第40話
「それでどうなったんだい? 昨日、部長達に何か報告してたみたいだけどさ」
「ああ、うん。一応今後はこういう戦い方がいきたいですっていう報告してきただけだよ。優香とかも報告したんだろ? 俺だけ部長の言われるままでやってただけだからな。今後は希望を前提にしてくれるとさ。まあ、多少アドバイスとかももらったよ」
「ふーん、そっか、健輔も決めたんだ。それで、どんな感じのになるんだい?」
圭吾が微妙に厭らしい、いや、からかいを含んだ表情で問いかける。
「あーうん、正直なところ今までと変わらない感じ。違うのは、……うん、そうだな。前衛に固定されることくらいかな。後衛をやらないってわけではないんだけど」
「見た時のお楽しみってことかい? じゃあ、今日の練習に期待しているよ」
「うーん、そんな期待するほど変わるわけじゃないぞ? 期待はずれでも何もしないからな」
「僕のことをどんなやつだと思ってるんだよ? 友人のやりたいことくらい、応援するよ」
決意の夜から開けた次の朝。
彼らはいつもと変わらない様子で練習に向かったのだった。
「はーい、みなさん、おはようございますですよ。今日は昨日の続きで再びキャッチボールをやっていくよ」
いつものように真希は今日の予定について並べていく。
簡潔でわかりやすい説明で健輔はそういった真希の如才ない部分を尊敬はしていた。
人に物を説明するには、自分がきちんと理解していなくてはならず、その上で相手に合わせて噛み砕くことのできる弁が必要だ。
そういった臨機応変をこなす作業で彼女より上の人物はチーム内には存在しない。
人生をうまいこと泳いでいくタイプの人間ともいうべきだろうか。
「今日は新しい息吹を吹き込むことも考えて、他のとこともガンガン入れ替えをする予定だから、練習に慣れないように注意すること! 葵辺りはもの凄い気合いれてバンバンやってくるよー。ちゃんと考えて対処することを忘れないでね?」
『はい!』
「いい返事です。うんじゃあ、始めようか。最初は私からだから。後、昨日と違う部分にリストバンドは付けるようにしてね。余裕がある子はもう1個つけるように」
真希の言葉に優香が追加でもう1つ、バンドを右足に装着する。
1年の中で術式の制御に余裕を持っているのは優香ぐらいのものである。
練習が進んできたことでかつてよりも壁の高さを自覚することになるとは、良いのか悪いのか健輔にも判断しづらいものだった。
壁は高い方が燃えるため、別に構わないといえばその通りなのだが差が開いて喜ぶ程、健輔はドMでもなかった。
「よし。全員OKみたいだから、素早く終わらせていこうか」
昨日と同じように、その銃口を障壁に固定したボールへと向ける。
あからさまにこちらを狙う意志に、やってみろと獰猛な笑みを投げ返す。
何故か懐かしいものを見た、といった表情を作った真希は僅かに笑みを作りながらボールを発射するのだった。
「っ、次!」
健輔が受けたボールが圭吾に向けて発射される。
それを周囲に張り巡らせた糸の結界で絡め取った圭吾は優香に向けて投げつける。
真希のレベルになると受け止めたボールの勢いを殺さずに誰かに投げ返すことができるのだが、1年生の彼らにはまだ難しい技術だった。
何をするにも今は全力を注がねばならず、それは翻っていえば細かい作業に向かないという事実に繋がる。
(もっとも、そう言った部分も含めての練習なのでしょうけど)
投げ返されたボールを受け止めながら、周囲を静かに観察していた少女――ヴィオラ・ラッセルはどこまでも冷めた思考でそう判断した。
魔導の教導についてはマニュアルの作成も進んでいるがチーム内の練習では伝統と言うか、慣習というべきものが優先されている。
これは歴史のあるチームほどそういった傾向が強い。
逆に新しいチームの場合はある現象が起きるのだ。
それは見たこともないような練習が行われるということである。
自分たちで考えた自己流の練習が主流となる、そういえば良いだろう。
(練習の質というものはある意味でそのチームのレベルを測る物差しになりえる。ハンナお姉さまのライバル、というからには甘くないとは思っていましたがこんな多くのものを盛り込んだ練習を平然とこなすとは。私たちよりも個人あたりのレベルは格段に高いですわ)
レースで姉が完敗した高島圭吾。
自身を打ち負かした佐藤健輔。
そして既に最上級生たる3年にも劣らない九条優香。
パッと並べただけでも1年生のレベルが高い、つまり2年・3年はそれ以上の能力を持つものばかりだと言うことだ。
ヴィオラは相手のチームを尊敬しているし、優香や健輔にも好意を持っている。
だが、結局のところ彼女は彼らの味方にはなりえない存在なのだ。
いつかは雌雄を決することになる。
