第4話
「は~~い。今日はみなさん~お疲れ様でした~」
「現在のみなさんのレベルと普段の練習についてよくわかりました。次の講義では、今日の個別指導も踏まえて内容を考えてみます。みなさん、今後も頑張ってください」
「では~解散です~お疲れ様でした~」
『ありがとうございました!』
あの後、悲壮な覚悟を固めたのは何だったのかと言いたくなるほど、あっさりと里奈から逃げ切ることができた。
傍でその追いかけっこを見ていた優香によると、
『個人に合わせて機動のレベルを調整しているように見えました。流石、大山先生です。あの方は後衛魔導師なのにあそこまで高速機動が出来るんですね』
と驚いていたので手加減したわけではないが各人の全力を見極めて行っていたのだろう。
健輔と優香があっさりと終わったのはどちらの機動も既に里奈が見ていたからである、
その後の残った2人に対する指導からそれがよくわかった。
『行きますよ~』
健輔が終わった後、里奈は同じような感じで圭吾へと向かった。
もっとも結果だけ見れば、という有様であり過程はまったく違うものであるが。
何も言われなかった健輔と違って逃げている最中にもいろいろと言われたらしく圭吾と美咲は揃って落ち込んでいた。
年上とは思えない美女に瞳に涙を溜めながら追いかけられたのも大きいだろう。
「大変な授業だったな……」
「……うん、そうだね……」
男2人はすごくためになると同時に恐ろしく心身を消耗させた授業を振り返る。
「あんまり落ち込むなよ? 女ならともかく男のそんな様子は気持ち悪いだけだからな」
「親友の優しい言葉に涙が出てきそうだよ。慰めろとまでは言わないけどどうしてそこに追い打ちを掛けるかな?」
健輔の皮肉交じりの励ましに圭吾は軽く返してくる。
思ったよりも堪えていない様子の親友に健輔は少し意外そうな顔を見せた。
「健輔と違って、調子に乗ってたつもりはなかったんだけど、甘かったみたいだよ。教師としての里奈ちゃんのレベルの高さを改めて実感した。人は見掛けによらないよね、本当にさ」
「さらっと人のことバカにするなよ。まあ、里奈ちゃんが凄いってことは今日でよくわかったよ」
授業の内容を振り返りながら、2人は更衣室に向かって歩いていく。
他にもこの後について確認する必要があった。
「とりあえず、今日はここで一旦解散になるんだったっけ?」
「僕は講義があるからそうなるね。九条さんたちの方はどうなってる?」
「こちらも丸山さんは術式講座があるようです。私は空き時間になってますので部室で待機するつもりです」
「お、じゃあ、俺も午後は空いてるから後で合流して一緒に行かないか?」
「はい、問題ないのであればご一緒させていただきたいです」
「オッケー。ああ、後無理にとは言わないけど同級なんだし、もうちょっと砕けた感じの言い方でもいいからな」
あまり言われたことがなかったのか、少し驚いた後笑顔を見せて「はい、気をつけます」と言い残し優香は美咲と2人で更衣室に消えていった。
2人が見えなくなると圭吾が健輔へと話しかける。
「最近、九条さんも大分こっちと話してくれるようになってきたね」
「そうか? 前からあんなもんじゃなかったか?」
「健輔はそこら辺特に気にしないっていうか、空気読まないというかそんな感じだから気づいてなかったみたいだけど、九条さんって結構周りとの距離の測り方に悩んでたみたいだよ」
「人のこと無神経みたいな感じでいうなよ……、まあ、気にしたことないけどさ」
「いいんじゃないかな、今回は役にたったみたいだしさ」
「役に立たなかったこともあるのかよ……」
ノーコメント、と笑って先を行く圭吾を健輔は追いかける。
この時、健輔は気付いていなかった。
何故、圭吾がそんなことを言い出して、少し笑っていたのか。
その理由について失念していたのである。
着替えを終えて待ち合わせの場所に急ぐ。
よく考えてみたらこれから優香と2人になるということに気付いてしまったため、少しだけ普段より着替えが遅くなってしまった。
それでも女性の優香よりは早いと思っていたのだが遠目に見覚えのある美人の姿を確認して慌てて走っているのだった。
「すまん! 待たせたか?」
「大丈夫ですよ、こちら側も着いたばかりです」
健輔は言った後にどう聞いてもデートに遅れた彼氏のような言葉に気恥ずかしさを感じる。
デート、と言う単語を頭から追い出して過剰に意識しないよう制御する。
どう考えても健輔の意識しすぎ以外の何物でもないのだ。
「いや、本当に悪かった。まさか俺の方が遅いとは思ってなくってさ」
