第49話
複数の動作を複数の思考で実行する。
美咲からの多重思考の訓練は1言で言えばそんな内容に凝縮される。
言うは易く行うは難しという諺があるがまさしくそんなものであった。
それでも健輔は少しづつステップアップしていったのだ。
飛びながら、弾を維持する。
戦闘を行いながら維持するなどと徐々に難易度を上げながら美咲の予想を遥かに上回る勢いで彼は多重思考を身に着けていった。
純粋な技量である制御に比べてある意味で小技の類であるこの多重思考は恐らく健輔に馴染みやす技能だったのだろう。
水を得た魚のように彼はぐんぐん伸びていったのだった。
「協力ありがとうござました、剛志さん。それに近藤先輩も」
「お前の努力だ、俺は少しだけ手伝ったにすぎん」
「右に同じく、だ。謙虚な姿勢はいいと思うがな」
最終日4日目、多重思考のコツを掴んできた健輔はそれを戦闘に応用するため、2人に協力をお願いした。
破壊系という特殊なタイプの剛志。
優香と似た機動型の技量タイプであり、小技がうまい隆志。
4日目からはアメリカ側と分かれて練習を開始したこともあり、手隙の時間だった2人は快く協力してくれたのだった。
「それにしても1ヶ月に満たない時間でよく伸びたな。特性を把握すると伸びやすいというが万能系は一足飛びに跳ね上がってるぞ」
「先輩もそう思いますか? 厄介なものですよ、的確にこちらが嫌な部分を突いてくるというものは」
双方共に、似たような感想を漏らす。
己の行き先を定めたことにより健輔の実力は大幅に伸びてきていた。
剛志相手なら無敗、隆志相手でもほぼ五分とそれまでの成績と比べるとかなり持ち直している。
完全に格上である葵や真由美と戦うとまた結果は変わってくるだろうが、それでも不思議と簡単にやられる気は健輔にはなかった。
「自爆もなくなってきた。正確には自爆しなくても落とせるようになってきたのも大きいだろう、そこそこ大威力の魔導を使用するようにもなってきたもんな」
「はい、葵さんと部長が参考ですけどね」
「どっちも傾向は違えど火力バカだ、間違っていない人選だと俺は思うよ」
隆志のお墨付きもあり、自信を深める。
部分、部分をうまく抽出しつつ己の戦い方の模索と必殺技の考案と2足の草鞋どころか、3足にも4足にもなっている状態だったがノリノリな健輔は絶好調だった。
「健輔」
「はい? なんですか、隆志さん」
「俺の予想という前提で聞いて欲しいんだが、構わないか?」
「はい」
いきなり神妙な雰囲気で声を掛けてくる隆志に不思議そうな表情で言葉を返す。
隆志はそんな健輔の様子に突っ込むこともなく、綽々と話を進める。
「お前が絶好調なのは何も問題ない、チームにとってもかなり喜ばしいことだと思うよ」
「はあ」
「と、なるとだ。何処かの誰かさんはお前の仕上がりを調べたいと思ってるんじゃないかなと思うんだ。1対1はあいつもあまり得意ではないからこそ、お前との戦いにはちょうど良いとそう思わないか? 健輔よ」
「……あ、そっか」
最終週に入ってからというもの妙な違和感があったのだ。
すっぽり何かが抜けている感覚、つまりそれは――
「ま、当然最後のプログラムには私との模擬戦があるよね」
快活な女性の声が周囲に響き渡る。
隆志との会話が聞こえていたのだろう。
これ以上ないと言う程のタイミングを見計らってその女性は彼らの間に割り込んできた。
理由は考えるまでもない、おそらくチーム全員と戦ってその成長を確かめる気なのは間違いない。
そして、そんなことを言う女性を健輔は2人しか知らず、その片方はまだこちらに仕掛けてるくることはない。
ならば、女性が誰かなど自明の理である。
「ぶ、部長」
「うん、覚悟はできてるかな? 正真正銘、手加減抜きの本気だよ。専用機の調整分本戦よりはちょっと落ちるかもしれないけど、それは健ちゃんも一緒だしね。後衛と前衛っていうポジション差も考慮するとかなりいい感じの試合になると思うよ」
「だろうな、1対1なら真由美もそこまで圧倒的という訳ではないさ。ランキングは総合評価だからな。真由美より上の4名は全員個人戦での評価が真由美より高いだけだ」
