第46話
「気合を入れてたらしいがいきなり出鼻を挫いてしまって悪いな」
「詳しく知らないんでちょっと話は聞いてみたかったですから気にしないで下さい。部長から必殺技を作れとか、無茶ぶりされたんで術式を知る良い機会だと思ってます」
決意からの翌日。
ついに合宿の最終週に入った健輔を待っていたのは真由美の厳しい扱き――ではなくバックス陣の勉強会への出席だった。
本来戦闘陣営である者がバックスの研究会に参加する利点は多少自分で術式を弄れるようになるくらいしかない。
しかし、万能系たる健輔だけは他のメリットが生まれるのだ。
それは、
「真由美のやつの考えもわかる、お前は戦闘中にバックス系統を使うようになったのだろう? ならば、ここに来るのは意味があるさ。設置型のトラップなども地力でやれるというのはかなりのメリットだ」
早奈恵が語った内容、それこそがメリットになるのだ。
バックス陣営が戦闘に参加できない理由は簡単だ、基本的にバックスに分類される系統は戦闘に向いていない、というかできない。
今は術式が整理されているため、空を飛んだり障壁を展開することは魔導機の補助があればそこまで難しくはない。
しかし、それと戦闘ができるのかは別問題なのだ。
何よりこちらの進路を選んだものは基本戦闘をしたくない、もしくは怖いというものが大多数を占める。
固定系はトラップの設置が行え、流動系は魔力の流れを解除するつまり障壁に対する破壊系並のキラー系統に成り得るがどちらも2つしかないスロットを埋めるにはデメリットが大きい。
以上のような理由を以って、バックス陣営は直接戦闘に参加していない。
無論、何事にも例外は存在するものである意味その例外に属しているのが健輔だった。
「っとお前に構ってやりたいのは山々だがこっちにも予定があるからな。美咲、相手を頼む」
健輔にとっても全員の時間を奪うより友人である美咲の方が緊張などもしなくていいため都合が良い事は間違いなかった。
ただ巻き込まれてしまった美咲に対しては健輔は申し訳なく思っている。
健輔に時間を掛けただけ彼女は他者より遅れるのだ、無論何日などという時間を奪うつもりはないのだが。
「はい! じゃあ、外にいこうか健輔」
「おう、……悪いな」
「気にしないでいいわよ。それじゃあ、私たち行ってきますね」
「ああ、復習のつもりで教えてやれ」
美咲に連れられて健輔は外に向かう。
理論的な部分は一朝一夕で身に付くものでもないし、実戦的なものを健輔1人に教えるために全体のバランスを崩すわけにはいかない。
そのため専属コーチとして美咲が派遣されたのだ。
「さてと、それじゃあテキパキいくわよ。時は金なりってね。健輔も大凡は知ってるだろうから知らないところだけいくね」
「うっす、頼むわ」
こほん、と1回咳払いをすると美咲は手元に術式を生み出す。
円形の陣の中には適当に子どもが書いたような滅茶苦茶な線が引かれていた。
初めて見た時はこれが魔導式と呼ばれるものと知って、訳がわからなかったことをよく覚えている。
普通魔法陣というべきものは円の中に星だの何だのが書いてあるもの、というイメージがあったからだ。
「微妙な表情だね? 気持ちはわかるよ、私も初めて見た時に何事! って思ったもん」
「だよな、理由を説明されなかったらドッキリでも仕掛けられてるのか疑わないといけなかったよ」
円があって、その中を行ったり来たりしている線が滅茶苦茶に書き込んである、その理由は簡単である。
これが魔力の動きを焼いたものだからだ。
魔導とは魔力の活動のことである。
大気中から魔素を取り込み、体内の魔力回路から特定の働きをする魔力を吐き出す。
究極的に単純化したならこれこそが魔導の本質になる。
「知ってると思うけどこれが『固定系』、魔力の流れをそのまま固める系統、その事を応用して私たちは術式を作って来たわ」
「うんで、流動系はそれを崩す、つまり組み替えれるんだよな? だから、バックスはこの2つがメインになる。創造系もあるけど、あれは汎用性高すぎるだけだからな」
全系統の中でも創造系は飛び抜けてやれることが多い、その分決定打に欠ける系統でもあるのだが、その汎用性は万能系とは別の意味である種の万能性があると言っていいだろう。
「研究が進んだから魔力の流れには実はパターンがあることがわかってるんだ。それを学んで私たちはよりよい術式を研究する、とバックスに取って実戦は自分たちの術式を試す場所みたいなものなんだ」
「へーなるほどね、それでバックスはどんな形であれ参加してるんだな」
あの系統の魔力をこう動かしたら何かできるのではないか。