何よりいつまでも後塵を喫していてはライバルとしても、彼女のプライド的にも納得できるものではない。
(でも、先は流そうですね。それにハンナお姉さまとサラお姉さまがいなくなった時、私たちのチームはどうなるのでしょう。健輔様たちはなんとかなりそうですが)
強力すぎる個性に引っ張られることに慣れてしまっている自分たちは大丈夫なのか、そう遠くない未来に訪れるだろう課題に思いを馳せるヴィオラであった。
襲いかかる砲撃に1歩も引かずに殴り掛る女傑。
今までのそれを遥かに上回る火力を見せる彼女は次代の星になるべき者。
現リーダーたる真由美とはまた違ったタイプの強く人を引き付ける人物である。
藤田葵は己の視界を埋め尽くす砲撃群をその拳1つで叩き落とす。
魔力を纏ったその1撃は単純な火力で、ハンナと真由美に劣るものではない。
『攻撃こそが最大の防御』それが彼女の戦闘における信念であり、方針でもある信条だ。
中途半端な防御、技なぞその上から殴り潰す、レベル上げて物理で殴る、細かいことを考えない彼女の戦闘はシンプルな美しさがあった。
「もう! ちょこまかちょこまかと! うっとおしいですよ、隆志さん!」
「極めて遺憾だが、お前の攻撃をいなせと言う命令でな。組み合いが主眼ではないのさ。何よりお前のような怪力で殴られたらひ弱な俺は死んでしまうよ」
「か、怪力……じょ、女性に向けて使う言葉じゃないですよ!? あー! もう、1発殴らせろ!」
2人の魔導師は砲撃群を巧みに避けるか、撃ち落としながら混乱する戦場で暴れ回る。
暴風の如き葵の1発、1発を冷静に見切って挑発するようにギリギリで避け続ける。
「ッ! ああ! もうーッ!!」
葵が攻撃と機動に回す魔力を更に増やす、もはや防御はほとんど考慮していたないだろう。
次代のホープ、真由美に代わる新たなエースはどこまでも力押しを是とする存在だった。
「技量型なんて弱い奴の言い訳じゃない」去年のチームに入ったばかりの葵の言葉だ。
どんな防御も1撃で砕く攻撃さえあれば、他はいらないというのが彼女の持論だった。
「どうした、お前よりも俺は格下だ。良いようにされてるが、お前はその程度だったのか? がっかりだよ、大言壮語も甚だしい」
「――な、舐めないで!! 頭にきましたよ!! 先輩だからって私が遠慮するなんて思わないで!」
隆志のさらなる挑発に、激昂した葵はどんどん魔力の上限を無視して回し続ける。
固有能力の習熟は十分に進んでいるな、と内心で後輩の能力を評価する。
ハード的な能力は現段階でも真由美に匹敵する領域には近づいているのだ、その上で葵には真由美にはやりづらいことができる。
それは前衛である彼女は技量如何によっては格上を食える可能性が高いと言うことだ。
真由美の火力は格下に対して圧倒的だが、同格もしくは格上になると途端に圧力が下がってしまう。
だから、格上を食える葵は今度必ず重要になるのだ、単純なスペックで上回る相手に技を持って対峙するのは定石である基本でもある。
しかし、葵にはある弱点があった、それは早い話ソフト的なものであり、簡単には解決できない類のもので、
「もう! この! 当たりなさい!!」
この精神的な余裕の無さである。
正確には、熱くなり易すぎるそういうものだった。
大きな試合ならばもう少しマシなのだが練習ではこんなものであった。
真由美は何だかんだと言っても、その実力は高い地点で安定している。
だからこそ彼女はチームのリーダーであり、エースなのだ。
次代のエースであるところの葵は波が激しすぎるという弱点を抱えている。
3年たちとしてもできれば、もう少し安定して欲しいというのが本音の部分にあった。
隆志が静かに葵を観察している間にも、彼女は余裕を失くしてどんどん攻撃が単調になっていく。
(これさえなければこいつはもっと強くなれるんだがね)
とは言っても、牙を抜くわけにもいかず、隆志は苦い物を腹に収めながら己が役割を遂行するのであった。
砲撃、斬撃と見た目ド派手な光景が繰り広げられている戦闘フィールドと異なり、総勢8人程の男女が直立不動で何かを行っている区画があった。
彼女らに共通していることは、両手に簡易的な魔導陣が展開されていることである。
8人は1人を除いて、円を作った状態で目を瞑り、何かへと集中している。
同じように魔導陣を展開こそしているが、円から外れた1人――武居早奈恵は個々の様子を観察していた。
幾人かが、集中を乱しているのを感じた彼女は叱責を行う。
「香奈、もう少し制御レベルを下げろ。それだと一見頑丈な術式だが、少し罅を入れられると一気に壊れるぞ。ジェミ―、これは術式の制動補佐の練習だぞ? 誰が、用意した術式の構成を弄れといった。戦闘中に味方の術式なんぞ弄ったら、大変なことになるだろ! 美咲、1つのことに集中しすぎだ! この状態だと、健輔担当のやつが、強度計算をミスって撃墜されるぞ!」
