第42話
「それで真由美さん、ちゃんと教えてくれるんですよね?」
模擬戦の第1試合が終了し、圭吾対和哉が今は戦っている。
先に模擬戦を行っていた面々に休息を命じた真希は、傍で同じように試合を見ている真由美に先程の優香対健輔の試合の顛末について問いかける。
「隠してた訳じゃないんだけど。真希ちゃんだって不思議だったんでしょ? どう考えても2つ名レベルじゃないものあれ抜きの優香ちゃん」
大量の魔力をオーラのように纏った優香は攻撃、防御、そして速さの全てが数段階上昇していた。
優香の系統は創造系と身体系を組み合わせだ高機動型だ。
弱点は攻撃と防御が些か手薄になること、だがあのオーラを噴出させた能力があれば、弱点は実質なくなる。
地力不足の健輔とは違う、本当の意味でのオールラウンダー。
真希が気に入らないのは、優香の本気を見るために今の健輔の当て馬にしたことだ。
そして、わざわざ隠していた優香の本気を全員の目に曝させたのも気に入らなかった。
健輔の下手くそどころか、相手を激怒をさせた挑発はらしくなかった。
どう考えても誰かが入れ知恵している、それは目の前の人物に他ならない。
「……真由美さん、ちゃんと健輔のことも考えてやったんですよね? ただ当て馬にしただけなら私、本気で怒りますよ。優香ちゃんのこともです。どういうつもりなんですか」
「へ? こ、今回、割とあくどかったのは認めるけど健ちゃんのこともちゃんと考えた上だよ? だって、あの戦い方問題点も多いじゃない? だから早めに負けた方がいいと思ってね。いくら健ちゃんでも新しい戦い方をいきなり試して、それで入学以来勝ちたかった相手に勝ったら調子に乗るでしょう?」
真由美の言葉にも一理ある。
健輔の模倣、コピー戦術は多彩な手札で相手を翻弄していくことが本来の目的だ。
魔導戦闘において相性とは極めて重要なファクターである。
普通に万能系を使っていたのではじゃんけんにならなかったところを同一系統を2つ分用いることで疑似的に通常の系統と近いレベルまで能力を引き上げている。
普通の系統の者が10の力を持っているなら、健輔は5+5で疑似的に10の力に見せている。
数値上は似たようなものだが、あくまでも疑似的な再現に過ぎない。
「大事なのは能力を再現したことよりも、地力不足がなんとか解消できる目途が立ったってことだからね。正面から殴り合いして本職に勝てるとか錯覚されると困るんだもん」
「理屈はわかりますけど、説明してあげましょうよ。真由美さん肉体言語に頼りすぎじゃないですか?」
後輩の冷え切った視線と態度に流石の真由美も少し額に汗を流す。
真由美から言わせてもらえば長々と時間をかけるような余裕はないため、強行手段を用いているだけであって十分な時間があったら別の手段を使っている。
もっとも、結果として周囲に混乱を巻き起こしたり、健輔にしわ寄せがいったり、真希の言う通りに肉体言語に頼り過ぎている感があるのは事実のため黙っていたが。
「ま、まあ今夜でも優香ちゃんとかとちゃんと話すよ。優香ちゃんにあの能力の使用を禁止してたの私だし」
「ちゃんとやって下さいよ? その話し合いに葵も同席させてもらいますから。ちゃんとやってなかったら暴れます。2人でこれ以上ないぐらいに」
「わ、わかってます。……そんなにみんなして怒らなくてもいいじゃない」
「何か言いましたか? こっちは健輔をフォローして、優香ちゃんも慰めて午後も乗り切らないといけないんですからね! もう、こういうことを画策するなら今度はちゃんと教えて下さい! 何回言ってると思うんですか!」
自分も割と愉快犯だがここまでひどくない、と被害者からすればどっちも変わらないと言いたくなるような言い分で真希はプリプリと怒っていた。
己の形勢の不利を悟った真由美は沈黙を決め込むことでこれ以上の面倒事を回避するのだった。
真由美が真希に対して約束した夜。
日本側のチームにハンナとサラ、そして同じように練習していたヴィオラとヴィエラの姉妹を加えたメンツが会議室に集まっていた。
2年生組は葵以外は何があったのか大体察していることもあり、無言で静かに真由美を見ていた。
1人の例外たる葵は傍からわかるほど不機嫌オーラを撒き散らしながら席に付いている。
