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総合魔導学習指導要領マギノ・ゲーム  作者: 天川守
第2章 夏 ~飛躍の季節~
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第48話

 空間投影されたキーボードの上を白魚のような手が踊るようにタッチを続ける。

 美しい手を持つ女性は穏やかな空気を纏いその場にいるだけで人を和ませる空気を持っていた。

 彼女が今いる施設は魔導機から転送された情報を集約している施設であり、天祥学園の

目的である魔導を世に普及するために必要な全てが集まっている場所でもあった。

 そんな学園でも最重要な施設で女性はニコニコした笑顔で生徒のデータを確認していく。

 自主性を重んじる学園では各チームでの指導内容などは学生側から聞かれない限り教員たちが手を出すことはない。

 しかし、世の中には万が一ということは常にありうるものだ。

 そのため、教員たちは念のためこういう施設で常にデータのチェックを行っている。

 普段は管制AIが大凡のチェックを行ってから教員に要注意の人物のデータが送られるのだが、この日は1人の女性が全てを自分で確認していた。


 「あら~、優香ちゃんも佐藤くんも~すごく~伸びてますね~」


 女性の前には魔導機から転送されたデータを元にグラフ化された2人のデータが表示されている。

 合宿前のデータと比べてみると一目瞭然の違いがあった。

 全体的にレベルアップしているのは当然だが、登録術式の数が増えていた。

 初心者を脱すると初めにすることが術式を自分にあった形に改変することだ、当然チーム内のバックスから援助は受けているのだろうが、学校から手渡し物が半減してチームオリジナルものが倍近い数になっていた。


 「う~ん、これは早めに準備した方が~いいかもですよ~」


 データを見ながらな女性は呟く。

 急激な能力の上昇に魔導機が付いていけていない、特に健輔の陽炎は深刻だった。

 事前想定していた使い方と大分異なっているため、かなりのエネルギーロスが起きている。

 未だ汎用機を使っている圭吾や美咲も性能が本人に追い付いていない。

 ぐんぐん伸びている時期に装備に足を引っ張られて実力を出し切れない。

 そんな事態になりそうだった。

 

 「高島君と~美咲ちゃんも申請を~出しておきましょうか~。佐藤くんは~これはもうちょっと上に話を~通しましょう~」


 決断した女性はデータを自身の魔導機に転送すると、ロックを掛けて外に出る準備を始める。


 「ミチザネさん~後はよろしく~お願いしますね~」

 『承った』


 女性が部屋を出ると室内は最低限の電力を残して閉鎖状態になる。

 後を託された管制AIは静かに引き継いだ仕事を始めるのだった。




 「それでわざわざ、学年主任に予算申請をしに行ったんですか?」

 「ええ~、だって~こういうのは~早めに~対応しておかないと~ダメですから~」


 健輔の担任教師大山里奈の自宅で彩夏と里奈の2人は新しい魔導機について話し合っていた。

 

 「まあ、データを見るにかなり既存のカスタム機とは違う感じにしないとダメみたいですね。九条さんの方は例の能力も込みでフレームを考えないとダメですかね」


 優香と健輔の昨日時点でのデータを見比べながら、設計を見直すべき部分について考える。

 

 「毎年基本的にこの時期は死ぬほど忙しいですけど、今年も同じみたいですね。今から頭が痛いです。新人の子を調節に回して監督としてAIを複数置きますか。これで大分ヒューマンエラーは抑えられるでしょう」

 「設計局は~忙しくなるわね~、よかったら~データを貰っていいかしら~? 佐藤くんのは~私が設計し直すわ~」

 「それはありがたいですけど、あなたは桜香さんの魔導機の調節を筆頭に仕事はかなり多いと思うんですが、その辺りの対策は?」

 「別に~プライベートの時間を~削ればいいじゃない~。楽しみだわ~、今から基礎設計を進めるわね~」


 親友の奉仕精神に幾分呆れながらも、本当に嬉しそうな表情に溜息を吐く。

 生徒のことが大好きな里奈だがやはり担当のクラスから大きく伸びる生徒が出るのは違う喜びがあるのだろう。

 いろいろと試したいことがあるのかノリノリでデータの編集を行っている。

 

