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総合魔導学習指導要領マギノ・ゲーム  作者: 天川守
第3章 秋 ~戦いの季節~
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第72話

「それであの人ってどんな人なんですか?」


 場の空気が微妙に冷めたこともあってか、立夏は少しだけ寂しそうに微笑むと健輔たちに軽く挨拶をして退室していった。

 何かを考えてる優香はともかくとして、事情がさっぱり飲み込めない健輔は情報を求める。


「言ってた通りだよ。次の次の対戦相手『明星のかけら』リーダー橘立夏。昇れなかった太陽ってところかな」

「挨拶に来たのは本当だろうよ。去年はよく真由美と一緒に居たからな」

「ま、本命は優香ちゃんに対する宣戦布告だろうけどね~」

「宣戦布告……」

「うん、そうだね。あ、クラウディアちゃんも聞いていく? そんなに面白い話でもないけど」

「え、よろしいんですか?」

「よろしいですよー」


 部外者の立場であるため居心地が悪そうにしていたクラウディアに真由美は優しく声を掛ける。

 別段、聞かれても困る話ではない、と前置きした上で真由美はまず『アマテラス』の成り立ちについて軽く説明を始めた。


「事の起こりは『太陽』の称号を巡ってなんだよね。だから、ここを理解しないとよくわからなくなるからさ」


 そう言うと少しだけめんどくさそうに溜息を吐いて真由美は健輔たちに『クォークオブフェイト』誕生にも絡んでくる話を始めるのだった。




 ――『アマテラス』

 天祥学園最強の魔導チームであると同時に学園で1番古いチームでもある。

 名前の由来は学園の名前候補だった『天照』から、日本神話の最高神に倣って付けられた。

 天祥学園はその前身となる魔導施設から数えて今年で創立32年になる。

 現在のようなカリキュラム・試合制度が整えられたのはここ15年程の話だが歴史としてはそれだけのものがあった。

 そんな中『アマテラス』は創立当初から雛型があったチームである。

 他には少し遅れて『スサノオ』『ツクヨミ』があるが、それでも5年単位の時間差が存在していた。


「ま、研究チームみたいのがあってそこからそのまま流れを持って来てると思えばいいよ。正直この時期は重要じゃないしね」

「魔導大会が正式に始まったあたり、そうだな15年前くらいには既に今みたいな形になっていた。つまりは2つ名とかな」

「ま、最初はいろいろあったみたいだけど、今回は関係ないから省くよ」


 そんな歴史あるチーム『アマテラス』なのだが、真由美曰くその分古臭い面も多かったらしい。

 天祥学園ではチーム内における上級生の権力、と言ってもいいだろう。それが強い。

 『アマテラス』はその中でも群を抜いて年功序列が激しかったらしい、またOBなどの干渉も強かった。


「ま、私やあおちゃん的に言うと『息苦しい』って感じかな」

「ここはぶっちゃけ好みの問題だな。何より俺たちもアマテラスを離脱していることからわかるようにあまり中立的とは言い難いのを忘れるなよ」


 そんな注釈を付け加えて真由美たちは話を進める。

 割と雁字搦めになっていたアマテラスだがそれでもブランド力というのか、最大チームであることは変わらず、その実力もトップクラスだった。

 真由美が入った時にはスーパーエースが存在していたのもあり、間違いなく強かったのだ。


「でも、あの人が強すぎたのが問題でね? 各魔導校には伝統と言うかな。学校最強の魔導師に受け継がせる名前があるんだよ」

「うちが『太陽』、欧州は『女神』、そしてアメリカの『皇帝』だ」