隣に座っている圭吾がプレッシャーで悟ったような表情でいるのが印象的である。
「事情を知らない人のためにも午前中の試合の映像を見て貰いました。まずは。優香ちゃんと健ちゃんはお疲れ様。2人とも合宿の成果が出てるようで嬉しいよ。まあ、前置きが長すぎると本格的に爆発しちゃいそうだから、本題に入るよ」
そう言って真由美は優香に1度視線を送る。
幾分落ち込んだ様子を見せながらも、しっかりと真由美を見つめ返して頷き返す。
「優香ちゃんの最後の魔力放出現象。そのまま、魔力放出って言われてるんだけど、あれはそうだね、系統でいうなら収束系に近い能力になるんだけど、全体の魔力の流れをブースト能力なんだ」
「補足しておくと、あの状態になると魔力の吸収・生成効率が倍近くになる。あのオーラは魔力が過剰に放出しすぎているための状態だ。早い話制御できていないんだよ。あの能力はな。だから、実質ドーピングに近い。だから、私と真由美は使用禁止としていた。勿論、先生たちからも止められている。1度暴走したこともあるからな」
早奈恵が軽い補足を加えながら解説を行う。
魔導における能力とは以下の3つのことを指す。
1つは固有能力、これは魔導の習熟の果てに発現した能力のことをいう。
真由美やハンナがどちらも収束に関する能力を保有しているのはそのためであり、これは理論上魔導師全員に発現する可能性がある。
もっとも、未だに発現条件自体は未定であり、習熟のレベルも高すぎるためみんなが持っているわけではない。
2つ目は汎用能力、誰かかが発現した固有能力を、同一系統の能力者に幾分劣化した状態で定着させたもののことをそう評する。
メジャーなの上記の2つでこれは多少なりだが研究が進んでいる分野でもある。
しかし、最後の1つ、番外能力だけは性質が異なる。
魔導は努力による技術、間違ってはいないし概ね事実なのだが何事にも例外と言うものが存在する。
その例外こそが番外能力である、通常系統外の能力は保持できないのに何故か習得した系統以外の能力を発現したもの、その総称であった。
特徴としては系統という範囲を逸脱した能力や、優香のように最初の頃は制御できない能力のことが多い。
「優香ちゃんは内部生だから大分早くから系統適正とかはわかってたしね。前例が近くにあったから先生たちも注意してたみたいなんだ。3年生になると軽い模擬戦とかはあるしね」
「そう、そういうことね。別に私たちからは文句はないわ。制御できてない収束系に近い能力なんて魔力回路に負担を掛けるだけでメリットも少ないものね。いずれ物になればいい、とそれぐらいのものだから、チーム内では伏せてたのね?」
「うん、実際使わせるのは本戦の後半くらいのつもりだったからね。今日見た限りだと先は長そうだね。だから、文句があるなら私に言ってね。手を抜きやがってとかはさ。正真正銘今の優香ちゃんはあれが限界だからね? あの能力使いすぎると魔力がオーバーフローして下手すると死んじゃうんだからね」
はあ、と真由美は溜息を吐く。
死、という単語は高校生には重かった。
真由美の本当の意図がわかったものはそこまで多くなかったが、みんなが優香のことについてはとりあえず納得する。
「九条の事情は、まあ大体想像できたからいいですけど、佐藤のやつを今回嗾けたのはなんでですか? 普通に使わせてやればよかったと思うんですけど」
和哉が真由美に疑問の声を上げる。
下手くそな挑発を影で伝授して、優香の隠していた能力を表に曝して、健輔を敗北させる。
はっきり言って訳のわからない行動である。
少なくとも和哉からはメリットが見受けられなかった。
「真希ちゃんには言ったけど健ちゃんに負けてもらうためだよ。優香ちゃんに限っていうなら限りなく本物に近づいた領域にいる健ちゃんだからこそ、今回負けてもらったんだ。あくまでもあなたが真似できるのは系統までだよっていうのを直接身体に叩き込んでもらうためにね」
「……どういう意味ですか? 正直意味わからないんですけど」
葵が恐ろしく不機嫌な声で発言する。
真由美は葵の後輩を思う気持ちを察してか、苦笑しながら答えた。