 「それで? どんなプランを考えてるんですか?」

 「アメリカで~流行ってるらしい~管制AI搭載型にしたいわね~。所有者の~判断を助けるタイプがいいと~思うの~。ここまで伸びれば~多少高級にしても何も~問題ないと思うし~」

 「ふむ、通常のカスタム機では対応できない部類ですか? 音声認識タイプでも大丈夫ような感じがしますが」

 「ん~えっとね~、真由美ちゃんから~メールが来てるんだけど~そういう~レベルじゃないわ~。制御の難しさもそうだけど~状況判断が~シビアだわ~。普通のじゃあ~ちょっとロスが大きいかも~」


 魔導機(ツール)と呼ばれるものこれは電子製品であり魔力伝導性なども考慮された上で開発された現代の杖だ。

 イメージを補佐する面もあるため剣型、ガントレット型、まんま杖型などといろいろなタイプがある。

 基本的に入学したばかりの学生には手帳サイズの汎用型が配布される。

 これは魔導の行使を観測する以上のことはできないため、左程良いものではない。

 この初心者機が終わると本格的な魔導機を渡されることになる。

 希望するスタイルで渡される形は異なるが基本備えているのは、データを観測する機能とイメージ補佐としての形、後は魔力を通り易くした媒介としての機能以上の3点となる。

 真由美のチームなら圭吾と美咲がこれを使用していて、1年全体では8割がこの魔導機になっている。

 次の段階がカスタム機、つまりある程度自分の特性にあった魔導機だ。

 これは前述の機能に合わせて、扱う人間に合わせた調整が行われている。

 そこそこ高価だが、最大でも5万レベルのものがこのランクになる。

 入学時に教科書代代わりにお金を払っているため、ほぼ全員が最終的にこのクラスを持つことになる。

 カスタム機の調節はチーム内か、もしくは商業エリア内のショップで基本無料で行ってくれる。

 最後は専用機これは優秀な魔導師、カスタム機ですら足りないものたちが使う魔導機となる。

 優秀であること以外にもいくつか条件があるが採算など考えない完全ワンオフの機体になる。

 劇的に戦力を向上させるものではないが、それでもカスタム機とはやはり違う。

 そんな専用機だが問題がないわけではない。


 「難しいですね、複数プランを考えますか? 管制AIは本人に合わないこともあるでしょうし、アメリカでもあれは割と問題が多いですからね」

 「確かに~処理能力が上がりすぎて~公平性を~損ねるとか言われてるんだっけ~?」

 「ええ、今までの専用機なら本人の努力の成果ですからそこまで言われなかったんですけどね。流石に魔導機で格上を打倒するのはやりすぎたようです」


 専用機の問題、それは公平性の観点からのものである。

 魔導競技はスポーツの体を取って競争を推奨しているが、授業でもあるという複雑な性格を持っている。

 なるべく機会は平等であるべきだし、実力以外の面はイーブンであるべきだ、という理念は至極正しいものだった。

 専用機はそのグレーラインを行ったり来たりしていたのだが、AI搭載型がその線を越えすぎてしまったらしく最近激しい論争が起こっていた。

 

 「個人的にはどちらでもいいんですけどな。カスタム機も技術の進歩で安価で強力になってきましたから、あんまり意味のない論争ですしね」

 「そうね~最後はきちんと~落ち着くと~思うわよ~」

 

 実際、専用機は勝負の決定的要素になるわけはない。

 論争のきっかけになったのは希少系統を保持していた少年が専用機を保持してから実力が大きく伸びたため、それに難癖を付けた相手がチーム内にいたのがきっかけとなっただけである。


