第65話
空では双方の陣から激しい打ち合いが続いている中、健輔とクラウディアは激突を加速させていた。
「くっ!」
「おらぁ!!」
雷を纏った斬撃を紙一重で避け、無防備な腹部に蹴りを入れる。
都合5分の戦闘で完全に流れは健輔へと流れていた。
「っ!? どうして!」
「自分で考えろ!!」
『ごめ―妨―入っ――から――術―支援だけ―頑――て!』
クラウディアから見える程健輔に余裕があるわけではない。
美咲の念話も途切れ辛うじて術式支援は走っていることだけはわかっている。
表面上は悟られないように余裕を演出しているがやせ我慢以上の何物でもなかった。
クラウディアの近接戦技能は事前の予想よりも遥かに練られている上に、才能とその錬度において容易く健輔を上回っていた。
そこまで不利な条件が重なっている状態で健輔が拮抗できているのは、ただ単に戦い方がうまいだけだった。
格上との戦闘経験、その1点で健輔はクラウディアを圧倒的に凌駕している。
ステータス的な不利など毎回抱えているのだ。
今更そんなものに怯む可愛らしい精神を彼は持っていなかった。
「どうしたよ! あなたなんて直ぐに片づける、みたいな顔してたのにもう余裕がないぞ! は、情けないやつだな」
嘲笑気味にクラウディアを挑発する、
常ならばこんな安い挑発に引っ掛かる彼女ではないが、状況が彼女から余裕を奪う。
「ッ、な、舐めるな!」
怒気と共に魔力が一気に高められる。
後先考えない大規模放出による全方位攻撃。
いくら収束系でもこれだけ魔力を放出すれば余力は一気に失われる。
激昂した彼女にはそんな損得計算も頭から吹き飛んでいるらしい。
「まずっ――」
人間の反応速度を超えた攻撃が無差別に放たれる。
意図のない攻撃では軌跡を読んで避けることなどもできない。
つまりはここで詰み、だった。
健輔が万能系でなければ、と正し書きが付くが。
「はあ……はあ……こ、これなら、どうだ……」
1部が完全に消失した森を前にクラウディアは勝利の報を待つ。
光速で放たれる全方位攻撃。
クラウディアからしてもその燃費の悪さで使用を戸惑わせる攻撃である。
だが、1度放たれればそれは必殺となる。
現に今までこれを避けた人物などいなかったのだから。
だからこそ、
「そ……そんな、どうして……!?」
「さっきも言っただろ。――自分で考えろ」
無傷で佇む健輔によって初めて成されたことに衝撃を受けるのだった。
(あぶねぇ……。なんてやつだよ、こいつ)
外面は冷たく冷静に戦局を眺めているが内心は冷や汗ものだ。
雷が自分の真横を通過したりするのだ。
生きた心地がしないのも無理はない。
それを一切表情に出さない辺り真由美によって与えられた砲撃の恐怖は確かに健輔の糧となっていた。
(さてと……。ここからどうするかな)
目の前で驚き目を見開いている美少女を冷静に観察しながら今後の予定を組み上げる。
今のところ小さな齟齬はあったが大筋、健輔は予定通りに勝負を運べていた。
怒りによって多少の冷静さは失っていたがそれでも猶、能力面では容易く健輔を凌駕している。
先程の攻撃など予めシルエットモードで剛志を選択して破壊系を選んでいなかったら普通に負けていた。
変換系の弱点はそれ自体が強力であるが故に応用性に乏しい事だ。
破壊系を使えば、性質そのものは無効化することができる。
雷速という速度の厄介さが残るがそれもある程度射線を制限できれば魔導機を突きだしているだけで対応できる。
「次はこっちの番だ!」
「っ!? やれるものならやってみなさい!」
威勢良く健輔はクラウディアに斬りかかる。
しかし、現在の選択モードは『佐竹剛志』つまりは破壊系・身体系の肉弾モードである。
雷撃対策で破壊系を手放せない以上なんとか格闘戦で押し切るしかないのだが、この少女がそこまで容易いとは健輔も思ってはいなかった。
「おらあ!」
「はああ!」
現に今も余裕を失った状態から徐々に冷静に思考を巡らせるようになっている。
直情的な動きが少なくなり、フェイントなどが増えてきたのがその証左であった。
健輔の対処法に検討が付いてきたのだろう。
