第54話
第3章開幕、みなさんよろしくお願いします。
次代の世を担う若者たちを教育する機関。
それが学校というものである。
魔導を教える学び舎『天祥学園』でもそれは変わらない。
――9月。
多くの学生にとっては長期休暇たる夏休みが終焉を迎え、学校へと登校が始まるいやな月として記憶にあるのではないだろうか。
数多の学校と同じように夏休みが明けて始業式を経て2学期が始まるのは天祥学園も同じである。
しかし、1点だけ異なる意味合いを含んでいる。
それは――
『試合開始から15分! 僅か15分で試合の趨勢は既に『クォークオブフェイト』の圧倒的な優勢を迎えようとしています! ああ、また撃墜です! チーム『ブルーオーシャン』手も足も出ない!』
――戦いの幕開けを意味するということだった。
『佐藤、残りは3人だが油断するなよ。相手のエース級は残っている』
「了解です! 確かブルーオーシャンの1番強い人は後衛でしたっけ?」
『ああ、『黎明』の新山よりも少し下、その辺りの実力者だ』
勝敗は既に決している。
相手は3人が落ちて、こちらは消耗もほとんどない。
盤石の態勢だった。
しかし、彼らに『クォークオブフェイト』に油断などない。
黎明がそうだったように、隠し玉がないとは言い切れないからだ。
「何かされる前に潰す!」
真由美の砲撃で壊滅的な被害を被った彼らはエースを支えになんとか陣形の再編成を行っている。
それを黙って見ている真由美ではない。
チーム内で最高の機動力を持つ優香とそれに追随できる健輔を先行突入させて妨害を図っていた。
「流石に早いな……」
既に戦闘を開始している優香に僅かに遅れて健輔も相手と交戦に入る。
相手は前衛1で後衛2.
優香が前衛と後衛のペアを相手にしているため、残った後衛1――相手のエースを健輔が押さえる。
「『陽炎』! シルエットモードA!」
『了解しました』
夏休みの最後の週で再調整を掛けられた陽炎は成長した健輔の能力を受け止めきれるようになった。
この試合は『クォークオブフェイト』の第2戦なのだ。
無様な試合は許されない。
新品同様にレストアされた相棒と共に健輔は試合を決めるべく相手のエースに葵印の必殺パンチをお見舞いするのだった。
「はい、お疲れ様でしたー。いやー、無事に勝てて本当によかったよ」
時刻は午後4時を過ぎたあたり、部室に真由美の声が響く。
今日は天祥学園の2学期が始まった日――始業式である。
午前中に式は終わったが運悪く、いや運良く初日から彼らには試合があった。
初戦が大荒れの内容になったためかなり警戒をしながらの試合運びだったが『ブルーオーシャン』に『黎明』程の思い切りの良さはなかったらしく下馬評通りの試合運びとなり無事、勝利を飾ることができたのだった。
「1年たちも見違えたぞ。特に健輔と優香はよく頑張った」
「うっす」
「いえ、皆様のご指導の賜物です」
和やかな空気の中試合の振り返りは始まる。
これからはこうした日々が続いていくことになっていく。
天祥学園魔導大会国内予選がついに始まったのだった。
天祥学園魔導大会。
魔導大会と謳っているが魔導師の育成を行っているのは日本国内では天祥学園だけであるため実質校内大会と変わらないものである。
にも関わらず、他のスポーツと変わらない規模で大会を行われているのは特殊な学園であることと、大会が授業としての性格を保持しているためであった。
授業との互換に関してはカリキュラムも整備されてきたため、かなり高いレベルで纏まっている。
世界に散らばる姉妹校と魔導という技術の将来性の高さから集まる資金。
それらが組み合わさることでこの特殊な大会が無事行われているのだった。
もっとも、授業としての性格を併せ持ったため、余計な作業も発生していた。
1日に行われる試合は平均10試合。
それを約4ヶ月掛けて行う総当たりのポイント制の大会になったのは授業という体面を守るためである。
放送部の部長が愚痴っていたように手間が掛るのは確かだがただのスポーツ大会に留まっていないという事情があるため勝ち抜き戦にできなかったのだ。
他にもざま様な事情があるが大多数の選手たちはそんなことには興味がなく、ただ己の目的・夢を達成するために邁進しているのだった。
「なるほどね、それでこんなに試合数多いのか」
「今回は47チームのエントリーがあったようなので自分たちを除くと46チーム。1週間に3試合こなす感じになります」
「うへ、強行軍というか厳しい日程だな」
健輔は優香から大会の経緯について説明を受ける。
理由について納得はできたが試合数の多さの前にはめんどうな気持ちが湧きおこるのもしょうがないことだろう。
「勉強の秋、運動の秋か……。俺たちどっちもやりすぎじゃない?」
「ふふ、そうですね。魔導師を目指している人はみんな勤勉で努力家ばかりですね」
どれほど魔導戦闘を行おうとも普通の勉強もしなくてはいけない。
