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総合魔導学習指導要領マギノ・ゲーム  作者: 天川守
第2章 夏 ~飛躍の季節~
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第50話

 真由美の攻撃の特徴はその圧倒的な火力と物量である。

 固有能力もその1点のみに特化している。

 高耐久高火力型のその戦闘スタイルを突き詰めたのが彼女の長所であり、短所であった。

 最初に放たれた砲撃などこちらの対応を見るためのものだ。

 その程度の攻撃でも容易く1撃で相手を仕留める辺り常軌を逸した攻撃力だと表現できるだろう。


 「破壊系で対応すれば、次の手は大体読める」


 すばやく相手の次手に対応する体勢を整える。

 この戦いは真由美の火力を捌けなくなった時に健輔が負ける。

 相手の札に対するカウンターをいくつも用意しておかねば、容易く食い破られて終わりかねない。

 障壁で防ぐ、高機動型で避けると少なくとも3手はあった初撃を防ぐ手段でわざわざ破壊系を選んだのはその後の対応を読みやすくするためだった。

 破壊系に対処する方法はそう多くない、ゴーレムなどの物理攻撃もしくは――。

 

 「対処できない程の物量攻撃! 部長は系統的に物理攻撃はない、だったら!」

 

 遥か向こうで一瞬光が瞬く。

 来る――確信を持って、健輔は行動を開始する。

 

 「『陽炎』シルエットモード『九条優香』!」

 『了解しました』


 健輔が最も自身を持っている姿を借りる。

 ここで守れば確実に真由美に粉砕される、多少無茶だが攻めの1手だ。

 足を止めたらやられる。

 迫りくる魔弾群を一気に突き抜ける。


 「魔力刃生成!」

 『了解』


 防御も兼ねた魔力で創造した刃を周囲に置いておく。

 これで死角からの攻撃には対処が可能だ。

 空が見えない程の魔弾に囲まれながら健輔は笑う。

 

 「『陽炎』、フルドライブ!」

 『フルドライブ、承認しました』


 着弾の瞬間、魔弾が集まったタイミングを見計らって全力の魔力放出で進撃を阻む。

 刹那のタイミング、僅かな時だけ隙間が生まれる。

 周囲に置いておいた刃が破壊される音を後ろに置き去りにして健輔は空を翔ける。

 

 「よし! 1つ目ぇ!!」


 既に2つ目が目前にあるが、気にしない。

 全身を覆うタイプの攻撃は一見逃げ場のない強力な攻撃だが、全てを同時に着弾させないと効果が半減してしまう。

 そのためタイミングの調整が行われるのだが、そのタイミングこそが隙を生み出す好機になる。

 着弾のタイミングで抜けだしてしまえば止まれない攻撃は全て自滅することになるからだ。


 「まだまだ!」


 先程の手段は使えないが2段階目もしっかり対策を考えている。

 今、健輔はスピードに乗っている。

 そんな健輔に攻撃を当てるためには真由美が直接誘導するしかないがこれそのタイプの誘導弾ではないだろう。

 いくら真由美でも千発以上の魔弾を手足のように操ることはできないはずだ。

 確実に無理だと言い切れない辺りに自分たちのリーダーに対する信頼を垣間見たような気分になり、そんな状況でもないにも関わらず笑ってしまう。

 そうこうしてる間にも魔弾は次々と数を増やしている。

 うっかり当たれば下に直送されてしまう。

 

 「それじゃあ、行きますか」


 魔弾の後には砲撃の雨が待っているだろう。

 そこを無傷は不可能だ、だったら最初から当たること前提でいけばいい。

 真由美には真由美をぶつけて対処するのが確実だ。


 「シルエットチェンジ、『近藤真由美』、『九条優香』はリリース!!」

 『了解』


 スピードに乗ったまま砲撃形態に切り替える。

 同じ魔弾をぶちかます。


 「バレット展開! シュート!!」


 爆音と共に魔弾群が消滅する、ここで安心するわけにはいかない。

 