「真由美さんが1年の時の太陽が強すぎたのが問題だったんですか?」

「次の代のハードルがグンッって上がってね。立夏は候補生みたいな扱いだったから、大分先輩とかからきつく当たられてたよ」

「こいつも候補生だったぞ? だが、『そんな骨董品いらない』とか言って反発を喰らってたがな」


 真由美らしい言葉ではあった。

 言われた当時の『アマテラス』の首脳陣はそれはそれはマジギレしたらしい。

 健輔にはその情景が簡単に目に浮かんだ。

 やはり、真由美にはアナーキーな1面があると再確認する。

 真由美は自分がリーダーでなかった場合、上が余程優秀じゃないと反乱を起こすだろう。

 占い師とかに見て貰ったら確実に反骨の相とかが浮かんでいるに違いない。


「で、細かいことは省くけど2年になってさあ、新しい太陽を決めようって時に新入生の中に凄いのがいた、と」

「それが――」

「うん、桜香ちゃんだね。並いる候補生を残らずボコボコ、新しい『太陽』になったと」

「そこで終わればまだよかったのだが、当時の最上級生はポンコツでな。負けたやつらに途端に興味を失った上に」

「桜香ちゃんいるし、お前たちベンチなって感じのことをやってねー」

「はああ!? 意味わかんないんですけど」

「だよねー。これは、もうなんていうのか特定コミュニティの弊害というのかな? さなえんはいろいろ言ってたけど、そんな感じでさ」


 桜香と自分たち、つまりは1部の3年だけで大丈夫だろうとか言い出してそれまでいた下級生のレギュラー外しなどもしたらしい。

 俺たちは最強だし優秀な選手もいるから、他の有象無象は見てるだけでいい。

 そんなアホいことを言い出したらしい。

 真由美からすると先代も口は達者でめんどくさかったが次の代はそれよりもさらにひどかった、とのことだった。


「当たり前だけど反発起きてね。ちょうどよかったから私が何人か引き抜いてそのまま新チームを作ったら桜香ちゃんの対立候補だった子とかが離脱したみたいで」

「桜香と自分たちが居ればいいとか言い出したら反発は当然だろうよ。ましてや、そこまで優秀じゃなかったしな」


 その際の混乱は面白くないので話さないらしい。

 聞いている方も楽しい話題ではないので必然突っ込まず、そこで話は終わった。


「重要なのは立夏が1番次代の『太陽』に近かったということだ。実際、やつだけは初期の桜香には勝てたからな」

「立夏は強いよー。あおちゃんみたいにムラもないしね」

「『曙光の剣』、確かに聞いたことがあります。香奈子さんも『明星のかけら』には注意をしろと言ってました」

「分派アマテラスみたいなものだからな。分裂した際に実力派は立夏に付いたから、元のアマテラスに1番近い」


 アマテラスは半壊後、今のリーダーを中心とした2年たちが立て直した。

 その際に実力不足を補うため桜香を核としてチームを組み直したとのことだった。

 よって、元々の総合力のチーム『アマテラス』とは微妙に中身が違う。

 当時の離脱組の大半が合流したのが『明星のかけら』である。

 昔、アマテラスの方針に合わなかったメンバーが作ったチームで長年中堅として活躍していたが分裂したアマテラスを取り込んで急拡大したのだ。


「だから、いい前哨戦にはなるんだよ」

「優香ちゃんもあんまり気にしなくていいからね? あれは立夏ちゃんなりの激励だから」

「激励、ですか。でも、姉が」

「負けたのは立夏ちゃんの実力不足だしね。桜香ちゃん本人に思うところはあるだろうけど、その妹には何もないよ。あの子はそういう陰湿さはないから」

「本心は何を話したらいいかわからなかったんだろうよ。だから、あまり気にするなよ?    

