第6話
真由美に連れられて移動した少人数の戦闘フィールドでは隆志が待っていた。
「来たか、こっちの準備はもう終わっている。いつでも始めれるぞ」
「御苦労さまー、ありがとね、お兄ちゃん」
健輔は未だに真由美のお兄ちゃんに違和感を禁じ得ない。
実際に兄妹であるのだし、何より似ている部分もあるため否定するつもりはないのだが、真由美の妹らしい所作が死ぬほど似合わないのだ。
これについては上級生の剛志も同意見らしく、1度愚痴を言い合ったことがあった。
そんな風に思われているとは知らず、真由美は次の展開について説明を始める。
「さ、始めましょうか。まずはチーム分けについて簡単にいくよ。こっちは剛志君とのペア、そっちは優香ちゃんと佐藤君でお願いね。伝えなきゃいけない事は結構あるんだけど……まずは戦ってからにしようね! じゃあ、お兄ちゃんは審判をお願い」
「了解。佐藤、お前は気を抜いていけよ」
「あ、はい。アドバイスありがとうございます」
隆志は軽いアドバイスだけを残して早々にその場を辞した。
真由美も剛志を連れて反対側に向かう。
残されたのは2人、健輔と優香だけだった。
普通の時ならば緊張したものだが、今の健輔は試合前、戦闘に入ろうとする心境のためリラックスした気持ちで優香と対峙することが出来ている。
「よろしく頼むわ、九条」
「はい、頑張りましょうね。佐藤さん」
「おう、頑張って勝てるようにしようぜ。んで、作戦とかはあるか? 俺よりは経験あると思うから何かあるんだったら教えてほしい。いや、考えて欲しいんだけどさ」
優香は考えを纏めるかのように少しだけ目を閉じた。
「小細工するにも相手は格上ですから、下手な作戦は逆効果だと思います。こちらは長時間の戦闘に慣れていませんから短期決戦で行きたいところです」
「短期決戦? つまり、余力を残さないで全力ってことなのか?」
「はい、実力・経験共に相手の方が格上です。生半可な策ならばいっそのことない方がこちらも混乱しないでしょう。すいません、頼りない答えになってしまい」
「いや、そういう考えならわかるよ。つまり、いつも通りやれってことだろ? 了解しました!」
優香も緊張しているのだろう。
いつもより硬くなっているように感じた健輔は緊張をほぐすようにおどけてみせる。
「ふふ、ありがとうございます。背中はお任せしますね」
「ああ、任せてくれていい。後、もうちょっと自信満々について来いって感じの方がいいと思うな。こっちはお前さんが頼りなんだからさ」
優香は意外なことを言われたとそんな表情を作る。
そして、口元と目元に柔らかく弧を描いて、
「任されました」
と少し茶目っけを含みながら応えてくれたのだった。
「なんかすごい事を言った気がする……」
優香と少し離れた場所で健輔は溜息を吐く。
健輔は自分で言った歯が浮くようなセリフは後になって恥ずかしくなっていた。
優香が自然に乗ってくれたため、恥じを掻かずに済んだが少しでも訝しがられたら恥ずかしさで健輔は死んでいただろう。
「っと、いつまでも恥ずかしがっていられないな! 気を入れ直さないとな」
優香の言う通り相手は格上なのだ、用心するに越したことはない。
今まで培ってきたものを全てぶつける必要がある。
そのためにもまずは敵の情報を整理すべきだった。
健輔の持っている力は手札は多いがパワーが足りない。
有効活用するためには情報が重要だった。
全てを知っているわけではないが、行動指針にはなる。
「佐竹先輩の系統はメインが破壊系。サブは身体系の攻撃型前衛」
破壊系は特定用途でかなりの力を発揮すると健輔は聞いている。
障壁など、純魔力で作られたものにはほぼ必殺に近いのが特徴で逆にそれ以外では実力を発揮出来ない。
また、自分の魔力をも打ち消してしまうため、身体系のように体の内部に作用するタイプの能力に限られてしまう。
「それで部長は超優秀な後衛だったっけ?」
隆志情報では高等部だけなら間違いなく3本の指に入る後衛と聞いた。
