第43話
「ぐはっ!!」
いい感じにボディに拳を決められる。
今はユニフォームを展開しているがスーツには身体保護の術式が掛っている、にも関わらずこの威力、もし生身で受けていたらと想像したらそれだけでブルーな気持ちになる。
障壁が意味を成さない圧倒的な攻撃力にこちらの小細工を許さない技巧、それこそが次代のエース――藤田葵の力であった。
健輔の小細工なんぞ文字通り、正面から粉砕される。
笑える程に相性が悪い、こと正面からの戦闘を選択する限り葵を打破できるものなどそう多くはなかった。
「ちょっとは加減して下さいよ! 一応、練習でしょう!? なんで殺す気なんですか!?」
「うるさい! 本気でやらないと練習にならないでしょう! 私の技が欲しいなら奪い取るぐらいのつもりで来なさい!」
「趣旨間違ってますから! そういうのが目的じゃないですから! ちゃんと教えて下さいよ!」
葵に抗議の言葉を上げるも、よくわからない方向にスル―される。
健輔は初手、葵からという難度の高いところに放り込んでくれた真由美に、罵倒の声を内心で叩きつけるのだった。
1対1は見事に健輔の敗北で終わり、今は優香対サラの戦いを観戦している。
どうよ、私の指導はといった感じに胸を張っている葵にどんよりとした濁った視線を健輔は向ける。
直ぐ傍で呼吸が困難に陥っているのではと思う程笑っている和哉にも同じように負のオーラを向けていた。
「ちょっと! 和哉、あなたいつまで笑ってるのよ? ちゃんと私たちの戦いを論評しなさいよ。客観視点ていうのが大事なんでしょう? 私のパーフェクトな教導はどうだったのよ?」
「くくくく、ふははは。いや、やっぱりお前さんは笑いの才能があるわ。そんなもん0点に決まってるだろうが。どこに練習相手をしたすら殴り倒す先生がいるんだよ。少しは考えろよ」
笑いすぎてつらいのか、和哉は腹を押さえながら葵に告げる。
当然言われた方には青筋が浮かぶことになる。
もっとも葵の沸点など長い付き合いから、経験則でわかる彼からすれば爆発させないことも容易かった。
「そこの死んだ魚のような目をしている健輔に同じこと言ってみろよ? 確実に俺に同意してくれると思うんだけどな。葵、お前さんのその真っ直ぐなところ嫌いじゃないけど、明らかに今回は要らなかったからな? 最近、スッキリ戦えずにストレスが溜ってるのはわかってるが後輩に当たるな。少し頭冷やしてこい」
いつもより少しだけ語気を強めて和哉は言い放った。
普段沸点が低い相手には先にこちらがぷっつんしてるように見せかけるのが有効なのだ。
勿論、時と場合によるが。
図星だったのか、一瞬言葉に詰まった後、
「……ちょっと、顔を洗ってくる」
と言うと彼女は一旦その場を離れるのだった。
葵を見送った和哉は健輔に近づいて声をかける。
「よう、葵の全力はどうだったよ? 後衛で見るのとはまた違っただろう?」
「……はい、正直もう2度やりたくないぐらいショッキングな戦いでしたよ」
後輩の素直な感想に苦笑を洩らす。
自分だって、葵との1対1などごめんである。
荒れ狂う自然のような脅威を持つ真由美と違って、葵は1流の戦士に付け狙われるような恐怖がある。
どちらも怖いのは確かだが祈るしかない真由美に対して、中途半端に対抗できる分もしかしたら葵の方が怖いかもしれない。
女傑揃いのチームの中で挫けずに立ち向かう根性のある後輩をこんなところでへし折らせないためにも、和哉は軽いアドバイスを健輔に送るのだった。
「葵に限らず、前衛での戦闘は常に全体の流れを考えてやった方がいい。1対1と違って普通の魔導戦闘において相手の撃墜は勝利条件の1つに過ぎないからな。特にお前さんに求められる役割は撃破ではなく足止めだ。葵のやつみたいに敵に集中しすぎてはいけないんだよ」
「視野を広く持つってことですか?」
