第66話
「っ、はあ、はあ……」
叩きつけられた地面でクラウディアは意識を取り戻す。
時間にして10秒は経っていないだろう。
自分の身に起こったこと、その原因を速やかに整理して体勢を立て直す。
後方のバックスからひっきりなしに念話の要請が来ているがそれに応える余裕は存在していなかった。
「迂闊……!」
あまりにも無様な自身への呪詛を吐きながら打開策を考える。
先程の後方の状況から初めからこれが狙いだったということがわかる。
彼女が意識を逸らすその一瞬を最初から待っていたのだ。
雷撃を防いでいた手段も既に検討ついていた。
「破壊系っ! 私はそれを1番警戒しないとダメだったのに……」
香奈子の実力を誰よりも知っているはずの自分がそこを警戒していなかった。
万能系を口では評価していると言いながらその本質を完全に見誤っていた。
質の低い系統をその場に合わせて使っているだけだと舐めていた。
あれは戦い方も状況に合わせて変えているのだ、そんな単純なものではない。
「力押しが弱点、でもわかりきっている弱点を放置するなんてありえない! 全部、全部! 誘いだったんだっ!」
返す返すも度し難い程に低能である。
挑発で意識を逸らしてきていたのもおそらく計算通りなのだろう。
僅かに隙が見え隠れしていたのも実力を誤認させる小細工。
「もう、油断はしない」
追い詰められてからのこの言葉は軽いかもしれない。
それでも負けられない理由があるのだ。
手負いの戦乙女は覚悟を決める。
ここで己が落ちようとも、絶対に相手を逃がさないと。
「空気が変わった、か」
隠密しつつの接近で相手を確認することはできた。
そしてこういう時の悪い予感はよく当たるものである。
あのまま舐めてくれていたらやりやすかっただろうに残念なことに完全にこっちを敵として意識する目をしていた。
これでは下手な不意打ちなんぞしたらそのままお陀仏である。
「よお、目は覚めたのか?」
「ええ、御蔭さまで」
わざわざ強調して言ってくる辺り先程の戦闘の小細工は読まれてると判断する。
プランAを破棄してプランBへ。
先程までとは別の意味でめんどくさい相手になったと健輔は内心で頭を抱える。
軽薄な様子は崩さず未だに悟っていないように見せているが、どこまで通じているかはわからなかった。
「いい攻撃でした。最初の無礼について謝ります。どこかであなたを見下していました」
「……受け取っておこうか」
人間様々なタイプがいるが追い詰められることでここまで冷静になるのはそう多くはないだろう。
優香と似たタイプの人間だと思っていたが彼女よりも芯の部分が強い。
ここからは完全に実力勝負になる。
「うんじゃあ、始めるか」
「お相手願います。先程までと私と同じとは思わない方がよいですよ」
「忠告ありがと、さん!!」
右手を突きだした状態で地面を蹴る。
雷撃を警戒した突撃であったが、それを受けることなくクラウディアはステップで回避を行う。
(冷静になってるな、クソっ)
うまくいかないものである。
空中を取らない地上での格闘戦は正直なところあまり自信がなかった。
そういった立ち回りも慣れてそうな相手にその土俵で挑むのは自殺のようなものだ。
よってなんとか自分の側へ引き込む必要がある。
しかし、冷静になってしまった相手にうまくいくかは五分五分だった。
そんな低い可能性に掛けるわけにはいかない。
「シルエットモード、『優香』」
『了解』
静かにもっとも信頼する型を呼び出す。
相手の本来の動きとそして、ある目的を果たすためにもう少し情報収集を行おう。
和哉たちもそこまで長くは持たないと考えれば俄然時間は健輔たちの敵である。
素早く必要な分を集めるために、多少の無茶も織り込む。
例えば――
「おらよ!」
「っ、ここで乗ってきますか!」
――剣術勝負などもだ。
切り結ぶ魔導師たち、それは知を追求する魔導師ではなく武を探求する騎士の様な戦いであり、地味ながら迫力のあるものとなっていた。
クラウディアから見て相手の近接戦闘能力は高くない。
冷静に対処さえすれば勝てない相手ではなかった。
しかし、落ち着いたからこそわかるようになったものもある。
(この人、うまい!)
