第55話
「魔導が無かったら暑いと愚痴ってるような暑さが続くな」
「秋なのにね。体感的には暑くないけど精神的には暑いって感じかな」
始業式から1週間たち9月ももうすぐ半ばという頃合いにも関わらず茹だる様な暑さは変わらない。
健輔と圭吾の2人は魔導の恩寵を噛み締めながらアイスを食べていた。
「甘いな」
「甘いね」
午前の講義は一通り終わり2人揃って空き時間が生まれたため彼らは敵情視察も兼ねて試合観戦に来ていた。
真由美から大会の開催に当たって強豪チームの情報は健輔たちにも伝えられていたためどこのチームの試合を見に行くかはあっさりと決まっていた。
「最初の強敵、チーム『天空の焔』か……」
「確かに強いよね。あの外人さん」
『沢北選手撃墜! 『天空の焔』の交換留学生クラウディア・ブルーム選手、圧倒的な強さを見せつけています! これが新系統『変換系』の力なのでしょうか!』
「変換系か。確かヨーロッパのやつだったよな?」
「うん、新しい系統でかなり強力みたいだよ。見ればわかるとは思うけど」
圭吾は笑い混じりで誤魔化したが目は真剣だった。
クラウディア・ブルーム。
元々は欧州の世界戦常連チーム『ヴァルキュリア』に所属していた今年で1年生となる新鋭の1人である。
変換系、または変化系という去年開発されたばかりの新しい系統の使い手でありその戦い振りから『雷光の戦乙女』という2つ名が既に付いている。
凛々しいその佇まいは女騎士と言うべきか、本職ではないかと思える程様になっていた。
「これは確かに強いわ。俺も使えるのかな?」
「どうだろうね、やってみればいいんじゃないかな。試したことはないの?」
「あるんだけどやっぱ見たことないと無理見たいでさ。これでもしかしたら使えるようになるかもしれないけど」
2人が話す間にも試合はクラウディアによってどんどん『天空の焔』有利になっていた。
相手チームも決して弱くない。
しかし、新しい系統に対応し切れていない上にクラウディア本人の素質も控えめに評価したとしても間違いなく学園上位にいる。
見慣れぬ系統と高度な白兵能力が組み合わさって無類の強さとなっていた。
「あれはダメだわ。多分全力優香ぐらいはあるな」
「物理速度なら最高クラスだろうからね。雷速は反則だと思うな」
変換系――別名変化系とも言われるこの系統の特徴は【魔力で別の現象を再現する】というものだ。
雷のように見えるそれは魔力で再現した雷であるが、本物と寸分違わない物のためそれが持ち得る特性を再現する。
この系統の恐ろしい所は今クラウディアがやっているように雷を纏うことで攻撃力を上げたり、圧倒的な速度で雷撃を飛ばしたりとあらゆる距離で戦えることである。
なんでもかんでも再現できるわけではなく、特性が合うものでないといけないのだがその強力さは1年があれほど容易く無双できていることで分かるだろう。
新系統であり、今後のスタンダードな系統になるのではと思われる変換系だが弱点もある。
いくつかある対抗策で1番有効なものは破壊系であった。
どれほど再現しようが根元の部分は魔力のためそれをぶち壊しにくる破壊系とは相性が悪い。
『大村選手撃墜! チーム『天空の焔』の勝利です!』
「あそこが最初でしかも今回は出てなかった相手リーダーもやばいかもしれないんだろ?」
「みたいだね。僕たちなんかまだまだひよっこだね」
フィールドから出ていく金髪の美少女を見送り溜息を吐く。
今までは自分のことで精いっぱいだった2人も多少余裕が出てきた。
だからこそ、一筋縄でいかない相手ばかりなことに頭が痛くなってくるのだった。
「ふーん、そんなに早いんだ。私のパンチ当たりそう?」
健輔たちは試合の観戦を終えて部室に向かった。
真由美たち3年生は何やら用事があるらしく部室にはいなかったが代わりに2年生たちがいた。
「どうだろうねー。私も見に行ったけど葵とは相性が悪い感じがするかな。あ、私のクッキー、取らないでよ!」
