第39話
美しい夕暮れに染まる砂浜。
南国の黄昏時、気候も空気もまったく違う場所で日本と変わらぬ美しくも怪しい光景が現れていた。
人の心に焼きつけられるだろう光景の中に、砂浜に打ち上げられた死体のごとく横たわるものたちがいた。
「お前までその様子なら今日はかなりきつかったのか?」
倒れている人間の1人、伊藤真希に話しかける影。
杉崎和哉は死屍累々となっいる連中を視界に収めて問いかける。
「……うーん、いや、この子たち頑張りすぎだよ……見た目よりもこの練習ずっと疲れるのに、休憩入れさせてくれないんだもん……」
「自業自得だと思うがな。どうぜ、佐藤のやつを煽りまくったんだろ? あいつが折れないと九条たちも折れてくれないだろうさ」
「……誤算だねー、負けず嫌いというものを舐めました。人間、どうしても自分基準で考えちゃうよね。気をつけてもなかなか治らないものですな」
上体を起こした真希は背中を合わせて座りこんでいる女性2人と完全に突っ伏している男の子に視線を送る。
葵命名の練習『キャッチボール』はパッと見はすごく簡単に見える練習なのだが、想像以上に体力を使う。
ボールは当たれば痛いし、制御が崩れているものを無理矢理矯正するのは言葉のニュアンスよりも遥かに難易度が高い。
その分複数のものを一挙に鍛えるのにこの練習は向いていて真希たちも去年散々にやらされたものだった。
「どうせ休むなら宿舎に放りこんでおくぞ。夕食は各自で取ればいいだろう。佐藤は俺が引き受けるから、女性陣はお前が頼む」
「うー……あ、うん、ありがとうーそっちは任されましたよん。そして、次いでで申し訳ないが報告もお願いするよ。明日は私がやるからさ」
「了解。お前も明日に疲れを残さないように、ちゃんと休めよ」
「あいー」という真希の返事を背後に残して和哉は健輔の元へと向かう。
まだ動くことのできる女性陣に対して、ここまで健輔が体力を消耗しているのは系統の違いだった。
細かな制御が他の系統よりも難しいこの練習は彼の体力をゴリゴリと吸い上げていき、最後ら辺はほとんど気合でやっていたような状態になっていた。
「おーい、佐藤生きてるか?」
「……ギリギリ生きてます。正直、ここから動ける気がしないですけど」
「しゃべれるんならまだ大丈夫だな。最後ら辺は制御の手の抜き方もわかってたみたいだし、自分なりの機動の取り方ってやつができてきたんじゃないか?」
先輩からの問いかけに、なんとか仰向けになった健輔はゆっくりと口を開く。
「……はい、まだまだですけど、なんとか自分のやり方の輪郭くらいは見えてきました。杉崎先輩たちは最初からわかってたんですか?」
「そんな訳ないだろうが。お前のやり方は自分で考えるものだよ。俺たちはその手伝いだ。お前たちを見ながらもろもろの再確認をするのが俺たちの練習ってだけだ。……だが、俺たちの仕事で何かが見つかって言うのなら、……それは嬉しいよ。それよりもほら、肩を貸してやるから、立てるか?」
「……すいません、お借りします」
手を伸ばして和哉の助けを借りながら立ちあがる。
魔力の使用過多で魔力回路が疲労によって、オーバーヒートしているようだ。
体温も若干高くなっているのを肩越しに和哉は感じるのだった。
「こりゃ、先に医務室だな。過負荷をかけるまで行使するのは感心しないな後輩。体調に気を使うのも自分の役割だぞ? 真希のやつは努力する人間が大好きだし、そんなやつには採点が甘くなってしまうが、そこに付け入るようなことはしてやるな」
「すいません、今度からもう少し加減を考えます」
飽くなき向上心を持つ後輩に、和哉は頼もしさを感じる。
自分にも、こんな頃があったのだろうか、とまるで一気に年をとったような錯覚を受けていた。
真由美たちが偶に暖かい目でこっちを見てるのは同じく懐かしく感じているからだろうか、と和哉は医務室に行く道中で振り返るのだった。
「魔力負荷でダウンなんて本当に珍しいよね。健輔って向う見ずに見えるけどそこら辺の計算も割とちゃんとこなしてるイメージだったんだけど」
和哉の手を借りて医務室に向かった健輔は薬と魔力抑制の処置を受けて1時間ほど仮眠をとったことにより復活を果たした。
体力が回復するや否や猛烈な空腹を感じた健輔は食事をとるために食堂へとやってきたのだった。
「まあ、うん、こうね。なんというか、頭に血が昇るってあるよね? みたいな感じなんで許して下さい。反省はしてます」