「本当に気にしないでください。5分も待ってないですから」
冷たい美貌が張り付いている優香の顔が今日は珍しいほど緩んでいた。
目尻が優しいというべきなのか、雰囲気が軽くなっている。
普段はまるで何かに追い詰められているかのように張り詰めている物が今は見られない。
授業で合流した頃は普段通りに近かったが、何かあったのだろうか。
先程の圭吾の言葉の意味と合わせて健輔は考えてみたが答えはでなかった。
そもそも彼は他者の心の機敏を敏感に察するタイプの人間ではない。
何より、彼女いない歴=年齢である健輔に女心を理解できるわけがないのだ。
妙に悲しい納得を得た健輔はその思考を切り上げる。
このまま部室に行って誰もいない場合2人きりになってしまうのだがその可能性は脳内から追い出しておく。
「それじゃあ、行きますか」
「そうですね、よろしくお願いします」
道中は何事もなく穏やかに終わる。
左程長くない道のりだったのでお互い何かを話すこともなかったのだがいやな感じの沈黙ではなかった。
静かに時間が過ぎていく感じの空気。
こういうのも悪くない。
優香の方もそういう風にこの時間を思ってくれていればいいな、と健輔は柄にもないことを思いそんな自分を笑うのだった。
部室に入ると健輔の切なる祈りを神が聞き届けたのか先客がいた。
入室した健輔たち2人を見てその人物は珍しい組み合わせに少し驚いた顔を見せる。
「なんだ、お前たちの2人組みとは珍しいな」
そこには眼鏡をかけた冷たい感じをさせる男子生徒がいた。
健輔よりも少し高い背丈の男子生徒はよく響く綺麗な声を部室に響かせる。
胸に付けているバッジは彼が天祥学園総合魔導コース3年生であることを示していた。
第1印象は年齢を上に感じさせると言うべきか。
制服がコスプレのようになっていて、似合わないのだ。
漂わせる雰囲気と声が周囲に若手の実業家のような印象を与えてくる。
制服よりもスーツが似合いそうな男であった。
「あれ副部長だけですか?」
「お疲れ様です、近藤先輩」
副部長――チームのサブリーダー近藤隆志。
チームリーダー近藤真由美の双子の兄である。
初めてそのことを知った時、健輔はかなり驚いたものだ。
外見もそうだが性格的な面でもあまり似てる部分がない。
深く接すると実は良く似ている部分があるということに気付くのだが、出会った当初は冷たい感じのする隆志と明るい真由美はまったくイメージが合致しなかった。
勿論、今はいろいろと洗礼を受けたため、しっかりと似た者兄妹だと認識している。
「ああ、お疲れ様。午後の講義はどうした? 1年時は結構詰まってるものだったと思うんだが」
「私は免除されている講義です。佐藤さんの方はこの時間の講義は、系統別の講義しかありませんので……」
「ふむ、そういえば佐藤はあの厄介な系統だったな、だから空き時間にここに来たのか」
隆志は納得したように頷くが、
「それでもお前たちのコンビは珍しいな」
と付け加えた。
珍しいなどというのは片割れたる健輔も強く認識している。
何度も連呼されて愉快な気分にはならない。
「そんなに何度も言わなくても、こっちも珍しいっていう自覚ぐらいありますよ」
「えっ?」
隣で何故か驚く優香。
健輔はつい隣に視線を送ってしまう。
後輩2人の噛み合わない様子が面白かったのか、隆志は笑い声を上げるのだった。
「く、くくくっ。なるほど、なるほど。確かにあいつの言う通りだな。お前たち2人は良いコンビになる」
「……それってどういう意味でですか? 何か意味深な感じですけど」
「何、直ぐにわかるさ」
意図を悟らせない不思議な笑みを作り、隆志は健輔の疑問を煙に巻く。
追及しようと健輔が声をあげようとするが、
「なら、今は暇ということだな」
「っ……。ええ、そうですけど。何かやることでもあるんですか?」
「我が妹がそろそろフォーメーションの練習をやりたいとのことだ。うちのチームは人数がギリギリなのもあるがフルメンバーでの出場自体が久しぶりだからな。公式戦の第1戦は7月からだが、もう6月も半ばだ」
隆志はニヤリと笑うと、
「時間が空いているとのことだし、有効活用すべきだろう? 簡単にだがいろいろとレクチャーでもしてやろう」
そう言ってテーブルの正面に移動を行い健輔たちに着席するように勧めてくるのだった。
「ま、座れ」
「失礼します」
「し、失礼します」
動じない優香に続いて健輔も席に着く。
2人が座ったのを確認してから隆志は語り出した。
「さてと、どれから行こうか」