「健ちゃんが優香ちゃんみたいな動きしたときこう思わなかった? まるでコピーしたみたいだってさ。間違ってないんだけど、健ちゃんのあれはコピーじゃないからね。よく言っても影ってレベルだからさ。大事なのはコピーよりも相手を観察すること。よく見知ってる相手でもちょっといつもと違っただけで大分健ちゃん混乱してたでしょ?」
「つまり、最初に失敗させておきたかったわけですね? よく知ったつもりになっている九条相手に」
「うん、結果は大成功だったしね。健ちゃんも前もってある程度は覚悟していたみたいだけど、やっぱり体感しないとわからないことってあるから」
あの日、つまり一昨日健輔が真由美たちに相談した内容は簡単だ。
彼らの戦い方で意識している部分について聞いたのだ。
同じ系統でも戦い方が異なるなどということはよくあることだ。
だが、今後の健輔の戦い方つまり、あらゆる系統の動きを再現して相手を打ち倒すコピースタイルはそういった蓄積されたノウハウまでも取り込まないといけない。
数値上は同じですではダメなのだ。
「直ぐにできることじゃないけど、ある程度は形にしないとね。そのためには荒療治も辞さないよ。本戦で相手をコピーしたぜやったーとかやって負ける方がカッコ悪いでしょ?」
「ですね、実際はコピーじゃないっていうのは早くは叩き込みたかっただけ、ですか。オッケーですそれならこちらも異論はないですよ」
真由美の意見に賛成した和哉に葵はビームが出そうな視線を送る。
場が落ち着いてきたため、解散かという空気ができ始める。
そんな空気を無視して真由美は本題について話し出す。
「さて、みんなはこれで大体の事情がわかってもらえたと思います。だから、明日から感じを変えていくよ! あおちゃん、明日は優香ちゃんと健ちゃんと、後は圭吾君とヴィオラさんの相手をすること、いいわね?」
「え、あ、はい」
「健ちゃんにはあなたの戦い方を教えてあげて、コツから何もかも、ね? 健ちゃんもそれでいいわね?」
「うす」
テキパキと真由美は予定を詰め込んでいく。
3年生たちはそれに何の口も挟まないまま、当初と変更された予定は決まったいくのだった。
結局そのまま解散することになった会議室。
そこにはあの日の夜、健輔と話したメンバーだけが部屋に残っていた。
「なんとか軟着陸ってところかしら? 割と無理矢理だけどこれで健輔と優香が特別扱いされている、なんてことは言われずに済むでしょうね。聡い子たちはそのまま黙っていてくれるだろうし、葵も不満を持たないわ」
ハンナの称賛の響きが籠った言葉に真由美は首を振る。
実際、無理矢理もいいところである、とてもスマートにいったとはお世辞にも言えないだろう。
あの日、健輔が相談した夜に彼が頼み込んできたことは簡単だ。
戦いのコツ、つまりノウハウを全て教えて欲しい、である。
1人でも多くのデータを完璧に、とまではいかずとも見栄えを整える程度には用意したい。
それが健輔のお願いだった。
「前衛、後衛と基礎は仕込んだし、基本運動はこれからも続けるけど、戦い方だけは健ちゃんはこれからもずっと正解がない状態になるからね。……正直大変だとは思ってるんだ、やれるだけのことはしてあげたいとも思ってるんだけどね」
「合宿の予定は決まってるものね。健輔のために全体を崩す、まあ、あまり良いことではないわ。控えめに言っても贔屓だもの。苦肉の策が当初からあった模擬戦で優香も巻き込んで暴発させようだもね」
健輔の望みは叶えたい、でも普通に予定を変更はできない。
何故なら全体を考えて組んでいるものを1人に合わせて変えるのはどう見てもよろしくなかったからだ。
建前が必要となる、今回のように組み替えてもある程度勝手に納得してくれるようなものが、だ。
「優香ちゃんの能力もどうやって発表をしようか迷ってたからね。まあ、いい機会になったと思うよ。健ちゃんもそこら辺は納得してくれてたからね」
「まあ、あまり褒められたやり方ではありませんでしたが、急なことでしたし、合宿期間は限られていますものね」
「うん、別にそのままやっても強くなれるとは思うけど、欲張りたくなっちゃたかな。言い方はあれかもしれないけど、特徴がまったくないまま本戦が始まったら、負けちゃうよね」
真由美の元には他のチームの情報も集まっている。
スパイなどと言う程ではないがやはり情報の取得は重要な要素である。
続々と集まる情報は今年の国内戦が激しいものになることを予想させるものばかりだ。
