第58話
『試合は『クォークオブフェイト』の優勢となっています! 前評判通り、いえそれ以上の強さを見せて進撃する『終わりなき凶星』が作り上げた新興チーム! 隙がありません!』
熱く盛り上がる実況を聞きながら健輔は特に変わりのない戦場を眺める。
叶うことならばその場に自分もいたかったが今回は無理そうであった。
溜息を吐きつつ隣に座る剛志に話し掛ける。
「こりゃ、出番なさそうですね」
「そうだな。お前のことは少し温存したいのもあるだろうし、今日は出番がないだろう」
「……嬉しい様な、悲しい様な……」
交代として控えていたが勝負の大勢が決してしまったため一気にやる気が抜けていく。
警戒されることは嬉しいが結果として出番がなくなってしまうのは健輔的には嬉しいことではなかった。
「何よー、健輔はまだいいじゃない。私なんか公式戦、ちっとも戦えてないんだからね」
「そりゃ、葵さんはエースなんだからなるべく隠すでしょう。こっちは1年の遊撃ですよ」
「関係ないわよ。まあ、真由美さんの意図もわかるから今は大人しくしておくけどね」
「そこまでにしておけ。言ったところで結果は変わらん」
「う……すいません。つい……」
「はいはい、了解了解」
剛志の僅かに込められた怒気に健輔は謝罪する。
葵のおざなりな態度を無視して剛志は再び試合に集中していた。
まだ終わっていないと言いたいのだろう。
健輔も改めて気を引き締めて試合の行方を見守るのだった。
「残念ながらお目当ての人は出てないみたいですね、クラウ」
「そうですね。ですが、代わりに『蒼い閃光』について確認できたから問題ないですよ」
観客席から試合を見守る2人の美少女。
1人は早くも『雷光の戦乙女』と呼ばれ始めている『天空の焔』の1年生エース――クラウディア・ブルーム。
日本と言う単一民族の国では目立つその容姿を惜しげもなく晒して抜群の存在感を見せていた。
対するもう1人はごくごく普通の日本人女性と言った体である。
ただし、所作の丁寧さから良家の子女と言った印象を受ける。
着物が似合う美人というべき彼女は『天空の焔』所属の3年生――坪内ほのかである。
2人は今日出場していたメンバーについて意見を交わす。
『クォークオブフェイト』――新興チームだが間違いなく今大会において上位に食い込む優勝候補の1つだ。
単純な総合力では間違いなく彼女らの『天空の焔』の上をいくだろう。
「まずは近藤真由美。『終わりなき凶星』の2つ名を持つ国内最強の後衛魔導師。クラウは彼女についてどう思いますか?」
「データでは知っていましたが実物は桁違いですね。向こうで『女神』の試合も見ましたけど確かに距離さえあれば勝てますね」
同じチームにいるからこそ健輔は真由美の本当の怖さと言うものを実感できていなかった。
魔導戦闘はその特殊性もあり全てが従来の常識通りという訳ではないが戦闘教義というものはそうそう変わるものではない。
火力――それの重要さは何も変わっていないのだ。
「『凶星』の火力もそうですけど、個性的なメンツを集めたようで意外と手堅く纏まっています。交代を活用すれば穴と呼べる部分はほとんどないでしょうね」
『アマテラス』がバランスの良さで総合力を高めているのなら、真由美たちは結果的にバランスが良いとでもいうべきだろうか。
個々に見ると凸凹だが全体で見ると綺麗な円になっている。
真由美が意図的にそう言ったメンツを集めたというのもあるが、個々の特性がうまくかみ合っていた。
「難しいチームです。『凶星』の火力が目を引いてチーム力が正当に評価されてないですね」
「そうですね。クラウから見て弱点はどこかしら?」
先輩からの問い掛けに美貌を少しだけ歪めて考え込む。
弱点と言っていい部分ははっきり言って見当たらないのだ。
あえて弱点と評するならば、
「個々のタレントが強い、というところですね。本質的にチームプレイをしているという訳ではないというのが弱点かと」
自信はあるが言った本人であるクラウディアがその部分を弱点と称するには中々無理があると思っていた。
手堅い故に連携の甘さを弱点と表現したのだが、そんなものを問題としないほど個々が強い。
「結局、正面から押すしかないという感じですね」
「そうですね。『黎明』の選択は大筋で正しかった、ということだと思います。あのレベルでないと不意打ちにならない」