こんな強行軍で授業を恙無く進行させることができるのも魔導の恩寵があればこそだった。
「しかし、こんだけ試合があると練習を控えめにする理由もわかるな」
「そうですね。真由美さんから朝の魔導戦闘を禁止されたのも試合数が理由なんでしょうね」
配布された試合スケジュールを見ながら脅威の試合数に噴き出しそうになる。
何より10月の半ば、中盤戦に入ろうとかと言うところに書かれたチームの名前が健輔の眼を引いた。
『アマテラス』――総当たり形式のため覚悟はしていたが、いざその日を確認すると緊張してしまう。
「ポイント上位がそのまま出場だったっけ?」
「はい、ポイントの上位が3チームならそのまま世界へ。逆に同ポイントのチームが3チームより多いなら1番ポイントの低いチームで決定戦があります」
「そっか。じゃあ、これが最後の戦いになるかもしれないんだな」
「そうですね。……負けられない戦いだと思います」
各魔導学園に渡された出場枠はアメリカ3、日本3、ヨーロッパ4で今年も確定した。
3チームの枠とはその枠である。
全勝すれば確定で世界大会へ、1敗でも脱落という訳ではないのでそこまで意識する必要はないが全勝狙いの方が健全ではあるだろう。
無論、そこに至るまでには険しい山が存在していた。
立ち塞がる強豪チームたち、前半に天空の焔、ツクヨミ。
アマテラスの前に魔導戦隊と強敵は大勢存在している。
1敗が後半になればなるほど大きく圧力を掛けてくることになる。
「ま、気楽って訳ではないけど今から緊張しても仕方ないしな。程良く力を抜く感じでいこう」
「大丈夫ですよ。私もちゃんとわかってますから」
現在チームの主力要員として攻撃を担当する2人に気負いはない。
まだまだ先にあるアマテラス戦の事を今から考えても仕方ない、と心を切り替える。
目先の事からしっかりと取り組むべきだと、2人は魔導機の調整に向かうのだった。
顔馴染みになってきた受付の女性に許可を貰い、2人は叢雲のラボにやってきた。
夏休みの最後の週は休みとして部員全員が思い思いに過ごしていたが、その間彼らの魔導機は分解整備を受けていた。
特に成長が激しい健輔の『陽炎』はバージョンアップも兼ねて徹底的な改修を受けたのである。
今日はその細かい内容について、データ取りついでに開発主任に聞きに来たのだ。
「あら~2人共早いですね~」
「どうも、暇だったんで早めに着てみました。ダメでしたかね? 里奈ちゃん」
「そんなこと~ないですよ~。どうぞ~座って下さい~」
「失礼します。大山先生」
里奈の勧めに従って2人は椅子に座る。
里奈のブースというべき場所には剥き出し状態の魔導機が並んでおり何かの計測を行っているようだった。
「それは?」
「負荷測定ですね~。夏の間のデータで~特に大きく~変わってた子は~ちゃんと見ないとダメですから~」
里奈はそう言うと何かのデータを纏めたカルテのようなものを2人に渡す。
「これって……」
「優香ちゃんと~佐藤くんのデータですね~。……う~ん、やっぱり今のやつだと~ちょっと厳しそうです~」
「厳しい、ですか?」
問われた里奈は少し寂しそうに頷いた。
机に置いてある魔導機の1つを優しく撫でながら話し出す。
「みんな~夏はすごく伸びるんですよ~。公式戦前の~モチベーションも~ありますからね~」
そして魔導機たちは大抵その急激な成長についていけない。
ある程度、設計段階で余剰は用意されているが専用機までいくような魔導師は僅かなバランス変化が致命的な自体を引き起こすため厳格に管理されていた。
子どもに武器を与えるからこそ、その辺りは相当な気配りがされている。
特に日本にあるこの天祥学園では他の学園よりも1歩前に進んでいた。
「悪いことじゃないんですけど~。改良するぐらいなら~基本は新造の方が~早いので~。2人のやつは~送られてるデータから~わかってたんですけど~やっぱり直前になると寂しいですね~」
そうやって多くの魔導機が実際の戦場に赴く前に役目を終えることも少なくない。
健輔と優香のものは元々試作機であるため、ある程度のデータや構成は次代の機体が引き継ぐが使い慣れてきた『杖』を手放すのは確かに寂しさを感じさせた。
「ごめんね~ちょっとしんみりしちゃったかな~?」
「気にしないでいいですよ。寂しいのは間違いないですけど仕方ないことですから」
健輔は明るく里奈に笑い返す。
里奈も生徒の笑顔にそれ以上の言及することはなかった。
「そうですね~。ではでは~そろそろ~本題に入りましょうか~」
「ということは?」
「はい~、今日は彩夏ちゃんが~授業でこれないので~きちんと~優香ちゃんの分も預かってますよ~」
2人は先程手渡された資料とは異なるファイルを渡される。
お互いのファイルには専用機設計案と書かれている。
「おお、すげぇ!」
「夏休み前に~簡単に説明しましたけど~きちんとデータを~取って再度修正を~掛けた内容になります~」