「僕に謝ってどうするのさ? 後で九条さんとかに言っておきなよ? 珍しく顔に疲労が出てたからね」
「ぐっ、面目ない。真希さんの煽りに完璧に引っ掛かってしまった。試合で挑発とかされた時にこんなんで大丈夫なんだろうか……。俺……あんなに挑発に弱かったかな……」
珍しくも肩を落としている健輔は、己のわがままで割とオーバーワークさせてしまった2人に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
明日でようやく折り返しという合宿にも関わらず、この時点で体力が激しく消耗してしまうなどあってはならないことである。
気落ちしている友人に苦笑しながら、圭吾は合宿の成果について話す。
「真希さんはなんていうのか、心の隙を突くのがすごくうまいからね。僕はああいったことも見習わないとダメなんだよね。僕はサラさんや、真由美さん、後はハンナさんのように明確な役割ができるタイプの系統を選択しなかったから、戦い方を常に考えないといけない。そういう意味では僕は真希さんみたいに、変幻自在な戦い方を今後、模索していこう思ったよ。和哉さんもそんな感じでいろいろ見てくれたからね。健輔はどうだい?」
圭吾からの問いかけ、それは己のスタイルについてことだった。
己の役割、系統からの見出す自分の戦い方。
今まで健輔は系統を使って試合をこなしてきたのであって、自分の戦い方で勝ち抜いてきたわけではない。
合宿が始まってから、影に日向にそこを指摘され続けているのだ、いくら脳筋と言われようとも流石に気付く。
「正直なところ、まだいろいろ悩んでる」
即断即決、ある意味で無鉄砲な決断ばかりしてきた健輔だが、なまじ選択肢が大量にある状況には戸惑いを覚えずにおれなかった。
1年の中で明確なビジョンがないのはもう健輔1である。
美咲は補助であり、別の形のものであり、優香は高機動の技量型というスタイルを確立して次に行こうとしている。
「圭吾も目標ができたみたいだし、そろそろ決めないといけんだけどな……。1つだけ考えてるのあるんだが、これってありなのかって感じになっててさ。自分でもらしくないけど、こういうのを中途半端な考えでやるのは確実に後悔するからな……、まあ、ちょっと部長とかにも相談しようと思ってる」
「そっか、うん、それでいいんじゃないかな? ……それでいけそうならいいね」
「おう、お前も明日頑張ろうな。あの練習結構きついんだからな」
「きつくない練習とかあるのかい? そんなので僕が怯むと思ったら大間違いだよ」
微妙に漂っていた湿った雰囲気は消え去り、日々の話題へと話は移って行く。
胸に秘めている自分のスタイルの成否について考えながらも、一時に休息に身を沈めるのだった。
「お疲れ様、真希ちゃんから聞いたよ。意見を聞きたいから、できれば指定した人たちを集めて欲しいってことだけでこれで大丈夫かな?」
1日の報告会の場で真希からの連絡を受けた真由美はその頼みを快諾、反省会終了後に健輔から頼まれたメンツが会議室へと集まっていた。
「すいません、みなさん疲れてるだろうに俺の個人的な都合で集まってもらって」
「気にしなくて構いませんよ。もとより魔導競技はそこまでの大規模な人数ではありませんし、本来魔導は個性の強いものなのですから、各人に適した指導のためには個々からの要望を取り入れないとダメでしょう?」
健輔の言葉を気にするな、と優しく諭してくれるサラの言葉。
集まったメンツの総意なのだろう、それよりも早く進めろと目が語っているものの方が多かった。
集めてもらった人たちに再度頭を下げてから健輔は、本題に入った。
「俺個人のバトルスタイル、つまり戦い方なんですが改めてしっかりと考えてみました。ご存じの通り俺は万能系です、戦い方の基本としては最適な系統で各場面をやり過ごしていくことになるでしょう」
「そうだね、問題はそこから先。そこまでは系統の使い方だから、その先どういう魔導師になるかが大事だもんね」
健輔の意見に真由美は同意を示す。
同じ系統の組み合わせでも使い方が異なるのならそれは別のものである。
ハンナと真由美も戦い方がそっくりではあるが同じではない。
如何に自分色に染め上げていくのか、そしてそれを押し通せるのか。
早い話魔導とは自分のルールの押し付けであるのだ、どっちがすごいのか意地を張り合って最後まで立っていたのものが勝者になる。
「それで、健輔さんはご自分のやりたいものが見つかったのかしら?」
