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総合魔導学習指導要領マギノ・ゲーム  作者: 天川守
第3章 秋 ~戦いの季節~
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第62話

「はい、今日のメンバーだよー」


 金曜日。

 週末に入る前日にセッティングされた試合に臨むにあたって真由美が出場メンバーを発表する。

 試合目前、各々準備を整えた状態で集合していたが健輔の事前予想とは少し違う形のメンバーだった。

 この試合の次、週明けには『天空の焔』との試合が待っている。

 そのため健輔はそちらでフル出場するメンツは控えに回ると思っていたのだ。

 しかし、現実はそれに反していた。


「前衛は九条、葵、健輔。後衛、真由美、真希、和哉。バックスはいつも通りだ」

「何か質問はある? そこで驚いた顔しているあおちゃんと健ちゃんは何かあるみたいだけど、遠慮なく質問してくれて大丈夫だよー」

「私、出ていいんですか?」

「出ていいからエントリーしてるんだけど何か不都合でもあるの?」


 葵の疑問に真由美はそのまま返す。

 葵の意図などわかっているだろうに笑いに耐えるような真由美の顔を見ると意図的に外した答えを返したことがわかる。

 やはり微妙に性格が悪いと健輔は真由美の評価に加えておく。

 最近、隆志から聞いた話だと昔は割とイケイケな性格をしていたらしい。

 そこから考えると案外そちらの方が地ではないかと健輔は疑っていた。


「健ちゃんはいいの?」

「あ、ええと。これって『天空の焔』前の調整も兼ねてるんですか?」

「そうだね。それもあるけど、1番の目的はプレッシャーを与えることだよ」

「プレッシャー、ですか?」

「うん。試合経験が少ないことを逆手に取ろうと思ってね。ギリギリの試合をやったことがない。その部分を突いておこうかなってね」

「これは体感しないとわからないことだからな。少し口では説明しづらが3年で考えた作戦だとでも思ってくれ」

「隆志さん? ま、まあ試合に出れるなら別に構わないです」

「ああ、お前たちは何も考えずに全力でやってくれればいいよ」


 妃里なども納得しているのか口を挟むことはなかった。

 試合経験の少なさを突くとのことだったためか早奈恵ではなく隆志から説明が入った。

 隆志がバックスを侮っているわけではなく戦闘フィールドにいないとわからない感覚なのだろう。

 ギリギリの感覚、勝つか負けるかの綱渡り。

 健輔には少しだけ覚えがあった。

 夏の真由美との戦いや最後の『シューティングスターズ』との戦い。

 楽な戦いなど数える程しかない健輔には身に覚えがありすぎる感覚であった。


「相手はまだ同ポイントのチーム『雪月花』だ」

「試合形式は『天空の焔』と同じ基本形式になるから、ちょうどいいと思って全力で行こうね」

「油断はいらないぞ。いつも通りやればいい」

『はい!』


 最後の打ち合わせは終わり彼らは試合に臨むのだった。




『ここで30分の休憩になります。次の試合は『クォークオブフェイト』対『雪月花』になります。15時から試合開始となりますのでご観覧の皆様はご注意下さい』


 47チームでの総当たり戦はアホみたいな試合数となり、その管理に多大な手間が掛っている。

 そのため観覧に関してはほとんどフリーとなっている。

 重要な試合に関しては入場制限を掛けてチケット制にすることもあったが基本的にフリーである。

 魔導技術の粋を凝らしたネット観戦も充実しており、どんな試合でも必ずある程度が観客が存在している。

 そんな観客席の一角で『天空の焔』の面々は発表された『クォークオブフェイト』の出場メンツに目を通していた。


「ほぼ主力メンバーですね。ここまで温存していた藤田葵まで投入していますよ」


 流れる金の髪は染めて出せる様な色ではなかった。

 それは彼女が日本人、少なくともアジアに属する人種ではないことを教えてくれる。

 特異な系統たる変換系の使い手にして欧州魔導校からの交換留学生――クラウディア・ブルームがチームの先輩に対して意図を尋ねてみる。


「ん……。そうだね。温存をやめた?」

「私達との戦いがあるからここで公開しても同じと判断したのかしら?」

「ん……どうだろ……」


 それならば情報を隠していた方が奇襲に使えるだろう。

 あえてそれを捨てて全力を敵に披露する理由はない。

 

