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総合魔導学習指導要領マギノ・ゲーム  作者: 天川守
第3章 秋 ~戦いの季節~
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第70話

「あー、だるい」


 学校に通う道すがら眠そうな顔で健輔は欠伸を浮かべる。

 傍に佇む絶世の美少女、九条優香はそんなパートナーの様子を微笑ましそうに見ていた。

 残暑も薄れ、季節はすっかりと秋になっている。

 この間まで夏服だった制服は見渡すかぎり、秋の装いへと変化していた。


「お疲れ様です。昨日はよく眠れましたか?」

「ん? ああ、もうベットに直行だったよ。流石に緊張の糸が切れると言うか。うん、電源が落ちる感じだったかな」


 体力の消耗は優香も同じぐらいだったのだろうが健輔とは出来が違う。

 既に失った体力も回復している辺りは何だかんだで生粋の前衛魔導師である証だった。


「それにしてもこうして『天空の焔』との戦いが終わったからこそ改めて思うが、このスケジュール無茶苦茶だな」


 肩を回すと思いのほか良い音が鳴った。

 愚痴られた優香も思い当たる部分があるのだろう、少し困った表情をしながら健輔に同意する。


「そうですね。中々、言いづらいことではありますけど、私もそう思います」

「なんか、規模が大きくなってきたからいろいろ対策は考えてるんだろ? 来年辺りは割とバッサリと変わるらしいしな」

「真由美さんが少し言ってましたね。本当の意味での総力戦は今年で終わり、と」

「まあ、どう考えてもアホみたいなスケジュールだしな。そこは仕方ないっしょ」


 学業も並行してこなすのだ労力は半端ではない。

 同じような愚痴を何度も零してることを自覚しているが出てしまうものは仕方なかった。

 今日は試合がないが明日にはもう1試合あり、その次は再び強豪チームとぶつかることになっている。


「はあ……。ま、今日も楽しく授業を乗り越えますか」

「ふふ、そうですね」


 傍に浮かべていた鞄を手に取り、校門を通る。

 今日もまた、変わらぬ日々が始まった。





「あー、しんどい。だるい……」

「授業中にあれだけ爆睡しておきながらまだ寝るのかい? 流石だね、健輔」

「うるさい。今のはどちらかと言うと寝過ぎた故のだるさだよ」


 昼休み、昼食を取りながら圭吾と健輔は雑談に興じる。

 試合に出場しなかった圭吾には疲労がなく健輔との様子の違いがはっきりと見て取れた。

 圭吾も健輔が疲労している原因はわかっているため強くは指摘しない。

 どうせ、今日1日程度のことに過ぎないのだ、目くじらを立てることもないと彼は長年の経験から判断していた。


「健輔は常に全力で戦闘しないとダメだから疲労も際立つね」

「支援してた私がだるいぐらいだから、本人はもっとしんどいでしょうしね」


 美咲が圭吾の言葉を補足する。

 クラウディアとの戦闘では細かい制御を全て美咲任せにしていた。

 あれがなければ健輔も早々に脱落していただろう。

 そんな影の功労者もサポートした当人と同じように疲れた表情をしている。


「流石に5重起動で術式を補佐すると頭が痛くなったかな」

「美咲さんが補佐しないと健輔さんでもあの雷撃は相手をし切れなかったでしょうしね」

「……間違いないな。俺が戦った前衛で1番やばい相手だった」

「あら、それは光栄です。あなたも私が今まで戦った事がないタイプの方でしたよ」

「そうかい。そりゃ、よろこ――え?」


 突如として会話に乱入してきた聞き覚えのある声。

 美咲や圭吾、優香が健輔の背後の空間を目を見開いてみている。

 誰がそこにいるのかなど、考えるまでもない。


「――クラウディア・ブルーム」

「ええ、こうしてきちんとお話するのは初めてですね。――佐藤健輔、さん」


 ある意味で因縁の2人が視線を交わす。

 いつもと変わらない穏やかな昼休みがこの瞬間に戦場へと早変わりするのだった。



「ご歓談の最中、その上食事中にも関わらず話に割って入るような無作法、失礼しました。改めてここに謝罪させていただきます」


 そう言って、見事な姿勢で1礼する外国人。

 あまりにも綺麗な礼に反応が遅れるも頭を下げたままのクラウディアを見て慌てて謝罪を受け取る。


「え、いや、ああ、うん。わかった、わかったから顔を上げてくれ」

「はい、失礼します」

「と、とりあえず用件を聞いていいか? わざわざ声を掛けてきたんだから意味があるんだろ?」

「そうですね。いろいろあるのですが、まずは良い戦いをありがとうございました。……とても、ええ本当にためになりました」


 昨日の御礼参りとかだったらどうしようと健輔は思っていたが、そんな雰囲気を微塵も感じさせない穏やかな礼だった。

 心底そう思っているというのが触りからでも感じられる。

 