健輔がこのチーム入ったのも超優秀な魔導師だとある人物からお勧めされたからである。
普段の様子からはあまり信じられないがまさか揃いも揃って健輔を騙そうとしているわけでもあるまいしここは信じていいだろう。
「あれ……。情報こんだけ? い、いや0よりはマシか」
何もないよりはマシだと健輔は自分を鼓舞する。
状況はかなり不利だが、いつもと違い勝率は限りなく低いながらも0ではなかった。
入学以来ただひたすらボコボコにされる日々だったが、ようやく勝利の美酒を味わえそうなのだ。
真由美が強力な魔導師なのは知っているが、優香も天才である。
健輔が今の実力で優香に勝てる確率よりはマシだろう。
「ここいらで1回くらい、勝っておきたい」
入学以来健輔は基本的に負け続けている。
流石にフラストレーションが溜っていた。
1人の男としてそろそろこの状況を脱出したいと思うのは当然のことだろう。
健輔は勝利の場面を想像してテンションを上げていく。
練習だろうがなんであろうがやるからには常に勝ちを狙う、それが彼のあり方だった。
戦い前の高揚感に胸を高鳴らせながら健輔は目標を見据える。
テンションなどを含めて準備は万端だった。
『よーし、一応時間は30分。両者撃墜で終了だ、それ以外は公式ルール準拠だ。何か質問はあるか?』
「……ふむ」
気合を入れていると審判役の隆志から念話が入る。
もはや聞く事は何もなく後は雌雄を決するだけだった。
初めてに近い集団戦に心を躍らせながら、健輔は隆志のカウントを待つ。
『……ふむ、両チーム問題ないと。では、始めようか。カウント3、2、1、0! 試合開始!』
開戦の合図と同時に戦乙女が空を駆け抜ける。
『後ろはお願いします』
「任された!」
事前の打ち合わせどおり短期決戦狙いの突撃。
優香の意図はわかりやすかった。
それは作戦と言えるほどのものではない。
狙いは単純だ。
一気呵成に後衛に迫り真由美から堕とす。
相手はペアとしての力は勿論のこと、個々の総合力でも圧倒的にこちらを上回っている。
格上に常識的な対応など自殺行為以外の何ものでもない。
しかし、闇雲に突っ込んで混戦に持ち込んでも押し負ける。
「九条ならなんとかしてくれる!」
いくら真由美であっても後衛であることは間違いない。
本職の前衛で無傷の優香に近接戦で勝つのは難しいだろう。
剛志も強敵だが明らかにやばい真由美と比べれば脅威度は大分落ちる。
まずは真由美を落とさないといけない。
それが2人の共通した思いだった。
優香は真由美に真っ直ぐ向かっていく。
「だから、俺の相手は!」
その間、健輔は剛志を押さえるのが仕事である。
当然長くはこちらがもたないし、もたせられない。
全てを僅かな時間に賭けた文字通りの短期決戦。
どこかで歯車が狂えばなし崩し的な無様な敗北をすることになる。
しかし、1番勝機が高いのもこの方法だった。
「よし! いくぞ!!」
この作戦の肝は如何に相手の側の気勢を削ぎながら援護するかという点だ。
その重要な部分を健輔は優香から託された。
優香からの信頼に心から熱いものが湧き出てくる。
心の導くままに、何より託されたものへ応えるためにも健輔は全力を賭すのだった。
試合開始の合図と共に空に舞い上がった彼女は後輩たちの行動を遠目で確認して満足そうに呟く。
「やっぱり、そう来たかー。うんうん、悪くないと思うよ。むしろ、格上に対しては大胆に行くぐらいじゃないと勝機なんて見いだせないからね」
いつもと変わらぬ優しげな笑みを浮かべ、彼女――近藤真由美は後輩たちを見詰める。
優香が開始と同時に猛スピードでこちらに向かってきていることは予想出来ていた。
健輔も優香の意図をうまく読み取り援護のために適切な行動を採っている。
強化された視力で2人の行動は完全に把握出来ていた。
「少しあれかなと思ったんだけど、体に叩きこんだ甲斐があったかな」
真由美は後輩の成長を嬉しく思い笑みを深くする。
「ま、それで調子に乗られるのも困るし、とりあえずは――」
