第3話
「は~い~。皆さん~注目してくださいね~」
気が抜けるようなのんびりとした声。
健輔たちの担任大山里奈の声であった
学園所属の教師は魔導師ばかりのため、全員が戦闘講義を受け持つことが出来る。
のんびりしていて戦闘をやるようには見えない彼女も実際は凄腕の魔導師なのだ。
「今日の~授業では~皆さんの成長を~みせてもらいますね~」
「皆さんが普段やっている自主練習、先輩からの教え、なんでも構いません。チームに所属している方、いない方など関係なく自由にやってください」
要点が抜けていた里奈の言葉を補足するかのように傍にいた眼鏡を掛けた美女が付け加えた。
彼女の名前は笹山彩夏。
優香と美咲のクラス担任である。
里奈とは同期で少し冷たい感じもするが生徒思いの美人で優しい先生と評判だった。
健輔たちの担任である里奈とはプライベートでも友人関係らしく一緒にいることが多い。
戦闘講義の評判も良く、健輔たちもなるべくこのペアの授業を受けていた。
「ではでは~始めますよ~。戦闘フィールドの外に~出たらダメですからね~」
「時間は60分間です。5分前には集合の合図を出すので見逃さないようにしてください」
「では~。よ~い、ど~~ん」
里奈の可愛らしい宣言に従って生徒たちも動き出す。
チームメンバーと一緒に動き出す者、何をやってよいのかわからず途方に暮れる者。
様々な動きを見せる生徒たちの中で健輔たち4人は中央から離れようとしていた。
「大山先生って可愛らしい方ですよね。担任だなんて少し、佐藤さんたちが羨ましいです」
そう言って健輔たちに微笑み掛ける知的な少女。
美人というよりも可愛らしいというべき小柄な少女は穏やかな雰囲気で健輔たちに話しかける。
彼女の名前は丸山美咲。
健輔たちと同じチームのメンバーにして戦闘魔導師である健輔たちと違って彼女は支援系、バックス魔導師である。
出会ってから3ヶ月目に入ろうとしているが、未だに健輔は打ち解けていない。
優香は規格外の美少女だが美咲は常識内の美少女である。
微妙に非現実感がある優香の方が健輔には接し易く、普通の異性らしい美咲の方に苦手意識を抱いてしまったのだ。
専攻が異なるというのもそれに拍車を掛けている。
「里奈ちゃ、じゃない。大山先生が担任であることくらいしか僕たちのクラス特徴ないからね。笹山先生もいい先生じゃないかい?」
「笹山先生も良い先生ですけど、大山先生みたいに親しみやすいという感じとはまた違いますから。大山先生には女性として憧れるって感じです」
「なるほどね」
圭吾は問題なく会話を出来るみたいだが健輔には無理である。
同じチームの同級生で仲間なのだからもっと親しくなるべきだと理解はしているのだが、健輔は15年の人生で異性と接した経験が絶望的なまでに不足していた。
女性らしい美咲が苦手なのはそれが理由である。
優香にはもはやプライドも砕け散るぐらい負けているため、そこまで気にならなくなっているのだが、美咲にはまだ見栄を張りたいぐらいにはプライドが残っていた。
「健輔はどう思う?」
圭吾が話題をそれとなく健輔に繋げる。
こういった細かい気遣いは健輔には出来ないことで親友の美徳だと思っていた。
「里奈ちゃんはいい先生だよ。少なくとも俺が真面目に勉強しようって思うぐらいにはさ」
「なんですか、それは」
クスっとぎこちなくだが美咲が笑みを零す。
優香はあまり表情が変わっていないが不快な様子でもなかった。
圭吾に視線を送ると軽く頷き返してくる。
「それじゃあ、準備始めるか」
「そうですね」
「オッケー」
「了解しました」
三者三様の返しに苦笑する。
まだ固くぎこちない部分が多いが、最近ようやく個々の練習が終わったばかりだと考えれば無理もないだろう。
お互いに歩み寄る意思があるだけマシであった。
「俺も準備しないとな」
魔導戦闘を行うに当たって必要な物は当たり前のことだが魔力である。
その魔力を生み出すの器官を魔力回路と呼んでいて、読んで字の如く魔力を生み出すための機能を備えていた。
この魔力回路から魔導師は魔力を生み出すことで魔導を行使できるようになるのだ。
「――接続。回路、起動モードで待機」
呪文を唱えて魔力回路を励起させる。
この辺りのやり方は人それぞれ違う事が多い。
健輔のように特定キーワードで起動するものもいれば、気合を入れるだけで起動させることが出来るものもいる。
