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総合魔導学習指導要領マギノ・ゲーム  作者: 天川守
第2章 夏 ~飛躍の季節~
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第45話

 2周目の最終日たる7日目。

 午前中は総当たりに近い形で各メンバーを当てていく模擬試合中心。

 午後は個々の弱い部分を強化していく練習中心。

 やっていることは今までとそう大差はない、ないのだが普段と違う部分があった。

 ハンナと真由美、両チームのリーダーが練習に参加しないで様子を観察していることだ。


「ふーん、最初とは1年生の動きが大分代わってるわね。半年の間に実戦がなくて錆ついてた2年も大分贅肉が落ちたんじゃないかしら、それは3年生も同じだけどね」

「そうだね、私たちはもう急激に何かが伸びるってこともないからね。2年生組みは下の子たちの相手をしたことで見えてきたのもあるだろうし」


 やたらと好調な葵に視線を送る真由美。

 昨日の敗北はやはりちょうどよい薬になったようだ、一皮剥けてくれた。

 本音の部分では押さえないといけないとわかっていたのだ、1度納得してくれれば後は大丈夫だろう。

 練習や試合の行方といったものとは別の部分で胃を痛めた甲斐があるというものだ。


「チームのお母さんは一安心かしら? 葵は反骨心が強いもんね。理解はできても納得できないあの子を納得させるにはあなた以外の子で相手をしないといけないけど、あの子とまともにやれる前衛が3年にはいないものね」

「本当だよ、最悪優香ちゃんに能力を使ってもらって相手するぐらいしか必勝法はないっていうね。1対1なら我がチームナンバー1とも言えるんだもん。私だって近づかれたら終わりだよ」


 妃里は葵と同じ火力型、武器は剣と間合いでは優っているが火力で負けている。

 つまり普通に殴り負けするため勝てない。

 隆志はメインが創造、サブが身体系という優香と同じ高機動型なのだが、優香より機動力は劣る。

 技量は高いため相性は悪くないのが、収束系を持つもの常として防御も硬い葵には有効打がない、これは優香も抱えている問題である。

 優香の場合は、一応奥の手があるが真由美もあれは例外を除いて使わせるつもりがなかった。

 早奈恵はバックスであるためそもそも勘定に入らない。


「2年の前衛はあおちゃんと、剛志君だけ。そして剛志君は破壊系だからね。確実にあおちゃんには勝てない。1年生も優香ちゃんが消えて、圭吾君と健ちゃんの2択だからねー。本当に難題だったよ」

「ちゃんと解決してよかったじゃない。あの調子なら来年も任せれそうだしね」


 この間はいいように隆志に翻弄されていた葵が無表情で彼を沈めていた。

 もとより冷静になれば近接戦で彼女に勝てる相手の方が少ない。

 収束系は機動力の上昇も行えるのだ、間合いを除けば単純な戦闘能力では葵の系統の組み合わせ――メイン収束系、サブ身体系――は最強クラスであった。

 彼女の場合はほとんど攻撃に回しているが故に機動力の低下だった。

 落ち着いて対処すれば高機動型以外は十分に捉えられる。


「健輔の方も順調みたいね。葵に勝ってからは調子がいいわ」

「うん、あおちゃんに勝って自信が付いたんだと思うよ。思い切りがよくなってるね。自分で作ってた枷を壊せたみたいでよかったよ」

 

 真希、和哉、サラと今日は既に3連勝だ。

 個人戦闘能力が低いサラはともかく真希と和哉に快勝したのは素直に褒めるべきところだろう。

 特に戦術に長ける真希を予想も使いない系統の使い方で翻弄しきったのは素晴らしかった。

 戦力差をひっくり返すのにもっともポピュラーな方法は奇襲だが、常識の斜め上から襲い掛られるのは十分に奇襲の範疇だ。

 しかも、対応が頗る難しい。


「健輔に仕事をさせないようにするには力押しが1番ね。後はそこに対する練習が必要になってくるって感じかしら?」

「うん、あおちゃん、私。後は制御ができるようになった優香ちゃん。天敵はそんなところかな。もちろん、ハンナもそうだけど。ただ、私とハンナは近づかれたら終わりかな」

「そうね、私たちでは接近されたら防御する手段がないわ。そもそも、あれくらいの機動なら接近させないけどね」


 自信の溢れるハンナの言葉に笑みを返す。

 彼女と同じように真由美も接近させなければいいからである。

 1対1でも本気を出した彼女に簡単に接近できるなどと思われたら困る。


「そっちは目的を達成できそう? 結構こっちのことばかり手伝ってもらったから大丈夫なのかすごい心配なんだけど、合同合宿だから必要なことはなんでも言ってもらっていいんだよ?」

