第73話
『本日の第2試合『クォークオブフェイト』対『幻影の剣』の試合は『クォークオブフェイト』の勝利となりました。続いて第3試合A『ツクヨミ』対『ネクサス』――』
「無難すぎる試合だったなー。あれだな、たくさん試合があるとそれはそれでめんどうだけど出れないのもいやだわ」
「人間ですから仕方ないですよ。私もちょっと残念でした」
控えだったため一足早く解散した2人は連れ立って会場を後にする。
全部で4つの会場が存在するが今回は海上フィールドでの戦闘だった。
遮蔽物がない空間を存分に活用するフィールドは健輔の好みであり、できれば参戦したかったが『天空の焔』との戦いがあったため、今回は出禁となっていた。
「真由美さんが撃墜の鬱憤を晴らすかの如く大暴れしてたからな」
「私たちの前では見せてくれませんが思うところはあったのではないでしょうか?」
「割と執念深そうだもんなー」
今日は試合だったこともあり、クラウディアがいない。
健輔は気付いていないが幾分優香の表情が晴れやかだった。
人の機敏に聡い健輔がこれに限って気付かないのはクラウディアとの交流が仕事、というか練習に関わっているからである。
将来、立派な仕事人間になれそうな素質であるが、そういう部分での切り分けがはっきりしているのが健輔という人間だった。
誰だって体育の授業中や運動している時にはその事柄に集中するだろう。
健輔はその部分がよりはっきりと分かれている。
これは長所であるが、視野が狭くなりやすいという短所でもあった。
「今日はどうするよ? 俺的にはそろそろ話して欲しいことがあるんだがな」
「え?」
「オーバーリミットもそうだけど、なんというか出し切れてない感じがするんだが、その辺り、俺の感覚は間違ってないか?」
「っ……気付いてたんですか?」
「そりゃ、相棒だからねー。何よりお前のシルエットモードの完成度が1番高いんだぜ?」
飄々としていても相棒の実力ぐらいはわかる、と言外に健輔は告げる。
最近、1部では活用されない観察眼も仕事をしていなかったわけではない。
むしろ、優香の状態はつぶさに見ていた。
健輔は『天空の焔』との戦いでクラウディア・ブルームと言う同年代の飛び抜けた魔導師と出会った。
激闘の末に時間切れと言う情けない限りの勝因だが、それでも彼は勝ったのだ。
そして、対戦相手としてぶつかったからこそ健輔はクラウディアの実力がよくわかる。
彼女の全力を体感した健輔だからこそ断言できることがあった。
優香は力を出し切れていない。
クラウディアの圧倒的なスペック、それを何故かほぼ同格のはずの優香から感じないのだ。
明らかに異常と言えるだろう。
手を抜いている可能性もあるがそんな性悪ではないことを半年の付き合いで知っている。
ならば理由があると考えるのが自然な話だった。
「クラウディアは実際強かった。でも、逆に言えば俺でも捌けたんだよ。――毎日やってた朝錬では俺、1回も勝ってないのにな」
「それは……」
「最近は頻度も減ったから一括りにできないのはわかってるが、それでも可笑しくないか?」
クラウディアはスペックを扱い切れていなかった。
それは1度優香と技量を競ってもらったからわかる。
単純なテクニックでは優香の方が上だ。
しかし、優香からクラウディア程のパワーを感じないのは何故なのか。
「同じ能力ってわけではないのはわかる。でも、優香のは出力が低いってわけでもない。何より戦ってる時にまるで、何かを怖がっている感じがする」
「…………」
「どうよ。当たってるだろ」
ゆっくりと海上フィールドの人混みから離れた静かな公園へとやってくる。
海風を受けるベンチに座り、健輔は優香に続きを促した。
『明星のかけら』、その後に2戦して『ツクヨミ』。
そして、10月の末には『魔導戦隊』、『アマテラス』の2連戦が待っている。
相棒の実力に何かしらのフィルターが掛っているようでは困る。
下手をすると地雷を踏むとわかっていて健輔は優香に踏み込んだ。
腫れものように触れていたのでは半年前から何も進歩していない。
それが健輔はいやだったのだ。
奇しくも『明星のかけら』には何かしらの因縁があるらしい橘立夏もいる。
ここが踏み込む時だと、健輔は判断していた。
しかし、優香は違うようだった。
「すいません。後、少し、少しだけ待って貰ってもいいですか? 自信がないんです」
つい半年前のことだ。
このチームの面接、のようなもので健輔は初めて優香を見た。
黒く艶やかな髪は宝石のようで、意志を秘めた瞳がとても綺麗だったのをよく覚えている。
健輔の貧弱な語彙で表現出来ないほどの容貌だった。
初見では人形かと思う程に整った容貌は健輔に世間は広いということを良く教えてくれた。
それ以後、彼女のイメージは微妙な変遷を辿りつつも基礎の部分は何も変わっていない。
