第41話
佇むその姿は出会った時から変わらない。
曲がることを知らないと言わんばかりの態度は背筋にも、生き方にも、そして何より目に強く表れていた。
力強くて、美しい。
後者はともかく、前者は女性を表現する形容詞としてどうかと思わないでもないが健輔としては間違っていない評価だと思っている。
空を美しい水色を纏いながら舞う姿は、4ヶ月ほど前と何も変わっていない、むしろ力強さや技巧は今の方が遥かに上だろう。
鍛えられた刀のような美しさ、と健輔は勝手に思っていたのだ。
自分もそんなかっこいい存在になりたい、と入学の時から身近な目標にしてきたのはそのためでもあった。
(単純というか、我ながら女に思う事じゃないだろうよ)
コンビを組むようになり、実は意外と抜けている1面なども見えてきたが、結局のところ健輔にとり、彼女――九条優香の評価はどれほど親しくなっても初めて会った時の状態から何も代わっていなかった。
そろそろ一旦、評価を書き直すべきだろう。
そのために必要なことは優香のことを詳しく知ることでも、親しくなることでもない。
健輔の中に張り付いている自己評価を超えないといけないのだ。
周囲の誰にも悟られないように闘志を静かに燃やして、彼は時間が来るのを待つ。
自分を超えるために、まずは優香に一矢報いなければならない、とその胸に秘めて――。
合宿の2週目も今日で5日目。
2週目の後半戦に突入すると同時に、合宿の後半戦にも入ることになる。
そんな記念すべき日に1年生たちの前に立った真希は午前中は模擬戦をやることを彼らに伝える。
「はい、おはようさん。今日の予定を伝えるね。午前中は1対1の模擬戦。組み合わせは最近戦ってない相手を予定しています。正確に言うと前はよく戦っていたけど最近戦っていない人ね」
真希の言葉を引き継いで和哉が午前中の模擬戦の趣旨について説明を始めた。
「理由としては、前の自分との違いを感じて欲しいという点だ。技量はそうそう上がらないが戦い方や、自分のスタンスを再確認したものも多いだろう。それの確認によく知ってる相手が1番良いからな。最初は九条と佐藤、ヴィエラとヴィオラだ」
「審判は私たちがやるよ。思うところがある子はきちんとそれを戦いの中で表現してねー。魔導は想像力! 後は、練習としっかりと結果は出るんだから手を抜かないようにね。それじゃあ、解散で」
解散宣言と共に、指定されたペアはお互いの位置へと向かう。
審判と居残り組、合わせて3人は彼らの準備を雑談しながら待つことになる。
「さてさて、優香ちんはいつも通り勝てるのかな」
「真希さん?」
意味深なことを呟いた真希に圭吾が不思議そうに問いかける。
ニンマリとした笑顔でそれを誤魔化した真希は本当に楽しそうに試合の開始を待つのだった。
九条優香と佐藤健輔。
1年の主戦力2人であり、いろんな意味でチーム内で人気の2人である。
優香はスラリとした完璧な天才に見えて実は抜けているところが多いのが、親しく付き合う人たちを心配にさせるらしく妃里などは合宿中も心配そうにしている。
健輔は葵や真由美と同じようにチームの芯の部分にある前進体質を素で保有していたためか、前述の2人を筆頭にかわいがる人物が多かった。
そんな2人は入学当初からの付き合いであり、早い段階からチームでの自主練習を行ってきた者たちだ。
ペアを組んでからは2人での模擬戦の回数もどんどん増え、合宿に入るまでは日課のように戦ってきたのだ。
1週間弱とは言え、正面からこの形式でぶつかるのを久しぶりだと感じるのはそのためだろうか。
「直ぐ傍で練習してるのに、変な話だよな」
健輔はついおかしくなってしまい、1人で静かに笑いだす。
「何はともあれ、恥ずかしくないようにってね。要はいつも通り、行けばいい」
やはり試合が1番気合が入る、と魔力を回しながら健輔は自分のバトルの好きっぷりに苦笑するのだった。