「こっちこそ、あんたは強かったよ。正直、俺が勝てたのは運の類だ」

「私としてもそれならば救われます。……あれだけの無様さでしたから……」

「本来のスペックを正しく発揮されたら俺が負けてたよ。油断に付け込んだのは事実だけどな」


 優香に比すると健輔が感じたのは比喩でもなんでもない。

 事実として目の前の少女、クラウディアはそのレベルの天才だ。

 学年でも5本の指に入る前衛なのは間違いない。


「してやられました。ええ、そんなあなただからこそ、頼みたいことがあります」

「んん? ははあ、それが本題ってわけか?」

「ふふ、そうですね。お礼を言いたかったのも本心ですけど、それだけならもう少し時間を置いてから来ました」


 昨日対峙した時は自信に溢れた、ある意味で傲慢さを感じさせる少女だったが今日はとても穏やかであった。

 自信ではなく余裕を感じさせる佇まい、僅かな変化だが健輔はそれを感じた。

 仮に次に戦う時には心理的なものは通じない、そう思わせる『何か』を得ている。

 敗北による成長、健輔には痛いほど覚えのあることだった。

 下手な勝利よりも余程得る物は多い、ましてやあれほどの接戦ならば猶さらに。


「……それはそれは、ではご用件はなんですか? 騎士様」


 やや軽薄に揶揄するように問いかける。

 異国の少女はそれをどのように受け取ったのか、口元に柔らかく弧を描き驚愕の内容を健輔に向かって放つのだった。


「端的に言わせていただきます。私にあなたの戦い方を教えていただきたいです」

「……はあ!?」


 健輔は予想外すぎる内容に叫び声を上げる。

 折よくチャイムが重なり食堂に声が響くことは防がれた。

 予鈴が鳴ったため、慌ただしく移動を開始する生徒の群れ。

 驚愕発言の発信源は健輔達の様子を見てクスクスと品の良い笑みを零す。


「驚かれるのも無理はないと思います。細かい内容については放課後、部室までお窺いした時にでもお話します」

「お、おう」

「では、今回はこの辺りで失礼させていただきます。――話に付き合っていただきありがとうございました」

「……ああ、うん、またな」


 少女は最後までその品の良さを崩さず、美しく去っていく。

 残されたのは爆弾発言にフリーズする面々のみ。

 なんとか再起動を果たした健輔は短く、親友に告げるのだった。


「授業、いくか……」

「うん、そうだね……」

「……嵐のような子だったね。ちょっと前の優香ちゃんに似てたかも」

「え、私、あんな感じだったんですか?」





「なるほどねー。いや、クラウディアちゃんだっけ? これは予想よりも大物だね」

「健輔と戦って何かをふっきたんだろうな。おい、ちゃんと責任は取れよ?」


 部室で昼休みの顛末を報告した兄妹の反応は健輔の予想通り頼りにならないものだった。

 面白がることはわかっていたが、流石にもう少しまともに対応して欲しかった。


「わかってましたけど部長たち、最悪ですね」

「ま、真由美さんたちはこんなもんだろ。俺は真面目に考えてるぞ? 健輔、その話は受けた方がお前にもメリットがあると思う」


 部内の先輩の中では葵以外に対して比較的常識人である和哉がそんなことを言い出す。


「和哉が言うことも間違ってないな。向こうもそれを込みで言って来てるんだろうしな」

「健ちゃんの戦い方が漏れたところで対策にはならないしね。はっきり言って同じ戦い方なんてしないだろうし、それで武器が手に入るならいいんじゃないかな」

「2人共、最初からそう言ってやればいいのに、どうして1回遊ぶんですか……」

「しょうがないでしょ、真由美さんたちは物事を面白くしたがるからねー」

「ええと、……どういうことです?」


 和哉の意見に同意する真由美と隆志。

 真希も口には出さないが賛成のようだった。

 今、部内にいる上級生がこぞってクラウディアとの練習に賛成している。

 真意がわからない健輔たち1年生。

 当事者たる健輔もその意図がよくわかっていなかった。


「健ちゃんは自分のことだからよくわからないのはともかくとして、優香ちゃん辺りはクラウディアちゃんの動機がわからない?」

「動機、ですか?……すいません、私には思い至ることがありません」

「ふ~ん、本当(・・)に?」

「……はい」


 真由美が少し困った様な顔を見せる。

 何かを言い淀むという珍しい態度だった。

 傍にいる兄に視線を送ると隆志は溜息を吐き、後を引き継いだ。


「高島、お前はわかるか?」

「え、はい、多分ですけど格上への対処法ですよね? 今までの表にある戦績だけでも健輔は自分よりも格上とよく戦ってますから。クラウディアさんがその実力はよくわかってるかと」