「ありがと、でも問題ないわよ。こっちの狙いは合宿ができた時点で大体達成できてるから。見てちょうだい、ヴィエラもヴィオラも、それに他の子たちもやる気に溢れてるでしょう? 私はあの光景を作りたかったのよ」

 

 目を細めて眩しいものを見るかのようにハンナは真由美に話す。


「よく言えば自信、悪く言えば慢心、こういうのって紙一重だけうちのチームはちょっと後者に近くなってからね。魔導先進国アメリカのナンバー2のチームだもの、後は『皇帝』率いるチームパーマネンスを倒せばって言うのはやっぱりあったのよ。他国なんて眼中にない、って感じのやつがね」

「ありゃ、去年は交流戦だけで大会なかったのもんね。カリキュラムの影響と言えば仕方ないけどさ」

「強いところと当たってればよかったんだけど、運悪く、いや運良くかしら普通のところばかりで快勝しちゃってね。あなたのところは公式戦では外に出てこなかったんだもの。あれは私もびっくりしたのよ?」

「いや、いろいろありまして」

 

 去年は本当にいろいろあったのだ。

 学校的な意味でもそうだし、私的な意味でもそうだった。

 そこそこ連絡は取っていたが国の違いと言うのはやはり大きかった。


「ま、そんな弛んでたところの引き締めもこれで大丈夫でしょう。後は本戦に向けての調整を完璧にこなすだけよ。あなたには見て貰ったけど次代の『流星』をしっかりと目に焼き付けて帰って貰わないとダメでしょう?」

 「おやおや。ま、連勝して帰らせてもらいますよー」

 

 お互いに必勝を誓いあう。

 今までのきっとこれからも2人の友情はこんな形になるのだろう。

 お互いに似たようなことを考えているのがおかしくなったのか、真剣な表情は崩れて笑いあうのだった。




「ごめんね。わざわざ、練習を抜けてもらってさ」


 練習場の直ぐ傍には更衣室などがあり、そこには簡易的な会議室もある。

 大人数での簡単な作戦などが立てやすいように用意されたとのことだ。

 その1室で近藤真由美はチームメイトを1人ずつ呼び出して面談を行っていた。

 最後の1週間をよりよいものにするため、各メンバーから聞き取りを行うためだ。


「いえ、皆さんやってることだと思うので気にしていません」


 白い肌に少しだけ汗が滲む肌はなんとも怪しげな雰囲気を漂わせていた。

 まだ15歳と言うのに目の前の美少女、九条優香は得も知れぬ色気があった。

 

「優香ちゃんにはもう1個謝っておかないといけないことがあるからね」

「あ……」

「一昨日の模擬戦、あれは私が嗾けたみたいなものだからさ。本当にごめんなさい」


 スッと見事な角度で真由美は頭を下げる。

 本人のためを思ってやったことだが、無理矢理だったのは疑いようのない事実だった。

 一応部長、リーダーの地位にあるため不特定多数に対してホイホイ頭を下げるわけにはいかなかったがけじめは必要である。


「頭を上げてください。わかってます。これ以上隠してるのは私が辛かったですし。……大元にあるのは私の未熟が原因です」

 

 優香の言葉に応じて、頭を上げる。

 表に引きづり出した優香の番外能力(エクストラアビリティ)――研究機関には過剰収束能力(オーバーリミット)と名付けられた――は見た目が収束系の放出現象と変わらないため、致命的な失敗を犯すまで判明していなかった能力だった。

 これの厄介なところは魔導のレベルが低い時には大した力を発揮しなかったことである。

 中等部の3年生の授業中、系統を選択して初めて魔力を全開した時に発動したのだ。


「優香ちゃん、あなたの能力は一定段階まで魔力を高めると、回路の能力を超えた量の生成並びに放出を本人の意思とは関係なしに発動させてしまうもの。あなたの術式制御能力が上がったから発動といくらかの時間は制御できるようになったのよね?」