魔導研究はそんなことばかりしているらしい。
転送と言った既存の系統に当てはまらない魔導もその過程で生まれてきた。
何か規則性はあるのか、あるのなら意味は、と今だ魔素のことさえよくわかっていないのに応用研究たる魔導は物凄い勢いで進歩していたのだった。
「あ、だからって別に手を抜いてるとかそういう訳じゃないよ? バックスが設定されてるのはそれが理由ってだけだからね」
「わかってるよ。別に俺たちを実験台にしてるとか思ってないし、安全確認はちゃんと審査してるところがあるんだろ? 一生懸命俺たちのために研究してくれてありがたいさ」
「こっちもきちんと使ってくれて嬉しいよ、ありがと」
固定して、流動で動きを操るこれによってバックス陣は自分の系統ではない魔導を使用することができる。
もっとも時間が掛る上に普通に系統を使うように魔力を流して終わり、というわけにはいかないので戦闘に用いれるのは魔導機に登録できる分だけだ。
それもあって彼らはバックス、つまり支援であり後方担当に割り振られたのである。
戦闘と言う緊張状態が魔導の成長に最適なのは間違いなくそれはバックス系統も同じだ。
なるべく近い場所で戦闘に参加しているという実感をつけるためにこのような形が基本となった。
「それじゃあ、健輔に重要そうな技能についての説明するね。今、私は片手に1つの魔導式を展開しているでしょう? ここにもう1つ追加します」
「ふむふむ」
「そして、さらにもう1つ追加します」
「ふむふむ?」
「さらにもう1つ追加します、合計4つの術式を4つ起動します」
「あ、はい」
段々と顔に疑問符が張り付いてきている健輔を華麗にスル―して美咲は説明を続ける。
「後は、簡単です。個々に別の機能を持った術式を制御する。これがバックスの基本にして最重要技能、多重制御です。わかりましたか?」
「え、終わり?」
「うん、終わり」
妙に小さい子に教えるように丁寧な言い方だったのも若干気になったが、それよりも目の前の問題に対応しないといけない。
「どうやるのよ、それ。というか戦闘中にできる?」
「難しくはないと思うよ、勿論私たちみたいにいっぱい同時にやるのは無理だと思うけどね」
噛み合ってるようで噛み合ってない会話が行われる。
健輔は別に難度について問いたかった訳ではない、バックスの技能が戦闘に使えるのか、ということが聞きたかったのだ。
「あー、そのさ。別に難易度について聞きたいんじゃなくて」
「なくて?」
「うん、これ戦闘中にやるの無理臭くない? 目の前で手いっぱいです」
「へ? ……うーん? ……あ、そうか、ごめん前提を忘れてたよ、ヴィオラちゃんがそうだから健輔もてっきり同じことができるのかと思ってた。ごめんね、もう1回説明させて」
「あ、ああ、別に構わないけど」
そう言うと美咲は再度4つの術を展開してみせる。
そもそもこの段階から健輔は躓く。
4つの術を使用することはできるが制御は無理である、何故なら魔導は系統ごとに1つの行動しか基本的には発動できないからだ。
魔力と意志を乗せて行われるのが魔導、自分を分割でもしないと魔導機の補助を超えた術は制御できない。
真由美のような高位の術者なら同じ系統の動作を同時にこなすことが可能だが、彼女は高校世代の魔導師で5番目の存在だ、あそこを基準に考えてはいけない。
「健輔の疑問はわかるから、そこから説明するね。バックスはある訓練するんだけど、それが複数の術式を一斉に制御するもので、多重思考って言います。別名分割思考」
「多重思考? あれ、それってどっかで聞いたような気がするぞ」
「多分ヴィオラちゃんじゃないかな? あの子はアメリカの多重思考試験に参加してるらしいから、術式の制御力が凄く高かったんじゃないかな」
ヴィオラ・ラッセル。
健輔にとっても印象深い相手だった。
合宿中結構な頻度で戦ったのもあるが、初めての戦いで系統の可能性を魅せつけてくれた相手でもある。
恐ろしいまでの制御力と確かな操作術を見せてくれた相手だったが、多重思考がそこに関係しているらしい。
「文字通り多重思考は思考を分ける、別に本当に分けるわけじゃないけどね。分けたように操作するってやつなんだ。バックスは最初期からやってたけど、戦闘中はその状況から難しくてね、ずっとできなかったんだよ。それにあんまりいらないってのもあったんだよね。簡単な術の制御は私たちが手伝ってたし、大元の系統は習熟でどうとでもできるからさ」
「はあ、それでその技術が俺の強化に関係あるのか?」