ホワイトボードをひっぱり出してきた隆志は書かれた内容を消すと新しく何かを書きだす。
そこには1言、『魔導競技』とはと書かれていた。
「無難なところだが、魔導競技の復習からいくぞ。耳にタコができる程度には聞いただろうから手短にするから安心しろ」
「よろしくお願いします」
「ああ、任せろ。まずは基本からだ。最低参加人数は9人。これは前衛・後衛・フルバックを混ぜてフィールドに干渉できるようになっている人数の最低値だ」
このチームは去年この状態だった。
最低人数は試合に出場はできるが公式戦としてカウントはされない。
そのため、世界戦への挑戦権を手に入れることが出来なくなる。
国内大会は授業――魔導の技術を高める場としての側面もあるため、出場できるのだが厳格に行われる世界大会はそうもいかないのであった。
「公式にエントリーできるようになる人数は12名、最大で15名。9名以上は交代要員で戦闘の要所で交代を行うことができる」
「交代の使い方が勝負を決めることも聞いたことがありますが、その辺りについては?」
「その辺りは実際に体感してみないとわかりづらいからな。ルールとしては、交代があるということを把握しておけば十分だ」
12名を超えることで初めて正式なチームとして発足することができる。
9名での競技をルールをベーシックルールとして他にもレース、陣地戦など基本部分を共通として異なるルールを追加した競技がいくつか存在していた。
健輔もここまではチームに入ってからそれこそ耳にタコできるかと思うぐらい言われてきたことであるため、しっかりと記憶に残っている。
交代は大事なんだよーと念仏のように語りかける真由美に洗脳されそうな感じになったのは僅か2ヶ月前の出来事であった。
「さてと、佐藤もここまではいいか?」
「大丈夫です。部長から耳にタコができるくらい聞きました」
隆志は僅かに眉を顰める。
真由美が無茶をやった後の後始末を行うのは隆志の役割なのだ。
掛けられた迷惑の数は健輔の比ではないだろう。
溜息を吐くと隆志はホワイトボードにまた何かを書き込む。
「さて、次は連携を行う上で知っておくべきこと、魔導の基礎たる系統についてなんだが……。まずは魔導の簡単な振り返りだな」
そう言って隆志は次々と魔導についての基礎知識を書いていく。
書き終わるのを待つ間、健輔は部室を見渡してみた。
この部室に来るようになってから、既に3ヶ月目だが設備の整い方が半端ではない。
壁に貼られている『今月は基礎強化月間!』と書かれた真由美の手書きのポスターなどの方が浮いているぐらいだった。
「……よし、と」
健輔が見渡してある間に一通り書き終えたのか、隆志がペンを置く。
魔導の基礎、すなわち基本的な魔導の認識について再確認である。
「さて、九条。魔導についての解説、内部生としてやれるな」
「はい、では僭越ながら」
指名された優香が立ち上がり健輔の方へと向き直る。
「魔導はご存じの通り、魔素を変換する技術ですが――」
優香のよく通る声に耳を傾けながら健輔もまた今日まで学習したことを想起する。
魔導の技術的な側面ではなく、実践的な部分として知っておくべきことはゲームなどでありがちな魔力切れ、という現象がないことだ。
魔素は無限、とまではいかずとも個人が認識できる量としては大気に豊富に含まれている。
これを魔力に変換して、使用するのが魔導のため魔力切れ、という現象自体は存在していない。
「――以上が魔力についてです。しかし、何事も例外があります。魔素の魔力への変換効率はフェーズと呼称されていて、多くの方がフェーズ5――魔素を完全に魔力に変換できるようになりますが」
「まあ、人間の身体だからな。使い過ぎれば変換が出来なくなる。この状態を魔力切れ、と表現している」
「補足ありがとうございます」
理論的には魔力は無限なのだが、実際には限界点が存在している。
この辺りは健輔もしっかりと覚えていた。
能力を行使しすぎて負ける、などいう無様な事態は最初の頃だけで十分である。
1度の失敗は糧にすればいいが2度目からはただのアホでしかない。
健輔はそのようなミスをするつもりはなかった。
「流石に良くわかっているな。さて、次だ」
基礎を軽く流して、隆志は本題に入る。
連携、実践行動において留意すべきは次の点なのだ。
魔導師のポジションや能力などを左右する部分――系統についてである。
昨日、健輔がボコボコにされた優香との戦いは系統を決めるための日であった。
「系統、現在は2つまで習得可能なこいつについて解説だ。ここからは俺がやろう」
「よろしくお願いします」