「まあ、端的に言うとそうだな。お前さんは今後経験を積んで模倣できる相手を増やしていくのは勿論、使いこなすことも必要になる。サラさんとかもそうだが、基本的にみんな固定された役割を持っていることが多い」
サラならば文字通り、『壁』、葵ならば差し詰め『破砕』と言ったところだろうか。
障害の阻止と破壊、役割は間逆だがそういうものを持っている。
健輔も同じく破壊だの、壁だのの役割を持つことになるのだが、彼の場合は少々特殊になる。
大元の役割は戦場に合わせて変化するのに、遂行する役割は自分のスタイルのものになるということだ。
「今まさに、葵のやつの課題がその視野の広さを養うことなんだよ。一応、真由美さんが今日から練習させたのは其処ら辺もあると思うよ。葵は大分煮詰まってるからな。いくらあいつでもいきなり『殴り合い空』をやってお前が葵の役割を理解できるとか思ってることはないと信じたいね」
「うまくいってないんですか? あの感じだと」
「ああ、まったくな。葵の長所はあの真っ直ぐなところだ。あいつは細かいことを悩まんから精神が安定してる。だから実力も平均して高評価だ。ただな、今はそれでもいんだがね」
エースとして相手を撃破するだけを考えるのはまずくはないが、葵はそこにこだわり過ぎるのだ。
勝負には勝ったが、試合に負けたに成りかねない。
ましてや今は2年であり、自分の戦いにだけ集中すれば良いというわけではない。
「身体に叩き込まれるのは、まあ、困りましたけど、葵さん悪い人じゃないですもんね。でも視野が狭いって言う程ですか? 俺、今回割といろいろやりましたけどうまいこと全部潰されましたよ」
初手に葵の苦手な高機動型、つまりの優香のスタイルを真似て1撃離脱に徹する予定だった。
しかし、気付かない内に葵は攻撃方向を予想しやすいように誘導していたらしく、攻撃しようと近づいた時に、待ち構えていた彼女にカウンターを決められた。
大凡の試合の流れはそんなものであった。
「ん? ああ、それは頭に血が昇ってないからな。あいつ、戦闘時間が延びてその上戦いが伸びると焦れてくるんだよ。短期決戦用の思考回路というかな。今回の場合はお前が教科書通りの完璧な動きだったから読まれたってやつだね。あいつのそこら辺の勘は流石のものだよ」
「綺麗過ぎました?」
「ああ、下から見てても見事だったぞ。その段階まで行けてるなら問題はなさそうだな。そろそろ上も終わるみたいだし、もう一戦準備しておけ。そろそろ葵に1勝しておけ、あいつのためにもな」
「期待に沿えるかはわからないですけど、やれるだけやりますよ」
そう言うと健輔は準備のため、下に降りてきた優香たちの元へと向かう。
和哉は後輩の態度から真希に連絡を入れて葵を慰める準備を始めるのだった。
『双方、準備は良しだな? では、2回戦だ。葵対佐藤、試合開始!』
和哉の審判による試合が開始される。
健輔の初手は同じ、優香を対象としたシルエットモードを起動する。
「『陽炎』! シルエットモード起動!」
『了解しました、シルエットモード起動します』
先程は完璧なカウンターを決められてしまったが、それは葵の技量を健輔が読み違えていたことによるものだ。
魔導とはジャンケン的な要素、つまり相性というものが大きなファクターになる。
己の系統と相性が悪い系統はそれこそ、素手と弓が遠距離で戦い始めるぐらいに無謀な試みになる。
個々に対策は行っているが、それでも隠しきれない相性の悪さは存在するのだ。
「『餓狼』」
『フルバーストモード!』
葵の静かな一言で彼女の魔導機が唸る。
魔力の飽和によって、外部に流出する魔力がオーラ状になっている。
昨日見た光景とよく似ている、つまり優香の大規模魔力放出と原理は似たようなものなのだろう。
合宿前に模擬戦を行った時は優香相手に圧倒的な魔力量を見せていたが、あれはただ垂れ流していただけだ。