「ん……。何を考えてるんだろう……」


 見えるはずもない真由美の思惑を見抜こうと香奈子は宙を睨む。

 まるで見えない何かを感じ取ったかのように。




『端的に言おう。相手は格下で下手な小細工はいらない。黎明のような大げさな罠もあるかもしれないが、葵お前だけなら噛み砕けるだろう?』


 そんな作戦になっていない作戦案を提示された前衛は葵の指示の元行動することを決めていた。

 年長者であり、エースである葵ならば無難な役割だと言えるだろう。

 もっとも、戦闘を目前として極限の集中に入ってる彼女に指揮なんぞ取れないこともわかっていた。


「だからって、普通1年に任せるかよ……」


 健輔の口から愚痴が零れる。

 自分だけならどうとでもするが、優香の分やチーム分まで背負うのは流石に許容量を大きく超えていた。

 そもそも指揮なんて取ったことがないのだ。

 実質2人しかいないとは言え胃が痛くなるのは仕方ないことだった。


『健輔さんなら大丈夫ですよ』

「そう言って貰えるのはありがたいが、胃の痛みはなくならないな」

『大任をお任せして申し訳ないですけど、頼まれたことは必ずやり通します』


 励ましてくれる優香に瞼の裏が熱くなる。

 無茶ぶり軍団のせいでささくれだった心が癒される。

 健輔にとっての救いの女神たる優香の性根の良さに血気に逸る心も浄化されそうだった。

 真由美がわざわざ健輔に指揮を放り投げたのは葵の持ち味を潰さないためだろう。

 その程度は健輔も読めていた。

 ミサイル扱いだが、自由に突っ込ませて行動を縛らない方が葵は強い。

 集中力を高めれば高める程、恐ろしい脅威となる。


「それをうまく使え、と。はあ……努力はするけどさ……」

『大変お待たせしました! それでは本日の第4試合Aを始めたいと思います!』


 実況の声で心を戦闘モードに切り替える。

 無駄口はここまで。後は戦闘後に取って置くのだ。


「っと、その前に伝えとかないとな。優香、大丈夫か?」

『はい? 何かありますか?』

「ああ、お前今日の試合で『オーバーリミット』使用禁止な。これは指揮官命令だから。理由とかは終わってから説明する」

『はい、わかりました。用件は以上でしょうか?』

「お、おう」

『では、失礼します。ご武運を』


 そこで念話は切れる。

 もう少し何かを聞かれると思っていたがあっさりと納得されてしまった。

 この間の自分との違いに凹みそうになる


「よくできてんな。……俺ももう少し大人になろう」


 微妙に的を外した感想を抱きながら、今度こそ健輔は目前の光景に集中し直すのだった。

 



 相手のチーム『雪月花』。

 有名なエースこそ不在だが全体のレベルで見た時、中の上には位置するチームである。

 全盛期には世界戦への出場経験もあるチームのため、決してその実力は低くない。

 よって、この結果となったのは彼らに過失があることではなかった。

 そう、単純に『クォークオブフェイト』が強すぎたのだ。


『ふ、藤田葵選手、宮間選手を撃墜! これで残りは4人となります! 試合開始からまだ5分しか経っていません!?』


「こんなに差があるなんて……」


 クラウディアの驚いたような声が香奈子の耳に入る。

 当然だろう、香奈子もまた想定を遥かに上回る事態に混乱していたのだから。

 つい先日、『アマテラス』の九条桜香が圧倒的な強さを見せつけたばかりだが、それとは強さの質が違った。

 個で圧倒的な強さだった彼女に対して、こちらは群で圧倒している。


「ん……。ばらばらに見えて良く纏まってる」

「ええ、能力を均一にするんじゃなくて戦い方を均一にするチームなのね。各々が自分にしかできない役割を遂行してるわ」


 チームプレイと言ってもやり方はたくさんあるだろう。

 『アマテラス』のように1人のスーパーエースを全員で支援するのもそうだし、『シューティングスターズ』のように系統などを揃えて均一化した能力を中心に行動するのもチームプレイだ。