「うむ、では系統についてだが、これは――」
系統、一言で言うならば魔力に付ける性質を決定する物、となる。
魔素から変換された魔力はそれだけだとただのエネルギーなのだが、この系統という名のフィルターを通過することで特異な性質を得ることが出来るのだ。
その魔導師が得意な魔力の使い方と表現することもある。
すなわち、魔導師にとってはもっとも重要な要素であり、同時に系統の習熟を高めることを魔導を極めると表現しても良いかもしれない。
「――となっている。ここまでは問題ないな? 健輔も大丈夫か」
「大丈夫ですよ。要は専門家になるから、他の奴ではその分野で勝てないってことでしょう?」
「えらくあっさり風味だが、まあ、間違ってはいないな」
魔導を習熟するとは系統というフィルターを備えた魔力回路を定着させていくことにある。
魔導が実践を持ってのみ成長すると言われるのは使われた回数などと使われ方次第によるのが大きな理由であった。
後は精神性、つまりは緊張感を持って行うことがベストとされている。
これらを円滑に進め魔導の極めるためのカリキュラムがある意味で魔導競技であった。
「まあ、そこまでわかっているのならば話は早い。本題に入ろう。さて、系統を決めて後はその戦い方に合わせて競技を行っていくだけだが、ここで問題が生まれた。なんだと思うよ?」
「う、えーと……」
「同じ系統、同じカリキュラムを専攻しても同じ戦い方にならなかったことです」
「流石だな、優等生。健輔ももう少し周りにまで気を使っておけ。お前は真っ直ぐに前しかみない悪癖がある」
「りょ、了解です」
インスピレーション、後は憧れ、あるいは他に選ぶ余地がなかったなど理由はともかく大半の人間は2つの系統を選択して魔導を学ぶ。
その過程で戦い方が構築されていくのだが、超人的な能力を与えられたためか、変な戦い方を選択するものもいるのだ。
そういった人材が大きな発見をしたりするため、学園でもそういった考えは強く推奨されている。
画一性よりも個性を重んじている、習熟の果てに自分だけの能力に目覚めたりするのもいい例だろう。
「仲間が何をできるのかを把握していることで、自分が取れる選択肢も増える。チーム内での連携確認にはそういう意味がある。ただ、その前に自分が何をできるのか、きちんと把握しておかないといけないがな」
「俺ができることを把握ですか?」
「そうだ、何が得意でどこが不得手なのか、ということを常に詰めておくことが大事だ。なんせ、それがわかってないとどういう理想を目指すかもわからないからな」
説教くさい、と健輔は思った。
口には出していないが顔をにはハッキリと不満が浮き出ている。
目敏く健輔の表情に気付いた隆志は少し意地の悪い笑みを作り、
「そんなことは言われ慣れてるって感じの表情だな、佐藤君? だったら、ちょうどいい。各系統の特徴でも言ってみろ。特にお前さんは全系統を詳しく知っている必要があるだろう?」
「えっ!? いや! それは、ちょっとなんていうか、困るというか」
「こっちは別に困らんぞ、ほれ、言ってみろ」
魔導の勉強は普通の勉強より気合を入れているため、苦手という程でもないが得意と言う程でもなかった。
わたわたと焦っていますという態度が露骨に出る。
「ふふ、先輩、私が変わりに答えてもよろしいですか?」
「構わんぞ、それも連携だ。ただな、佐藤言われ慣れてると思うならきちんと実践しておけ。わざわざ言ってるんだから、それには意味があるんだ」
「う……。はい」
健輔を哀れんだのか、それとも本当にそのまま理由なのか。
彼女にしては珍しい茶目っ気を含んだ答えだった。
優しく微笑み、健輔に助け舟を出す。
隆志も必要以上に弄繰り回すつもりはなかったのか、あっさりと許可を出す。
「現在、公式で特にこの天祥学園で認定されている系統は全部9つになります」
優香の耳心地の良い声が響く。
隆志は優香の発言を黙って聞くつもりなのか、静かに頷くだけだった。
その態度をどのように受け取ったのかはわからないが優香は流暢に9の名前を上げていく。
「創造系、破壊系、収束系、遠距離系、浸透系、身体系、固定系、流動系、万能系」
「おう、それであってるぞ。今は割とスッキリしてそういう形だからな。前は同じ系統でも役割で分けてたりしたんだが……。ま、そこはおいおいだな」
隆志は優香が上げた名前をホワイトボードに書き足す。
そして、その下に各系統が持つ魔力の特色を付け加えた。
作る、壊す、集める、遠くへ放つ、流し込む、高める、固める、流す。
