第44話
「あー負けた負けた!」
砂浜に寝転びながら叫ぶ女性。
活発な印象を受ける美貌には敗北の悔しさが滲んでおり、彼女が本気で悔しがっていることがわかる。
もっとも、負のイメージをまったく持たせないのはこの女性が持つ人柄であろう。
悔しさの陰には自分を負かす程に成長した後輩への賛美の響きが確かに籠っていたのだから。
「負けちゃったねー。どうだったかな、健ちゃんの新しい戦い方。ちゃんといろいろ使ってたでしょう? 圭吾君とかにもいろいろ相談して用意してたみたいだから、確実に1回は勝てると踏んでたんだけど、対処が難しかったでしょ?」
「手強いとかじゃなくてしんどい相手と戦ったのはあんまりなかったですね。それよりも健輔もちゃんと決めたんですね。……そっか、じゃあ私もそろそろ次のステップにいかないとダメかー」
悔しいなー、と寝転ぶ女性に後からきた人物は笑みを向ける。
「だったら、強くなればいいじゃない。そうやってお互いに高め合う関係は素敵だと思うよ。私もハンナとそうやって強くなったんだもん。間違いなく今の私になるにはあの関係が必要だったと思うもん」
「むー、いいですよね。私は年下に負けたんですよー。それも正面からやって! あー悔しい。でも、次は絶対負けないもんねー」
「さっきからそれしか言ってないよ、あおちゃん。まだ練習はあるから早く戻ってきてね? 午後はまたお兄ちゃんに相手をお願いするから」
「了解でーす。あーもうこの悔しさは勝利で晴らすしなかいない! 首を洗って待ってなさい、隆志さん!」
がーーと気炎を上げる女性を見送り、彼女もその場を後にする。
最後にもう1度振り返って、誰に聞かせるわけでもない独白を残して。
「いい試合だったよ。あおちゃんに健ちゃん。もー、あんなの見ると戦いたくなっちゃって困るよね。ハンナに相手して貰うのもなー。ここは健ちゃんとの戦いを待つしかないのかなー」
「それで今日の模擬戦、私との試合でどんなもの使って戦ったのよ。隠すと噛みつくわよ」
1日の練習を終えて夕食の時間、健輔たちはいつもより多い人数で食事を取っていた。
急な予定変更にも全員の協力があったおかげもあり特に問題なく無事終えることができたのだ。
午前中に葵との、午後はサラとの模擬戦を行ったためか関係者が集ったテーブルはとても賑やかだった。
「噛みつく……葵さんだと本気でやりそうで怖いっす」
「本気よ? 私は有言実行の女ですもの」
胸を張って自信溢れる様子を崩さない、同級生たちははいはいといった投げやりな空気を漂わせて葵を見ていた。
「勘弁して下さい……。ちゃんと話しますよ」
「それじゃあ、最初から話すように! 結局健輔って今までと何が違うのよ?」
葵のもっともな疑問に健輔は簡単に纏めて答えた。
「万能系って他の系統と成長の仕方が違うんですよね。他のやつが重点的に練習したやつがぐんぐん伸びていって他のやつは伸びにくくなる。それに対して万能系ってどんだけ練習しても使い慣れるだけで特定の系統が伸びるとかないんですよ」
「それは私も知ってるよ、でも今日とか後は優香ちゃんと戦った時は普通に戦えたじゃんあれは何って聞いてるのよ」
「まあ、一言でいうと足し算してるんです。5+5は10になるでしょ? あんな感じですよ。とか言われてもあれですよね。えーとなんて言ったらいいかな」
うんうんと内容について悩んでいるとサラが助け舟を出してくれる。
「ふふ、健輔さん。数字を交えて説明するのは間違いじゃないと思いますよ。観念的な事を言われても想像しがたいですからね」
元々、健輔の新しい戦い方に絡んでいたこともあるし、教師を目指す彼女の話はとてもわかりやすく纏めてあった。
「葵さんを例にすると魔導系統というスロットが2つあるなら、そこに収束系と身体系がセットされていますよね? 大体数値にして3ぐらいまで鍛えたら後はスロットに入ってるものだけを鍛えれるようになります。キャップ、つまり制限が外れるわけです」
「うんで、10、20と俺たちは伸ばしてきたと、そういうことですよね? サラさん」
「はい、ありがとうございます和哉さん」
初めはみんな一定のレベルまでは同じように上がる。