『ほいほい、準備はいいよね? もう何回もやってるだろうし、細かい確認はしないよ? 今回は時間無制限、好きな戦い方をしなさいな。2人には言うまでもないけど試合なんだから気合を入れてやること、いいね? ……うん、じゃあカウントするよ』
『3、2、1、0。スタート!』
開戦の合図と共に健輔はその身を空へと翻らせる。
いつもと同じプロセス。でも、気持ちはいつもよりも張っていた。
今日が彼にとって試合で新しいスタイルを試す記念すべき日なのだから。
合宿に入る前は日課のようにこなして試合と同じように始まった彼らの戦い。
しかし、1つだけ前とは違うことがあった。
4ヶ月という短い期間でもうすぐ3ケタにもなるという試合の回数をこなした2人の戦いはいつも健輔の攻撃から幕を開けていた。
接近される前に落とす、それしか彼に勝機はなかったからである。
「っ、まさか、そんな」
だから、健輔が砲撃という手段を取らずに真っ向から接近戦を仕掛けた時に優香は己が目を疑うことになる。
誰よりも、それこそ葵よりも勝利に貪欲かもしれない彼がそんな無謀な真似をするのか? そんな疑問で彼女が一瞬動きを止めてしまったのだ。
互いの顔が見れる距離に近づいた時、健輔が優香に向かって咆える。
なるほど、優香は健輔を認めているだろう、己のパートナーとして全幅の信頼を置いている。
それはつまり自分を補佐する存在としての信頼である、間違っても対等な相手に向けるものではなかった。
「おいおい、俺が接近戦を選んだぐらいでそんな目するなよ。もし、接近戦で私に勝てるの? とか寝惚けたこと思ってるんならこのまま潰すぞ! 人のこと見下してんじゃねぇ!」
「っ、いきます!!」
健輔は彼女を支えたい訳でもなければ、下に付きたいのでもない。
対等の立場になりたいのだ。だから、多少ベタだが挑発を行い、本気にさせる。
ここからが本番だ。
一体自分がどこまで通用するのか、何より優香以上の難敵である己との戦いとなる。
「モードチェンジ! ブラスト!」
ノっていることを自覚しながら健輔は最初の札を切るのだった。
声高にモードブラストなどと叫びながら襲いかかる敵を彼女は冷静に見つめる。
恐ろしく下手くそな挑発であったが内容は核心を突いていた。
だからこそ彼女は冷静に対処する、健輔の物言いは意図的にある側面を無視して放たれていたからだ。
相手を挑発するのだからそれは当然のことなのだが、健輔はある可能性を失念していた。
戦闘による高揚感で彼は気付いてなかったが、この時優香は間違いなく激怒していた。
つまり、普段怒らない人物を本気で怒らせてしまったのである。
健輔が失念した可能性、それは怒りがマイナスになるとは限らない、ということだ。
そして悲しいことに優香は冷静にブチ切れるタイプだった。
「なあ!? 突っ込んでくる? マジか!」
相手の驚愕を無視して、彼女は無心で全力を奮う。
本人も何故ここまで怒っているのかわからないまま、普段の安全策とは違う超攻撃的な行動に移って行く。
周りから見ているものたちにとってもまったく想像していなかった超絶的な殴り合いに試合は発展していくのだった。
「クソ! 重いな! もう!」
いきなり予定が崩された健輔は冷静に計画を組み直す。
普段通りなら声高に新しいモードなどを見せて突っ込めば少しは距離を取ってくれると思っていたのだが、まさか近接戦を応じてくるとは思っていなかった。
だが、いつもどおりのヒット&アウェイでこないならそれ相応に対処すればいい。
最初の見せ札モードブラストは健輔のハッタリである。
今まではキーワードによる自己暗示で切り替えを行っていたが少し前、合宿前辺りから実は無言でやれるようになっていた。
今日まで使わなかったのは、別に本命があったからである。
それはキーワードとは異なる形態に組み替えることだ。
前々から秘かに練習だけしていたものでそこそこ使い物にはなるようになってきていた。
もっとも10回やれば4回くらいは失敗するのだが。
(こんな殴り合いとか、想定外だぞ、おい!)
