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総合魔導学習指導要領マギノ・ゲーム  作者: 天川守
第3章 秋 ~戦いの季節~
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第59話

 ――夜。

 寮の部屋でベットに寝転びながら、健輔は真由美の言葉を思い返す。


「得意な魔導師のパターンを対『天空の焔』まで封印しなさい、か。無茶言ってくれるよな、本当に」


 はあ、と健輔は溜息を吐く。

 真由美の意図はわかっていた。

 これ以上健輔の実力を推測できるような情報を渡すな、というところなのだろう。

 情報戦の1つだ。

 不慣れな切り替えで実力を発揮できない健輔を侮ってくれるならそれが最上の結果となる。

 もっとも、真由美はそこまで簡単な相手だとも思っていなかった。

 むしろ、ほとんど意味がない可能性の方が高いとも思っている。

 どれほど良く見積もっても焼け石に水程度の効果しか存在しないだろう。

 それでも真由美が健輔に封印を命じたのには理由があった。


「頼りすぎ、か。言われてみるとそうかもな」


 合宿を通じて健輔の能力大きく伸びた。

 それは誰も否定のできないことだ。

 そして同時に健輔の戦い方に【型】ができてしまった。

 バトルスタイルとは言い換えれば何かしらの形を得てしまうとも言える。

 無論、数多の試行錯誤の上で洗練されたものなのだから無駄は省かれていて、より効率的な戦闘が可能になるものだろう。

 その変わりに未知という脅威を失ってしまうのだ。

 