下手な小細工はパワーとテクニックで押し切れる。
そう断言できるほどには強い。
「連携の荒さは個々の強さでカバーしているし、苦手分野を考慮しなければ十分以上に全員有力な選手」
「1年生も有望……なるほど優勝候補になるわけです」
新興ながら優勝候補になるのが分かるほど隙がない。
今日の観察で確認できたのはそんな既にわかっていることだけだった。
「では、当初の予定通りに核を崩す感じの作戦になりますね」
「先制で崩してしまえば後はこちらのものです。混沌とした殴り合い、双方望むところでしょう」
「クラウの相手は『蒼い閃光』かもしくは――」
「あの万能系。先輩は『破星』ですかね?」
「荷が重いですね。私なんて平均より少し上ぐらいですのに。去年の試合だけでもわかるくらい藤田葵はセンスに溢れてるますから」
言葉とは裏腹に楽しそうな先輩にクラウは本心を察する。
『天空の焔』――6期程前は決定戦まで残ったが創設メンバーがいなくなった後は中の上といったレベルまで落ちてしまったチームだ。
クラウがこのチームに入ったのは元の所属チーム『ヴァルキュリア』と関係があったからだが、彼女はこのチームを気に入っていた。
リーダーを筆頭に優勝に向けて秘かに邁進してきたその我慢強さに感服していたからだ。
「でも、負けるつもりはないのでしょう?」
「初めから負けるのを前提で戦うのはまず相手にも失礼だと思いますよ。どんな状況でも全力でやるから物事は楽しいと思ってます」
「……そうですね。失礼にならないように全力でいきましょう」
人種も年齢も違う2人は勝利が決まったフィールドを見ながら決意を新たにする。
この最初の関門が後の試合の行方を決定づけると言っても過言ではない。
壁が高いことに若干の憂慮とそれを上回る興奮を感じながら、今は勝利したチームへと拍手を送るのだった。
「ん……やっぱり、強い」
薄暗い寮の1室で配信されていた試合が終わった後の感想がそれだった。
人混みが苦手な彼女はチームメイトに同行せず映像で観戦を済ませていた。
実際に見ることで掴めるものもあるだろうが、彼女はあまりそういうものに重きを置いていない。
良く言えば理論的、悪く言えば経験を甘く見てるとも取れる学者肌の魔導師、それが彼女である。
魔導師が本来研究者であることを考えればどちらかと言えば彼女が方が正道になるはずなのだが、どういう事か当初の予想に反して魔導師は暑い体育会系ばかりになってしまっていた。
香奈子としては今の暑さは嫌いではないが、自分には合っていないと思っていた。
生来からのコミュニケーション能力欠如に関してはどうしようもなかった。
代弁者としてほのかが居てくれたため、リーダーなどをやれているが彼女抜きでは成立していなかっただろう。
「ん。……作戦通りいくけど、不安あり」
様々な問題はあったがそれを乗り越えて彼女たちはここにいる。
『天空の焔』の他のチームメンバーも自分のような根暗な女によく付いてきてくれている。
だからこそ、勝利で報いねばならない。
試合前にやれるだけのことはやらないといけないのだ。
幸いにも留学生であるクラウディアが加入してくれた事で不安だった前衛の脆弱さが解消された。
勝率はかなり上がっている。
それでも彼女は不安を消すことができなかった。
仲間を信じていないと言うのではない。
単純に相手が強いのだ。
「ん――近藤真由美、隆志。石山妃里、武居早奈恵」
3年生の4人だけでもかなり有名だ。
元々、全員アマテラス所属だったのだ、弱いはずがない。
脱退の経緯について香奈子は詳しくは知らない、が喧嘩別れではなく双方納得した上での離脱だったとは聞いている。
最強チームをわざわざ抜けてまでも付いてきたのだからその絆の深さは簡単にわかる。
「ん、全員厄介」
隆志のテクニカルな戦い方は『天空の焔』に馴染み深いものだ。
力を持たないものが技術でその差を埋めようとするのは古今東西変わらないことだろう。
そして馴染み深いからこそ、相手の熟練度がよくわかる。
こちら側で言うならばほのかに匹敵する人材だ。
『天空の焔』においてほのかはナンバー3。
それほどの相手が主力要員ではないのだから、新興チームとは思えない人材の厚さである。
妃里も同様に2つ名こそないが高ランクの魔導師だった。
そんなのがごろごろしている辺り優勝候補の筆頭に数えられるのも無理はない。