「はい、1分、いえ安全を重視するなら30秒程です」

「大分マシにはなってきたね、それで? 結局どうするのか、決められた?」

「……」

「あなたは少し時間が欲しいって言ってよね? 理由はわかるし、私も急かすつもりはなかったから、今日まで来たけどそろそろはっきりと決めない?」


 優香の番外能力はメリットとデメリットがはっきりとしている判断が難しいものだ。

 そこそこの歴史がある魔導では例外、つまり優香のように番外能力を持つものたちもそこそこの数が存在した。

 特に初期の頃は体系化も済んでいなかったため、割と滅茶苦茶な状況だったりしたこともある。

 その中には技術の進歩で番外から外れたものや、逆に進歩によって番外認定されたものもあった。

 危険な能力に対しては処置を施し封印するのが一般的だ、優香の能力は封印と利用の境界線上にある。


「前も言ったけど、優香ちゃんは普通にやってもいいところまで行くと思う。固有能力に覚醒する可能性は0じゃないでしょうし。汎用能力でも代替できそうなやつもあるしね。その辺りの処置も優香ちゃんなら簡単に受けられると思うよ」

「それは……」

「逆に受け入れるならあなたはそのための訓練をするべきだよ。本戦はどうしてもギリギリの戦いも増えてくる。こう言う悪いけど初戦の『黎明』は実力的には格下だよ」


 事実として『黎明』は格下である。

 真由美が率いるこのチームは新生のチームであるため実績は皆無だが普通のベテランチームに負ける程弱くはない。

 そんな『黎明』でも1個のチームなのだ、戦いに出てくる以上必ず勝利を狙ってくるし、実際真由美たちにいいところまで食い下がった。


「どこも知恵と勇気を振り絞ってくる。だから、ちゃんと考えて。受け入れるのか、捨てるのか。受け入れるなら今のままじゃあダメだよ。やり方を変えないとね」

「……」

「悪いけど時間もないの。リーダーとして本戦に出すならあなたの能力は封印、ううんもうはっきり言うね。本戦に出たいなら必ず封印して。受け入れるなら、少しでも早くお願い、制御の方法とかはいろいろ考えてるけど纏まった時間はもう来週しかないから」


 真由美としても簡単に決められることではないし本人の人生であるため、少しでも多く時間を上げたかったのだ。

 しかし、ここが限界だった。

 本戦は割と過密スケジュールなのだ、総当たりで行われる試合は秋の期間にかなりの頻度で試合を入れてくる。

 万全なら優香は最後まで制御しきってくれるだろうと信じているが疲労が蓄積すれば危うい。

 人としても、部長としても彼女が戦うことを選ばないのならその武器は取り上げないといけない立場に彼女はいた。

 痛いほどの沈黙が場を占める。

 健輔が強い瞳だと称した、その綺麗な瞳に覚悟を決めた色が宿る。

 こんな場所で急に聞いているように思えるかもしれないが、真由美としては優香がどんな選択肢を選ぶかなんてわかり切っていた。

 

「――教えてください、この力を私のものにする方法」

「――うん、良い顔だ。オッケー、来週はそれに全力を費やすよ。私が相手をするから、よろしくね」


 どれだけ穏やかに見えようが、ましてその裏に弱さが隠れていようが彼女も魔導師である。

 こんなものやってる人間は大抵負けず嫌いなのだ、特に自分に負けることだけは何があっても許せない。

 理屈じゃない感情の部分でこうなるだろう、と確信していた真由美は自分の勘の正しさに笑みを作る。


「それじゃあ、話は終わりだよ。次は健ちゃんだから読んできてねー」

「はい、これからもご指導の程よろしくお願いします」


 静かに立ちあがると、「失礼します」と綺麗にお辞儀をして優香は部屋から出て行った。

 真由美は魔導機に保存しておいた残りのスケジュールを確定にしておく。

 一生懸命考えた予定が無駄にならなくてよかったと人知れず、溜息を吐くのだった。




「えらく疲れてますけど後にします?」


 やけにさっぱりしたような、或いはふっきれた感じの爽やかな笑顔の優香から伝言を受けて面談にやってきた健輔が見たのは机に突っ伏している真由美の姿だった。

 健輔の言葉に顔を起こすとすごく仕事をやり切った感を出している笑顔を向けてくる。

 

「大丈夫だよー。精神的な重みがやっと消えてくれたから嬉しくてね。いや、本当に考えることが多くて最近すごく年を取った感じがするんだよね」

「はあ」


 気の抜けたような相槌だったが真由美も別に答えが欲しかったのではないのだろう。

 特に気にしたそぶりもなく話を始めた。


「健ちゃんはもう大筋決まってるから特に聞くことはないかなー。方向性もわかってるしね。ですので私からの所感をお伝えします!」

「所感? ですか」

「うん、昨日、一昨日そして今日と見せてもらったけど大分イイ感じになってると思うよ。無言での切り替えもうまいし、系統を組み替えるタイミングもかなり良くなってます。多分合宿で1番強くなったのは健ちゃんだと、断言できるくらい伸びてきてます」