「同感だな。確実に勝利を狙うなら九条の全力。対抗が剛志。――おい、買ってきたのは俺だろうがそこの女捨ててる2名、食い過ぎだ」
「大穴は健輔、お前だ。……そして貴様らは後輩に配慮してやれ」
2年生たちの意見は大体似たようなものらしい。
実際に見た健輔としても同じような意見だった。
同級生たちの意見に不服なのだろう。
頬を膨らませた葵は文句を言い出した。
「ちょっとーどうしてそんなにあっさり却下されるのよ。理由を言いなさい、理由を」
ブーブーと口でブーイングしてくる葵に真希たちは心底めんどくさそうな顔を見せる。
香奈はここに至るまで完全スルーの様子を見せている。
仲が良いのか悪いのか、纏まっていないようで纏まっている先輩たちである。
「もう、葵はこうなるとめんどくさいよね」
「説明しろって言われてもなー。あおちゃん、わからないの?」
「私が自分の負ける理由なんて考えるわけないじゃない」
ある意味で潔い返答だった。
葵の返答に香奈と真希は頭を抱える。
特に香奈は通常でも割と乱れている髪形をさらに掻き乱して苛立っていることを表していた。
「お疲れ様です。真希さん」
「ふ、葵先輩ももうちょっと考えましょうよ」
「圭吾君は優しいね。お姉さん癒されるわ……」
「健輔は失礼ね。それといい加減私のこと名前で呼ぶのに慣れなさいよ! なんだったら今から模擬戦する?」
「なんで拳……。真由美さんの言いつけに逆らっていいんですか? 明日も試合で俺スタメンなんですけど」
「ちっ、運がいいわね」
ドンドン脱線していく会話に健輔も頭痛を覚えそうになる。
葵のことは嫌いではない、むしろ好いている部類だがたまにすんごくめんどくさくなるのは勘弁して欲しかった。
「まあ、健輔は置いておくとして理由を教えてよ。変換系だっけ? 割と戦えるの楽しみにしてたんだからね」
「簡単だ。お前の攻撃が当たらん」
葵の疑問に和哉がすっぱりと答えた。
葵は少しだけ目を細めると納得したかのようにそれ以上の追及を行わなかった。
和哉の見解に納得したのか特に口に出すことなく続きを待つ。
「お前の好みは真っ向から遣り合えるタイプだろ? 変換系は再現する事象にもよるがお前の希望を満たすことは少ないと思うぞ」
「その心は?」
「魔力で現象を再現する。炎とか雷とか、後は氷とかな。わかりやすいところはそんなものだが、お前の拳と真っ向から遣り合う意味があると思うか?」
「ないわね。なるほどね、そういう子なわけか。だったら健輔に上げるわ。私はあの暗そうなリーダーを殴りましょう」
「安心しろ、おそらく真由美さんも初めからお前はそっち用で考えてるよ」
天空の焔で強く警戒すべき相手は2名。
1人は留学生のクラディア。
もう1人が恐らく固有能力を発現しているだろう現リーダーである。
クラディアに対する対策は健輔か剛志を当てしまえば解決する。
しかし、もう1人のリーダーには別の問題があった。
現状、天空の焔も全力を出さずに相手をできるチームばかりのせいもあり詳細な情報が不明なのだ。
「クラディアはおそらく健輔が対応する。変換系は強力だが融通が利かない。端的に言って健輔のカモだ」
剛志の意見は内心健輔も考えていたことだ。
固有能力を発現させたものは大抵の場合かなりの力押しが可能となる。
優香然り、真由美然りと大きく地力を引き上げるものが多いからだ。
そこに1年生で経験が少ない健輔をぶつけるのは無謀極まりない選択肢だった。
健輔の戦い方はその性質上どうしても敵について情報を多く必要とする。
地力で勝る上に情報を知らない相手だと1撃で終わる危険性があった。
そのため健輔は敵リーダー対策に使えない。
「じゃあ、俺はあの雷に対応できる方法を考えないといけないって訳ですね」
「健輔ならやれるでしょ。葵は細かいこと考えないでパンチしたらいいからねー」
「ねぇ、ちょっと1回私の扱いについて真剣に話し合わない? みんな、私のこと舐め過ぎだと思うんだけど」
「え? ああ、うん、そうだね」
「そこに直りなさい、香奈。さっきの発言といい、教育的指導が必要みたいね」