「佐藤、お前は全力でやればいい。何、前回よりもずっとその差は縮まっている」
2人の頼れる先輩からありがたいお墨付きを貰う。
健輔本人も勝ち負けはともかく、以前よりは勝負になる、とは思っていた。
しかし、トラウマとかいうべきか。
強烈に印象付けられたものとはやっぱり忘れがたいものであり、健輔の魔導を習ってきた期間においてこの女性程ボコボコにされた相手はいない。
優香は勝負の上での敗北だが、この人にはボコボコだった。
この何を考えているかわからない笑顔が妙に怖くなったのはいつからだろう、と妙な感想まで頭に湧いてくる。
佐藤健輔の乗り越えたい相手は九条優香だが、憧れた相手は近藤真由美である。
あのようにかっこよくありたいというのが彼の始まりの思いだったのだから。
「お手柔らかにお願いしますよ、部長」
「任せなさい! きちんと本気でやるから」
噛み合っているのかいないのか、よくわからない会話を行って2人はバトルの準備を始めるのだった。
「武居先輩から見て実際のところの戦力差はどんなものですか?」
準備を始めた2人を見守るのは審判役の2人、佐竹剛志と武居早奈恵だ。
他の面々からしても興味深い試合ではあるのだが、各々最終調整は念入りにやらなければならない。
葵対妃里、優香対隆志、真希そして圭吾対和哉と同時に4試合も行われている。
「呑気に聞くな、剛志。まあ、お前は審判用の術式も使えないからな。仕方ないか」
「丸山に2試合丸投げした先輩とは思えないお言葉です。それで、答えの方は?」
「真由美のやつが不利だろうよ」
それは剛志からすれば意外な言葉だった。
目の前にいる小柄な女性はチームの頭脳というべき存在ではある。
それと同時に彼女は近藤真由美の親友でもあるのだ。
彼女の実力を誰よりも信じているはずの人物が正面から戦えば負ける可能性が高いと断言したのだ。
「理由をお聞きしても?」
「普通に考えて後衛が前衛と一騎打ちを行えば負けるだろう。以前は埋めがたい差があったが今はそこまでの差はない。健輔のやつが油断して、遠距離で叩きつぶされるならともかくとしてな。何より肌で真由美の動きを知っているからな。真由美の後継者はある意味では健輔のやつだろうよ」
後継者と言われて剛志は納得するものがあった。
真由美の精神を引き継ぐという意味での後継者ならばチーム全員がそうなるのだろうが、技術を引き継いだものは2年にはいなかった。
全員確固たる己のスタイルを作り上げてしまっている。
それが悪いことではないが真由美の作り上げたチームだ、真由美本人の技術を受け継ぐ者が1人ぐらいは居てもいいだろう。
そして、それは同じ系統のものではなく全ての系統を操るものだった、それだけの話である。
「なるほどな。これは面白い」
本家対後継と考えるとまた違った面白さがある。
ハンナ・キャンベルが育てあげた次代の『女帝』とは方向性が違うのも面白かった。
最終日の模擬戦では彼女も出てくるのだろうが、
「楽しみだな」
剛志はそう言って後輩の戦いを見守る。
未だ自分が届かない相手へと手を伸ばす様を少しだけ羨ましく思いながら。
「『陽炎』シルエットモードの設定は昨日の分を設定しておいてくれ」
『了解しました』
いつにないほど入念な準備を行う。
普通に考えればこれは合宿の決算としての試合だ、そこまで気を入れてやるものではない。
しかし、健輔からすると違う。
今後どんなスケジュールで行ったとしても、秋に万全のコンディションで真由美と戦うことは恐らくできない。
「恐らく真由美さんに1人で挑む機会はそれほどない。それもこんないいタイミングでやれることは絶対にない。――だったら、今しかないだろう」
本来チームで戦ってこそ、その真価を発揮するのが真由美なのだ。
前衛が頼れる壁であると安心してもらうためにもここは意地を見せる場面だ。
「よし、いこう」
指定されたポイントに向かう。
もう1ヶ月前になる。
優香と2人で相手にした時、自爆までも用いてようやく引き分けだった。
全力でなかった真由美に対して2人掛りでその程度だった自分がどれほどやれるようになったのだろうか、そう考えると胸が熱くなる。