 「リリース解除!!」

 『了解』


 すぐさま形態を元に戻して、敵陣に一気に突入を敢行する。

 こちらの思惑など読んでいるとばかりに収束砲撃が先程までいた場所を貫通する。

 ざっと確認できるだけでも10の砲撃、そして数のわからない魔弾。

 額に汗が流れる。

 今、健輔は間違いなく死地にいるのだろう。

 逃げ場のない魔弾と砲撃の歓迎、つまり最初から本命はこれだったのだ。

 高速回転する思考は後30秒もしないうちに全てが自分目掛けてやってくるとわかる。

 諦めたかのように、脱力した健輔は小さく呟いた。

 

 「ここまでか」




 「ここまでかな」


 足を止めなかったのはいい判断だった。

 少し前の健輔なら防御を選んでいたはずだ、それは間違いない成長の証だった。

 しかし、その後があまりによろしくない。

 真由美が単調な魔弾攻撃を本命とするはずがないのだ。

 突破されることも織り込んで攻撃を仕掛けるに決まっている。

 なのに2撃目で魔弾を魔弾で撃ち落とすなどというアホなことをしてしまっては意味がない。

 視界は曇り、速度任せに突入した先には本命が待っていてそこで全て終わりである。


 「うん、悪くないけど。まあ、そこまで求めるのは過剰かな。むしろ、本命――」

 

 そこまで言いかけた時に背筋に走った悪寒に真由美はすぐさま防御態勢に入った。

 何故、どうして、大量の疑問符を浮かべながら咄嗟に背後に振り返る。

 そこにはゲートのようなものが存在していて、

 

 「転送陣!? そんな、どうして!? ま、まさか!」

 「もらった!!」

 

 中から飛び出してきた健輔は大量の魔力を纏った魔導機を真由美に叩きつける。


 「障壁展開!!」

 「チェンジ!『藤田葵!』」


 魔導機による攻撃が受け止められた瞬間に、健輔は魔導機を放棄。

 拳に先程の1撃を容易く上回る魔力を込めて――障壁ごと殴り飛ばす。


 「くっ!!」

 『真由美、ライフ30%、障壁残存なし』

 

 僅かにライフが残ったが障壁は全て粉砕され、再展開までは5分は要る。

 健輔は既に2発目の攻撃に入ろうとしている。

 しかし、真由美の闘志はむしろこの予定外の事態に燃え上がり、


 「バースト!!」


 ここで終わらせるなんて勿体無いと彼女は健輔を魔力放出で吹き飛ばすのだった。




 「ここまで追い詰めてまだ粘るのか!?」


 必殺を確信した攻撃だったのだ。

 開戦当初から描いた計画通りにここまで推移していた先程の攻撃で全て終わらせるつもりだったのだ。

 にも関わらず結果は深手を負わせた、という程度に収まっている。


 「どんだけだ!」

 「いい線いってたよ! でも、まだまだ!!」


 真由美はショットバスターでこちらを牽制してくる。

 ガトリングのごとく放たれる攻撃群に焦りが生まれる。

 必殺を避けられたためか、わかっていても焦燥している上に軸が乱れている。

 これは、まずい。

 

 「負けるか!!」


 混乱して撃ち落とされるくらいなら、前に出るのを選ぶ。

 渾身の魔力を込めて1撃を。それで試合は終わるのだ。


 「焦ったね?」


 空中戦を行っていて、しかも距離がある状態で驚く程はっきりと真由美の言葉が健輔に聞こえた。

 それは氷のように冷たい声で今まで聞いたこともないものだった。

 焦る気持ち、勝利に逸った心が一瞬で鎮火する。

 そして同時に失策を悟る。

 真由美の固有能力の内、収束限界を失くす力をリミットブレイカーと呼ぶ。

 そう、彼女に上限はないのだ。

 わざわざ圧縮して砲撃状にしなくても絶大な威力は変わらない。

 真由美本人を核として周囲に放射上に放たれた1撃は、至近距離で拳を振りかぶっていた健輔にも当然のごとく直撃する。


 『健輔、障壁0%、ライフ50%』


 強制的にだが頭は冷えた。

 相手にイニシアチブを取られているがまだ致命的ではない。

 まだ挽回できる。

 体勢を立て直して攻撃を決めることさえできれば、

 