手に持っている杖型の魔導機を正面に向け直す。
健輔はチームのリーダーである近藤真由美が優秀な後衛であることを知っている。
しかし、それにはもっとも重要な情報が抜けていた。
単純に格付けできるものでもないが、彼女を超える魔導師は天祥学園の姉妹校を探しても片手の指で足りるほどしかいない。
正確にいうと、現段階で4人。
アメリカ校に2人、欧州校に1人、そして天祥学園に1人である。
その中で純粋な後衛魔導師は1人しかいない。
つまり、真由美は高校の現役世代において、世界で2番目の後衛であり、国内で1番強い後衛ということになる。
無論、先輩たちが健輔に対して暈すように伝えたのは事実でもあるが、それはこんなところで彼女と当たるとは考えていなかったためであり、決して騙すためではなかった。
二つ名『終わりなき凶星』近藤真由美
固有能力を2つ所持している現在の世代で極めた領域にいる魔導師の1人。
「桜香ちゃんには悪いけど、1度ここら辺で止まっておかないと、優香ちゃんは危ない感じがするからね」
だから手は抜かないよ、と誰にも聞こえない宣誓を行う。
その宣誓とほぼ同時に閃光がフィールドを多い尽くすのだった。
「なんじゃ、こりゃぁぁ!!!!」
健輔に確認できたのは遠目に真由美が魔導機を構えるまでだった。
練習で見慣れたいつも通りの動作、それは突如として見た事のない光景へと生まれ変わる。
一切のチャージ時間を掛けずにフィールド全体を覆い尽くす程の砲撃。
衝撃的な光景に戸惑いながらも体は対応するために動き出した。
染み付いた動作、無意識での動きだがこの状態では最善の行動だった。
圧倒的な暴力を見据えつつ、防御態勢を固める。
「接続! 回路変換タイプD!!」
系統の中から防御型の組み合わせを選択する、
このまま直撃を受けてしまえば、そのままさよならする未来しか見えない。
「障壁、3重展開。魔力収束陣解放!!」
優香はどうなったのか、剛志は今どこにいて何をしているのか。
気にしなければならないことは大量にあったが生き残らないとどうにもならない。
余計な思考を脳内から消し去り防御に全霊を傾けた。
「クソっ! 魔力回路フルドライブ!」
後先考えない全力防御。
健輔は控えめすぎる情報だった真由美の実力に呪いの言葉を吐き出す。
「何が優秀な後衛だ! 戦場ごとなぎ払う砲撃手なんて想像できるか!!」
砲撃と障壁が接触する。
でかい分中身がスカスカではと少しだけ期待したのだがむしろぎっちりと詰まっていた。
健輔の収束魔導砲など軽く捻れる密度が圧縮されている。
まったく油断もない可愛げのない攻撃である辺り、真由美の性格が忠実に反映されていた。
『佐藤、障壁ゲージ残り270%、260、250……』
健輔は用いるリソースの全てを防御に注ぎ込んでいる状態なのだが、正面に立たず接触している状態だけでも凄い勢いで削られていく。
「なんじゃこりゃ! わけわからんぞ。普段の部長は手抜きどころの話じゃない! どうなってんだ!」
「佐藤さんはご存じなかったのですか?」
「え?」
1人で踏ん張っていたはずなのに何故か背後から声が聞こえる。
健輔が振り向くとそこには自身の背中に張り付くような形で優香がいた。
「ちか! なんで後ろに? いや、それよりも密着しすぎだ!」
こんな状況にも関わらず、つい先ほど見た豊満な胸を思い出してしまい意識が散る。
煩悩退散、煩悩退散、健輔は脳内で必死に念仏を唱えた。
混乱が加速してきているが、とにかく状況を把握しないといけない。
「と、とりあえず説明を頼む。どうなってるのか、さっぱりわからん」
「まず、この態勢は余力を残すためです。大口を叩いておいて申し訳ないですけど、私もこれは予想外でした。少しは手を抜いてくださると思ったのですが加減なしの全力です」
「全力……って」
「勿論、まだまだ本調子ではないですが、系統レベルでの加減はありません。後はなんとか隙をついて真由美さんを落とすしかないかと」
僅か1撃しか放たれていないのにも関わらずほとんど勝負を決めてしまった。