「そうだな。向こうの狙いはそれだ。本質的には戦い方、つまりは上に対する対処法が欲しいのさ」

「健輔ちゃんのやり方ははっきりと言えば別に万能系の専売特許でも何もないからね。手札の多さは万能系だけど、切り方は健ちゃんのものってこと」


 本人の目の良さ、間の読み方などいろいろな要素はあるがそれらは先天的なものではない。

 経験や練習で補えるものであり、かつその有効性をクラウディアは身を持って知っている。

 今回の戦闘で『天空の焔』側にも明らかになった問題点がある。

 完璧など人間である以上存在しないが、欠点を埋める努力はすべきだろう。

 そういう意味でクラウディアの行動は利に叶っていた。


「自分に足りないのはテクニック、それも魔導的なものではなく――」

「――戦闘的な物。1日で詰めてきた辺り今伸びているチームなだけはあるな」

「うん、敗北をきちんと直視している子は良く伸びるよ」

「さて、ここまで言えばわかるな? これは相手の思惑だ」

「敗北はしたけどまだ1敗ですしねー。正直、まだまだ挽回が利きますよね」


 真希の言葉通りたかが1敗だった。

 それが後に響く、故に敗北を避ける。

 これは当然だが翻って1敗で勝負が決まるものでもない。

 現在、前評判で1番は『アマテラス』だがここも無敗でいけるかはわからない。

 健輔たちはなんとか勝利を拾ったが、運の要素も強かった。

 『天空の焔』は十分『アマテラス』ひいては桜香から勝利をもぎ取れる可能性があるのだ。

 事前に判明した弱点を潰そうとするのに問題は何もない。


「……しかし、それならば猶の事健輔さんが引き受ける理由はないのでは?」

「う~ん、まあ、そうだね。普通はここで引き受ける必要はないよ? まだ、優勝争いの相手だしね。もしかしたらもう1回戦う可能性はあるしね」

「だが、今回だけは例外だ」

「例外、っすか?」


 優香が視界の隅で幾分強張った表情になる。

 まるで理由に思い至っているかのようだった。


「うん、例外。優香ちゃんもちゃんと言ってあげないとダメだよ? 健ちゃん、変換系と戦ったけど、使えるようになった?」

「あ、いや、まだ無理です。なんか勝手が違うのか、大分進展しましたけどまだ使えません」

「だろうねー。でも、クラウディアちゃんに協力してもらったら使えるかもしれないよ?」

「あ……!」

「よく考えてるよな。変換系がそれも『雷』が使えるようになるなら、健輔にとってもかなりのメリットだ」


 普通なら成立しない取り引きも相手が乗せてくるものでは芽が生まれる。

 万能系たる健輔にとってチーム内の誰も使えない系統を使えるようになる可能性が生まれるのはかなりのメリットだった。

 欧州の最新技術でもあるそれを教授してくれるのなら、それは手の内を開けるのに等しい利がある。


「後は、お前さんが本人と話して決めることだ。それと、傍にいる相棒にも相談しておけよ?」

「は、はい」

「……わかりました」

 

 話が落ち着いたところで部室にコンコン、という音が響く。

 チームメンバーならばノックなどしないため必然、相手は限定される。

 微妙に不機嫌になっている優香を伴って健輔は部室を後にするのだった。




「――では、御受けいただける、と?」

「ああ、先輩たちにも相談したがメリットもあるしな。そっちは変換系について教えてくれるんだろう?」

「なるほど、そこまで考えて下さったのですね。はい、私からはそれを条件にするつもりでした」

「うんじゃあ、それで頼むわ。何か希望とかはあるのか?」

「こちらの都合もありますが、明日から始めたいです」

「ふむ。……優香、構わないか? 朝錬の時間になるけど」

「……はい、問題ありません」

「……? 何か粗相でもしましたか? 『蒼い閃光』九条優香、あなたとは初対面だと思うのですが」

「っ……いえ、すいません。少し、気分が悪くて」


 何故か険悪な雰囲気に包まれる廊下。

 発生源たる優香は友人にしかわからない程度だが不機嫌になっていた。

 突如発生した暗黒空間に健輔の胃が痛くなるも、天然の外国人には通じない。


「それは御大事に。あなたとはいつか決着を付けたいと思っていますから」

「……そう、ですか。ええ、私もそう思ってます」


 どちらも笑顔で同じ内容を言っているはずなのに健輔には深刻な擦れ違いが見て取れる。

 双方タイプは違えど華のある美人である。

 怒る優香と微笑むクラウディアという構図の違いが何やら恐ろしい絵図になっていた。

 当事者のはずなのに微妙に蚊帳の外にいる健輔は明日からの朝錬を思い、どうしてこうなったのだと頭を抱えることになるのだった。


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