未知でなくなれば万能系の脅威は大きく下がる。
破壊系だとばれてしまえば相手は遠慮なく、近接戦を仕掛けてくるはずだ。
(うまくいくか……)
激しい格闘戦に挑みながら健輔はその時を待つ。
しかし、時間は健輔たちの敵であったことを彼は実況によって思い出すのだった。
『藤田選手、残りライフ10%! もはや後がない! このまま落ちてしまうのか!?』
それは当然の結末であった。
ある程度は防げるとはいえ僅かずつでも傷つけば最終的にはライフが0になる。
むしろ、魔導キラーである破壊系を用いた遠距離攻撃などを相手にして20分近く持っただけでも葵の実力が窺いしれる。
「ここまでやったのでも上出来だけど。どうしようかなー」
追い詰められた状況に合わない軽い口調。
彼女――藤田葵は心底この状況を楽しんでいた。
いいぞ、もっと私を追い詰めろ。
優しい微笑みにまったく似合わない殺伐とした感情、世が世なら彼女は英雄か犯罪者でその名を残したかもしれない。
「ま、流石に和哉が動くでしょ。けどその前に落とされるとつまらないしなー」
ちょっと本気でやりましょう、とまるで遠足に向かうかのように彼女は宣言すると自分だけの魔導(固有能力)を発動させるのだった。
悪寒――肉体的な意味での寒気ではなく精神的な意味でのそれが香奈子を襲う。
焦がれてやまないものが自分の手から離れていく感触、つまりは敗北の予兆を感じ取ったのだ。
理性的な思考はその直感に否を鳴らしている。
感情的な思考は早急に勝負を決めろとと警報を鳴らしている。
相反する判断に思考が捉われている間に、敵は準備を終えてしまっていた。
惰性のように、作業の如く繰り返された砲撃を身体は自然とこなしていた。
「っ……。ん、大丈夫……まだいける」
言い聞かせるように放った砲撃は常に全霊を込めている。
問題は何もないはずなのに、何かが彼女を自信を削り落とす。
そしてその悪寒は現実に悪夢として降臨することになるのだった。
「ん……、これは、まずい……」
香奈子の系統は破壊系と遠距離系の組み合わせである。
固有能力――後にバランスブレイカーと名付けられる――により破壊系を他の系統と併用できるようにしているだけであり、それこそが彼女の最大にして唯一の武器だった。
もう1つ副産物的に覚醒したものがあるのだが、そちらはさして戦闘能力は高くない。
破壊系の魔力を圧縮できるという能力であり、それ以上のものではない。
言うならば、固有能力を2つ用いて普通の後衛魔導師、収束・遠距離と同じことができるようになっただけなのだ。
しかし、その有用性は見ての通りである。
奇襲の要素もあったとはいえ、あの『終わりなき凶星』を1撃で落とした実力は紛れもない本物であった。
だが、世の中何事にも相性というものがある。
「ん……、私の攻撃を無傷で防ぐ……どうやって?」
答えは葵の固有能力にあった。
そして、その答えを知る前に香奈子たちはついに反撃を受けることになる。
発端は『クォークオブフェイト』の後衛――和哉と真希からであった。
「よし、あいつがあれを使ったか。だったらそろそろいいだろう」
「準備は万端だよー」
葵が無傷で香奈子の攻撃を防いだのを見て和哉が作戦を開始する。
まずはこの人数的に不利な状態をなんとかしないとどうにもならない。
「1つ大きな花火でも上げにいくか!」
「おお!」
和哉の系統は創造・遠距離型。
特質すべきはその汎用性と補助性能の高さだ。
単体の魔導師と見た時5段階評価でパワー・ディフェンス・スピードとステータス的な面は全て3になるような魔導師であった。
それをそのまま使えば大したことのない奴で話は終わるが、そこは何事も使い方次第である。
「経験の浅い魔導師さんがどこまで混乱を押さえられるか、見物だな」
「うわ……。そんなこと言ってるから葵に腹黒とか言われるんだよ……」
「脳筋の戯言なんぞ知らないな」
追い詰められているが変わらず緩い空気。
これも前線が必死で食い止めてくれているためである。
前が止め、後ろが討つ。
正しい陣形の形が今、『天空の焔』へ牙を剝く。