健輔は静かに闘志を滾らせる、こういうことがやりたくて魔導師になったのだと原点を再確認しながら。
『準備はいいな? 時間は無制限。ルールはベーシック。何か質問は?』
「……」
『双方、質問なしと判断。始めるぞ! カウント、3』
『2』
『1』
『0、試合開始!』
ぜ、という発音が聞こえた時には一気にギアが上がっていた。
真由美はわざわざ健輔の前で宣言したのだ。
本気だ、とならば今までのように普通に空に舞い上がれば待っているのは明らかだろう。
ならば、方法は1つだ。
「正面から打ち破る!」
折しもちょうど良いタイミングで先輩から託されたものがある。
これは無謀な突進ではないのだ、怯えは不要だ。
「シルエットモード対象『佐竹剛志』!」
いつもより遥かに早い高速での砲撃群が視界に入る。
切り替えのタイミングはギリギリだ。
だが、ここで恐れて防御に回ればこの間までと何も変わらないままだ、それだけはあってはならない。
砲撃が着弾するコンマ数秒、そんなタイミングで切り替えは終わる。
迫りくる流星群に一歩も引かず健輔は恐れを知らない戦士のように拳を携え光に突入する。
音が消え、目の前にある光の流星以外は何も見えない景色の中彼はただその中心のみをを見据えて、こちらを飲み込もうとする破壊光に拳を叩きつけるのだった。
「効果なし、系統の選択は……おそらく剛志君」
油断も、慢心もないあるのは冷徹なまでの計算だけだった。
彼女は戦場に立った時にそんな贅沢なものを持って挑んだ事など1度もない。
それは練習でもそうだったし、これからもそうだろう。
条件設定を行って上限値を下げて相手をしたことはあるが、それは練習と言う性格上仕方のないものだろう。
だから彼女は彼と本当の意味で本気で楽しめる日を待ち望んでいた。
期待以上の速度で駆け昇ってくれた相手に最大限の感謝を捧げながら彼女は空を穿つ。
「破壊系なら、そうだね。純魔力では相性が悪い。だったらこうしようかな」
展開されるのは小型の魔力弾、1000を優に超える数を瞬時に生み出すと彼女は指揮者のごとく腕を振って宣誓する。
「バレットモード、セレクトモーションホーミング。経験ってやつを見せてあげるよ」
宣言した真由美は口元に弧を描く。
笑みと言うには攻撃色が強すぎるが、彼女なりにこの状況を楽しんでいるのだろう。
嬉しいのか、それとも僅かな時間でここまで伸びてきた後輩に少しは悔しい気持ちがあるのか。
その辺りは本人すら自覚しないまま、攻撃準備は完了する。
「シュート!!」
一閃、指揮棒は横薙ぎに振るわれ、放たれた魔弾は主を命を忠実に遂行する。
360度、一切の逃げ場を失くした状態で魔弾は相手を包み込むように迫っていく。
そして、当然のことながらこの攻撃が1度で終わることなどない。
「次弾装填、バレット展開! 第2射、シュート!!」
1000を超える魔弾が再度主の命で発射される。
終わりなどない、彼女が奮う天災はどれほど形を変えようが決して終わることはない。
そう、彼女が落ちる時までは――。
破壊系による防御の弱点、それは物量を捌けるわけではないということだ。
魔力弾を防げる規模で完全に覆ってしまえば飛行術式も無効化してしまう。
そのため拳など1部に留めて発動させるのが定石だ。
だが、そうなると全身を防御できないことになり先程のような攻撃を捌けなくなる。
「さて、どうくるかな」
きっと、破ってくれるだろうと妙な期待感に心臓を震わせながら彼女は次の攻撃を準備する。
そう、戦いはまだまだ始まったばかりなのだから。
「バレット展開、第3射、シュート!!」
3射目、変わらず圧倒的な数の魔弾は相手に放たれる。
その流星は相手を穿つことができるのか、それとも真由美の期待通り防がれるのか。
その答えはまだ誰も知らなかった。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
活動方向にも書きましたがお気に入り100人ありがとうございます。
細かいお礼とお知らせをあちらに書いておりますのでよかったら読んでみてください。
次の更新は日曜日になります。