 暗い顔していると回りを心配させるぞ」

「あ……、はい、ありがとうございます」


 周りを見渡して心配そうな美咲と目が合い、ようやく優香は肩の力を抜く。

 健輔も不器用な相棒にホッと胸を撫で下ろす。


「でもね、優香ちゃん」


 ようやく緩やかな空気が流れ始めた部室で真由美が厳しい声で優香に語り掛ける。

 再び張り詰める空気、優香は真剣な眼差しで真由美を見つめ返す。


「立夏ちゃんでも桜香ちゃんには勝てなかった。勿論、今はどうかわからないけどね。だから、今度の試合で立夏ちゃんを止められないようなら桜香ちゃんは遠いよ?」

「……覚悟しています。だから、次の試合は」

「だよねー。でも、ごめんよ。1対1にはしてあげれないかな。確実に負けるよ?」

「っ……理由は教えていただけますか」

「うーん、今日はまだダメかな。明日の試合が終わってからにしよう」


 まだ、1試合『明星のかけら』と戦う前に残っている。

 健輔たちは出場する可能性は低いとはいえ、目前の脅威を認識しないような状態ではいけない。

 お預けと言っても最大2日程度のものだった。


「……わかりました。その時に」

「うん、安心して約束は守るから」


 今度こそ本当に張り詰めた空気は霧散する。

 いつも穏やかな笑みでチームメイトを見守っているため、健輔は忘れがちだが本来の真由美はこういうリーダーだった。

 幾分抜けているところもあるが、10代としては破格の器だろう。

 クラウディアが尊敬の眼差しで真由美を見ていることに気付いた健輔は近すぎるため素直に尊敬できないことを少しだけ残念に思うのだった。





「で、真由美に会いに行ったついでに喧嘩を売りにいったのか。……お前すごいな、そこまでアグレッシブだとは知らなかったよ」

「ええ、随分立派になったわね。お姉ちゃん嬉しいわ」

「流石です。立夏殿はやるときはやると思っていました」

「違うわよ! どうして、そんな意味不明な話になるのよ! 挨拶しただけよ!」


 立夏が本日の顛末を報告した際の感想はこんなものだった。

 彼女としては極めて友好的に終わったつもりだったのだが、残念なことにそれを世間一般では喧嘩を売ったと言うのだということを知らなかった。


「いきなり、姉の因縁持ちだしておいて、挨拶とか……ああ、なるほど、お礼参りってやつなのか?」

「いつからそんな野蛮なことをするようになったの。お姉ちゃん悲しいわ」

「泣き真似をやめろ、気持ち悪い」

「おい、表出なさい。女に気持ち悪いってどういうことよ」

「ちょ……どうして、そうなるのよ!! というか、人の話を聞いてよー。うっ……」

「泣くなよ……。今頃、妹の優香ちゃんの方が泣きたい気持ちになってるだろうに……」


 4人以外のメンバーはああ、いつも通りの光景だと言わんばかりにスルーしている。

 早奈恵が頭を抱えそうな統率の取り方は皆が立夏を愛している証拠なのだが、愛されてる方はそれをわかっていなかった。


「立夏さんももう先輩たちをどうこうするの諦めたらいいんじゃないですか?」

「莉理子ちゃんまでそんなこと言う……」


 目を包帯で覆っている少女が器用に空間に表示されたパネルを操作していた。

 (さん)(じょう)()()()、『明星のかけら』のバックスを統括している2年生である。

 バックスでありながら2つ名を持つ稀有な魔導師で、魔導陣その中でも大規模魔導を専攻している。

 立夏がリーダー兼エースならば彼女はジョーカー、そんな間柄であり割と自由気ままなチーム内でも立夏を良く立てるできた後輩だった。

 

「皆さん、最後はきちんと立夏さんを立ててるんだから問題ないじゃないですか」

「普段からちゃんとやって欲しいのよ……。お気楽4人組みとか不名誉過ぎる渾名はいらないの……」

「そうしてツッコミを入れるからさらに楽しまれてるのに、立夏さんは真面目ですね」


 空中に用意された魔導式をまるでパズルで遊んでいるかのように作り変えながら莉理子は立夏を慰める。


「はああ……、卒業までになんとかできるかな……」

「無理だと思いますよ。……それよりも、立夏さん出来ましたよ」


 手元で弄っていた魔導式を完成させた莉理子は立夏の魔導機へと転送する。

 バックスは術式構成弄ることができるが、ここまで簡単にまるであやとりでもするかのように変えれるのは彼女だけである。

 大学部からもお呼びが掛る天才技術者は惜しげもなくその恩恵をチームに与える。


「後、頼まれてた1年生のデータも編集しておきました。見ます? どうせ、その辺りであそこの人たちもこっちに来ると思います」

「お願い。後、もうちょっとあいつらにも優しく言ってあげてね」


 立夏が微妙に投げやりな態度の莉理子にお願いをする。

 尊敬する先輩の頼みに今は包帯で覆われた瞳を向けてにっこりと、


「いやです」


 と拒絶するのだった。




「天然ドSに撃墜された立夏は放っておいて。――莉理子、実際編集したお前の脅威度ランキングで頼む」

「了解です。小学生先輩」

「おい、その渾名やめろ」

「わかりました。『好きな女の子にいたずらしたくなる』小学生先輩」

「悪化してるだろ!!」


 元信の抗議をスルーして、莉理子は軽く空中にデータを表示する。

 1位――佐藤健輔。

 2位――高島圭吾。

 3位――九条優香。

 4位――丸山美咲。

 謎の順で並べられた次の強敵『クォークオブフェイト』の1年生たち。

 莉理子は物を問いたげな視線を感じる。

 視覚を封じている時は敏感に感じる類のものに、薄く笑いながらその過剰適合で穂先が変色した髪を揺らす。

 彼女の魔力光は藍色。

 毛先の範囲だけであるが髪はその色に染まっており、それが不思議な雰囲気を感じさせる。

 