それに対して、これは制御された暴走である。
意図的に魔力回路をブーストすることで、全能力を引き上げるのだろう。
「脳筋の極みのような能力ですね、葵さん!」
「誰になんと言われようがこれが私だもの! 真似したいというのなら持っていきなさい! できるならね!」
赤紫の魔力光に包まれた拳が必殺の威力を以って健輔に襲いかかる。
これまでの健輔なら打開策はなかった、葵の拳に何もできずに粉砕されて終わりだっただろう。
「シルエット、マキシマムモード!! 対象サラ」
『了解しました』
「小細工なんて通用しない!!」
まったく気にせず突っ込んでくる葵に、この人はやっぱり凄いなと場違いな感想を抱く。
ここまで突き抜ければもはや崇敬の念が湧いてくるレベルだ。
しかし、こちらもそんなホイホイとやられてやるわけにいかないのだ。
累積した敗北の数は今イライラしている葵を軽く超えている。
何より女に負け続けている、男の安いプライドだがそんな状態でヘラヘラしていられるほどへタレではない。
「止めてやるよ! 今日、ここでな!」
「よく言ったわ! それでこそ私の後輩よ!」
拳を生成した障壁で受け止める。
双方どちらも互いの勝利を確信した笑みを浮かべる。
『俺(私の)勝ちだ!!』
自分の攻撃に耐えられる相手などいない。
それこそ『鉄壁』のサラであろうが正面からなら必ず粉砕してみせる。
彼女――藤田葵は自分の能力に絶対の自信を持っている。
戦術や戦略というは理解できるし、重要なのも知っているが1つの試合に限って言えば目の前の相手を6回潰せば勝利できるのだ。
あれこれ考えても仕方ない、というのが彼女の主張である。
同時に彼女は自分とは違う技量で戦うタイプの人間にも強いものがいるのは知っている。
だから、相手を舐めたことなどない。
それが明確に格下だろうが後輩だろうが常に全力全開である。
傲慢に自分が正しいと主張するのだから、それは己の義務だと、彼女は真剣にそのように思っていた。
それほどに自分の攻撃に絶対の自信を持っていたのだ。
だからこそ、目の前に健在の障壁を見た時に、一瞬動き止まってしまった。
「……ま、まさか」
計画通り、とでも言いたいのは不敵な笑みを葵に返してくる。
慢心はなかったし、固有能力こそ使用はしていなかったが彼女は本気だった。
仮に使ったとしてもこの状況を変えれるようなものではないので何も問題はないのだが。
そんな些細なことよりも大事なことは散々に言われたことを失念していたことだ、熱くなりすぎてとっくに自分が嵌められていたことに気付いていなかった。
「そういう訳で初白星いただきますよ」
「ま、だ、まだよ!」
葵は逃走ではなく迎撃を選ぶ。
後ろに下がっての敗北よりも前に出て、勝利を狙う。
例え、その可能性が僅かであったとしても。
「餓狼!! フルバーストモード!!」
『了解、フルバースト!』
体内魔力を一気に解放する距離は左程ないのだ、一瞬で詰めて今度こそ障壁ごと葬る。
気迫は十分、威力も必要なレベルを満たしている。
健輔の砲撃を相殺し、その後に攻撃を決める。
シビアなタイミングになるだろうが、これしかない。
「終わりだ! 葵さん!」
「それはこっちのセリフ! 終わりよ、健輔!!」
迎撃のため、魔力を高めたその時に彼女は気付いた。
ラインが自分と健輔を結んでいるまるで、何かを運ぶように、
「これは、もしかして!? 」
気付いた時には遅かった。
魔力を流し込んでこちらの魔力の動きを乱す、言うのは簡単だがいつ間に。
相殺が可能だったはずの攻撃はこちらを上回ることになり、彼女はそれを防御もなしに受け止めることになる。
「ふふふ、そう、本当の万能系はこれだけのことができるの」
閃光に飲まれながらも彼女は楽しそうに笑いながら撃墜されるのだった。
「どんだけ……」