次々と飛ぶ、早奈恵の怒声に身を縮める者が出てくる。
当然、その様は早奈恵には見えているわけであり、
「ダリウス! 男のお前が私の怒声に驚いてどうする! お前は先程から聞こえる戦闘音にも怯えていたな。そんな様で、どうやって仲間の補佐をするつもりだ! 魔導戦はほぼすべてが戦闘形式のものだぞ! 戦場で寝れるくらいの図太さを見せろ」
「は、はい!」
「返事はいらんから制御に集中しろ!」
「は、はい!」
早奈恵は大きく溜息を吐きながら、次のステップに進むために彼らの妨害を始めるのだった。
「お疲れ様っすー、今日も早奈恵さんは絶好調でしたねんっと」
ニシシとお調子者らしい感じの笑みを浮かべながら、2年生のバックス獅山香奈が美咲を伴って早奈恵に話し掛ける。
今日の練習も終わりを迎え、解散を行ったタイミングであった。
「お前はその様子に反して、術が硬すぎるのなんとかするんだな。余裕がなさすぎる、何かあれば簡単に砕けてしまうような制御はやめろと言っているだろう」
「かもしれないよりも、効果が高い方がいいじゃないですか、葵は大絶賛してくれてますよ? そこは私のポリシーでもあるんで、ノータッチにしてくれませんかね?」
「……そうか、ならばそれでいい」
早奈恵の苦言をひらりとした態度で香奈は避ける。
既に1年近くやっているやり取りに早奈恵も必要以上に問い詰めるつもりもなかったのか、あっさりと話題を流すのだった。
もう少し粘られると思っていたのか、香奈は驚いた様子を見せる。
「言っても直すつもりのないバカにはどうしようもない。痛い目を見せないとわからないというのなら仕方ないさ。こちらとしても避けるように努力はするがな。美咲、お前は複数のことを同時に処理できるように多重思考の訓練を増やす。制御自体はとても丁寧で何も問題ないからな」
「あ、はい。わかりました」
「すごく、釈然としないんですけどー」
すんなりと納得する美咲との対比のように、香奈は不満の声を上げる。
早奈恵はそんな後輩をジト目で見ると、大きく溜息を吐いた。
「お前は葵とは別のめんどくささがあるな。好きにすればいいと言ったらそれはそれで気にいらないなどと、悪質なクレーマーか? お前」
「……だって、私のこだわりをくだらないって言われたら……」
「くだらんではない、危険だ。術の効果を上げようと無駄を省くのはいいが、無駄とは言い換えれば余裕だぞ? 余裕がなければ術が担保する安全度は下がる。まして、お前は葵の術に手を加えて飛行式の余裕を極限まで落としている。何かあって葵が高度から落ちたら重傷で済めば御の字だぞ? 何度も言ってるだろ」
頬に空気を溜めこんでご立腹の様子を見せている香奈に苦笑を返す。
香奈としては十分に安全を確保した上のでも術式改良なのだ、それを安全を担保に効果を上げているように言われたら、プライドを傷つけられるのも道理である。
勉強会でも早奈恵と香奈はスタンスの違いで何度もぶつかっている。
当然ながら、この合宿でも、だ。
当初は美咲はおろおろとしながら2人を見守っていたのだが、最近はこれが2人のスキンシップだと気付いたため、涼しい顔をしている。
いくらか図太くなってきた後輩たちに、これは私たちの影響なのか、と少しだけ己を省みてみる。
(とは言っても、いまさらか)
どうせもう自分というものは簡単には変えられない思い直す。
早奈恵は未だにご立腹な様子を見せている香奈に、いつものように先延ばしを提案するのだった。
「明日の午前中は報告会だ。お前の反論はそこで聞くから纏めておけ。午後からは実習に入る。何、いつもどおりのことだよ、私を認めさせたいなら論破してみせろ」
「お、言いましたね! いいでしょう、今度こそ、まいった! って言わせて見せますからね。みさきち、ご飯食べにいこう! そして、英気を養うのだ!」
「は、はい。早奈恵先輩、お先に失礼します」
「首を洗って待ってて下さい、明日こそ私を認めさせますから!」
対照的な2人の挨拶に返事を行い、早奈恵も今度こそ場を離れる。
彼女にはこの後やることがまだ残っているのだ、バックスとは他とは違い、研究・勉学をメインとするポジションである。
じゃあ、これでいこうと思いつきではうまく回らないのだ。
合宿用の課題に、自身の研究を纏めた論文の整理、他にも毎日提出される香奈の術式の確認とやることは多い。
「我ながら、度し難い程に研究者か。なんだかんだと言って香奈との討論は楽しみなのだから」
いつもぶつかり合う後輩との議論が楽しみだ、とあまり外には見せない上機嫌な様子で宿舎に早奈恵は帰るのだった。
もうすぐ全体行程の半分を超える合宿、ここまでで掴んだものを各々再確認しながら、夏は秋へと向かっていくのだった。