詠唱派が多いのは魔導――魔法――とはそういうものだ、という認識が強いからだと言われているが、真偽は定かではない。
魔導には精神状態も深く関係するのであり得ないわけではないが、健輔はその辺りのことには興味がなかった。
不思議な力がそれっぽく使える。
それでいいし、細かい理屈などどうでも良いというのが彼の意見だった。
「よし」
無事起動に成功し、次の準備に入ろうとした健輔に隣から、
「魔力を解放します。少し衝撃がいくかもしれないのでお気をつけてください」
と声を掛けられる。
直後、重い魔力派が健輔に伝わってきた。
「ぐっ……」
実際は物理的な衝撃などないのだが、魔力の大きさを重さとして感じたためにそのような感覚を覚えたのだ。
こんな些細なことでも示されるレベル差、しかし、却って圧倒的なレベル差が健輔の闘争心に火をつける。
いちいち落ち込んでなどいられないのだ。
負けじと健輔も魔力を解放する。
「魔力解放! 回路ドライブッ!」
魔力を体に巡らせることで魔導師としての健輔へと姿を変える。
何でも出来そうな万能感、体に漲る力。
この感覚が健輔は大好きだった。
うまくいったことに安堵しつつ、優香の方へと視線を送る。
一瞬、不思議そうな顔をするも口元を僅かに緩め、
「お見事ですよ」
と健輔を褒めるのであった。
微妙に邪な気持ち――どうだという程度のものだったが――そんなものは一切伝わらず素直な賞賛に気恥ずかしくなる。
顔を真っ赤にしてまるで茹蛸のような健輔に魔力の励起を終わらせた圭吾がこちらに来てツッコみを入れるのだった。
「……ちょっと目を離した隙に何、顔を赤くしてるのさ。魔力が巡りすぎて絶好調にでもなった?」
「う、うるさいな! 体調不良よりはいいだろうが!」
優香の笑顔が綺麗で、急に恥ずかしくなったからです、とは言えないので健輔は誤魔化すように叫ぶ。
「まだ始まってもないのに元気だね」
処置なしと判断したのか、圭吾はそれ以上深く突っ込んでくることはなかった。
顔が赤いままの健輔をおいて彼は話を進め始める。
健輔としても下手に触れられるよりはありがたい対応だったので無言で従うのだった。
「いつも通りとはいえあんまり4人でやれるのは知らないし、無難に鬼ごっこを提案したいんだけど。どうかな?」
「そうですね。先輩がいないことも考えるとそれぐらいがちょうど良いと思います」
「こっちも鬼ごっこはやり慣れてますし、問題ないですよ」
女性陣からは賛意の声が上がる。
戦闘訓練は先輩がいないと危ない面もあるため、妥当な部類だと健輔も思っていた。
「俺もそれで良いよ。鬼はじゃんけんか?」
「ま、それが1番無難だと思うかな」
「よし、あまり時間を掛けるのもあれだし、早く決めよう。じゃあ、じゃんけん――」
グーが1人でパーが3人。
綺麗に1発で鬼が決まる。
「では、私が鬼ですね」
じゃんけんで負けたはずの優香が妙に穏やかな空気で鬼であることを宣言する。
非凡な才能を持つ優香だが、じゃんけんだけは何故か弱かった。
鬼ごっこという名称通り、鬼から逃げるこの練習は学園に入学した初期に真由美から伝授されたものである。
その頃から通算して結構な回数をやっているが毎回最初の鬼は優香だった。
自分の初手がずっとグーであることを彼女が気付くのはいつになるのだろうか。
「じゃ、九条さんは鬼をよろしく。今日は他の人たちも多いし、衝突には気をつけていこうね」
そんなことなど微塵も感じさせずに圭吾はポーカーフェイスで進行する。
毎度、顔に出ている健輔とはレベルが違う偽装であった。
「わかりました。では、よろしいですか?」
「あ、うん。お願いするよ」
「じゃあ、数えるので逃げてください」
綺麗な声で10の数を読み上げる。
その最中に彼女は戦闘準備――今回は簡易的なもの――を整えるのであった。
戦闘準備と一言に言っても個体差がある。
基本的に魔導機を持って入れば魔導師はそれだけで戦闘が出来るため、それを持って戦闘準備とする者もいる。
優香の場合はプラス髪型であろうか。
普段の大和撫子然とした姿も綺麗だが、彼女は戦闘を行う時にストレートの髪をポニーテールに纏める。
一応動きやすいようにしているのだが、女性とは不思議なもので髪型を変えただけでガラッと印象が変わるのだ。
優香の場合も御淑やかな美女が一転してスポーツ美少女に早変わりするのだがら驚きである。