アメリカ側からハンナと共に参加していたサラが優しい笑みを浮かべて健輔へと問いかける。
「……はい。万能系がどういうものなのか俺にはよくわかりません。今後の研究で地力が一気に伸びるようになるかもしれないし、ずっとこのままかもしれない。それを踏まえて自分は決断しました」
「そっか、じゃあ健ちゃんはどうするの? せっかく私たちを呼んだんだし、やりたいことがあるんだよね?」
「――やっぱり俺は1人でも戦いたいんです。だから――」
健輔が退室した後の会議室、真由美とハンナ、そしてサラと早奈恵の4人だけが残った部屋では機嫌の良さそうな真由美がお茶を飲んでいた。
「よかったな、真由美。お前さんが考えていたルートを自分で選んでくれたおかげでこれまでの練習は無駄にはならないことになったぞ」
「うん、まあ、ちゃんと修正は効くようにしてたから別に大丈夫だけど、すんなりといってくれた方がこっちとしても嬉しいからね。やっぱり健ちゃんは1人でも戦える方を選んだか」
「私が考えてたところから外れてなくてよかったよ」と真由美は内心抱えていた不安を早奈恵へと吐き出す。
下手をしなくても真由美が読み間違えたり、健輔の気質が違ったりしていたらこの時期に再訓練が必要になる可能性はあったのだ。
ある意味博打めいていたものが大当たりを引けたことに流石の真由美も安堵を隠せなかった。
「真由美たちだけでなく私たちを呼んだのも今後のためでしたみたいですし、大体真由美と同じような形を考えたみたいですね、健輔さんは」
2人の会話に割り込むサラ、ハンナも興味深そうな表情で様子を見守る。
サラとしても伸びようとする後輩を見るのは、自身の進路に関わってくる部分もありとても興味深かったのだ。
ハンナと真由美は性格とバトルスタイルが一致し、激闘を経て友情を結んだ。
一方、真由美とサラにはハンナという人物を間に挟まなければ接点はないように見える。
しかし、ライバルではなく友人としてならサラの方が真由美との関係は深い。
理由は簡単である将来の進路が共に教師であるからだ。
「サラもそれとなくルートを見せてくれたみたいで助かったよ。系統の使い方は大別して2つあるからね。万能系ならこうなるだろうってやつを健ちゃんには見せてきたつもりだったからさ」
「己のためか、それともチームの1員としてスタイルを組み上げるか。私は後者で、真由美は前者。健輔さんも前者を選んだみたいですね。確か、もう1人の万能系の方は」
「うん、チームを結び付ける能力みたいだね。本戦の楽しみが増えたね」
「ええ、万能系の使い方としてどちらが主流になるのか。見物ですよね、よかったら映像を送ってください。多少なり、関わった身としてその対決は気になります」
穏やかに進む真由美とサラの会話。
それを横目にハンナと早奈恵は健輔の提案を受けた上での、メニューを考えていた。
とりあえずは真希の元に置いておくが来週などは少し考えないといけない部分が存在していたからである。
「健輔は今後前衛であらゆる系統を選択して、使うというスタイルを選択したわ。つまり、切り込み役を志願したわけだから、前衛に挑めるだけの手札が必要になるわね」
「これまで以上に頭を使う事になるな。明確に前にでる前衛役となんでもできるから遊撃役では似ているようで、求められる役割がまったく違う。地力に劣る万能系で他の系統と競るには常にいろいろ考えておかねばならないし、いろんなことを知っておく必要がある」
「まあ、そこは問題ないでしょう。……これであなたたちのチームと私たちのチームどちらも全員が方向性を固めたわ。明後日からはそれの深化を始めましょうか」
「そうだな、真由美がこっちに帰ってきたらその方向で調整しておこう。……嬉しいのはわかるが2人共、自分の子ども自慢みたいな形になっているな」
いつのまにか互いが育てた後輩の評価で言い争い始めているサラと真由美に呆れた視線を送って早奈恵は呟いた。
ハンナもこっちの方がすごい、いやこちらが、とベタな言い争いをする2人見ながら笑みを作る。
「気持ちはわかるし、そっとしておきましょう。ふふ、最終日の模擬戦の楽しみが1つ増えたわね」
ハンナはヒートアップしている2人を脇に置いて、新たな楽しみを感じて期待で胸を震わせるのだった。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
次の更新は日曜になります。