そこからは適性を見たり、本人の希望で好きな系統を選択する。
これが魔導師になるためのプロセスである。
昔はこの時に1つの系統しか選べなかったのだが研究が進んだことで2つがデフォルトになった。
それをサラは制限が外れると表現したのだ。
「では、次に万能系です。これはちょっと複雑な系統です。名前のイメージで捉えると少し間違うかもしれないですね。さっきはある段階より進むために系統を選択するという形でしたが万能系にはそれが要りません。初めからキャップが外れています。ただし、単一の系統に絞って習熟することができません」
万能系は習熟が難しいとされるのがこの点である。
特化ができずに、必ず満遍なく全体のレベルが上昇するようになっている。
勿論使い慣れているなど数字に見えない部分での差異は出てくるが、今回はその辺りは考慮しなくて構わない。
「後は系統数の違いですかね。普通の系統はスロットに入れた2つ以外はほとんど使えなくなります。身体系だけが微妙に例外ですが概ねそのように考えてもらって構いません。それに対して万能系は同時に使用できる数が増えていきます。健輔さんなら普通は2つで最大で4つでしたよね?」
「はい、部長から聞いたところによると4から先はえらく時間が掛るようになるらしいですけど」
全体のレベルアップに合わせて同時に扱える系統も増えているのが万能系の特徴だ。
こういった他の系統と完全に体系が異なる強化がされるために特別何かをしている訳ではないのに、別系統として分類されているのだった。
他の系統は実行する役割で分けられているのに、万能系だけはいろいろできるから一纏めに扱われているのだ。
「今回健輔さんがやったことは単純な足し算です。仮に葵の収束系の習熟を15としたら健輔さんは1系統辺り5。3系統分足せば釣りあうことになります。本当は葵の実力はそんなに低くないでしょうし、健輔さんももう少し高いでしょう」
「実際はそこまで単純じゃないですけど、ある程度近くはなりますね。ここで具体的な数値考えても意味ないですしね。まあ、固有発現してるような人は30ぐらいはあるんじゃないですか」
今までは4つ系統があったとして全て別系統として扱ってきていた。
それを同じ系統を3つ使用したりすることでパワーの底上げを行ったのだ。
これが健輔の地力が上昇した理由である。
「へー、同じ系統を使うなんてよく思いついたわね。そもそも、そんなことできるなんて初耳だわ」
「試してみたらうまくいったんですよ。連絡した笹山先生が言うにはやっぱり万能系は他の系統と似ているけど違うとかよくわかんない感じのこと言ってました。俺も学術的なことはさっぱりなんで効かないで下さいね」
仮に健輔の系統習熟度が5だとしたら、2つの系統を足すと10になる。
実際は幾分ロスがあるため7ぐらいになっているだろうが、それでも地力が上がるのは間違いない。
「本当は別に足し算してるわけではないんですよ? 魔力使って本来1つの事しかできないのを2つ使ってやるから効果が上がってるように見えるっていうのが本当のところです。例えば、俺より少し上ぐらいの力量と同じ能力で正面からやったら普通に負けますからね」
「ふむふむ、なるほど! わかったわ。あくまでも、それっぽくってことなのね。じゃあ、今日の戦闘はちょくちょく入れ替えて効果を残しつつやってたわけか。納得したわ」
「うへ、こんだけ聞いたらネタばれるんですか。うわー、今度からもっとうまくやらないとダメなのか……」
足し算という表現をしているが本当に足しているわけではない。
複数の動作を1つの系統に織り交ぜるのは実は割と高等な技法である。
バックスの必須項目である多重思考などもそうだが、複数の作業を同時にこなすのは難しいのだ。
しかし、万能系はそれっぽいことが簡単にできる。
何せ同じ系統が2つ以上使えるのだ。
片方に攻撃、もう片方に防御などもできる、その場合はパワーが下がるためそれをどう補うのかが必要になってるのだが。
「それじゃあ、今日の戦闘の時のあれ。最後にラインが出てきて魔力を乱してきたでしょう? あれは、バックスの系統も混ぜたのよね?」