優香は最後の可能性に賭けるため余力を温存しているのだ。
「こんなに凄かったのかよ」
振るえる声でその言葉を絞り出す。
まだ知り合って2ヶ月程だが知っているつもりでいたのだ。
しかし、そんなものは表層をなぞる程度で理解からは程遠い状態でしかなかった。
健輔の憧れた目指す先、魔導師の頂点域を魅せてくれている。
如何なる時もスパルタな先輩だ、とこんな状況にも関わらず健輔は笑いが出るのを止められなかった。
「次はどうくるんだ?」
不謹慎かもしれないが次の真由美の行動に僅かな楽しみを感じる。
そのためにも今はこれを防がないといけない。
健輔は防御に専念するため余計な思考を脇へと追い出すのだった。
「うん、まあ、私が攻撃したら普通はそうするよね」」
極大の砲撃は彼女よりも前面にある部分をフィールドごとなぎ払っている。
先程の砲撃で優香の撃墜判定がなかったということは、大方健輔の障壁に避難をしていて間隙を狙っているというところだろう。
百戦錬磨の魔導師は後輩たちの行動を正確に読んでいた。
「このまま、何もさせずに潰すこともできるけど」
それは真由美の能力を誇示するだけであり意味はない。
これが公式戦だったならば如何なる手段を持ってしても粉砕するのが正しいのだろう。
しかし、これは練習だった。
その上、彼女は先輩でありリーダーでもある。
だったら、先輩らしくそしてリーダーらしく勝たないといけないだろう。
小細工はいらない、正面から粉砕する。
真由美は脇に控えている剛志に向かって命令を下す。
「剛志君、舐められてるみたいだから先輩として教育してあげなさい」
お使いをお願い、とでも言うような口調だったがそれは威厳に溢れていた。
女王の命令を受けた戦士は、
「御意のままに」
と口元に僅かに弧を描きながら、些か時代がかった物言いで了承の意を示す、
戦士は砲撃の終了に合わせてその身を戦場へと躍らせるのだった。
「もうすぐ、終わるぞ! 九条、準備はいいな!?」
「任せてください、必ず勝利を――」
「おう、取ってこい!」
僅かに聞き取れた言葉に聞こえないとわかっていながらも言葉を返す。
防御でその全霊を使い果たした健輔は空を征く優香を見送ることしかできない程に疲弊している。
逸る心を押さえつつ少しでも早く援護に向かうため、魔力の回復を急ぐ。
優香の勝利を信じることしかできない。
そんな己の無力さが腹立たしさを感じるが健輔はそれを抑え込む。
しかし、現実は彼の感傷を――
『九条、障壁0% ライフゲージ80%』
――その一言で嘲笑うのだった。
「こんなところで!」
障壁の回復ではなく全ての魔力を機動力にまわし、優香は決死の回避を行っていた。
相対するのは武骨な戦士。
空を舞うその巨漢はそれだけで多大なプレッシャーを彼女の精神に与えてくる。
戦士――剛志はしゃべることもなく静かに佇む。
突破を図ろうと回り込んだ優香に虫でも潰すようにただただ朴訥に拳を振るう。
「ッ、うまい」
「何、経験だけはあるのでな」
謙遜の類だと優香はその舞に目を奪われる。
経験とセンスが噛み合って作り上げられた空中機動はとても綺麗なものだった。
位置取りも絶妙であり、剛志を振り切って真由美の元に向かえないようになっている。
「まずいです」
当初の予定だった短期決戦は既に破綻している。
その上時間もあまりない。
戦況は膠着状態に陥っていて、変えるためには多少は無茶が必要だった
「やってみろ、そういう事ですか……」
現在の拮抗は真由美が意図的に作り上げたものだ。
向こうから崩すのは簡単なはずなのにそれを行わない。
その理由など1つしか存在していなかった。
超えてみせろ、と待っているのだ。
真由美からの挑戦状を受け取り、優香は決意を固める。
「はー……」
深呼吸を行い優香は精神を落ち着ける。
胸に去来する度し難い程愚かな自分への失望も今は無視して集中力を高めた。
剛志を侮らなかったといえば、嘘になるだろう。