映像からはわからない脅威だろう、相手の空気というか間を読むのがうまい。
冷静さを失っていたとはいえ、近接戦で蹴りを入れられたのは初めての経験だった。
その理由がこの間を読む能力にある。
「はああ!」
「っと、やばい、やばい」
雷光を纏った剣で斬りかかるがまるで何事もなかったように避けられる。
フェイント、力押し、取り得る手段は大体取ったがそのどれもが致命傷どころか、掠り傷にもならない。
クラウディアは知らないがシルエットモードでの要素の抽出や強調もこの目の良さがあってのことである。
健輔本人は自分のことを卑下しているが他人を見続けた人生にもしっかりと意味があったのだ。
その結実としてこの拮抗が生まれている。
「っ、この!」
「ほいほい、っと!」
守りが恐ろしいまでにうまく、そして隙は見逃さない。
1つのミスが致命傷になるのだ。
いくらクラウディアが天才少女とは言えあくまでも15歳の少女である。
そんな緊張状態に長くは耐えられない。
逆に健輔は慣れっこであった。
優香との毎朝の模擬戦、真由美との砲撃訓練、そして最後に極めつきたる葵との格闘訓練とボコボコにされ続けた日々は彼に基本ポテンシャルを保ち続ける精神力を与えていた。
無論、そこには彼の才能を見抜いて扱きあげた先輩の思惑がある。
それを乗り切ったからこそ、健輔は今ここにいるのだ。
「おおおおッ!」
「っ!? 重い……」
数秒単位での切り替え、魔導機に多大な負荷を掛ける戦法だが健輔にはこれしか手の打ちようがない。
破壊系の守りを捨ててしまうと雷撃が大きな脅威となってしまう。
幾分無茶だろうと、今が賭け時だった。
「っ、はあああああ!」
健輔の賭けに反応したクラウディアも残った力を絞り出す。
主導権を持っていかれてはならないと判断したためだ。
魔力をブーストさせて身体能力を大幅に引き上げる。
酷使される魔力回路が悲鳴を上げるが、無視して彼女は攻勢に移った。
手の打ち合いは万能系の土俵である。
そこに昇ってしまっては勝てない。
今までよりも鋭い剣戟、威力の大幅に上昇した1撃。
単純なスペックにおいて健輔の全てを凌駕する攻撃が必要だった。
故に彼女は決断する。
「このままぁ!!!!」
「くっ!」
クラウディアが纏う雷光が激しく輝き、その余波だけで健輔の障壁にダメージを与える。
「マジか!?」
「遅い!!」
つい先程までの綺麗な剣術ではない、魔力の特性――雷を全身に纏い速度と威力を大幅に上昇させていた。
それに合わせて周囲に余波として放たれる雷撃もどんどん激しさを待つ。
接近するだけで削られるという笑い話にもならない状態となっていた。
変化はそれだけに留まらない。
「これは……優香のと似ている!?」
「『トール』!! 承認、『ライトニングモード』!!」
これこそがクラウディアの逆転の切り札。
対『アマテラス』まで隠して置きたかったとっておきのジョーカーだった。
(まずい)
それまであった余裕が全て吹っ飛んでいく程の衝撃だった。
優香のオーバーリミット使用時の魔力最適化と似たような事が健輔の目前で起こっている。
アニメの主人公なら変貌を待ってやるのだろうが、残念ながら健輔は1男子高校生だった。
待つ義理はない。
何より、『これ』はダメだった
「『陽炎』!! シルエットモード、ま――」
そこまで言葉が出た時なんとも言えない悪寒が走る。
選択を間違えているような、危惧。
そう、ここで火力を選択するということは力押しを選ぶと言うことである。
「っ!! 『圭吾』!」
咄嗟にだが親友の系統を叫ぶ。
後で振り替えって見ても何故ここでこれを選んだのか、健輔にはわからなかった。
自分の周囲に魔力糸の結界を張り巡らせ、干渉魔力を流す。
ほとんど本能で行った行動だった。
そして、それの成果は直ぐに表れる。
「正解ですよ。……砲撃型だったら簡単だったのに、やはりあなたは侮れません」
そんな声と何かが通りすぎた音が聞こえた後に、脇腹に激しい痛みが生じる。
魔導機が直撃している。
どこか他人事のようにそれを察した健輔は逆らわずにそのまま吹き飛ばされるだった。
「くはっ!?」