 ――未知、知らないこと、わからないこと。

 これはある意味で最大の奇襲効果を持っている。

 情報戦なども結局のところこの効果を期待してのものだ。

 知っていれば心構えができる、そしてそれは対抗できるということでもある。

 健輔の万能系は対応策が知られれば知られる程その脅威が大きく下がってしまう。

 このパターンならあれを使うと読まれてしまえばその万能性はただの地力不足の器用貧乏になってしまう。


「『強くなって逆に対処しやすくなってるよ、今なら負けないかな』……はあ、本当に直球で言ってくる人だよな……。痛いところを突いてくる」


 健輔的には素面のつもりだったが傍から見れば浮かれて見えていたのだろう。

 概ねそれは間違っていない。

 負け続けてきてようやく勝てるようになった。

 言葉にすればそれだけだがそれこそが健輔が欲しかったものなのだ。

 欲しいものが手に入れば誰だって浮かれるだろう。


「でも、このままだと勝てなくなる……。つらいね、非才な身がさ。御先も真っ暗だし」


 万能系には溢れんばかりの可能性がある。

 健輔が幾度も言われた言葉で彼もそれを信じている。

 そして、真由美たちが思うよりも遥かに思慮深い健輔は伏せられた裏の言葉もなんとなくだが気付いていた。

 万能系の研究が進めばまず間違いなく最弱の系統になる、という事にだ。

 少し考えればわかることでもあった。

 万能系の全ての系統を使える理由が解き明かされてしまえば、それは他の系統にも活かされて結果的に全てが底上げされてしまう。

 後にはただ1つの長所を失った出涸らしの系統が残るだけである。


「研究が進まなかったら、それはそれで困るしな。二律背反ってやつですな」


 勿論、これは最大限悲観的に見積もった場合の話である。

 万能系だけが特別な可能性も十分以上に存在している。

 しかし、彼は楽観しない。

 そもそも自分に極大の才能が眠っているなどという妄想はとっくの昔に卒業したのだ。


「我が人生ながらうまくいかないな」


 直ぐ傍に置いておいたリモコンに手を伸ばして電気を消す。

 眠りに落ちながら健輔は自身がこの学園にやってきた理由を思い出すのだった。




 佐藤健輔が魔導の学び舎『天祥学園』に入学したのにはいくつかの理由がある。

 魔導のかっこよさに惹かれた、それも確かな理由だが真面目なものもあったのだ。

 カッコ良く言葉を飾るなら『自分探し』、みっともなく言い換えるなら『現実への諦観』とでもいうのだろうか。

 『特別』な誇れる何かが欲しい、それが彼がここにやってきた最大の理由だった。

 男たるものなら1度は覚えがあるだろう、ヒーローになりたい、などとそういった英雄願望には。

 ご多分に洩れず健輔もそういったものがあった。

 そして、自分には無理だと悟ってしまったのだ。

 諦めよく悟った後はそのまま生きていればいいのに、魔導を見て捨てきれない心に火が付いてしまったのだ。


 ――佐藤健輔という人間を表現するならば、『普通』という言葉がぴったり当てはまる。

 ネガティブな意味で使う訳ではないがそうとしか表現できないのだ。

 家族構成は父と母、両者共に健在で兄妹はなし。

 父はどこにでもいる普通のサラリーマン、母は専業主婦と絵に描いたように平均的な日本の家庭を体現している。

 健輔本人のデータも大筋どこかで見たことがあるようなものばかりだ。

 身長は男子高校生の平均よりも僅かに高い辺りで体重は平均値。

 容貌にも特に秀でていない、多少身綺麗にすれば見れるようにはなる、そんな程度だ。

 なんとなくで部活にも入らず帰宅部で実に9年間を過ごす。

 運動は苦手ではないが得意でもない。

 成績は中の上、得意科目ならそこそこの点を取るが不得意科目が足を引っ張るため総合でその程度に落ち着く。

 ぼっちと言う程友人は少なくないがかと言って人付き合いがうまい訳でもない。

 並べれば並べる程に『普通』な男、それが佐藤健輔だった。

 そこから後は簡単だ。

 中学生というデリケートな時期にそれを自覚していた彼は知り合いの応援でやってきた『天祥学園』で魔導と出会った。

 

 ――これなら、何か変わるかもしれない――


 そんな都合の良い夢を思い描いて彼はここにやってきた。

 現実はそんなに甘くなく結局自分はどこまでいっても『普通』だったということを改めて理解させられただけだったが。

 何せ、彼は人生で2人も特別な人物と出会っている

 1人は魔導と出会うきっかけになった年上のお姉さん。

 そして、もう1人はここで出会った美少女――九条優香。

 彼女は絵に描いたように特別な少女だった。

 新入生代表として、その姿を見た時から忘れたことはない。

 魔導だけでなく勉強、運動、品性とあらゆる面において優れ、容貌もトップクラス。

 さらには華族の血を引いてるらしく結構なお嬢様でもあるらしい。

 自身の理想を体現するその有り様をを見て、健輔はこう思った。


 ――彼女に勝てれば、きっと自分も特別になれる――


 根拠もない上に理屈にもなっていない考えであった。

 そんなこと当の本人もわかっているから言葉に出したことは1度もなかった。

 自分に自信がないから、健輔はそんな望みを抱いたのだ。

 特別な人間よりも上だと示せば自分が特別になれる、と。

 そして万能系になったのもその辺りが関係しているような気がしてならない。

 誰かの能力を真似る。

 健輔がそうなりたかったと思う理想の姿が手に入るこの能力はあまりにも健輔にぴったりと嵌り過ぎている。

 魔導は精神の影響を受ける。

 それは表層心理に限らないのだから。






『設定された起床時刻です。起きてください』


 爽やかな朝の空気に鋭利な女性の声が響く。

 健輔の寮監AI『冴子』の声である。


「ん……ああ、わかった。ありがとう」

『今日は素早い起床ですね。こちらとしても助かります』

「はは、まあ、そんな日もあるさ」

『二度手間は困るのできちんと起きてくださいね』

「はいはい、ご苦労さん」


 手を振って投影されたモニターを消す。

 眠りが浅かったのか、直前まで見ていた夢の内容が何故か鮮明に頭の中に残っていた。


「どんだけ妄想好きなんだ、俺は」

 