 「生徒の中には専用の魔導機が欲しくて頑張る子も多いし、3年になれば半分くらいは持ってますから、大丈夫だとは思いますけどね」

 「うんうん~」


 1教員に過ぎない自分がそこまで考えても仕方ないか、と彩夏は話題を変える。

 自分が言い出しておいてあれだがあまり話していて楽しい話題ではないからだ。


 「では、佐藤くんはお任せしますね、九条さんの方は私のままでいいですか?」

 「優香ちゃんは~そんなに試作から変えなくても~大丈夫よ~。ちょっと変換効率を上げるくらいでいいんじゃないかしら~。今のままだと~能力を使うと~処理しきれない可能性が高いわ~」

 「そうですね。それにしても末恐ろしいですね。去年、桜香さんを見た時も同じことを思いましたが、どこまで伸びるのかわからないですよ。大凡完成してると思ってた能力がまだ発展してるんですから」

 「いい意味で誤算だったわね~、今の試作機でも秋の前半は~大丈夫だと思ってたのだけど~」


 それから2人は詳細なデータを突き合わせながら新しい魔導機の設計に移る。

 夏に己を逞しく鍛えた彼らに相応しい刃へと新生させるための準備が知らないところで着々と進められているのだった。


 



 夜の学校。

 しばしば怪談の種になるこの物件は独特の雰囲気を以って、夜に存在している。

 ある意味で恐怖の代名詞になりそうなそんな場所は、夏休みの常の通り人の気配を――


 「崩れるから! 押さえて、そこのタワー!」


 うわー、と崩れたタワーに飲まれた男子学生の断末魔の叫びが夜の校舎に響き渡る。

 

 「あちゃー、みんな、救出してあげてー。何人かは私と一緒に書類整理で」

 『はい!』


 静かなはずの校舎で騒がしく何かの準備を進める謎の集団。

 彼らが占拠する教室には『放送部兼大会運営本部』という張り紙がされていた。

 彼らこそ魔導大会を影から支える立役者、天祥学園放送部である。

 

 「なっちゃん、ハワイの方にはもう1回行くんだよね?」

 「あ、はい。最終日にも模擬試合をやるそうなので、行く約束をしてますよ」

 「どうしようか? なっちゃんに行って貰うのでもいいんだけど、って確かヨーロッパの方もあったよね、あーどうしよう」


 この部屋だけで50人ほどの人間が詰めている。

 この運営本部、当然放送部の人間だけではなく大会に参加していない有志の生徒たちのボランティアも多く存在している。

 放送部だけでは単純に人手不足でもあるし、あくまでも中心が放送部というだけなのだ。

 どうして放送部が大会運営を行っているのか、普通生徒会ではないのかと思うものも多いだろうが、それにはきちんとした理由がある。

 生徒会は大会に参加している人間が多いのだ。

 それに対してその性質上、放送部は大会参加者が0だった。

 ただそれだけのことである。


 「飯島くんとかに行ってもらおうかなー」

 「ダメですよ、先輩はもうアメリカの応援に行っちゃいました」

 「あーじゃあ、さっちゃんとなっちゃんで行ってくれる?」

 「私たち1年生ですけど、またですか? 先方にそれで怒られるのいやですよ」

 「まゆのところなら大丈夫でしょ」

 「部長、知り合いなんですか?」


 放送部部長はニヤリとその切れ長な瞳を煌めかせて、ドヤ顔で決める。

 

 「クラスメイト!」

 「……微妙な間柄ですね」

 「ま、大丈夫しょ! それよりも本戦のスケジュールだよ。どういうローテーションで回す? 総当たりなんてアホな形式とっとやめてほしんだけど、マジで。スケジュールが殺人的だし、勘弁して欲しいわ」

 「1年にそんな大事なこと相談しないで下さい、部長。それに言われても困ります」


 やたら慌ただしく賑やかな部屋でも準備は進んでいる。

 この放送部だけでなく多くの人間の努力と協力があって初めて大会は恙無く進められるのだ。

 健輔たちが最後のスパートに入ったように彼らの本番も近づいている。

 みんなで作り上げる大会を少しでも良いものにするために。

 各々、異なる理由であれど1つの目的に向かって邁進するのだった。

 こうして最終週の初日は終わりに向かったのである。


最後まで読んでいただきありがとうございました。

次の更新は金曜日になります。

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