普段と行動が違う優香の動きを図るため、1度障壁を展開してみる。
どういう反応が来るのか、いつもなら斬撃を飛ばして対応するはずだ。
予想通り予想を外してきたとうべきだろうか、いつもと違う様子の優香は普段なら選ばない選択肢を選んできた。
真っ向からインファイト、切り掛って来たのだ。
「今日はやけに積極的だな! 優香!」
こちらも魔力で剣をイメージして、相手の魔導機と切り結ぶ。
まったく健輔の言葉に反応がないため、多少訝りながら優香の表情を観察すると微妙に目が据わった状態でこちらを見つめている優香が視界に入ってきた。
この段階で健輔はようやく自分の挑発が優香が怒らせてしまったことを知る。
(あ、あれ? ま、まずい本気で怒ってないか……。ど、どうする? い、いや今は試合だ、試合)
浮気がバレたダメ亭主のように問題の先送りをしながら、健輔は今後の予想に『怒り』というキーワードを加える。
あまり喜ばしいことではないが、怒っている優香ならばある程度は自分の望み通りに動かせるだろう。
「よっしゃ! いくぞ!!」
切り結んだ体勢を維持したまま、健輔は右手に保持している魔導機を砲撃形態に変形させる。
優香は離脱を図ろうとしてくるが、ここで彼女は自分の魔導機が相手から離せないという事に気付く。
「離れない、まさかキャッチボールの!?」
気付いた時にはもう遅く、至近での魔力砲撃が2人を巻き込むのだった。
『はいはい、優香ライフ70%、健輔90%。いい感じだよー頑張れ頑張れ』
真希の気の抜ける念話を聞き流して、うまくいったことに健輔は安堵する。
キャッチボールの訓練を行ったときから考えていたことだった。
相手を拘束した上で大火力を叩きこむ、そのために下手くそな挑発までして、接近戦を優香に強要したのだ。
やったことは相手の魔力を吸着する魔力を創造する、それだけのことだがこれは普通の系統ではやることが難しい。
創造系で剣を作りながら、ゴーレムを創造するといった行為はできなくはないがリソースが厳しい上にメリットが少ない。
基本的に系統というのは特化した方が強いため1つのことを突きつめることがこれまでの常識だったのだ。
それに対して万能系は全ての系統を使えて、かつ現在の健輔ならば3つまで多少無理をすれば4つ同時に行使できる。
そして健輔は合宿中にあることに思い至ったのだ。
もしかしたら、同じ系統を同時に使えるんじゃないか、と。
「よし、『陽炎』登録しといたやつを試す準備はいいな。シルエットモード起動」
『了解しました、シルエットモード起動します』
シルエットモードそれが彼の今回の切り札であり、今後の展開を決める重要な札だ。
『対象人物は誰を選びますか?』
「――それは決まってる。勿論、九条優香だ」
『了解しました。シルエット対象九条優香』
「よっしゃ、いくぞ!!」
かつてない速さでそれこそ一見すれば優香にも劣らぬ速度で健輔は駆け抜ける。
地上からそれを見守る彼らは各々興味深そうな表情で見送る。
「真希さん、あれって?」
「うん、健輔の切り札だね。一昨日よばれた人たちはもう力を貸してあげてるんだろうけど。あれは多分健輔独自というか、あれが出来たからお願いしにいったんじゃないかな」
真希は昨日から何故真由美のテンションが高かったのか、その理由が目の前に現れてようやく理解した。
優香と完全に互角に見える機動と、速度を見せつけている健輔を静かに観察する。
「元々、その素養はあったからな。万能系、いい方は悪いが戦い方は基本コピーだ。それを突きつめればああなったということだろうよ」
「だね。健輔としても結構葛藤があったんだろうけど、あのまま各系統を使い分けてるだけじゃ早晩限界が来ただろうからね」
「うんうん、自分1人でも戦うためにこれしかないって、言いにきたんだよ。それは先輩として、そしてリーダーとして組んであげないとダメだよね」
「ふむふむ。でも、万能系って地力不足で今まで他の系統の戦い方を再現できなかったんですよね? なんで急に健輔は使える――って真由美さん!? どうしてこっちに?」
和哉と真希に会話にさらっと混じっていたリーダーに驚く両名。
ゆるゆるになっている口元を隠そうともせずに、嬉しそうに彼女は相手を叩き潰してきたことを報告する。
「こっちを見たかったからね。早々に眠ってもらいましたよー。健ちゃんの地力だけど別に上がってないよ? あれはうまいこと誤魔化してるだけだし、相手の動きのトレースなんて簡単にできないから要素をうまく強調してるだけかな」
空中では2人の激しい戦いが続いている。
一歩も譲らぬ格闘戦だが、よく見ていると健輔が僅かに押されていることがわかる。
先手を取り続けることで、なんとか互角に見せているがそのやり方は止まったら死ぬマグロのようなものだ。