本質的な部分で彼女は持ち得る者であり、健輔は持たざる者である。
相容れない部分があると思っていた。
(自信がない……。そっか、そういうことか)
だが、それが勘違いだったのだ。
自信がない、そしてこの弱々しい様子から考えるに――。
健輔は大まかに事態を把握する。
もうちょっと軽い問題かと思っていたのだが、想像以上に根が深そうだった。
このまま突き回すのは危険な感じである。
ただでさえ、優香は普段は大人しい性質なのだ。
下手に爆発させたらどうなるかわからない。
リスクとリターンを計算してここではまずいと判断した健輔は苦笑いを浮かべ、今回は踏み込むことをやめた。
「わかった。でも、いつでも相談してくれよ?」
「はい、ありがとうございます」
優香も問題の先送りだと分かっているのだろう。
何かを決意した様な眼差しをしていた。
「はい、お疲れ様。試合はいい感じだったよー」
「毎度同じことを言われてお前たちもそろそろ煩わしいとは思うが、先輩の小言だと思って諦めてくれ」
部室での反省会、いつもの如く司会を進行するの真由美と早奈恵である。
ここ最近何やら忙しいらしくあまり姿を見ていなかった早奈恵が今日はきちんとここに来ていた。
真由美が言っていたように今日は『明星のかけら』対策があるためだ。
「さて、次の強豪チーム『明星のかけら』ですが、あそこは1年生で入った新星とかはいないみたいなんで既知の戦力ばかりとなります」
「まあ、向こうもこちらの手の内は知っている。1年生たちの戦力もうまいこと読み取られているだろうさ」
既に13戦試合を行っているのだ。
隠し玉と呼べる程のものを隠しきっているチームはほとんど存在しない。
全霊を出し切らなけらば負けてしまう強豪と既に1・2回は当たっているはずだからだ。
「旧アマテラスのメンバーが合流してるだけあって平均錬度は高いよ。まあ、チーム力で優ってるとかは考えない方がいいかな」
「『天空の焔』はチームリーダー赤木香奈子が飛び抜けた魔導師だった。しかし、故に彼女をなんとかできれば打倒できるチームでもあった」
1人だけのラスボスを相手にするよりも、複数の中ボスの方が現実においてはめんどくさい。
香奈子がどれほど強かろうと1人だけではどうしても限界が存在していた。
弱いわけではなく強いが1人だけなので同時に対策をしやすい相手でもあった。
「翻って、『明星のかけら』にそれは期待するな。仮にエースを倒しても、あそこは普通に交戦できる。そういうチームだ」
「ようはこちらと傾向が似ているってことだ。それは念頭に置いておけよ」
「ここまでは大丈夫かな? あおちゃんはそんなに期待に満ちた表情しないの。隣に座ってる健ちゃんが怯えてるよ?」
「えーだって、立夏先輩たちと当たるの楽しみにしてたんですよー。あの禿げにそろそろ借りを返したいですし」
「はいはい、真由美も葵に付きあったら、脱線するって分かってるんだから突かないの。素早く解説しましょう。ただでさえ5人も警戒しないとダメなんだから」
妃里が途中で口を挟むという珍しい光景もありながら、早奈恵が本題の準備を始めた。
魔導機から投影される映像は相手の要注意人物を纏めたものだ。
「まずは、リーダーにしてエース、橘立夏だ」
昨日、健輔たちが出会った快活そうな少女、俗にスポーツ少女とでも言うべき美少女が映し出される。
「立夏ちゃんは創造・身体系の魔導師だよ。優香ちゃんと似ているテクニカルタイプの前衛」
「ただ、立夏のやつは大規模火力を保持していない。極めた創造系が刀剣などの1部に特化して物質化を果たせるくらいだ」
魔力の物質化――早い話が魔力を完全に別のものへと変質させることだ。
本来、時間が掛るこれを単純なイメージで済むものなら瞬間的に創造するのが立夏の能力だ。
真由美の固有能力や赤木香奈子のような圧倒的な暴威は存在しない。
存在しないからこそ彼女は怖い。
安易な道具ではなく積み重ねた技術だからこそ彼女は最後の瞬間まで決して戦闘能力が下がらない。
香奈子のように能力を持て余すこともない、何故なら己が身となるほどに積み重ねた技術だからだ。
「ま、基本の戦い方は剣とかいっぱい作って戦うって感じかな」
「口で説明するのは難しいからな。立夏に当たるやつは映像を見ておくことだ」
「立夏ちゃんには、優香ちゃんと健ちゃんの2人で当たってもらうね。それで互角になると思う」
「っ……ありがとうございます」
「了解っす!」
「いい返事です! 私からのアドバイスとしては立夏ちゃんは爆発力は無いけど同時に明確な欠点もないってことかな」
真由美曰く、傾向としては健輔を拡大するとイメージに沿うらしい。
相手を倒すタイプのエースではなく、引きつけるタイプのエースだということだった。
ハンナや葵、そして真由美に香奈子と今まで健輔が出会ったタイプのエースは大概が最近の流行りである火力タイプだったが、立夏はそこに当てはまらない。