――女は化ける。
15歳にしてそのことを魂で理解した健輔であった。
「そういや、ファンとかも多いんだっけか」
規格外の美少女たる優香にはファンも付いていて、そんな彼女のイメージが変わるこの講義にはポニーテールの優香を見るためだけに参加しているものもいる、と圭吾から聞いたことがあった。
その労力を別のことに使えよとも思うが、健輔も髪型を変える優香を綺麗だと思うのは同感だった。
そんな風に余計なことを考えていたからだろうか。
巨大なプレッシャーが自分に迫ってくるのを感じる。
「ま、まさか……。俺狙い?」
即座にその場から離脱を図る。
視線を背後に向けるといつの間にそこまで来たのか、水色の魔力光を纏った戦乙女が健輔を追ってきていた。
この間、ボコボコにされて終わった模擬戦以来、表情に変化がない、詰まらなそうな感じで戦っていたのがなくなってきている。
代わりに口元が緩むなど、所謂笑顔が増えてきたのだが、何が楽しいのか今回は良い笑顔を浮かべて健輔を追いかけていた。
「また俺かよ!!」
優香が鬼の場合、毎回初めに狙われるのは何故か健輔であった。
何か恨みでも買ったのか戦々恐々としているのだが底知れぬ笑顔の優香に聞くことができず今日に至っている。
心の中で大量の愚痴をこぼしながら逃走行為だったのだが、健輔はあることを失念していた。
元々の能力に桁違いの差があるのだから、余所見などしていたらあっさりと追い付かれてしまう。
そんな単純なことを忘れてしまっていたのである。
「……鬼ごっこという名とはいえ、練習でもあるのですからもう少し真面目にやって欲しいんですが。集中出来ていませんよ?」
「……へ? って、近っ!?」
慌てて方向転換を行うが優香は難なく追走してくる。
「ちょ、マジか!」
余所見で負けるというのは流石にカッコ悪い。
しかし、なんとかしたくとも速度では優香が優越している。
機動力、小回りなどの制動に関する部分でも負けていた。
この間の模擬戦とまったく変わらない構図に悔しさを感じる。
「油断大敵です。この状況になってしまった時点で佐藤さんの負けですよ」
「まだだ! やれるもんならやってみろよ!」
打開策など欠片も思い浮かばないが空元気だけは有り余っている。
健輔の啖呵を聞いて失望したような表情をしていた優香が少しだけ目を丸くし、
「では、お言葉通りに」
と宣言した後、少し嬉しそうな顔を見せた。
優香の様子に気を払う余裕などないため健輔は気付いていなかったが。
言葉通り、優香は手を抜くつもりがないのだろう。
水色の魔力光は輝きを増し、全力であることを示す。
「ガチじゃないか!?」
魔導を習い始めて3ヶ月程度の素人に全力過ぎると心の中でツッコみを入れる。
手を抜かれるのも嫌だが、こっちはこっちで困るという中々に難儀な状態であった。
「行きます」
プレッシャーは高まり、言葉通り決着を付けようと背中に手を伸ばしてくる。
――逃げ切れない。
接近してきている優香を知覚する。
策はない、ないがこのまま素直に捕まるつもりも健輔になかった。
僅かに弧を描く口元、自分の作戦が成功したと確信した男の笑みである。
「ここッ!」
「え……」
距離的には後1歩と表現すれば良いだろうか。
そのタイミングで健輔は反転、優香と向かい合う形になる。
予想よりもかなり近かったため、至近距離で2人は見つめ合う。
本当に美人だ、と状況にそぐわない感想を抱きながらも体は予定通りに動いていた。
魔力を手に集めた後に、優香の目の前で勢いよく叩き合わせる。
その瞬間、激しい閃光が2人の間に迸った。
「なっ、目潰しっ!?」
驚く優香の声をBGMにして、健輔は急いでその場を離脱する。
前もって対策しておいた健輔は問題ないが優香の方はどうしようもないはずだった。
彼女の視覚が使えない内になんとか距離を稼ぐ必要がある。
「な、なんとか、逃げ切れたか?」
離れた場所で一息吐く。
いくら優香でも直ぐには対処出来ないはずだった。
安心したような溜息、これで相手が彼女でなければ健輔の機転は素晴らしいものだったと締めくくっても問題はないはずだったのだ。
「悪くない方法でしたが――後、1歩足りませんでしたね」
「――は?」
ポンッと柔らかい感触が声と共に舞い降りる。
どうして、何故、と疑問の言葉が湧き出るがそれよりも先に現実を確認する必要があった。