「まあ、いきなり完璧なコピーなんて無理だしね。大事なのは実戦で使えるレベルに持ち込めるのかってことだったから、その点は合格かな。さっきの変則自爆攻撃ももうちょっと捻れば、いい戦術になると思うよ。こっちとしても、優香ちゃんが1人増えると考えれば戦略の幅は大きく広がるからね」
「佐藤のやつは忙しくなりそうですね」
「今後の健輔は相手の吸収もお仕事になる、というわけかー。うわー大変だ」
先輩たちが好き勝手言い合ってる間も格闘戦は続いている。
膠着する状況、いつもの2人ならここで状況を動かしたのは健輔だっただろう。
「うん、優香ちゃんが動くね。これなら大丈夫かな、優香ちゃんでダメだと健ちゃん勘違いしちゃうからしっかりと潰してもらわないと」
「ま、真由美さん? 潰すって?」
親友に襲いかかろうとしている何かを感じて圭吾は真由美に問いかける。
曖昧な笑みで1年生に振り返った彼女は無邪気な表情のまま、死刑宣告を行った。
「お調子ノリはここでしっかりと矯正しないとね。系統で対抗できるようになった程度でイイ気になっているようではダメですな」
そんな真由美の言葉を裏付けるかのように、空では徐々に健輔が追い詰められていた。
「っ」
どんどん速度が上がっていく優香の手数を捌き切れなくなり始めている。
健輔の予測を大きく上回ってきている優香の実力に健輔は混乱してきていた。
断言できるが天祥学園で九条優香ともっとも戦ったのは佐藤健輔である。
だからこそ、初めてのコピー、より正確にいうのならば参考に優香を選んだのだ。
徐々に追い詰めれているが、思考は停止させない、止まったら負けてしまうからだ。
そんな極限状況の健輔に優香が怒りと共に言葉を投げかける。
「……訂正してください」
「へ?」
「私は見下してなんていません! 挑発でも言っていいことと悪いことがあります!」
「あ、ああ、うん、ごめんなさい」
空の上で切り結びながら、何故こんな展開になったのだろうと健輔は頭を傾げる。
少し落ち着いてきたのか、それでも冷たい目は変わらないままこちらを射抜く。
追い詰められているのは自分のはずなのに、子どものようなことで怒っている優香を見ていると途端に大したことのないように思えるのだから不思議だ。
だが、健輔にも理由はあるのだ、優香の実力を本当の意味で発揮させるにはこれしかなかっただろう。
「まあ、そんなことはわかってるよ。ただ、お前まだ本気だしてないだろう? ここまでやってみせたんだからそろそろ本気で来て欲しいんだが」
「え、……き、気付いてたんですか?」
「誰でも少しは思うだろ。2つ名が付いてるのに、こんなに普通なのかってさ。『蒼い閃光』、その由来はお前さんの魔力光だろうけどそこまで圧倒的な速度じゃない。2つ名は人気で付くことがないとは言わないが、基本は実力優先だ。サラさんのように役割を完璧に遂行することで2つ名が付くこともある」
「っ……」
「優香はどちらでもない、公式戦には出ていないからサラさんのようなことはありえない。なら、確実に2つ名が付くクラスの能力があるってことだ。今まで手を抜いてきたとは思わないさ、でも相棒としてそろそろ本気を見せて欲しいね」
優香の雰囲気が目に見えて変わる。
健輔の言葉に従い、ついに本気を見せる気になってくれたのだ。
今回の模擬戦は今の自分がもっともよく知っている相手をどこまでコピーできるのか、という点とそろそろ相棒の本気が見たいという2つの目的があった。
無事にどちらも果たせそうだと、猛烈な勢いで周囲に放出される水色の魔力を視界に収めながら健輔は笑う。
「いきます」
「おう、こい!」
大量の魔力をオーラのように見に纏った彼女は健輔の視界から一瞬で姿を消す。
切りかかる彼女を見つめる健輔は『蒼い閃光』の由来をはっきりと確認した。
なるほど、中学から2つ名が付く訳である。
1撃で障壁ごと粉砕される。
この時、健輔は初めて才能という名の壁を感じたのかもしれない。
『健輔ライフ0%。うん、よく頑張ったと思うよ、次は勝とうね』
下に落ちる最中、そんな不器用な励ましを真希から受け取る。
ああ見えて面倒見がいいんんだから、と健輔は苦笑するのだった。
「何回やっても勝ちきれないな……ああ、もう悔しい」
誰にも聞かれない彼の泣き言は青空へと消えていく。
この光景自体は有り触れた出来事の1つである、誰かが勝って、誰かが負ける。
それよりも大事な事はこれからであった。
努力する天才という厄介な代物にどうやって勝つのか。
答えはわかり切っているがそれでも己に問わずにはいられない健輔だった。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
次の更新は金曜日になります。