「あ、ありがとうございます!」


 滅多にない真由美のべた褒めだった。

 チームに入ってからここまで褒められたのは初めての出来事やもしれないと健輔は妙な感動を覚えていた。

 

「問題点はもう伝えているからしつこくは言わないよ。ただ、追加で注意して欲しいことが1点あるかな」

「追加?」

「うん、地力についてとか、慢心するなとか散々いったよね? それに追加でもう1個。圧倒的な相手と戦うための切り札は用意しておいて」

「切り札? それってシルエットモードじゃなくてってことですか?」

「うん、必殺技とでも言うかな時間制限付きとかでもいいから、全てを掛けるのに値する技を用意して」


 いつもどこかに必ず余裕を持っている真由美が今回に限ってはガチだった。

 はいか、イエスで答えろ言わんばかりの目力を以ってこちらに迫っている。


「と、いきなり言われてもあれだよね。理由を言います。実は本戦つまり大会では必ず健ちゃんに押さえて貰わないといけない相手が2人います」

「へ? あの、それっ」

「1人は九条桜香、アマテラスのエースにして去年の交流戦でそれまで不動のナンバー2だった欧州の『女神』を下した。現在のナンバー2『不滅の太陽』」


 九条桜香――優香の姉にして健輔たちより1学年の上の日本が誇るスーパーエース。

 彼女が厄介なところはその魔力光からすら判別できる。

 去年チーム力の差で交流戦決勝においてアメリカの『皇帝』に敗北したが、個人技量では超えていたのではないか、とまで言われた逸材である。


「どうして健ちゃんに押さえて貰わないといけないのか。簡単だよ、単一系統じゃあ間違いなく葵ちゃんでも勝てないんだよ。あの子の番外能力は優香ちゃんのそれよりもずっと性質が悪いのよ」

「性質が悪い、つまり万能系じゃないと凌ぐこともできないんですね」

「ええ、簡単に言うと系統の性質を融合させるのよ。だから彼女は実施万能系と大差ないわ」


 桜香の普段のスタイルはメインを収束創造系、サブを遠距離身体系とする万能構成になっている。

 融合された系統は元の性質プラスαを持つ極めて厄介な相手になるのだ、その上融合する系統を切り替えることすら可能になったため文字通りの意味で隙が存在しない。

 普通に戦えば苦手な系統を融合されてすぐさま粉砕されることになる。


「その上、去年の試合の最中に固有能力に覚醒したらしいわ。それも2つ」

「なんすか、その化け物」

「端的に言ってもやばいからね。優香ちゃんと健ちゃんの2人がかりで押さえないと無理だと思うよ。これでも2人で抑えれる可能性があるだけすごいんだけどね」

「……これクラスがもう1人?」

「ううん、こっちは可能性の問題かな。元々、絶対に押さえて貰わないといけないのは桜香ちゃんだったから、こっちは後付けだよ。でも、間違いなく健ちゃんじゃないとダメ」

 

 聞きたくないなと思いながらも健輔は真由美に問う、一体誰なのか、と。


「魔導戦隊にいる正秀院龍輝(せいしゅういんたつよし)君だよ。健ちゃんと同じ万能系、ここまで言えば大体の理由はわかるよね?」

「――ああ、なるほどオッケーです。問題ないですよ」


 真由美の言いたいことは直ぐにわかった、自分と同じことができる相手。

 なるほど、それは確かに自分じゃないと押さえられないだろう。

 

「任せてください、きちんと役目をはたして見せます」

「うん、お願いね。じゃあ、健ちゃんはここまで! 次は圭吾君をお願いね」

「うっす、じゃあ失礼します」


 まだ見ぬ強い魔導師たち、示された目標を思いながら真由美の宿題にも思いを馳せる。

 必殺技、自分の切り札。

 なんとか形ぐらいは合宿中に作るべきだろう、もしかしたらいきなりアマテラスと戦うのも十分あり得ることなのだから。

 思ってたよりも余裕はないことに気付いた健輔は一層気を引き締めて練習に臨むのだった。


最後まで読んでいただきありがとうございました。

次の更新は金曜日になります。

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