 無論、それだけではなくどこのチームも複数の要素を組み合わせて、独自色を出している。

 当然、『クォークオブフェイト』にもそういったものがあった。

 それはチームメイト間での連携を重視したものではなく結果を重視したもの、とでも言うのだろうか。

 好きに動いたのが結果としてチームプレイの賜物になっている。

 そのような動きを叩きこまれている。


「『凶星』の砲撃で緩んだ相手の陣に『破星』が突撃。砲撃で混乱しているところを撃墜」

「適当に戦っているみたいなのに自然と連携になってるんですね」


 葵は目の前の獲物を刈り取っただけだが、それがある意味真由美のフォローになっている。

 そもそも、真由美が砲撃を開始したと同時に敵陣に突っ込んでいるのだから、下手をしたら巻き添えで落ちていてもおかしくなかった。

 だが、結果だけ見れば最高の連携になっている。

 戦い方を均一にする、つまりは結果として帳尻があっていれば良いというある意味チームプレイに喧嘩を売っているようなやり方だった。


「ん、でも多分計算通りなんだと思う……」

「連携は一朝一夕でできるものではないものね。後はパターンができるのをいやがる人もいるものね。好きにやらせて、それのバランスを全体で取れるようにしている」

「ん……。手強い」

「ええ……そうね」


 香奈子とほのかの2人は戦いに備えるため、それまで以上の集中力で試合を見守る。

 敵は前衛が落ちてしまい壁が減っている。

 そこを更に掻き乱すべく、葵に遅れて1年生の前衛が敵陣に突入しようとしていた。

 試合は次のステージへ移行する。

 

 


「優香、前衛は無視でいい。どうせ、葵さんが襲いかかる。俺たちは敵のリーダーを狙うぞ」

「了解です」


 先輩のファインプレイで早くも壁を剥がすことに成功した彼らは試合を決めるために次の行動に移った。

 敵陣に入ったことで念話は妨害されているため、後方の指示は待てない。

 健輔の独断でリーダー狙いを敢行することを決断する。


「ちッ、立て直しが早い。あーあ、いやになるな」

「このままでいいですか?」

「ああ、砲撃がくるな。俺は置いていいから先に行ってくれ。ここから援護する」

「後ろはお任せします」


 敵の後方が既に立て直しを始めているのを見て取れた健輔は強行突入案を捨てる。

 ここでリーダーを落とせていれば自分たちが落ちてもお釣りが来るが、流石に遮蔽物のない空で待ち構えている後衛の陣に正面突撃するのはリスクとリターンが釣り合っていなかった。