痛みの実感が湧いて来た時、ようやく健輔も事態を飲み込めていた。
聞こえた単語から察するに優香が『オーバーリミット』を使用するのと似たような限定的な能力上昇形態をクラウディアも保持していたのだ。
「残りは……60%か」
魔導機を確認すると一気に4割程を削られたライフが確認できる。
咄嗟の反射的な判断で圭吾を選択したが結果的に大正解だった。
妨害特化の圭吾でなかったらクリティカルヒットしていただろう。
それはそのまま敗北に直結する。
「まあ、見逃してはくれないわな」
おそらく、追撃を掛けてくる。
助かった要因などを考えることは破棄して、勝利への布石を打つ。
どれだけ、『結界』を作り出せるかで勝負は決まる。
見えないように糸を張り巡らせる。
やれるだけのことはやった。
後は、
「神のみぞ知るってか。運に頼るのはあんまり好きじゃないな」
健輔が言い終わるとほぼ同時に激しい風の動きを生じる。
咄嗟に身体を屈めて、斜めに転がるように避ける。
振り返るとそこには金の髪と黄金の瞳を持つ戦乙女が剣を打ち下ろしていた。
「しぶとい!」
「生存性が売りなんだ。それは勘弁してくれ」
上下、左右、斜めと型に捉われない回避でなんとか攻撃をかわす。
おそらく相手は優香と同じ限定時間での大幅な基礎スペック向上系の能力を使っている。
反射神経の上昇と魔力との親和性の改善が劇的な効果となって、この光景を生み出しているのだ。
はっきり言うと勝ち目は0になっていた。
だからこそ、彼は粘る。
「はん! こいよ! こっちは素手みたいなもんだぜ? ご自慢の雷で撃てばいいじゃないか」
「っ……良く言いますね。その周囲に張り巡らせた糸は何ですか? 明らかにこちらへの干渉を狙っているくせに」
「どうだかな、ただのあやとりかもしれないぞ」
「ふざけたことを!!」
軽口を叩きながらの回避運動。
だが、型に捉われない動きに慣れてきたクラウディアは少しずつ健輔を追い詰めていく。
(実際、やばいね)
避けることに全神経を集中させなければ終わってしまうが、逆にそれだけを続けていても終わってしまう。
避けられない破局をなんとかしないといけないのだが、まったく策はない。
笑えてしまう程に積んでいる状況だった。
しかし、悪いことばかりではない。
相手の麗しい容貌に汗が噴き出ていることからわかることがある。
優香の『オーバーリミット』の使用状態から考えてもあの類の能力は長くは持たない。
早い話ドーピングなのだから、身体に掛る負荷も相応なのだ。
実力での打破は困難、ならば、手段は1つしかなかった。
「はあああああ!!」
「やらせるか!」
勝負を決するために烈火の気迫と共に突撃を仕掛ける彼女を健輔はいなし続けるしかないのだ。
健輔の認識の外にある速度だが対応方法がないわけではない。
細く張り巡らされた糸の結界は巨大な力の移動によって弾け飛ぶ。
つまり、どこを移動しているのかはそれで把握が可能になる。
後は予測あるのみだった。
この態勢なら斜めから来る、あれならば横にとクラウディアが取り得るだろう、最善の動きを誘導するように回避する。
言う程簡単なことではないが、多重思考と魔導によって健輔はそれを可能にする。
それは攻撃ではなく生存に特化した彼の類まれなる観察眼とこの状況を楽しめる心臓があっての神技だった。
「はあ、はあ……はあ、まだまだ!!」
「いい加減に落ちろ!」
最小の動作で動きを妨害を続ける。
僅かに指を動かせば地面が爆発して、視界と共に道を破壊する。
空から来てもやることは同じである。
糸の結界に魔力を流し込めば、今の状態でも蚊に刺された程度の痛みは生じる。
同時に何か所も刺せば僅かだが動きは鈍るものだ。
小細工に小細工を重ねて健輔は僅かでも時間を稼ぎ続ける。
この時、不思議と双方の相手に対する感想は一致していた。
それはすなわち、
『『粘りすぎだ!!』』
ということだった。
既に戦いは佳境に入っている。
どちらが手に入れてもおかしくない『勝利』という2文字。
もはや、互いの実力は出し尽している。
よって残りは意地の勝負となるのだった。
「は……はあ……はあ……負けない……」