 特別、普通と随分どうでもいいことを悩んでいる。

 ここに入って魔導を学んでからふっ切ったはずの妄想だったのだが存外しぶといものである。

 優香に勝ちたいと思った最初の理由はそれだがそれだけでここまでやれる程の理由でもない。


「魔導は努力こそが最大の力となる」


 そう。どれほどの才能でも努力で埋めれると健輔は信じているのだ。

 特別だのなんだとのと体の良い言い訳に過ぎないだろう。

 そもそも、そういう人物たちが努力を怠っているわけではないのだから。


「自分の夢でこんなに恥ずかしくなるとか……最悪の目覚めだ……」


 手で顔を覆い悶絶する。

 2、3分程その体勢で固まっていたが感情が落ち着いてきたのを見計らって学校へ行く準備を始める。

 どんな朝を迎えようが変わらず学校はあるのだ。

 学生としての本分を果たすため健輔は洗面所へと向かうのだった。




「健輔さん、凄い顔してますが何かあったんですか?」

「あ、ああ、ちょっと夢見が悪くてな」


 あなたのことを夢で見たせいです、とは言えない。

 何よりそれは言いがかりの類だろうと己を強く律する。

 心のどこかで思うところがあったのだろう。

 だからあんな夢を見たのだと心を落ちつける。


「本当に大丈夫ですか? 先程よりも辛そうな顔をしてますけど」

「体調は本当に大丈夫だよ。そもそも、寮監を誤魔化せないからそこまで心配しなくていいさ。ありがとう」

「それならいいんですけど……」

「まあ、精神的なやつだよ。気疲れってやつ」

「緊張感ですか?」

「そんな感じかな」


 実際、かなり長期に渡るこの大会は健輔が当初思っていたよりもずっと厳しかった。

 魔導は精神状態の影響を強く受ける。

 良いテンションなら実力以上のものがでるし、その逆もまた然りだ。

 真由美を筆頭とした先輩たちのメンタル面が安定しているのはこの辺りを乗り越えているからだろう。

 力の抜き方を心得ている。

 1つの試合ごとに健輔はかなり心身を消耗している。

 らしくない考えを夢で思い出してしまったのもきっとそれが原因だろう。

 今日は試合もあるというのに散々なスタートである。

 隣で心配そうな顔をしている相棒に笑顔を向けて問題ないことをアピールする。


「大丈夫だって。そんなに心配しなくていいよ」

「何かあったら直ぐに言ってくださいね? 健輔さんは『天空の焔』などの強敵と戦う時に必ず必要なんですから」

「おう、任せとけ!」


 胸を叩いていつも通りの様子を見せるとようやく安心したのか優香の目尻が柔らかくなる。

 健輔はそんな相棒の様子を見ながらふと思った。

 この少女はどうして魔導やっているのだろう、と。

 自分の凡人の妬みのような理由とはきっと違うはずだろう。

 機会があれば聞いてみたい、と健輔は思うのだった。





「ああ、もうやりづらい!」


 後ろから追いかけてくる魔導師相手に僅かな苛立ちを感じるも健輔は油断なく魔力を回し続ける。

 朝の一幕をふっ切って彼は試合に臨んでいた。

 時期は9月の第3週――夏休みが終わってもうすぐ1月になろうとしていた。

 連続する試合の中での気の抜き方もようやく感覚としてわかってきていた。

 今日は本来ならそんな緊張続きで出せていなかった実力を発揮できるはずの日だったのである。

 しかし、健輔の立てていた予定は残念なことにリーダーである近藤真由美から本気禁止令発動により敢え無く崩れ去ってしまった。

 正確には本気ではなく得意を封じられたのだが、どちらにせよいつも通り戦えないのは間違いない。


「ああ、もう!! しかも試合形式はレースだしさ!」


 シルエットモードの得意なパターンの相手を封印すること。

 真由美から言われたことはそれだけである。

 もっとも、それが今の健輔には致命傷になってしまうわけだが。

 高機動モードたる優香、大規模火力の真由美、必殺パンチの葵と3種類を封印されてしまった健輔は普通の魔導師に毛が生えた程度までランクダウンしていた。


「あー、もう、困った困った」


 口ではそう言ってるものの不利な状況に笑みを浮かべる。

 どちらかと言う今までの試合が贅沢に過ぎたのだ。

 有利な状態で戦えるのは健輔では中堅辺りが限界だ。

 健輔程度ならある経験を積んでいる3年生の魔導師辺りならば特別なものがなくても十分に足止めできる。

 昨夜考えたようにこのまま必勝パターンに捉われてしまえば、健輔の持ち味は死んでしまうだろう。

 真由美の本意がそこにあることはなんとなくだがわかっていた。

 だから文句を言いながらも健輔は従っているのだ。


「我ながら単純なことだよ。本当にさ」


 裏を返せば真由美は健輔がまだまだ上に昇れると信じているのだ。

 素直に嬉しかったし、期待に答えたい。