「さてさて、うまく俺に集中してくれたらいいんだけどな。『陽炎』シルエットモードK」

『了解しました』


 既にシルエットモード封印令は解けている。

 元々、健輔の慢心を諌めるためのものだったのだ。

 目的を果たせば解除するのは道理である。

 しかし、健輔は意図的にいくつかの制限を課していた。

 万全、準備万端に慣れてしまうと再びあの心が擡げてくるのが目に見えていたからだ。


「ではでは、一気にいくか!」


 モードK。

 お世話になった和哉の名前を借りたモード。

 当然能力も同じものになる、すなわち弾幕で押す戦い方を模倣する。

 健輔の周囲に百を超える魔力球が展開される。


「どーん! てね」


 気の抜けるような声と共に大量の砲弾が敵目掛けて放たれる。

 相手側からの迎撃の攻撃を眺めながら、相棒の成否を待つ健輔だった。




「御見事です」


 放たれた光弾を見送る彼女は素直に賛辞を現した。

 威力は大したことがなくても見た目が派手なあの攻撃は陽動に持ってこいだった。

 リーダーらしき人物が怒鳴りながら対応しているのが見えるが、既に砲撃を放ってしまった後では意味がない。

 魔力弾を砲撃で迎撃するなど、拳銃の弾をミサイルで撃ち落とすようなオーバーキルである。

 どう考えても費やした力が釣り合っていない。

 ましてや、高機動型の優香から一瞬でも目を離すなどあってはならないことだ。


「いきます!」


 叫びと共に魔力がオーラとなって放たれる。

 身体を駆け巡る魔力と優香の意志に従って、術式が駆動する。


「『雪風』!」

『お任せ下さい、防御を最小にして残りに配分します』


 新たな刃『雪風弐式』の初陣でもあるこの試合、無様は見せられない。

 攻勢に最適化された能力で優香は一気呵成に敵陣に突入する。


「なっ! 『蒼い閃光』!?」


 相手の驚きの声を無視して、手にしている『雪風』を水平方向に傾けて横に薙ぎ払う。

 『雪風』の手で攻撃の瞬間に全魔力を攻撃に割り振ったその1撃は咄嗟に張られた障壁と接触する。

 だが――


「無駄です」

「くぅ!」


 ――パリン、と何かが割れるような音と共に障壁は消滅、術者もろとも粉砕される。

 その結果を最後まで見ることなく、優香は敵のリーダーに狙いを移す。

 相手も優香の行動を予期していたのだろう。

 障壁を可能な限り展開し、防御の構えを取っている。

 真由美と同じ、収束・遠距離型。

 メジャーな系統として最大の術者数を誇るこの系統のメリットを正しく活かした防御体勢だった。

 高機動型の優香ではどれほど火力を底上げしようが通常の状態では突破は難しい。

 

「なるほど、硬いですね」

「簡単にやられて堪るものか! 1人だけでもここで落とす。嵐山!」

「はい!」


 渾身の斬撃を障壁で防がれた優香は必然として棒立ちとなる。

 すぐさま離脱を行えば、攻撃を回避することは可能なはずなのに何故か行わない。

 障壁で動きを拘束するにはサラのように夥しい数で囲むか、攻撃側に攻めきろうとする意志が必要だ。

 優香はあっさりと攻撃を放棄し、離脱という選択肢も選ぶ様子を見せない。

 まるで、自分に【狙いをつけろ】と言わんばかりに姿を晒している。


「いきま――」


 生き残った2人のうち後輩の方が攻撃体勢を整える。

 リーダーから指示があったのだろう、迷いのない迅速な攻撃だった。

 実際、この2人の行動はここで優香を相手取るだけなら見事な戦術だと言えた。

 仮に優香が初めから回避を図っていても、防御状態から体勢を整えたリーダーの攻撃が彼女を襲っていたはずである。

 そう、これが2対1の戦いなら問題はなかった。

 ここまで追い詰められたことでそんな基本的なことすらすっぱりと頭から抜けてしまたったのか。

 敵の1人は最後まで言い切ることなく突如として振りかかった砲撃に飲み込まれることで答えを示す。


「ッ、嵐山!」

「健輔さんを完全に意識から追い出してしまえば当然そうなりますよ」

「何を――」

「私だけがあなたたちの相手ではなかった。ただそれだけです」


 狙い済ませたように優香の言葉と共に2撃目が着弾する。

 優香へと防御を割り裂いていた『雪月花』のリーダーは激変した戦況に対応できず直撃を受ける。


『岩倉選手、撃墜! チーム『クォークオブフェイト』の勝利です!』


 試合時間20分。

 とても中堅チーム相手とは思えない速度での決着だった。

 この結果は試合を見守っていた『天空の焔』の面々だけでなく他のチームから見ても脅威だった。

 優勝候補の最有力チームとして恥じない結果に健輔たちは胸を張る。

 次は『天空の焔』。

 実戦で初めてぶつかる同格のチーム。

 束の間の休息が終われば、ついに本番がやってくる。

 まだその全貌を見せない強敵たち。

 それの相手に最高のコンディションで挑めることに健輔は歓喜する。


「どこまでやれるのか、楽しみだな」


 だが、今はこの勝利を喜ぼうと向かってくる優香に手を振る。

 

 チーム『クォークオブフェイト』――現在、11戦全勝。

 チーム『天空の焔』――現在、11戦全勝。

 よってルール上、陣地戦か基本戦での激突が確定している。

 そして、今回は基本戦のルールが選択された。

 決戦日は週末を開けた月曜日。

 大荒れの試合になることだけは間違いのない戦いがやってくる――


最後まで読んでいただきありがとうございます。

次から本番になります。

大会始まったのにちゃんとした戦いがなくて申し訳ないです。

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