第71話
「おはようございます」
「お、おう。……おはよう」
「どうかしましたか? あ、体調が優れないのでしたら」
「いや、うん、大丈夫だ。とりあえず、始めよう」
翌日、真由美の許可も得たことで試合禁止の状態だが朝錬を行っていた健輔と優香の元に新しい人物が追加されることになった。
先日激闘を繰り広げたばかりのチーム『天空の焔』のエース、クラウディア・ブルームである。
試合中とは違う妙に健輔を尊敬したような様子に少し引きながらも本題を進める。
隣で何故か無言の優香に恐怖を感じながらも健輔はクラウディアに手解きを始めた。
「えーと、うんじゃあ、まずはちょいと聞きたいことを尋ねたいんだが、どこから伸ばしたいんだ」
「状況を捌く能力です。先日の試合でもそうでしたが結局私は力押し以上のことができていませんから」
「なるほどね。ま、クラウディアさんの実力だと下手な小細工は今まで必要なかっただろうしな」
「あ、クラウで結構ですよ。私の名前は長いですから、チームメイトや友人からはそう呼ばれてます。これから御世話になりますし、お近づきの印にどうぞ」
「お、サンキュー。こっちも名前でいいからな」
「はい、よろしくお願いしますね。健輔、優香」
「……よろしくお願いします」
健輔が名前呼びを許可した辺りで更に優香の機嫌が悪くなる。
知り合って浅いクラウディアでは感じないような微妙な感情の動きだがもはや半年を超える上に親しい付き合いも増えてきた健輔は簡単に察知できた。
察知はできたが原因不明なため対処ができないという胃が痛くなるだけの何の役にも立たない情報である。
早々に深く考える事を放棄した健輔はさっさと練習を始めるのだった。
「ま、軽くキャッチボールから始めよう」
「キャッチボール、ですか? 野球の?」
「そうそう、それがモデルでな。そっちも試合があるだろうから軽く流す感じでいこうか」
「次の試合は控えなので大丈夫ですけど……、ご配慮ありがたく」
夏では散々お世話になった懐かしきキャッチボールで身体を暖める。
身体を動かせば多少は優香の気も紛れるだろうと割と投げやりな思考で健輔はクラウディアに概要を説明するのだった。
「流石にスペックは高いな。優香とあれだけやれる奴初めて見たわ」
健輔の視界には空を飛ばずに剣士として向かい合う2人がいた。
クラウディアは1つの魔導機を正中に構える。
優香は2つの魔導機を力を抜いた状態で構える。
似たような立場の2人だが正統派なパワータイプの前衛、クラウディア。
それに対して正統派なテクニカルタイプの前衛、優香と好対照な面が多かったりする。
「俺は無理だね、流石に武才なんてものはないわ」
様になっている2人が1歩も引かずに斬り合うのを見ながら自身には向かないことを再確認する。
健輔も魔導機を剣に見立てることはあるがそれはあくまでもイメージの補佐であり、2人のように手足の様には使えないし、使わない。
そもそも健輔が攻撃に出るのはダメージを与えられる確信がある時だけである。
それ以外は基本受身なのだ。
主導権こそ取りに行くがそれ以外のものは投げ売っている。
「しかし、優香も急になんなんだろうな? 自分も見て欲しい、とかさ」
別に見ることに不都合はないし求められるならばアドバイスもするがまるでクラウディアに張り合うような態度がよくわからなかった。
「女ってのはよくわからんね……」
誕生日まで後2ヶ月程のためまだ15歳の少年が語るとは思えない程悟った内容だった。
大きく溜息を吐いて、気持ちをリセットする。
脇によりがちな思考は隅において、健輔は2人の試合を見守る。
この立会は魔導を最小限に抑えている。
極限まで排したことで見えてくるものもあったりするのだ。
「それにしても、羨ましい能力だ」
自嘲の響きを伴いながら吐き出された弱音は誰にも聞かれず消えていった。
「ほい、お疲れ様。優香は勝利おめでとう」
「はあ……、はあ……、……ありがとう、……ございます」
「ありがとうございます。健輔さん」