「まずは順位の根拠を。端的に言うと生存能力です、丸山美咲はバックスである上に明確なデータがないのでこの順位ですが他の3人はそのまま適用しています」

「ふーん。優香ちゃん、だっけ。『蒼い閃光』って2つ名もあるのにそこ?」

「彼女の2つ名は人気先行です。さらに言うなら九条桜香の妹だから、と言うことで2つ名持ちとしては幾分弱いです」

「道理だな。先の試合も彼女は2つ名として活躍をしていない。目立っていないが『雷光』に粘り勝ちしたことを考慮してもこの順位は打倒だろう」

「……真面目にやれるんならいつもやろうよー……」


 立夏の発言はスルーして戦力評価を進める面々。

 これだけ聞けば優香を侮っているようだが、それは違う。

 優香は現段階ではまだ2つ名持ちとしては欠けているものがあるだけなのだ。


「才能はあります。何か意図的にセーブを掛けてるみたいですから、それをふっきればよい相手になるかと」

「そうだね。私もそう思う。あの子はあの子で桜香ちゃんは桜香ちゃん、当たり前のことだけど誰かが言わないとね」


 少し思うところがあった立夏が優香に対して発言する。

 立夏が『曙光の剣』と知った時の表情、あれは彼女と桜香の戦いを知っている感じであった。

 未熟だったとはいえ、桜香に勝利したのは立夏だけだったのだ。

 姉に最大の関心を持っている優香が知っているのも道理である。


「我儘かもしれないけどあの子は私が相手をしたいかな。私たちの目的からしても本気の優香ちゃんはいい目安になると思うの」

「いえ、我儘じゃないですよ。総力で当たる以外の方法だとそれが1番だと思います」

「え……。あ、そっか、大穴狙い以外で勝とうと思うと全部切らないとダメなんだ」

「それはあまり良いとは言えないな。俺たちの第1目的は勝つことだけじゃないからな」


 彼らには目的があり、それを達成するためにもここで全てを出し切る選択肢はない。

 故に多少小細工をする形になる。


「九条優香は単体ではそこまで怖くないです。現段階ならこちらの3人ならば誰でも勝てます。問題は佐藤健輔と組んだ時です」

「極めて生存に特化したやつがあらゆる手段で優香ちゃんを支援する。うわ……めんどくさい……」

「そこです。佐藤健輔はめんどくさいんです。でも、脅威ではない」


 健輔は盤面に残しておくとめんどくさい存在だ。

 しかし、主力を当てる程の価値もない。

 撃破しても長い間生き残るやつがいなくなるだけなのだ。

 それならば葵に注力した方がいい。


「『天空の焔』が間違えたのはそこですね。彼に『雷光』を仕向けるならば、もう1人、差し向けておくべきでした」


 クラウディアともう1人の大宮という前衛の2人掛りならば健輔の撃破は可能だった。

 その場合、ほのかが優香を1人で相手にすることなるのでもたない可能性があった。


「それも最善かは微妙だな。なるほど、確かに1番厄介だ」

「魔導は相性が物を言う。この間の真由美撃墜も早い話、相性で負けたのが原因だものね」

「その死角が存在しない上に本人が生き汚い。うむ、倒し甲斐があるな」


 会議は進む、チャラけているように見えるが彼らも歴戦の魔導師。

 お互い手の内を知り尽くしている相手との戦いは『天空の焔』との戦いは違う意味で激しくなる。

 自分たちのリーダーと因縁を持つ少女もいるのだ。

 やる気は十分だった。


「では、莉理子。お前が考えた対策を頼む」

「お任せを」

「いつもこうならいいのに……」

「立夏もそろそろ集中しなさい。……ストレスはわかったわ。うん、控えるから」

「意見が一致するのは癪だが……うむ、俺も控えよう」


 見事なコンビネーションでこちらを追い詰めてくるだろう『明星のかけら』。

 決戦の土曜日まで後3日だった。


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