健輔、優香共に初めて戦うタイプの相手になるが気負いはなかった。
「では、次だ。平良元信、系統は遠距離・浸透系、2つ名は『傀儡師』。元々は立夏の相棒でな、彼女のサポートを主にしているんだが」
「平良君はめんどくさい戦い方をするんだよねー。後衛だから、あんまり手が出せないのをいいことにこっちの間隙を突く形で魔力を流してきたりするんだ」
遠距離・浸透系。
ゴーレム操作などに使いやすい系統だが、浸透系は元々魔力のラインを遠方に伸ばせるため、あまり行われる組み合わせではない。
彼のいやなところは完全にいやがらせに特化していることだった。
撃墜は他のメンバーの役目であり、自分は楽しむだけだと豪語する碌でなしである。
「あいつの相手は慣れているから俺がやろう。和哉、真希支援を頼むぞ」
「了解です」
「お任せあれー」
平良元信は撃破自体は難しくないがそこまで事を運ぶのがめんどくさいタイプであった。
才能ある若手を1番の獲物としている。
そういう意味でもっとも完成している隆志が相手をするのは道理であった。
「そっかここはお兄ちゃんになるのか……。うん、お願いするね」
「任された」
「後は3人なんだけど、3人の内2人はもう相手が決まってるから名前だけね」
「慶子は真由美が、貴之は葵が担当する。葵、相性は良くないが対策はあるのだな?」
「完璧ですよ!」
「……少しだけ不安だが、そのまま行こう。さて、後は1人なのだが。美咲、香奈準備はいいか?」
早奈恵が残り2人のバックスに声を掛ける。
健輔が知っている先輩の中でも1、2を争う程に冷静な早奈恵が緊張していた。
美咲と香奈も同様にである。
「このチームのジョーカー、そして1番厄介なのは次のやつだ。名前は三条莉理子、バックスであり、2つ名『戦譜の演奏者』を呼ばれている」
「バックスで2つ名って、マジですか?」
「ああ、彼女を含めてバックスに分類されるもので2つ名を持っているのは僅か2名だ」
「『明星のかけら』はあの子が1番危険なんだ。だって、最後まで撃墜できないんだもん」
バックスは陣地制圧以外で止める手立てがない。
そして、普通の戦いならメインの陣地を落とす前に全滅する。
「よって『明星のかけら』は最後まで危険域の戦闘力を維持する。莉理子の厄介なところはまだあるぞ。――こいつは固有持ちだ」
「バックスで……」
「普通の固有とは違うイレギュラー能力だがな。技能が特殊であるため固有に分類された程の技術だ」
固有能力と言われているが、常の意味とは違い技術的なものとなっている。
三条莉理子は覚醒していないが、それに匹敵する技術を持っているということだ。
「能力名『魔導連携』。やっていることは私たちが普段やっていることの延長戦だ。味方の術式を支援する」
特別なことはやっていないが莉理子は自身が展開する陣と味方の魔導式を融合させて支援を行える。
単純に普通の倍以上の効果を受けるだけでなく、彼女は演奏するかのように式を書き換えることが可能なため、状況に合わせた柔軟な支援が可能だった。
「あいつは生まれつき目が悪くてな、魔導医療のためここに入学したんだ」
「治療の副産物なのか、普通の人よりも魔力がよく見えるようになったみたいでね。それの恩恵もあってすごく強力なバックスになったの」
ケガの功名とでも言うのか、魔力治療を受けて目がある程度よくなった彼女は常人よりも魔力に対する親和性が高くなり、結果としてより細かい術式の行使が可能になった。
早奈恵も大学部で研究を手伝っているが、彼女の場合は大学部で教えるレベルである。
「さて、慶子と貴之については対応するやつが知っていたらいい。明日、詳細を詰める際にきちんと説明するからな」
「ここで知っておいて欲しいことは『明星のかけら』に2つ名持ちは4人いてその全員が特殊な能力を保持していないってことね」
『明星のかけら』はそういう意味では弱い2つ名持ちとなる。
だか、ここで彼らを侮るようなチームならば勝利は覚束ない。
固有能力と言う武器など無くても彼らは強い、そういうことなのだから。
「最後まで気が抜けないですね」
「そうだな。強敵だ。全員を気を抜かずに当たれ」
『はい!』
総合力で初めて『クォークオブフェイト』と伍する相手『明星のかけら』。
残り1日のインタ―バルをおいて、彼らはぶつかる。
因縁ある立夏との対戦に優香が硬い表情を作る。
そんな優香を横目で見ながら、立夏との対戦プランを考える健輔であった。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
今までで1番難産だったかもしれない。
優香周りのごたごたもそろそろさらっと出てきます。
真面目な人は思い悩むとドツボに嵌るよね、って感じが優香です。