 「ま、まだだ!」


 渾身の力を振り絞り、再度の突撃を行う。

 まだ遠距離攻撃を行える程彼我の距離は離れていない。

 目測だが5メートルもないだろう。

 高機動型ならば一瞬で詰められる距離である。


 「うん、そうだね。――でも、これで終わり」

 「――な」

 

 チャージされた砲撃が目の前にある。

 あれだけの魔力を放出してどうして魔力が残っているのか。

 その疑問に答えを出す暇もなく健輔は咄嗟に身体を動かしていた。

 このままでは負ける、負けてしまうぐらいなら。

 

 「いくよ」


 放たれた閃光は健輔を飲み込み、この戦いに決着を付ける。

 1つの誤算を伴って。


 『健輔、真由美共にライフ0。よってこの試合引き分けとする』




 空から落ちながら言い争いをする2人を呆れたような視線で見送りながら、武居早奈恵は隣に話しかける。

 

 「先輩としてなかなか健闘した後輩に対して何か感想はあるか?」

 「そうですね。あの奇襲は見事でした。万能系でないとできないでしょうね」


 真由美を追い詰めた転送による奇襲。

 普通の試合でも多用されてもおかしくないだろうこの戦法が行われない理由は簡単だ。

 通常転送術式を行う際は、座標の計算、空間を接続するのに必要な魔力などかなりの計算を必要とする。

 固定系を持ちいればある程度自動でできる術式を展開できるので、そのあたりの手間はなんとかできるのだが、次の問題が控えている。


 「相手の陣にわかりやすく転送時を設置したら早々にばれてしまうからな。あれは展開と隠蔽さらには戦闘をこなせるやつじゃないと無理だ」


 誰だって1対1の決闘の最中にそんな小難しいことを背後でやってるとは思わないだろう。

 しかも隠蔽しながらである。

 勿論、本当に健輔が戦闘しながら転送に必要な事を全てやっていた訳ではない。

 簡単に言えば、最初の先制攻撃を待つ間に術式を展開する。

 後は操作系でこっそり背後に出口を設置しただけである。

 わざわざ相手の攻撃を1個ずつ丁寧に対応していたのはただの時間稼ぎだ。

 優香の系統、とか言いながらこっそり1系統分は操作系でずっとえっちら、おっちらと小細工の準備をしていたのだ。

 大した役者ぶりである。

 そんなことをしているとは実際に襲いかかるまで真由美も気付かなかったのだから。


 「こそこそやってるのは傍から見ればわかりますが、実戦では気付かないでしょう。やられるとわかっていても、他の部分に集中させてしまえばいい」

 「初撃も防がれるのを前提でうまいこと陽動に使ったからな、本命最初から葵の拳だったということだ」


 真由美の思考を完璧に読み切って、筋書きを描いた健輔は見事だった。

 万能系の強みを生かした素晴らしい戦い方だったと言えるだろう。

 相手が真由美でなければあそこで終わっていたのは間違いない。

 健輔の読み違い唯一そこだけである。

 全力の真由美の近接技能を低く見積もりすぎたことだった。


 「後衛が前衛に近接戦で劣る、当たり前のことだ。だがそれは接近してきた相手に対応する能力がないわけではない。そこら辺まで頭が回っていたら90点だったが惜しくも70点ぐらいになったな」

 「厳しい採点ですね」

 「どこがだ? 私たちの世代で4番目に強い魔導師と魔導を初めて半年満たずに引き分けだぞ? 十分評価しているよ。最後も負けるよりはいい、と僅かな可能性に賭けて自爆したんだからな」


 引き分けになったのは、爆発に巻き込まれるように健輔が魔力を暴走させて至近で自爆したからである。

 葵の系統だったことも幸いして、見事真由美に削り切られる前に真由美を削り切ったのだった。

 焦りで単調な攻撃を行いさえしなければ勝てただろう。

 ここは如実に経験差が出てしまった形だ。

 しかし、ここまでやれれば大健闘と言うしかない。


 「頼もしい限りだよ、本当にな」

 「負けていられませんな」

 「ああ……、そうだな」


 