笑いながら負けた葵を見て、どれだけ戦闘好きなんだ、と今までの評価すら甘かったことに戦慄を覚える。
傍から見れば健輔の筋書き通りに進んだ試合だったのだろうが、そんなことはまったくない。
合宿中に学んだ全てを用いたことでなんとか勝ちを拾えた、そんなレベルである。
一歩間違えたら普通に食い破られていた、薄氷の勝利とはまさにこのことだ。
「おう、お疲れさん。ご苦労様だったな」
なんだかんでギリギリだったのだろう、和哉に声を掛けられて自分が下に降りていたことに健輔は気付いた。
常に葵のプレッシャーに曝されていたのだ。
暴力、としか表現できないその圧力は知らず知らず健輔の心身を激しく消耗させていた。
今更ながらに、これまでは手加減されていたことを知る。
本気でヤル気なった葵とはもう2度やりたくない、そう思わせるだけのものがあった。
あれほどの力でありながらまだ上があるのだから、『掃滅の破星』などという大仰な2つ名がついたのだろう。
「ありがとうございます。正直、いっぱいいっぱいです」
「当然だろうよ、あいつは間違いなく高位の魔導師だぜ。チーム内では真由美さんさえ抜けば間違いなくナンバー2さ。近接戦に限定するなら1番は揺るがない」
「次はダメそうですね。あの笑顔はネタを悟られた感じです。次は慎重になるでしょうしね」
背中が汗でべとべとになっているのをようやく感じられるようになってきた。
僅かな表情の変化から作戦を悟られないようにうまいこと笑顔を張り付けていたがようやくそれが解けてきている。
「乙様ー、見てたよ健輔ー。あの不機嫌葵に勝てるなんてすごいじゃん」
「お疲れ様です。すごかったですよ健輔さん」
真希と優香の2人が労ってくれる。
「おう、ありがとう!」
実は戦闘中に漏れるかと思うぐらい怖くて、意地で耐えたのは彼だけの秘密である。
かっこつけたい年頃なのだ。
「まあ、いろいろ聞きたいこともあるが次の試合だな。それが終わったら昼休みだ。健輔、今回のネタ明かし楽しみにしてるぞ」
「勝率下げたくないんで黙秘するのは?」
「それだったら、俺たちだってお前に動きの真髄を授けてやらんぞ? どうせ、敵のやつなんてまともにコピーできないだろうしな。それでもいいなら黙秘権の行使を許そう」
「私たちだって、手札を晒してるんだしねー。あーあ、健輔がそんなに卑怯だったなんてお姉さんは悲しいですよ、よよよ」
からかい混じりの返しに苦笑する。
健輔も別に本気で言ったわけではないが、先輩たちもそう思ってくれたのは嬉しかった。
「真希さん、泣き真似下手くそですね」
「ちょ、どういうことよー! というか、触れるのそこなの!? 違うでしょ!」
「真希さんの泣き真似可愛かったですよ?」
少しずれた感想の優香にみんなで吹き出しそうになりながら、葵の元に移動を行う。
そこに至りようやく健輔は勝利の実感が出てきた。
あの葵から一本取れたのだ、所詮1勝に過ぎない勝ち星、それでも明確な格上に勝利できた。
優香に敗北したことも無駄ではなかった、今だからこそわかる。
常に思考をし続けることの難しさ、他にも優香との戦いはいろいろ教えてくれた。
(負けた分だけ次は勝つ、これまで得たものを全て使って)
心の中でそんな宣誓を健輔を自分にするのだった。
奇術とまで言われるようになる、あらゆる系統を用いた彼の戦い方の原点はこの戦闘にあった。
後に健輔はそう振り返ったという。
なんてことのない模擬戦での勝利だったが彼の戦い方の正しさを彼自身に教えてくれた大事な試合だったのだ。
それは健輔だけでなく、後輩に初めて正面から負けた葵にとっても重要な分岐となったことをまだ健輔たちは知らないのだった。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
次の更新は水曜日になります。