「変わったところはどういったところでしょうか?」
「う~ん、そうですね~」
里奈は少し悩む様子を見せる。
「では~まずは優香ちゃんから~説明しますね~。ファイルを開いて貰っていいですか~」
「わかりました」
里奈の指示に従いファイルを開くがそこには学生ではわからない用語や数字がびっしりと詰まっていた。
いくら優等生とはいえ優香でも理解できる内容ではない。
「専門的なことは~省きますと~優香ちゃんのは~『雪風』を~拡大したものに~なります~」
「拡大、ですか?」
「はい~。番外能力を~夏の間に~使ってましたよね~? あれの成長は~あまり考慮してなかったんですけど~使用頻度から~考えて~いれないとダメかな~と」
優香の番外能力――オーバーリミットによる膨大な魔力を受け止めきれていないためフレームに大きなダメージが蓄積している。
真由美の専用機『羅睺』もそうなのだが膨大な出力を扱う魔導師は魔導機にかなりの負荷を掛ける。
そのため、それに耐えうる頑強な設計を行わないといけない。
『雪風』の場合、基本仕様は優香の現状と希望に即しているため大きな変化はない。
出力を受け止めるためのパーツ変更とそれによって変化する設計に多少時間が掛るだけであった。
「優香ちゃんの新型『雪風』は~9月中には~お届けできると思うので~期待していて下さいね」
「ありがとうございます。お忙しいのに急かしてしまうようで申し訳ないです」
「これが~私たちの役割ですから~気にしないで下さいね~」
ニコニコしている里奈に優香が再度頭を下げる。
優香や健輔以外にも多くの生徒を担当してその全てにサポートを行っているのだ。
表面上には出ていないが疲労などは相当のものだろう。
しかし、生徒にそれを感じさせることはなかった。
「さて~問題は~健輔くんですね~」
「前もちょろっと聞きましたけど、問題ですか?」
「健輔くんの~夏の成長が~急激すぎて~全然付いていけてないんですよ~」
集められていたデータからも確認できていたが夏の合宿でかなりの成長がみられた健輔に対して『陽炎』は完全に付いていけていなかった。
増大した系統切り替えの処理がかなりの負荷となって全体へと影響を及ぼしている。
これは健輔が悪いというよりも万能系の戦い方が想定できていなかったためと言うべきかもしれない。
ましてや試作機を製作したのは公式戦前だったのだ。
試合を経験して大きく成長した健輔の姿を予想しろというのは無理が過ぎるだろう。
「今の戦い方を~考慮にいれて~全面新規製造で対応しますので~時間が掛ります~」
「AIを入れるため、でしたっけ? そこら辺の機能がよくわからないんですけど」
「先読みして~備える感じです~。魔導機側からも~事前対応しないと~健輔くんの~切り替えに対応できません~」
1番負荷が掛っているのがころころ変わる系統の組み合わせである。
健輔が使用できる系統数が増大して、その頻度もどんどん増えている。
また『シルエットモード』での登録魔導師数の増加などと健輔が魔導機に掛ける負荷は今後増えることはあれ下がることはない。
健輔の『シルエットモード』は発動に使用する魔導師のデータなどを登録しておく必要がある。
その登録されたデータから必要な場面で必要な能力を模倣する。
葵のパンチを再現したいなら全てを攻撃に振る、と言った具合に部分を抽出するのが『シルエットモード』の本質なのだ。
「『シルエットモード』は~その性質上いっぱい術式が~いりますからね~。普通に戦闘する分と合わせて~かなりの容量を食ってますから~そこも~要改修で~す」
「す、すいません。ポンポンと術式を増やしてしまって」
「いいえ~それは系統の性質上~仕方ないですよ~」
万能系は系統を切り替えないとその存在価値が0になってしまうのだ。
健輔でなくても普通は大量の術式を登録する、
そこを実際に使ってみるまで甘く見ていた里奈たちの方に問題があったといえるだろう。
「ま~楽しみにしていて下さい~。多分~10月、遅くてもアマテラス戦には間に合わせますから~」
「了解です! 楽しみにしています」
「ありがとうございます」
嬉しそうな生徒の様子に自分も嬉しくなる。
里奈はこのために教師をやっているのだ。
頼られることはこの上ない喜びだった。
「2人の努力に~恥じない素晴らしい翼になりましょうね~」
未だに姿のないデータ上の存在に里奈は語りかける。
彼らがその姿をこの世に現した時この2人はより高く羽ばたくだろう。
その時が今から待ち遠しい里奈だった。
ついに始まった激動の2学期。
運動の秋に恥じない多くの戦いがまだ見ぬライバルたちと共に待ち受けている。
殻を破った雛たちが羽ばたく季節がやってきた。
順調な滑り出しを見せる健輔たちは自信を持って戦いに臨んでいく。
――天祥学園魔導大会、開幕。
数多の夢を乗せて魔導師たちは戦う。
健輔がかつて夢見た舞台が遂に始まったのだ。