自身の能力に対して自負はある、それだけの努力はしてきたつもりだし評価も受けてきた。
しかし、侮りなどという贅沢を許される立場に彼女はいない。
挑戦者であり、挑む者である彼女がその気持ちを忘れたことが先ほどのダメージだと自分を納得させていた。
「……次は届かせない。絶対に」
天才と呼ばれていい気になっていたのだ。
彼女は本当の天才を知っているはずだったのに。
自分程度の実力で思い上がったのだ。
真由美しか自分を止められないと表面上の情報だけで相手を判断していたために。
だが、負けるわけにはいかない理由が優香にあった。
こんな無様を晒して負けることはできない理由が。
――姉? それってなんか、関係あるのか? お前がすごいこととさ――
おそらく言った本人は覚えていないだろうし、それほど大した出来事ではない。
あんな小さな事で妙に感動している優香の方が可笑しいのだ。
そんなことはわかっていた。
でも、だからこそ彼の前では、強い己でありたいと彼女は願っている。
それを邪魔する、そう言うならば、
「潰します。言い訳できないほど完全に」
「面白いな。かかってこい後輩、胸を貸してやろう」
優香の宣言と共に2人は交戦を開始する。
いくら天才とはいえ、まだまだ経験が足りない。
熟練の魔導師を前に優香は苦戦を強いられるのであった。
『佐竹、ライフ、残り30%。九条、ライフ65%』
先程のアナウンスからしばらくしてから2人の激突が激しくなっている。
本来なら援護の1つでもする場面なのだろうが、予想外の人物によりそれは実行できなくなっていた。
「うーん、予想外だなー。優香ちゃんはこういうときは1回立て直すために退くと思ってたんだけどなー」
遥か後方にいるはずの真由美が何故か最前線に姿を見せていた。
「なんで、ここにいるんですか……」
「うん? 予定としては剛志君にここに追い込んでもらって、2人纏めて静めるつもりだったんだけどねー。優香ちゃんが博打を打つとは思わなかったよ。それとも2人なら多少疲弊しても勝てるって判断したのかな? う~ん、気になるね」
「へ、へえー」
健輔など眼中にないと言わんばかりの態度に頭にくる。
さっきのあれを見た後だ、舐められてるとは思わない。
健輔の実力から考えれば正当な判断だろう。
「気に入らないな……」
「うん? 佐藤くん?」
少し驚いた様子の真由美を無視して、健輔はボルテージを高めていく。
自分が舐められることは構わない。
しかし、優香が舐めているというのはあまりいい気分ではなかった。
何より、今の健輔は彼女の相棒なのだ。
そして、真由美は敵である。
相棒を侮辱した敵にとるべき対応は1つしかない。
ゆっくりと笑みを浮かべている真由美に向かって、手に添えてある魔導機を向けた。
「あんまり舐めてると、火傷じゃ、すまさないぞ。このババア!!」
「ちょ、ちょっと! ババアって、そんな年じゃないですよーだ!」
突然の健輔の爆発に真由美は些か驚くも体はきちんと対応していた。
「接近戦を選ぶのは間違ってないけど、少し安直だよ!!」
ここで接近戦を選ぶのは別に間違っていない。
間違っていないが、普通に向かってくるだけでは今までの指導は何だったのかと落ち込まなければならなかった。
「はんッ! 黙って見てろ!」
「ぷっ、ふふ、いいよ。来なさい!!」
負けん気だけは人一倍強い健輔に真由美は笑みを零す。
考えなしの特攻ではないらしい、それを知った真由美は健輔の策を待つ。
どんな状況にでも耐えられるように魔力を集め、健輔の様子に注視する。
「動け、大地の巨人よ!」
「ッ! そうくるの!? いいよ、すごくいい!」
健輔が何事かを呟いた時に魔力が大きく動き出す。
健輔から発せられた魔力の流れは真由美の背後に集中している。
真由美が振り返るとそこには土で出来た巨人が誕生していた。
「なるほど、ゴーレムなら壊されても再生できるもんね。よく考えてるよ」
真由美が感想を言っている間にもゴーレムは行動している。
拳を振り上げ、真由美に襲い掛かる巨人。