「こ……こいつ…」
クラウディアが『ライトニングモード』を発動してから既に3分。
練習ではこれ以上は危険なために使用していなかった。
健輔が思った通りにこの『ライトニングモード』には制限時間がある。
理屈としては変換系の魔力を内部に溜めこみ、解放。
自身の魔力適応率を強制的に引き上げ、親和性を上げるという能力になる。
肉体改造染みたこの技は当然リスクも大きい。
まず、1度発動すると力尽きるまで任意で解除できないこと。
解除後は使用中の体力消耗と合わせてまともに行動できない。
もはや、片道特攻以外の何物でもないがそれを補わんばかりの力を与える。
だが、今回のことを一言で表すならば相性が悪かった。
「ま、負けない……」
「い、いい加減にしろ……マジで……」
うわ言の様に繰り返される言葉はクラウディアがもはや限界に近いことの証左だった。
双方共に限界まで使いきった体力で対峙を続けている。
果敢に攻めるのはクラウディアだったがもはやその剣に序盤の切れはない。
一方の健輔は体力の消耗こそ甚大だったが戦闘行為に問題はなかった。
既に限界を超えた様子を見せる少女に激しい苛立ちを感じながら健輔は攻撃を避け続ける。
キレは既にないが膨大な火力だけは健在だった。
使用制限を大きく超えた状態で彼女は戦い続けている。
「っあ……は……」
言葉なく攻撃を続ける少女を楽にするべきかと健輔の脳裏に過ったが、彼はその思いに蓋をする。
例え、燃え尽きる寸前だろうが、まだ燃え尽きていない。
最後の花火で火傷をすることになるわけにはいかなかった。
どれほどカッコ悪かろうがそんなリスクは拾えない。
「いいさ。このまま、俺は避け続ける」
身体だけが決死の覚悟で動き続ける少女に敬意を示して彼は容赦なく戦うことを決めるのだった。
最後の時間、実際のところは5分間程度しかなかった、それは健輔とクラウディアの2人の消耗から考えれば何時間も戦っていたような時間だった。
「やっとかよ……」
全身全霊を込めて彼女は幾度もその刃を振るった。
速度、込められた力、何よりその気迫全てが高水準だった。
才能と実力その両者において彼女は確かに健輔を上回っていたのは間違いない。
しかし、それでも勝者は一目了然であった。
最後に立っている、つまりは健輔が勝ったのだ。
地に堕ちた戦乙女は懸命に立とうとしているが、身体はそれを裏切っている。
「はあ……はあ……っ……」
「……」
その足掻きを見て、彼は近づくことをやめた。
最後の最後まで侮ってはいけない。
「『陽炎』――シルエットモード。『近藤真由美』」
『了解』
魔導機の先端に魔力で砲身を生み出し、魔力をチャージする。
カッコ良さとは無縁の勝利、実際ただの粘り勝ちであった。
だが、
「勝たせてもらう。――あんたは強かったよ。間違いなく俺の同年代の中では頭1つ飛び出ている」
「……と、当然です……。わ、私はこのチームの……エースですから」
「そうか。ああ、忘れんよ」
「はあ……はあ……」
その自負と自信が勝利の選択肢を奪ったとしても彼女は誇らしく胸を張る。
今回の敗因は1つは前半の油断。
そして、決定的となったのは勝負を決めようとする健輔に乗せられて予期せぬところで全力を引きだされたことだった。
後方の状況が荒れたことと、自身の劣勢で正しい判断ができなかった。
念話に注意を払えば冷静にはなれたかもしれないが隙を晒して健輔にそこを突かれただろう。
一重に経験不足が目立つ戦いだった。
負けに慣れた男と、負けたことがなかった少女の差がこの構図に繋がったのだ。
「じゃあな」
「っ……すいません……」
優しく、そして静かに放たれた閃光が地に伏す乙女に放たれる。
『え? く、クラウディア選手撃墜!! こ、これは状況が大きく動くのは間違いないでしょう! 赤木選手の立て直しが先か、それともこのままクォークオブフェイトが押し切るのか? いよいよわからなくなってきました!』
『雷光』堕つ。
その知らせは戦場を終わりへと加速させる。
彼女を倒した達成感を感じる暇もなしに健輔は次の戦場へと静かに向かう。
まだ、終わってはいないのだ。