息切れしているクラウディアと余裕のある優香。
魔導なしの体力差が如実に出ている。
優香も真由美の指導が入ったばかりのころは似たようなものだったが、その辺りはかなり改善されていた。
「うんじゃあ、そのままで聞いといてくれよ。まず、試合を見た上で言うわ。クラウディアはちょっと真っ直ぐすぎるな」
「真っ直ぐ……」
「言い方を変えると戦い方の根幹に力押しが組み込まれているって感じかな。基本的にテクニカルじゃないんだよ」
健輔はなるべく傷つかないようにソフトな言い方を心がけながらクラウディアの弱点を並べていった。
まずは、体力不足。
魔導に、とくに収束系頼りのハイパワー戦法は格下にはよく刺さるが格上には簡単に防がれる。
例えば、葵辺りと戦えば射線を誘導されてパンチで正面から粉砕されるだろう。
同じパワー型でも文字通り格が違う存在だ。
「俺くらいのやつに射線誘導されてるようじゃダメだぜ。それって何も考えてないってことだからな」
「うっ……。な、なるほど」
「致命的なのはパターンの少なさだな。あの『ライトニングモード』とか言うのを使っても斬る・放つしかないようじゃ、ちょっとな」
「結構自信のある切り札だったんですが。……甘いですか?」
「正確には使いこなせてない。あの基礎能力向上系は普段の戦い方がそのまま反映されるからな。優香ぐらいにメリットがあるならともかく火力過剰のクラウが使っても恩恵が少ないな」
優香の番外能力も同系統だが火力が強化される明確なメリットがある。
機動力・手数に優れる優香が爆発力を強化させることに意味があるのだ。
対して『ライトニングモード』も火力の向上がメインであるつまりは同じような特性を持っている。
優香の『オーバーリミット』は元々の優香の系統と合わせて機動力も向上するがクラウディアにそれは起こらない。
つまり、過剰な火力をさらに強化しているだけなのだ。
現時点でもオーバーキル気味なのにさらに過剰にしても左程メリットにはなっていない。
むしろ明確な制限時間が生まれるだけデメリットの方が大きかった。
「今後の課題は戦い方を増やすこと、だな。そこら辺は変換系について教えて貰ったら考えてみるわ」
「ありがとうございます。やはり、その辺りが課題になりますよね……」
「ん? わかってたのか? まあ、わざわざ敵のところに来るんだからわかってるか……。だったら、1つ聞いていいか? どうして、俺だったんだ?」
「いくつか理由がありますが、健輔の元に来たのは私たちのチームでは私の課題を解決できそうになかったのが大きいです」
『天空の焔』はクラウディア加入前はただの中堅チームだった。
そこに彼女が加入し、香奈子が覚醒したことで大きく戦力を伸ばし、それに触発される形でメンバーの能力も伸びたというチームだった。
つまるところ彼女より強いのが香奈子しかいないのだ。
「言い方は悪いかもしれませんが私よりも圧倒的に弱い人の教えは先輩とはいえちょっと……そ、その受け入れがたいと言いますか……」
「ああ、なるほどね。まあ、年が近い以上そういうこともあるわな」
「そうですね、私も同じような感覚があります」
「納得して貰えて嬉しいです。人によっては反感を覚える方も居るみたいなので」
クラウディアの発言は聞き様によっては傲慢な意見となる。
自分より弱い技術に価値はないと言っていると取られかねないからだ。
優香は似たような境遇からそこに共感し、健輔はなんとなく言いたいことがわかったため、特に気にしなかったがそういう危険性はある。
「教わる方も保証が欲しいのはわかるしな。その点俺たちは合格しているってわけか」
「はい、厚かましいとは思いましたけど……。……ほ、他にあてもなくて」
「ああ、うん、わかったからそこから先はいいわ」
妙な所まで優香とそっくりなクラウディアにますます頭痛が激しくなる。
完全にタイプが違うならば遣り易かったのだが、中途半端にキャラが被っている。
不思議そうな顔をしている優香をとりあえず置いて、話を進める。
「ま、詳しいことは変換系について聞いてからだな。じゃ、頼むわ」