生成速度などが明らかに健輔の現在のレベルを超えている。
そこまでの錬度を健輔が持っているなどありえない。
真由美は笑みを浮かべて後輩に問いかけた。
「最初から、私対策にこれを考えたのかな!? いいよ、しっかり考えてる! 花丸あげちゃうよ!」
「呑気に採点してんじゃ、ねーーよ!!」
真由美は予想よりずっと軽快なゴーレムの操作に驚きを感じながら障壁を展開する。
受け止めた拳により障壁が軋む。
破壊系以外で障壁に対してもっとも有効な攻撃は単純な質量攻撃である。
知識をしっかりと戦闘に応用出来ていた。
この時点で真由美の目的はほとんど果たしていたと言える。
「でも、負けては上げれないかな!」
「ぐっ!?」
優香だけではなく、健輔も予想を超えてきた。
これだからこの学園は楽しいと真由美は破顔する。
わざわざ魔導などというよくわからないものに、青春を賭けにくる変人の巣窟なだけはある。
見たいものは、十分見れた。
後は最初の宣言通りにやれば良い。
ゴーレムの拳を無理矢理弾き返して、態勢を立て直す。
「先輩らしく、リーダーらしく、本気以上でぶつかってきてくれたあなたたちに恥じないように――」
不敵な笑みを浮かべて、
「勝つよ」
真由美は静かな決意を胸に勝負を終わらせるべく行動を開始するのだった。
『真由美、障壁50%』
「はぁ、はぁ、クソ!!」
里奈に相談をして秘かに対優香用で健輔が練習していた切り札。
2系統以上の同時行使。
それを持ってしても試合は決まらない。
収束・創造・浸透、都合3系統を同時に使用している。
健輔は系統の強みを最大限活用しているはずだった。
想定を大きく超えた負担から、魔力回路は悲鳴を上げている。
身体が熱く、頭も割れそうに痛い。
「長くは保たないっ……!」
迫りくるタイムリミットを計算に入れながら必死に巨人を操る。
ここまでの大型は初めてだが健輔はうまく操作出来ていた。
事実、何度かいいダメージも与えている。
障壁も残り少ない、だが真由美の笑みは崩れない。
よくやった、褒めてやると言わんばかりの笑みを浮かべながら攻撃を行わずひたすら回避している。
「この、逃げんな!!」
巨体の弱点はスピードである。
魔力の浸透率を上げて操作性を向上させているが限界があった。
魔力回路に負荷をかけ過ぎたため残り時間はもう多くない。
勝負に出るしかないのならそれは今しかないだろう。
「魔力回路、リミット解除! オーバードライブ!!」
――仕掛けにくる。
健輔の決意した眼差しから、勝負に出てくることが感じられた。
さて、どうしようかと真由美は迷う。
このまま待って2人がかりにしてあげてもいいのだが、健輔の賭けを受けてあげたい気もする。
「うん、やっぱり受けてあげようかな。そっちの方がもっと面白いものが見えそうだし」
真由美はかかってきなさいと、手で挑発を行う。
わかりやすく変化する健輔の表情。
明らかに怒った様子の後輩を見て溜息を吐く。
「対挑発用の練習も必要かなー。何よりも顔に出ないようにしないとダメだね」
健輔にとっては必要な事でも真由美には練習に過ぎない。
挑発よりも挑発らしい真由美の態度は健輔の大したことのない堪忍袋の緒が切れる。
「舐めんなよ! これでも、くらえッ!!」
巨人が拳を振り上げ、殴りかかる。
襲い来る拳に真由美は障壁を展開することで難なく受け止めた。
「この程度なの?」
健輔が勝負に出た感じからわざわざ受けに回ったのだ、それがこの程度だと言うならば拍子抜けである。
無意識的なものにしろ、この時真由美は眼前の敵に対して油断を抱いた。
攻撃を受けた相手の怪訝な様子からそれを察した健輔はニヤリと笑う。
この一瞬のために、健輔はわざわざ挑発に乗った振りをしたのだ。
真由美が妙な違和感を感じた時には、もう彼女は罠に嵌っていた。
「魔力流動? この状況で、一体何を……。え、まさか、そんな」
周囲から魔力の流動を感じ、慌てて周囲を見渡すと同じサイズのゴーレムが全部で3体生成されていた。