特に今回は健輔になんとしてでも押さえて貰わないといけない相手が2人も存在している。
「健輔のやつの出来上がりははっきりと言って私たちの優勝を左右する要因だからな。なるべく万全の準備をしておきたい。特にサラの力は頼りにしているよ」
「ええ、お好きな時に私の元へと、防御の真髄をお見せしますよ」
いろいろと考えることが多い彼女らの夜はまだ続く。
各々の立場と言うものは、例え学生であったとしても、課せられるものなのだから。
深夜――。
こんな夜更けに呼び出すのはどうかと思ったが、きちんと言っておかないといけないなと思っていた健輔は優香に念話を送っていた。
海に来てくれ、と。
返事はなかったが、おそらくいるだろうという確信はあった。
夜の海辺という若干の怖いものを感じながら進んでいくと、長髪に黒髪の美女がいた。
それが誰かは直ぐにわかったが、この光景だけ見た事情を知らないものからするとホラー映画のような一幕になっていた。
「うっす、待たせてすまん」
「いえ、私も来たばかりですから」
あれほど見せていた怒りも今は微塵も感じられない。
むしろ、バツの悪そうな顔していた。
見下すな、という言葉にあれだけ反応していた優香。
真由美にそれを使えと言われた故に、下手くそながらに使ってみたがまさかあそこまで怒るとは思っていなかった。
何か事情があるのだろう、もっともそこに踏み込むつもりはなかったが。
「悪かったな、お前にとって触れて欲しくない部分に触ってしまったみたいだ。そんなつもりはなかったんだが、結果は同じだ。本当にすまなかった」
優香に向かって綺麗な角度で頭を下げる。
わざわざこんな夜遅くに呼び出してやりたかったことはこれだけのことだった。
「……いえ、本気を隠していたんですからその、……そのように思われても仕方ないと思います」
「ああ、うん、やっぱり気にしてるのはそこか」
「え?」
少し驚いた顔をする優香に苦笑する。
正直なところ健輔からすれば今日の試合は予定調和のものだった。
仮に優香にあの能力があったとしても勝てる可能性が限りなく0に近い。
健輔のそれはコピーと名付けても、実質のところコピーどころか精々猿真似のレベルのものだ。
オリジナルに勝てる方がおかしい。
真由美は調子に乗らないように、優香の本気にぶつけることを考えてくれたのだろうが流石にそこまで頭が花畑ではないつもりだ。
「気にするな、と言っても気にするだろうから言っておくが別に今回のことなんぞ正直どうでもいいぞ?」
「どうでもいい、ですか?」
「ああ、負けるのはもう慣れてるからな。悔しいのは悔しいけど。そんなことより俺が認めた奴はすごいやつだったってことの方が嬉しいね」
純粋な実力が足りないなど、そんなことは今までと変わらないのだ、気にする程のことでもない。
ここで変に気にされる方が健輔からすれば、妙な気分になるためやめて欲しかった。
「気にするぐらいなら今度は完全に制御できるようになっててくれよ。それに負けないように俺も努力するさ。何せ、俺はお前のパートナーだからな」
「ふ、ふふ。ごめんんなさい。いえ、わかりました。きちんと能力を制御できるようになっておきます。私はあなたのパートナーですから」
綺麗に笑っている優香に気恥ずかしいものを感じながら、また明日と伝えると2人は別れる。
さあ、明日からのためにゆっくりと寝ようと健輔は部屋に戻るのだった。
帰っていく健輔を見送り、1人浜辺に残る。
今回の件に真由美が絡んでいることはなんとなくだが、優香にもわかっていた。
いつまでも抱えている余裕などない、ということだろう。
アマテラスからの誘いを断り、こちらのチームに入った理由も、動機も真由美は知っているのだから。
「ごめんなさい、私はまだ秘密にしていることがあります」
呟いた言葉は誰にも聞かれることなく空へと消えていく。
誰もいない浜辺で彼女は1人、空を見上げて何を思っているのか。
自分でもわからない気持ちを持てあましながら彼女もその場を後にするのだった。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
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