そして最後に『魔力を操る』の全部で9の性質が記された。
「授業で聞いたことはあるだろうから、さっくりと書いたぞ。さて、これがなんだかわかるよな?」
隆志が健輔の方を見つめて問いかける。
わかっていて当然という空気の中で、健輔は必死に記憶を掘り起こしていた。
ここでわからない、などと言ったら隣に座る美女が絶対に呆れるはずである。
せっかく仲良くなれてきたのだからそれは避けたかった。
「系統は得意な魔力の使い方、なんで……。その特徴、ですか?」
「おっ、流石にわかるか。正解だ」
「よ、よかった」
全てが魔力を用いて、何かをするで統一されている。
例えば、創造系ならば魔力を使って技量と魔力が及ぶ範囲ならばどんなもので創造出来る、とされていた。
実際はそこまで単純ではないし、本当に物を創造しているわけではないのだが、使用者側にはあまり関係ないため、深く教えられることはない。
健輔たち戦闘魔導師が知っておくべきは、そういう事が出来るということだけだった。
「流石にここはわかるみたいだからさらっといくぞ。本当は用途で分けたりすることもあるから、浸透系は操作系や阻害系とか言ったりもしたんだが……」
「だが?」
「めんどくさいし、最近は統一されてるから後回しだな」
「そ、そっすか」
創造系のように目的がわかりやすい系統ばかりならいいのだが、そうはいかないのが現実というものだった。
浸透系を筆頭に何をするのか、少しわかりにくい系統がいくつかある。
これらの問題は実感した方が早いため、隆志は説明を避けた。
「他人事みたいだが、お前さんの系統もそうだろう? 万能系の魔導師さん」
「いや、まあ、そうですけど……」
他の8系統と比べて異彩を放つ系統、万能。
名前からわかるかもしれないが、全ての系統の特徴を備えた系統である。
そして、健輔が選択肢した系統でもあった。
正確には選択の余地なくこの系統であったのだが、本人が喜んでいるため問題はないだろう。
「俺の系統って『魔力を操る』のが特徴だったんですね。……知らなかった」
「自分の奴くらい正確に知っておけ! と、言いたいところだが、ぶっちゃけお前の系統について知らないのは仕方ないと思うぞ。これも1番有力な仮説、というだけだ」
万能系はここ4、5年で確立されたばかりの系統である。
使い手も他の系統と違い完全に資質依存という珍しい系統だった。
健輔と同年代では世界でも数人しか使い手がいない超希少系統なのだ。
初めてそれを知った時、寮でベッドを転げ回ったのは彼だけの秘密である。
その時のことを思い出し崩れそうになる表情を健輔は必死で引き締めていた。
「希少で特別、かっこいいとか思ってそうだな。表情を隠そうとするなら、もっとうまく隠せ、微妙にいやらしいこと考えてそうな顔になってるぞ。通報されても知らんぞ」
「いやらしいってなんすか! いいじゃないですかちょっとぐらい浸っても。うわー才能ないんだ、もうやめよう、とか思ってるより健全ですよ」
「前向きなのはいいことだよ。だがな、現実問題としては希少な系統も使い勝手が悪いだけなんだぞ。秘めたるポテンシャルは大きいし、チームに入れば使い勝手が良いのも事実だがな」
現実に引き戻す隆志に恨めしそうな視線を向けるが素知らぬ顔でスル―される。
万能系――全ての系統を使いこなす系統と字面にすればチートと言いたくなるような素晴らしいものなのだがそこまで強い系統ではなかった。
特化しない、できない万能系は同じ土俵で戦った場合100%負ける。
器用貧乏になりがちなのだ。
全系統を収めないといけないため桁違いに習熟も難しい。
また、新系統と言えば聞こえは良いが逆に言えば練習方法もまともに確立されていないということである。
それを補えるメリットもたくさんあるが、それ以上に扱いが難しい系統でもあるのだった。
「まあ、お前さんは習うよりも慣れろって感じだから、真由美のやつから身体に叩きこんでもらえばいいか。ただ、どうやって戦うのかってことだけはしっかりと考えておけよ。おそらくだが、最終的に極めても押し負ける可能性が高いからな」
「叩きこむって……、まあ、別にかまわないですけど」
「頑張ってください、佐藤さん。私も微力ながら協力させていだきます」
「え、あ、ありがとう」
何故かやる気に満ち溢れた優香に激励される。
健輔は入学してから今日に至るまでの身体に教え込まれた日々を思い返していた。
もしかしてあの日が再来するのだろうか。
戦々恐々としながらも隆志の言葉は忘れないように心に刻みつけておく健輔なのであった。