「っ、まずい!!」
2体の巨人は速やかな行動を開始する。
1体が拳を、もう1体は蹴りを放とうと真由美へ襲い掛かった。
「障壁展開!!」
新たに追加した2枚の障壁で攻撃を受け止めた。
しかし、まだ後1体残っている。
「ッ! まだくる!?」
3体の拳を止めている状態で4体目の攻撃を受け止めるだけの障壁を展開するのは真由美でも厳しいものがあった。
真由美の内心に焦りが生まれる。
このまま主導権を取られるのはよくない。
何より、このまま受け続けるのは危ないと彼女の勘が囁くのだ。
決断は一瞬、真由美は速やかに切れる札を展開した。
「魔力解放! バーストモード!」
体内に溜めた魔力を解放し周囲に猛烈な勢いで放出を行う。
強力な魔力流により囲んでいた巨人たちの姿勢が崩れ隙が生まれる。
その隙を真由美が見逃すはずがなく。
杖の先端を健輔に向けると魔力は一瞬で圧縮され巨人ごと彼を消し飛ばすのに十分な力が集まる。
「これで終わりにするよ! 見事な作戦だった、本当にすごかったよ」
閃光が放たれ巨人を消し飛ばし、健輔は魔力の渦に飲み込まれる。
その光景を見て、真由美は少しだけ力を抜いた。
「これで……終わり。……次は優香ちゃんか。いけるかな?」
予想以上の激戦だったためか、彼女にしては珍しく撃墜判定が出る前に敵から意識を逸らしてしまう。
「それを……待ってたんだ。今日、ちょうど仕込みは念入りにしとけって教わったんでね」
勝利したことで意識を逸らしていたこと、砲撃直後だったことと様々な要因はあれど、健輔が狙った通りに真由美は罠に嵌ったと言っていいだろう。
彼女は後輩の成長を見縊ってしまったと、後に反省と共に隆志に語ることになる。
1体は消し飛ばしたがまだ3体は態勢を崩していても残っているのだ。
そして、まだ撃墜判定はでていないのだから、勝負は終わっていない。
健輔が最後に創り出した4体目が、真由美目掛けて体当たりを行ってくる。
「まさか!? まだ、動けるの!? 違う! あらかじめ設定していた?」
砲撃いや、間に合わない。
直撃はまずいと、真由美は障壁を展開する。
「体当たりさえ防げれば!!」
ぎりぎりで展開された障壁に安堵の溜息がもれそうになった時に、ゴーレムの様子がおかしい事に気づく。
「魔力が溜っている? ま、まさか!?」
障壁と巨人が接触するその間際に、強烈な閃光と共にゴーレムは爆発したのだった。
『佐藤、佐竹撃墜。真由美、ライフは80%。九条、ライフ50%』
「まさか、自爆とはね。あそこで勝ちを狙うために自分は負けるのを計算に入れてたのかな、だとしたら花丸どころか満点だよ。――初めから、私を消耗させるつもりだったんだろうね」
爆風が晴れると、そこには少し汚れた2人が向かいあっていた。
「そのようですね、詳しい作戦は打ち合わせてなかったのですが。ここまでやってくださるとは思いませんでした。本当に、ここまで信じてくださっているとは思っていませんでした」
くすっ、と柔らかい笑みを零した両名は少しづつ魔力を高めていく。
「2対2の、それもただの練習でこんなに楽しかったのは、久しぶりかな。私にとってもすごくいい練習になったよ。ダメージはないとはいえ、一応衝撃は再現されるからね。後で佐藤くんは褒めてあげないと」
「ありがとうございます。私もいろいろと、得るものが多い試合でした」
双方、準備は整ったのだろう。
静かに戦意を高めながら、最後の問答を行う。
「そっか、うんうん、いい感じだね。今年は楽しいことになりそうだよ」
「皆さんに恥じないように鋭意努力していきたいと思います」
「そっか、じゃあ終わらせようか」
「はい、胸を貸していただきます」
杖を構え光が集まる。
剣を構えて、魔力が高まる。
両者の魔力が動き、双方の影が重なった時この試合の決着は着いたのだった。
『真由美、ライフ0%撃墜判定! 九条、ライフ0%撃墜判定! 勝敗は相打ち! おいおい、すごい決着の仕方をした試合だな。……まったく、面白いやつらだよ』