「はい、では僭越ですが」
コホン、と1度咳払いをしてからクラウディアは謎多き系統、変換系について話してくれた。
「健輔が予想していた通り、この系統は創造系の亜種、破壊系の親戚といったポジションの系統です。元々の用途は限定性能を発揮した創造系でした」
「限定性能?」
「はい、創造系の汎用性は恐るべきものですが、戦闘に用いるには制約の多い系統でもあります」
「そうですね。私も剣や魔力の動きに関する部分のみに使用を留めてます」
この場で唯一の創造系の使い手から補足が入る。
健輔もはっきり言えば創造系は使いこなせていない。
可能性が多すぎてまともに扱えないのだ。
「限定か……。なるほどね」
自身もある程度使えるためクラウディアの言葉に納得がいく。
何より限定した範囲で能力を最大限発揮しているという意味ならば1名該当する人物を知っていた。
「優香のように創造系は大半がある程度といった形で便利使いするのが自然です。というよりもそれ以上は簡便に用いることができません」
「だから、初めから用途を限定すればその範囲で生み出せる。そういう訳か?」
「理屈としてはそうなります」
欧州の技術者の意図は単純だ。
手間をかければいろいろできるのだから如何にそこを楽にするのか、そういうことだった。
健輔も理屈としては納得できた。
実際に使用される変換系を見ればその試みがうまくいったことがよくわかる。
「私のは『雷』。早い話、エネルギー状のものなら魔力による変換がやりやすいため選ばれたという感じになっています」
「自然とかじゃなくて、エネルギーだからか。いや、よくできてるな」
「ですので系統としては『創造系の魔力を用いてます』。ただ、他の創造系と違って汎用性はないですけどね」
「つまり、正しくは創造系・収束系の組み合わせである、と?」
「はい、私の系統はそうなりますね」
健輔は試合前に創造系と破壊系の間に新しい系統が生まれたと考えていた。
そのために性質が近いのだ、と。
しかし、何度やってもうまくはいかなかった。
当然だ。微妙に発想がずれていたのだから、うまくいくはずがない。
本当は初めから創造系で出来ていたのだ。
健輔の中で欠けていた何かが嵌る感触があった。
「なるほど、なるほど。――ああ、ありがとう。いろいろと見えてきた。ちょっと今日1日考えてみる。詳しいことはまた明日伝えるから連絡先を教えてくれないか?」
「お役立ったならよかったです。それと連絡先、ですか? わかりました。フェアリーのものでも構わないですか?」
「おう、頼む」
この時、新しい力が手に入りそうでわくわくしていた健輔は直ぐ傍で不機嫌そうな相棒がいることに気付いていなかった。
彼がそのツケを払うことになるか、それはまだわからない。
放課後、健輔たちは部室に向かっていた。
普段ならもう少し和気藹々とした空気が流れているのだが何故か今日は4人とも無言だった。
呆れた表情で健輔を見る圭吾、頭を抱える美咲。
そして無表情の優香に、何かを考えている健輔。
知り合ってから時間が経ったこともあり、大凡お互いの傾向などもわかってきた彼らだが何故かバラバラになっている。
理由は少し考えればわかるだろう。
圭吾と美咲は3人の後ろを歩いているのだが、そのため美少女2人に囲まれたアホが良く見えていた。
「これは重傷だね」
隣の美咲にだけ聞こえるように呟く
健輔が集中しているのは変換系についてだろう。
クラウディアが付いてきているのは改めて挨拶をするとのことだったが、何やら他にも目的がありそうである。
優香が不機嫌なのは本人も理由がわかっていないだろうから猶の事厄介であった。
これで爆心地に近くなければ圭吾も傍観するのだが、エースとジョーカーが痴情の縺れで再起不能になったら先輩たちにどう言えば良いのかわからなくなる。
「優香ちゃんも何故かイライラするってレベルだろうからねー。しかも、自分とポジション被ってるという」
「健輔にまさかモテ期到来するとは。まあ、どっちもそういうつもりじゃないんだろうけどね」
