤にかけて考える。
優香の秘密、いや失敗は彼女にとって痛い記憶となっている。
その克服に選ばれるのが姉か、もしくは姉と因縁ある相手となる確率としては高い。
失敗した場合なども考慮して里奈は結論を出した。
「悪い子ですね~。佐藤君は~」
「そうですかね?」
「女の子の秘密を~暴くのは悪い男ですよ~。でも、直接ではないので~許してあげましょう~」
「じゃあ……!」
「はい~、桜香ちゃんのだけは教えてあげます~」
健輔は里奈から桜香の能力について詳しく聞いた。
そして自分の予想が外れていなかった事に喜び、同時に未だそこ知れぬ相棒に羨望の思いを抱いた。
嫉妬してしまう自分に苦笑しながら、万が一に備えて彼は準備を進めるのだった。
『本日は第1試合A『クォークオブフェイト』対『明星のかけら』が海上フィールドBで第1試合B『賢者連合』対『トリニティ』が陸上フィールドAで行われます。繰り返し
――』
研究エリアと学園エリアを跨る様に建設された広大なフィールド、それが魔導競技に用いられる4つのフィールドである。
陸上と海上で2つずつ用意されており、より広範な競技を行えるように現在も拡張が進んでいる。
本日は土曜日ということもあり、平日に行われる試合よりも人の入りは多かった。
転送陣が本格稼働を始めたこともあり、本土からの来客は増えているからである。
需要に応えるために天祥学園を含めてた人工島全体は現在も拡張に追われているが学生たちはそんなことは気にしていなかった。
そんな活気あふれる会場付近で、微妙に陰鬱な空気を醸し出している女性がいた。
「ん……。クラウ、恥ずかしい」
「そんなこと言わずにもう少し露出しましょうよ。香奈子さん、元は良いんですから」
「そうよ。それに一緒に行こうって言ったのは香奈子じゃない。きちんと発言に責任を持つのもリーダーの責務じゃないの?」
普段は学校指定のジャージか、制服で過ごしている香奈子がクラウディアとほのかのコーディネイトの元、多少のオシャレをして観覧に来ていた。
クラウディアが世話になることと今後の参考、という名目だがあの戦いで香奈子側にもいろいろと心境の変化が起こっていた。
少しは明るくなろうと外に出てきたのだが、いざ実行すると恥ずかしいらしく白い肌を真っ赤にして抗議をしているのだ。
「……へ、変じゃない?」
「似合ってますよ」
「自信を持って」
3年生の10月に入り、変革を望むのは高校生活としては遅いかもしれなかったが人生として見た場合は十分早いだろう。
試合中の魔王の如き理不尽さなど欠片も感じさせない可憐な乙女として香奈子は自らを打ち倒した勇者の次の戦いを見守るのだった。
「で、皆さんきちんと準備できてるんですよね? 私が徹夜して考えた作戦案を忘れたとか言ったら殴りますよ」
『明星のかけら』側の控室で三条莉理子は自由気儘な先輩たちに確認を取る。
やる時はやる人たちだと理解はしているのだが、それでも一抹の不安を感じさせる辺り、普段の行動というものの大切さがわかる。
「了解、了解。きちんと目を通したさ。これでも立夏の相棒だ。信じて欲しいね」
「私はきちんとやってるわよ? ここの禿とかが絡んでくるだけだもん。莉理子は私を信じてくれるわよね?」
「禿ではない、剃っているだけだ。参謀の叡智を疎かにするようなことはせぬ。そこは信じて欲しい」
「こういう時だけどうして同じ事を言うんですか、お3人方は……。立夏さんの苦労がわかります……」
莉理子は頭痛に耐えるように頭を押さえる。
揃えたわけでもないだろうに何故か一致しているセリフといい扱いずらい先輩たちであった。
立夏の苦労が偲ばれる。
「今回、私は立夏さんをメインをでいきます。……戦略上は微妙なところですが立夏さんの希望と今後を考えるとこうした方が良いですから」
「構わんぞ。寄り道が結果的に近道になることもある。立夏としては受け止めてやりたいんだろうよ。ただ、2人相手に立夏だけだとしんどいだろうからな」
「甘くみるよりも辛く見た方がいいもの。私たちも流石に余裕を持てる相手じゃないし」
「あの戦闘狂が俺の相手だろう。僅かでも迷いがあれば喰われる。あれはそういう手合いだ。故に、支援は不要」
「わかってますよ。私はいつも通りいきます。皆様も良き試合を」
『おう!』
確認作業が終わった莉理子は実況に連絡を入れて指示を待つ。
万全で待ち構えるために立夏は瞑想中だった。
最高のコンディションでリーダーが当たれるように補佐するのが参謀の役割である。
「『曙光の剣』――立夏さんが『不滅の太陽』に劣るものではないことをその身に刻みましょう。『蒼の閃光』」
『え~と、後15分程で準備が整いますのでフィールドへと展開お願いします~』
「了解です。……聞いてた通りです。皆さんいきましょう」
別室の立夏へ念話を飛ばしてから控室を後にする。
クォークオブフェイトの第14試合がついに始まろうとしていた。
『本日の選択ルールは『陣地戦』になります。繰り返します――』
海の上で美少女と2人、空中遊泳をしながら始まりの報を待つ。
「ふわー。あー眠い」
健輔は大欠伸を掻いて眠そうな様子を見せる。
真由美により、右翼の陣地に配された2人は静かに決戦の時を待っていた。
「健輔さん。もしかして、夜更かしでも?」
「う? ああ、うん。試合には影響ないから大丈夫だよ。いろいろと作戦をなー」
「体調管理も魔導師の務めですよ? もし何かあるようでしたら早急に教えてくださいね」
「オッケー、オッケー。そっちこそ、あんまり気負うなよ? 肩に力が入ってるぞ」
図星を突かれた優香は一瞬表情を強張らせるが、直ぐに息を吐いて落ち着きを取り戻す。
「……わかってます。ありがとうございました」
「いいよ。ま、こっちは防衛する方向でいこうや」
「了解です。前は任せて下さい」
「おう、頼んだ」
わかったと言いつつも晴れぬ表情のままの優香を見て、健輔は内心でプランの修正を加える。
傍から見るといっぱいいっぱいであるのがよくわかった。
自分だけで精いっぱいの相棒を見ながら溜息を吐く。
「無難に終わればいいんだが」
聞こえぬように呟いた言葉は空へと融けて、実況の声と共に忘れ去られるのだった。
『ご来場の皆様、お待たせしました! これより『クォークオブフェイト』対『明星のかけら』の試合を開始したいと思います!』
『今回のルールは15人まで登録可能な陣地戦になります~』
『『クォークオブフェイト』側は13人、『明星のかけら』は14人の登録ですので空き人数分の即時復活権は付与されます!』
『今回は先行で復活者を実況側にのみ伝えられています~。誰が復活対象なのかも予想してくださいね~』
ルールの解説も行われ、ついに試合は開幕する。
健輔たちは感じられないが会場の熱気が実況の声から伝わってくるようだった。
モラトリアムは終わり、再び激戦へと彼らはその身を沈める。
弛緩した身体に気合を入れながら、健輔は空の彼方を睨みつけるのだった。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
次から試合です。
また長いでしょうがお付き合い願います。