「あー、そうですね。魔力を込めて『固定』しておきました。ちゃんと探されたらばれますけどね」
葵との戦闘は正面からと見せかけてこそこそいろいろやったおかげでの勝利である。
例えば最初の高機動戦闘では、移動は高機動型で実行。
攻撃する時に、創造系と固定系に切り替えて罠を設置していたのだ。
普通戦闘中に相手から術式を書きこまれる心配などしないため、今回はうまくいったが警戒されると直ぐにばれてしまうようになるだろう。
「うんうん、なるほどねー。いや、これから楽しみになってきたなー。健輔、真由美さんとやるときは、この間のお礼も込めて叩き潰しなさい! 私だけ負けてるのは悔しいものからね、先輩命令です」
「どうやって戦うか、ただでさえ頭痛いのに勘弁してください。そこまで便利なものでもないですし、いろいろ考えるの大変なんですよ」
「健輔さんはうまくやっていると思いますよ? よく相手のことを見ていますよね。特徴のピックアップが大変御上手ですよ。私も改めて系統の相性について考えさせられました」
サラの戦い方は致命的に相性が悪い相手――真由美のチームでいうなら佐竹剛志――が存在する。
魔導師全体で破壊系を選んでいるものはほとんどいない。
万能系を除けば1番マイナーなのは間違いなく破壊系である。
そのため、そこまで相性に気を使わなくてよかったのだが、健輔との戦いでは顕著に相性問題が出た。
今後、大会が進んでい行けばノウハウを手に入れた分だけ健輔は厄介になっていく。
相性が重要な魔導で自在に姿を変える万能系はそれだけで脅威になるが、健輔の使い方がプラスされるとこれ以上ないぐらいに厄介な遊撃手に早変わりである。
葵との戦いから見てもわかるようにうまくやれば格上を食えるのだ。
「無言での切り替えも相手の不意を突くのには最適だしねー。誰だって今まで前衛の戦いしてたのにいきなり後衛になったら、それだけで驚くだろうね。これも立派な奇襲だよ」
「これはうかうかしてはいられないな。俺たちも対策を進めないといけないな。苦手な相手とどう戦うか。結局ここが問題になる」
「次は私が勝つわよ! 私も最近隆志さんにボコボコにされてたし、ここいらでお返ししないと。うん、そろそろ我慢を覚えないとね。いやーいい機会になったわ。でも、真由美さんは殴る」
言いたいことを言って2年生たちは席を立つ。
葵もそして真希や和哉も思うところがあったのだろう。
今後、ドンドン強くなって行くだろう後輩に負けないように彼らも対策を考えるのだ。
魔導師は誰も彼も明確に負けず嫌いである。
チームメンバーであろうとも、大人しく超えられるのも待つような人種ではなかった。
「私たちも今日は失礼しますね。ヴィオラ、ヴィエラいきますよ」
「失礼しますね、健輔様」
「皆様、また明日ー」
サラたちも席を立つ。
残ったのは健輔たち1年生である、圭吾も何かを考えているし、優香も思うところがあるのか少し重い空気を出していた。
「何考えているかわからないけど、俺たちもいこうぜ。いつまでもここに居ても仕方ないだろう?」
「うん、そうだね。僕はちょっと涼んでくるから先に戻っておいてくれるかい?」
「おう、あんまり遅くなるなよー」
あれだけ居た人数があっという間に優香と健輔の2人になってしまっていた。
考え込んでいる優香に健輔は話し掛ける。
「優香、帰らなくていいのか?」
圭吾がいなくなっていることに今気付いたのかきょろきょろと周囲を見渡す。
「あ、はい。すいません、私も失礼しますね」
「明日に疲れを残すなよー」
「はい、今日はお疲れ様でした。また明日」
ぺこりと頭を下げて優香もその場を後にする。
1人残った健輔も自分に割り当てられている部屋へと帰るのだった。
明日は2週目の最後、模擬戦などはないが週末の総括などがある大事な日ではあるのだ。
身体を休めることも彼らの仕事である。
今日は精神的に疲れる日だったと健輔は道中、そんなことを思うのだった。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
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