「健輔の万能系って広く浅く収めるわけでしょう? 手札の量で相手を押しつぶすわけだし、だったら持っていて損じゃないはずだよ。ヴィオラちゃんは多重思考を行えるようにする計画の参加者なんだけど、その制御能力は私よりも知ってるでしょ?」
美咲の提案に健輔は考え込む。
確かに知っていて損はないだろう、他の系統ならともかく万能系は割と制御関係が命綱な面が強い。
制御が上がればそれだけで使える系統数も増えるからチャレンジしておいて損はない。
美咲と同じ結論に至った健輔はしっかりと頷きかえす。
「じゃあ、レッスン1。私が用意した2つの術式を同じ力で維持する訓練から行こうか。2つは平均だし、みんなできるけどここを磨くだけでも大分変わってくるはずだよ」
「おっしゃ! よろしく頼む」
「はいはい、あんまり力まないでね」
2つの魔力球を生み出して同じ力で維持する。
慣れてきたら他の動作をしながら魔力球を維持し続ける、そういう風にステップアップしていく。
自分もやったな、と懐かしい気分になりながら美咲は健輔に指導を行うと同時に観察術式を発動する。
エネルギー値を計測してミスがあれば再度初めからやり直し勧告する簡単な術式である。
「監視にこれを置いていくね。時間とかも教えてくれるし、何かわからないことがあったらこれに話しかけてくれたら念話が繋がるから」
「ああ、ありがとう。そっちは戻るんだよな」
「うん、呼び出しは遠慮しなくていいから、それじゃあ、またお昼に」
「おう、そっちも頑張れよ!」
挨拶をした後、健輔は真剣な表情で魔力球を作り始める。
見た目に反して結構きついこの練習で健輔のバックス陣に対する印象が大きく変わるのだがそれはまた後の話である。
今の健輔は自身のパワーアップのために目の前の課題をクリアすることしか考えていないのだった。
「はい、制御が甘い! もう1セットだよ!」
「はぁ、はぁ……はい!」
魔力で身体能力を大幅に向上させることできる魔導師が息切れしている。
息切れと近い症状で魔力切れである、正確には魔力が切れてるのでなく魔素を魔力に変換できなくなっているのだ。
優香の番外能力――過剰収束能力の使用で起こっているのだ。
魔力切れは誰にでも起こりえるが、ほとんどの場合その手前で自主的に止まるのが普通だ。
しかし、優香の制御下にない能力は彼女の限界を超えてもエンジンを回し続ける。
結果、魔力切れになり優香の体力も大きく削り取ってくるようになるのだ。
「はいはい、まだ走り込みだよ? こんなところでへばってどうするの」
「はぁ、はぁ……ご、ごめんなさい」
「謝ってもねー、わかったわ。ちょっと休憩にしましょう」
真由美が言うや否や優香が砂浜に倒れ込む。
飲み物を手渡すと、普段のお淑やかさなど微塵も感じさせない豪快な飲み方で飲み始める。
真由美は直ぐ傍でその様子を見ながら、今後のプランを組み直していた。
(これはまずいね。時間がないのにここまで体力がないとは思ってなかったよ)
優香の運動能力を高く見積もり過ぎていた。
致命的とは程遠い事態だが、予想外は予想外だった。
(うーん、この方法は合わないかもしれないなー。となるとあっちに変えますか)
当初の予定では魔力切れの状態で能力を回して身体を慣らそうと思っていたのだが、おそらく慣れる前に潰れてしまう。
強制的に優香の魔力キャパシティを広げるつもりだったのだ、繊細な優香には無理そうだった。
(さなえんの言う通りか……「お前ぐらいの脳筋ならともかく普通の女の子は魔導で身体までは鍛えないし、男を超えることもない」、だったけ? いやー流石さなえん、見事な予言です)
ポリポリと頬を書いて親友の慧眼に降参の意を内心で示す。
流石、私の知恵袋と微妙に自画自賛のようなことも真由美は思っていたが。
実は失敗でした、などという部分はおくびにも出さずに計画通りという自信満々の表情で次の練習を指示する。
「それじゃあ、次にいこうか。さっきまでのやつよりも優香ちゃんにあってるはずだから、頑張ってね!」
「はぁ、はぁ、はい!」
「よろしい、じゃあ空に行こうか。最小の魔力で飛んでみて、そこから感覚を掴んでいこう! 過剰な魔力を押し流せるようにね」
「わかりました!」
合宿の最後の週、総仕上げに各チームが動き始める。
どこのチームも夏休みの最後は魔導機の調整に当てるのが定石になっている。
そして本戦は試合間隔がせまいため、長期間の最後の練習がこの週になる。
だからこそ、今までも過酷な練習を自分たちに課すのだった。
最後の夏が、始まった。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
次の更新は日曜日になります。