わー、と掛け出す香奈を追い掛けて葵が部室から出ていく。
部屋に残された一同は顔を見合わせると大きく溜息を吐き、
(そんなんだから言われるんだろう)
と心の中で思うのだった。
「そっか、あおちゃんがねー。ま、仲良く喧嘩してる内は別にいいんじゃない? 香奈ちゃんも加減はわかってるでしょ」
「真由美のやつも似たような事を去年言われてたからな。もはや、伝統だと思って諦めてくれ」
事の顛末を聞いた真由美と隆志は楽しそうに笑いながらそう言った。
「それよりも健ちゃん、変換系はやれそうな感じする?」
「圭吾にも聞かれたんですけど、ちょっと難しいかもです。ただできない感じもしません」
「うーん、仮想敵に使いたい感じもあるから、ちょっと後で試しに行こうか。次の試合は真希ちゃんとかで対応してもらう形にするから少し気合を入れてやろう」
「了解ッす」
詳細な情報がない敵リーダー赤木香奈子に真奈美はかなりの危機感を抱いていた。
初戦の試合データは後で真由美も確認したため、早奈恵が言いたかったことの危険性が彼女には理解できていた。
赤木香奈子は現在3年生で天空の焔のリーダーを務めているがそれ以前の詳細なデータはほとんどない。
過去2年間1度も公式戦に出ていないのだ。
「健ちゃん、そんな訳だから後でクラウディアさんの戦闘データを確認しようか。一緒に見れば何かアドバイスもできるかもしれないしね」
「ありがとうございます」
「うん、いい返事です。……さなえん、頼んでいた奴について発表してもらっていい? あおちゃんもいつまでも怒ってちゃ可愛い顔が台無しだよ。……それにこれを見たらきっとやる気がでるんじゃないかな?」
「真由美さん?」
「天空の焔のリーダー赤木香奈子の試合だよ。彼女、第1試合は出てるんだ、そこでさなえんが強敵認定したの。見れば理由がわかるよ」
意味深な真由美の言葉だった。
普段は直接的な物言いが多い彼女があえて直言を避けたのだ。
そして、健輔たちはその理由を直ぐに理解した。
あの『黎明』と戦った同じ日に『天空の焔』も試合を行っていた。
その試合の映像が全てを物語っていたからだ。
「へぇ……。面白いじゃない」
葵の好戦的な言葉が静かな部室に響く。
健輔たちが見た試合はもはや試合とは言えないもの、ただの蹂躙劇だった。
黒い閃光が陣を走り1撃で相手を消し飛ばす。
相手側の障壁は問題なく発動しているにも関わらずまるで紙を引き裂くかのように消し飛ばされる。
戦闘スタイルは真由美と同じ後衛砲撃型。
だが、収束率は試合映像から見ても分かるほど乱れている。
真面目な話1年生の健輔よりもひどい収束率だった。
「なるほど……。確かにこれは変ですね」
葵が獲物を見つけたような表情になる。
破壊力と技量が明らかに釣り合っていない。
また収束系を使用した際に見られる魔素が集まる光景が見られないため、収束系を持っていないことがわかる。
「明らかにメインが収束ではない砲撃型。これの厄介さがわかるだろう?」
「固有能力ではあると思うが一体どんな系統なのかもわからないですね」
映像の中で黒い魔力光を纏う女性は覚悟を決めた瞳をしている。
「上位2つ名持ちは自分の系統情報などが公開される。試合で認定されればな」
「でも、この人は今までの試合出場経験はなし。間違いなく練習で固有に覚醒したんだろうね。その上でほとんど情報を秘匿してここにいる」
「切り札ですか……。いいですね、やる気が出てきました」
先程までの不機嫌はどこに行ったのか。
楽しげな笑みを浮かべて葵は敵を見定める。
健輔は葵の様子と未知の強さを持つ敵にワクワクした気持ちを感じる。
――早く戦いたい。
葵はまだ見ぬ強敵へと思いを馳せ、健輔は逸る気持ちを押さえて変換系への対策法を考える。
そんな良い空気を吸っている2人の様子を周囲は生温かい視線で見守るのだった。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
今週1回目の更新なんで最低後2回更新があります。