「香奈子!?」
前線で優香と戦っていたほのかが異変を感じ取った時には和哉の作戦は既に動き出していた。
『天空の焔』側には夥しい数の魔弾が突如として出現し、ランダムな動きで周囲を飛びまわる。
野球のボール程度の大きさであり、仮に直撃しても大したダメージにはならない。
目晦まし以上の効果はないと言っていいだろう。
障壁で簡単に防ぐことができるのだから。
だが、この状態で足を止められるということが不味すぎる。
「大宮君!」
「応! あんまり自信はないが任せとけ!」
ほのかは優香から離脱しておそらくここにやってくるだろう相手を待ち受ける。
相手の後衛がこちらの後衛の撹乱に回り、下手をすれば撃墜――。
ほのかがそこまで思考を巡らせた時、対戦相手の情報が頭に浮かんだ。
既に健輔たちは敵陣奥深くに侵入、遠目とはいえ香奈子たち後衛の位置も掴んでいる。
それだけの情報があれば、間違いなく。
ほのかの視界の端を一瞬で駆け抜ける光、そして、
『梅岡選手撃墜! 伊藤真希選手の鮮やかな狙撃です! これで状況はイーブンになりました! 流石の粘りです『クォークオブフェイト』! 凶星が落ちても輝きは鈍らない!』
『熱い展開になってきました~』
撃墜、相手の狙いが分かった時にはもう、遅かったのだ。
「後衛が香奈子の抑えに回る……。そう、この体勢を整えるために」
葵の時間稼ぎは後衛の準備ができるまでだったのだ。
健輔たちがクラウディアたちを突破するまで時間を稼ぐ、などという消極的な策ではなかった。
相手の意図を悟り、今後は香奈子が全力を発揮できない状況を作られたのだと理解する。
ならば、ほのかたちが状況を変えるしかなくなった。
「不退転、あの子の勇気をここで潰させるわけにはいかない」
言葉を発し、決意を固める。
脇目もふらずにこちらに襲いかかってきた葵をほのかは静かに迎え撃つ。
「きなさい!」
「いいわね! 最高よ!」
似たような系統の組み合わせで真反対の戦い方をする2人が激突する。
盤面が動いた、それは同時に他の局面も大きく変化するということでもあった。
「香奈子さん!?」
後衛に乱れが生じたその時、健輔が待ち望んだ機会が訪れる。
目の前に敵がいるのに彼女はそこから大きく意識を逸らした。
致命的な隙を見逃す程彼は甘くはない。
「シルエットモード! 『葵』!」
『了解』
「ッ! しまっ――」
剛志から葵へ、戦闘スタイルは共に素手、振りかぶった拳はそれまでのただのパンチから必殺の拳へと一瞬ので変貌を遂げる。
先程からチマチマとダメージを与えていたが、それによって彼女は健輔の攻撃は大したことがないと錯覚してしまった。
相手が万能系であると分かっているとはいえ、直前でまったく別人になってしまえば咄嗟の判断に迷うのは当然であった。
「喰らえええ!!」
剛腕が唸り障壁を突き破ってクラウディアの脇腹に突き刺さる。
「かはっ!?」
直撃を受けたクラウディアは吹き飛ばされて木に叩きつけられる。
しかし、まだ撃墜判定が出ていない。
「あのタイミングで障壁を展開したのか」
並大抵の反射神経ではない。
やはり、単純なスペックでは健輔を軽く凌駕していた。
追撃を仕掛けたいところだが、ここで迂闊に飛びこんで撃墜されてしまっては笑い話にもならない。
「シルエットモード、『佐竹剛志』」
『了解』
元の形態に戻して細心の注意を持ってクラウディアを追撃する。
相手は手負いの獣なのだ、油断するとこちらが喰われる。
極大の才能を保持しない凡人らしく、彼は最悪を想定する。
その上でそこに至る可能性を排除するのだ。
「このまま終わってくれたらいいんだけどな」
『クラウディア選手、ライフ20%。大宮選手、ライフ30%。坪内選手、ライフ55%。徐々に『クォークオブフェイト』の攻勢が激しさを増しております! 勝利の栄冠はどちらに輝くのか!』
『どっちも負けるな~』
ようやく入った情報を胸に、健輔は彼女を吹き飛ばした方へと歩みを進める。
余裕などは存在しない。
明確な格上との戦いに興奮と僅かな恐怖を隠しながら静かに森を進むのだった。