「ん。でも3年生は対処法もわかってるし、私は『凶星』とも相性がいい。――問題は2年生」
3年までなら確実に勝てる布陣を組める。
だが、ここに2年が入ると話が変わってくる。
――藤田葵。
彼女の存在が大きく香奈子の計算を乱すのだ。
なぜなら『天空の焔』側には彼女に対応できる人材がいない。
数で封殺しようにも、葵はその手の相手を潰すのがうますぎる。
距離を保って牽制に終始させれば押さえることはできるだろうが、1人に対して3人は拘束されてしまうことになる。
それでは意味がない。
「ん……。ほのかに押さえて貰って1人援護に回す。クラウに誰かを落としてもらって。私が『凶星』を落とす」
綱渡りもいいところであった。
クラウディアは強力な前衛だがそれにさえ対応できる人材が存在している。
『蒼い閃光』――九条優香である。
姉の桜香の威光に隠れて目立っていないが間違いなく強力な魔導師なのだ。
1年生だからと甘く見ていい相手じゃない。
そして、ここまででも頭が痛いのに最後に厄介な奴が残っていた。
「ん――佐藤健輔、万能系。ここが1番危ない」
有力な選手を当てる程ではないが、かと言って平均的な魔導師だと食われる。
エースを当てても10分は粘るだろう。
はっきり言って脅威的な生存能力だ。
味方ならば頼もしいが敵ならばこれほど鬱陶しい魔導師はそうはいないだろう。
「ん、……どうしよっか」
リーダーとしてあらゆる状況を想定しながら作戦を詰めていく。
勝つために立ち止まる時間などないのだから。
「お疲れー、公式戦初撃墜おめでとさん」
「ありがとう。今日は調子がよかったよ」
試合が終わった圭吾に健輔が声を掛ける。
終わってみれば試合は順当な結末だったが、やっている方にそんな余裕はなかっただろう。
疲労感を感じさせる圭吾の表情がそれを物語っていた。
「傍から見てもわかるくらいには決まってたぞ。逃げ場なき蜘蛛の巣とかかっこいいこと言われてたしな」
「正直、試合中は余裕がなくてそれどころじゃなかったよ。相手が破れかぶれに自爆でもしてくるかと思うと気が気じゃなかったしね」
衝撃的な陣地ごと相手を巻き込んだ自爆という『黎明』の作戦は良い意味でも悪い意味でも話が広がった。
まだ健輔たちは遭遇していないが魔導師の自爆率が高くなっているのとことだ。
その一端を担ったのは間違いなく健輔でもあるが、最大のインパクトを与えたのは『黎明』であった。
「本当、無事に勝ててよかったよ」
「こっちは安心して見てたけどな」
和やかな雰囲気で語り合う2人。
そんな2人に真由美が笑顔で声を掛ける。
「2人ともお疲れ様」
『お疲れ様です!』
真由美は機嫌良くにこやかな笑顔だが、どこか真剣な目をしていた。
これは何か厄ネタを持っている。
健輔の磨き上げられた直感がそう囁くが回避することは不可能である。
大人しく背筋を伸ばして話を待つ。
「圭吾君はご苦労様。初試合で疲れてるだろうし、今日はゆっくり休んでね。来週の試合は健ちゃんで行く予定だから」
「はい! 次はいつになりますか?」
「健ちゃんが出た試合の次かな。2人でローテーションしてもらうつもりだよ」
「わかりました。ありがとうございます」
情報をある程度抑える意味でも露出回数は少ない方がいい。
既に情報がほとんど確定している3年がメインになるのは仕方ないことだろう。
1番秘匿されている葵は不満を表しているがチームでの優勝のためだと真由美は押し切っていた。
ここら辺の判断で情に絆されることはないのが彼女の特徴である。
リーダーとして頼もしいのは間違いないが少し厳しすぎると感じるのもまた事実だった。
「さてと、それで来週の出場に当たって健ちゃんにお願いしたいことがあるんだけど大丈夫かな?」
「へ? はあ、内容を教えて貰えるなら考えた上で返答しますけど」
「それじゃあ、端的に伝えるね。来週と言うか、今後格下と判断されるチームと戦う時は得意なシルエットを封印してね」
「はい。……うん? ……はあ!?」
健輔はいきなりの封印という言葉に叫び声を上げる。
突如振りかかって来た謎の縛りプレイに抗議の声を上げるが、最終的には真由美に押し切られることになる。
真由美が考えた対『天空の焔』用の作戦はこの時から既に始まっていた。
試合を進めながら影でぶつかり合う両チーム。
強敵に対抗するためあらゆる手段を用いて、双方は僅かでも勝率を伸ばそうと足掻くのであった。