 そこまで期待されたことなど今までなかった。

 何もしてこなかったのだから、当然なのだ、

 にも関わらず才能を僻んで『特別』だなんだと言っていたのだ。

 はっきり言ってカッコ悪いなどと言うものじゃないだろう。


「朝のあれは行動で返上しないとな」


 心のどこかにまだあの考えが残っているのだ。

 だから、夢で出てきた。

 健輔はそのように信じている、ならばそれを払拭する方法は1つしかない。

 レース形式の試合は両チームのポイントの総和を争う。

 撃墜もあれば、純粋に速度を競う必要もある割と難易度の高い形式だ。

 ある意味で今までにないパターンを模索するのにちょうどいいだろう。


「先輩たちには先に行ってもらったし、後ろのやつを潰して前のやつを妨害する」


 今の両手を塞がれた自分がどこまでやれるのか。

 健輔はそれを確かめるように背後の魔導師に戦闘を仕掛けるのだった。




『白の8番――佐藤選手が赤の7番の花沢選手に仕掛けます! 前方でも交戦が始まってますがミッションの終了タイミングでの戦闘、これは作戦通りなのか!?』

「いやー健ちゃんは多分適当にやっただけだと思うな」

「だろうな。あいつの嗅覚は割と精度が良い。うちでは葵に次ぐぐらいだろうさ」


 実況の盛り上がる声に冷静に返す2人。

 最終組として出場する真由美と早奈恵のコンビだった。

 傍では優香が心配そうに投影された映像を見守っている。


「うん、最近ちょっと似たような動きばっかりだったけど意識させたら改善したね」

「お前に肉薄した時と変わらない切り替えだな。無意識下で魔導機に負担を掛けるのを避けていたんだろうよ。あいつにそういった細かい計算は似合わん」

「御2人共、どういうことですか? 今朝健輔さんの様子がおかしかった理由をご存じで?」

「ん? 健ちゃん、体調でも悪かったの?」

「いえ、精神的にちょっと考えることがあったとおっしゃってましたが」

「ああ、うん。それは私のせいかな。ちょっとシルエットモード封印令を出しましてね」


 真由美の言葉に優香は信じられないと言った表情をする。

 誰だって得意技を封印されたら悩んだ様子の1つや2つ見せるだろう。

 真意がわからず優香は非難するような視線を真由美に向ける。

 後輩の正義感溢れる視線に真由美は苦笑する。


「別に理由がないわけじゃないよ? 現に最近硬かった動きが解れてるでしょ?」

「それは……」


 優香も公式戦に入ってから健輔の動きが妙に硬いとは思っていたのだ。

 パターンに入ってるといえば聞こえはいいがそれは安易な考えだろう。

 健輔の持ち味は変幻自在な戦法だったのだ。

 時には自爆すらも戦術に組み込む姿勢が最大の武器だったのに強くなるのに合わせてそういった部分が弱くなっているのは優香も感じていた。

 正当に伸びている健輔に邪道に戻れなどと優香は言うつもりはなく実質放置していたのだが、目の前の先輩は同じ判断ではなかったらしい。


「常に迷って貰わないとね。これが正解だ! なんて安易に決めつけられたら逆に困っちゃうかな。ま、あれだけで察してくれる辺り健ちゃんは聡いよね」

「普段は鈍感な様を見せているがな。つくづく葵に似ている。実は本当に血縁じゃないのか? 和哉辺りは真剣に疑っていたぞ」


 2人の会話が終わった辺りだった。

 わ、と言う歓声共に会場の雰囲気が変わる。

 試合数の増加に伴い、それほど多い人数が会場にいるわけではないが暇を持て余した大学部の学生などを筆頭にそこそこの人数はいるのだ。

 そんな彼らが盛り上がるなら理由は1つだろう。

 試合の趨勢がどこかで動いたのだ。

 

「健輔さん……」


 誰が動かしたのか、結果を聞くまでもなく優香は確信していた。

 この学園で健輔本人を除けば彼の実力を把握しているのは間違いなく優香だろう。

 だから確信を持って言える。

 健輔は強くなったと。


『花沢選手撃墜! 佐藤選手がフリーになったぞ! 第1レース、まだ行方はわからない!』

「今は試合に集中しましょう……」

 

 そんな相方に恥じないように自分ももっと強くならないといけない。

 対『天空の焔』では優香もまた重要なメンバーの1人なのだから。


 各々の決意を胸に時は進んでいく。

 泣こうが笑おうが激突の時は来るのだ。

 天空の焔との戦いまで後2戦。

 本当の戦いが待っている。

 そして、それは彼らだけでない。

 他の強豪チームも明暗が分かれ始める時でもあった。


最後まで読んでいただきありがとうございました。

健輔の心情回です。

ちょっと大会編なのにきちんとした試合描写があんまりないですが、そろそろですのでお待ちください。

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