 「あー悔しい!! 勝てた試合だったのに!」

 「それはこっちのセリフだよ。あそこは持ち直した私を讃えて素直に撃ち落とされる場面じゃない? なんで悪あがきの自爆してるの?」

 「そんな潔いやつなら、前も自爆なんてしませんよ。そもそも最後まで勝ちを狙うとか当たり前じゃないですか。もしかしたら俺が先に落とせたかもしれませんし」


 わいわい言い合いながら早奈恵たちの元へと帰還する2人。

 最後の展開に納得がいかないお互いが互いの行為を詰っていた。

 

 「そこら辺にしておけ、健輔の大健闘だよ。最後の自爆もあの場での選択肢としては間違っていない。拳は届かない、ならば魔力をバーストさせるしかないが葵の系統は遠距離手段がない。拳1つ分届いてなかったからな」

 「む……」

 「だったら、体内魔力を暴走させて自爆するしかないだろう? ライフ分ダメージは出るんだ、試合のラストでやっても健輔の負けだが1対1ならばありな選択だよ」


 猶も意見を言おうとした真由美だが早奈恵に封殺される。

 いつも硬い表情をしている早奈恵が後輩の健闘を讃えてか、柔らかい笑顔で微笑んでいるのだ。

 ここは最上級生として相手を立てろ、と言外で言われているのだった。


 「ぐ……むー、し、試合は引き分けだけど、勝負は健ちゃんの勝ちだよ!!」

 「いや、引き分けでしょう」

 「いいから受け取ってやれ。嬉しいような悔しいようなで複雑な感じになってるんだよ。あれだ乙女の心は男にはわからないというやつだ。ありがたく貰って今はよろこんでおけ」

 「は、はあ? いや、別にマジで引き分けでいいですよ。今度、きちんと勝てばいいだけですから」

 「むきー! 私なんてもう余裕なんて言いたい訳! こうなったらもう1戦やりましょう! そして、砲撃で確殺してくれる!」


 敗北が地味に堪えたのか妙なテンションの真由美を早奈恵は華麗にスル―して、健輔を褒める。


 「ご苦労だった。美咲のやつのバックス講座も役に立ったようでよかったよ。これからも何かあったら相談してやってくれ」

 「いえ、あれがないと今回の作戦はやれなかったので感謝しています。先輩が簡易術式を用意してくれたんですよね?」

 「ああ、戦闘距離用にな。お前には必要になるだろうとお節介だろうが準備させてもらった」

 「さ、さなえん、さては初めからあれの存在を予想してたね! すごい驚いんたんだからね! 3年間で初めて出来事だよ! いきなり背後から奇襲されるとかさ」

 「だったら、用意した甲斐があった部員全員でお前に一矢報いれたんだからな」

 

 笑みを含んだ様子で言われた真由美は頬を膨らませる。

 親友の爆発の兆候に早奈恵は笑いながら、後輩たちを避難させる。


 「剛志、健輔と一緒に妃里のところにでも行くんだ。健輔は葵のところで次の準備でもしておけ。最終日までにいろいろ確認をしておくんだぞ」

 『はい』

 「では、解散だ」


 駆け足でその場を去る後輩たちを見送る。

 流石によくわかっている。

 この状態の真由美に絡まれるなどめんどくさいことこの上ない。

 3年の間にかなり落ち着いたが元々は葵を上回る負けず嫌いだ、今回のことはかなりきているのだろう。

 ルール上、つまり仮にあれが最後の1人同士ならば健輔の敗北、それ以外では引き分けだが魔導をやった年月から考えれば負けたのは真由美だろう。

 この敗北をバネにさらにこの親友は伸びてくれるだろう、と労せず最近敗北を知らない真由美をへこませることができた早奈恵は自分の考えがうまくいったことに安堵の溜息を吐くのだった。

 戦いは最後の舞台へと移る。

 合宿最終日の模擬戦、大規模バトル『陣地戦』のルールの元行われる夏の締めくくりはもうすぐそこに迫っていた。

 


最後まで読んでいただきありがとうございました。

1章の改訂並びにタイトル変更しました。

これからもマギノ・ゲームよろしくお願いします。

次の更新は水曜日です。

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