色恋は絡んでいない。しかし、絡んでいないため逆にやりづらくもあった。
クラウディアは正当な目的があり、優香は理屈すらわかっていない。
これでは健輔に期待するしかないのだが今は魔導で頭がいっぱいの友人は役に立たない。
「真由美さんたちに期待しよう」
「そうね。でも先輩たちは面白がりそうよね。はあ……妃里さんに期待したいけど……」
「これは不機嫌になるだけの可能性が高そうだよ」
溜息を吐く2人、そんな後ろ側の事情も知らずに前の3人はずんずんと進んでいく。
その後は無言のまま、部室へと辿りつくのだった。
健輔が扉を開けようとドアノブに手を伸ばすが、
「どうしたんだい、健輔? 早く入ろうよ」
ノブに手を掛けた状態で健輔が突如として固まっていた。
圭吾の問い掛けに指を口元において、静かにとポーズを作る。
耳を済ませてみると部室の中から真由美と聞き覚えのない女性の声が聞こえてくる。
「御客さんかい?」
「みたいだな。誰かわからんけど。ちょっと隆志さんに連絡取るわ」
「了解、頼むよ」
「いや、その必要はないぞ。ここにいる」
健輔たちは背後から声を掛けられる。
振り返ると隆志が妃里を連れ立ちそこにいた。
「隆志さん」
「来客だな。この声は……なるほど、立夏のやつか」
「あの能天気娘、この時期に普通来る? 次の次はあそことぶつかるのよ」
「次の次……」
隆志と妃里には来客に心辺りがあるらしく、会話の内容から優香も何かを察する。
「じゃあ、中に入るか。遠慮はしなくていいぞ。『雷光』もな」
「お、御邪魔します」
「よく見てみると面白い組み合わせね~。……ああ、あと健輔は後で1回殴らせなさい」
「何故!?」
妃里からの理不尽な要求に健輔が抗議の声を上げる間に隆志は部室の扉を勢いよく開け放つ。
中で歓談していた2人は何やら派手な登場をした隆志を見て、
「え、何、何なの!?」
「おー、お帰りーお兄ちゃん」
と対照的な様子を見せるのだった。
「いやー、ごめんね。話が弾んじゃって気付かなかったよ」
「ご、ごめんなさいね。べ、別にそ、その締めだそうとか思ったわけじゃないのよ?」
真由美のやる気のない謝罪に対して茶髪の女性は心底申し訳なさそうに謝る。
素の善良さというか、人の良さがわかる光景であった。
大体癖の強い上級生しか知らない健輔はあまりにも普通なこの女性に逆に物珍しさを感じる。
「あ、いや、別にそこまで気にしなくていいです。それよりも、えーと、どちら様なんでしょうか?」
「あ、ごめんね。私の名前はた」
「能天気娘よ」
「ツっこみ女でもいいかな」
「違うわよ!」
妃里と隆志が自己紹介の場面で茶々と入れてくる。
隆志はともかく妃里が悪乗りするのは中々に珍しい光景であった。
気安い掛け合いから友人関係であることは簡単に推察できたが、そこから先は流石に教えて貰わないといけなかった。
隣で茶髪の女性のツっこみに感動している圭吾を放って、健輔は話を進める。
先輩たちに飲まれると話が進まないとわかっているからだ。
「先輩たち、仲が良いのはわかったから後にして下さい。えーと、続きどうぞ」
「あ、ありがとう! 真由美のチームに入ってるのに常識的なのね!」
「健ちゃんが常識的? いや、ないよ。それはない」
「部長……、後で話があります」
「え、はは、えーとね。じゃあ、立夏ちゃんお願いします!」
「あ、うん。初めましてチーム『明星のかけら』リーダーの橘立夏です」
「ご丁寧にどうも」
「橘……立夏……。っ『曙光の剣』!」
名前を聞いた優香が反応を見せる。
しかし、それは喜びというよりも驚愕に満ちた言葉だった。
優香の反応に少しだけ悲しそうに目を伏せて、その後直ぐに顔を上げると茶髪の女性――橘立夏は、
「うん、あなたのお姉さんにぼろ負けして堕ちた『太陽』のかけらだよ。――九条優香ちゃん」
と言い放つのだった。
姉――桜香の成したことが優香の前に立ちふさがる。
彼女の目的からしても、何よりチームのためにも負けられない相手が姿を表したのだった。