健輔は恐る恐る背後に振り返る。
そこには、振り切ったはずの人物の怜悧な美貌が存在していた。
健闘空しく健輔は敗れ、晴れて鬼役となる。
また1つ増えた黒星に地味にへこむ健輔であった。
うまくいったと期待した後の失敗は心にくるものがある。
そもそもよく考えてみれば眼球に対する保護魔導など掛けていて当たり前のため、優香にただの目潰しが効くはずがないのだ。
もう1つ何かを仕込んでおく必要があった。
「ぐっ、ま、まあ、鬼になるのはいいさ。でも、1つだけ確認したいことがあるんだが」
「はい? なんでしょうか?」
負けたのは仕方ない。
結果として粛々と受け止めよう。
しかし、ある事だけは聞いておく必要があった。
「九条が鬼の時は毎回俺狙いのような気がするんだが……。何か、理由はあったりするの?」
健輔の問いかけに対して自覚がなかったのか優香は目をパチパチさせる。
滅多にない姿に一瞬ときめくがなんとか胸に収めておく。
こんな状況でもなければよかったのだが、双方空を飛びながらの上でだとシュールな光景にしかならない。
「……い、いつも佐藤さんからでしたか? すいません。そ、その適当に狙ってたつもりなんですけど……どうしましょう?」
「俺に聞いてどうするんの!? あーうん、わかった、わかったよ。とりあえず、鬼やるから逃げて貰ってもいいか?」
「はい、すいません。……どうしてなんでしょうね?」
優香の呟きに自分が聞きたいというのをグっと耐える。
去っていく優香の後ろ姿を見ながら、
「あいつ意外と天然だったんだな……」
と健輔は呟くのであった。
別に知りたくもなかった彼女の新たな一面の発見にもの凄い脱力感を感じる。
このまま昼寝でもしたい気分になったがまだ授業中なのだ。
健輔は気力でなんとか再起動を行う。
濃い時間だったため長く感じたが授業時間はまだまだ残っているのだ。
「さてと、まずは誰かを見つけないといけないよな」
健輔はざっと周りを見渡してみた。
他の生徒もぽつぽつといろいろなことを始めているため、それに紛れてしまって見つけるのは難しそうだった。
これだけ人が多いと魔力からの追跡なども同様だろう。
楽にはいきそうになかった。
「仕方ない、普通に探しますか」
魔力の流れを目に集中させて視力を強化する。
魔導において基礎とも呼べる技だが、その分錬度がダイレクトに反映されるという一面も持っていた。
まだまだ未熟な健輔では安定した力を発揮することが出来ない。
「あんまりこっちは得意じゃないだけどな……」
得意ではないが止まって標的を探すには十分である。
健輔がしばらくあちこちを見回していると魔力の流れが微妙に不自然な場所が見つかった。
「あそこは……。幻影っていうことは圭吾かな。なんで鬼ごっこであいつはかくれんぼしてんだよ」
多少呆れた思いを感じながら、健輔は奇襲のため魔力を集める。
そして、勢いよく圭吾の方へと向かうのだった。
「っ! 気づかれてたッ!」
急接近する健輔に気付いた圭吾は慌てて逃げようとするがもう遅かった。
この距離なら逃げられない、確信と共に手を伸ばすと、
「きゃ~! 佐藤君~どこを~触ってるんですか~」
ポヨンと予想外の柔らかさと正面から甘い声が聞こえるのだった。
「り、里奈ちゃん!? な、なんでここに!? いや、それよりもごめんなさい!」
里奈の突然の乱入に健輔は混乱するしかない。
おまけに不可抗力とはいえ女性の胸を触ってしまったこと自体に彼はかなりテンパっていた。
「いいえ~。割り込んだのは~こっちなんで~」
「本当にごめん。わざとじゃないんだ」
「あら~本当に~気にしなくていんですよ~? ごめんね~傷つけちゃったかな~? まさか~胸を触られるとは~思わなかったから~」
里奈が心配そうな顔で健輔に迫る。
突発的な自体に混乱が続く健輔の頭脳がオーバーヒートしそうだった。
このまま放置していたらそうなったかもしれないが、幸いにもここには自体を収拾してくれる人物が居てくれたのである。
「里奈、まずは場を落ち着かせるようにしなさい。このままだと佐藤君が倒れるわ」
「彩夏ちゃん~? うん~わかった~。ごめんね~こんなに困らすつもりなかったの~」
「高島君、あなたは残りの2人に念話送ってここに集合させてください。……まったく里奈、あんな横入りしたら混乱するに決まってるでしょ!」
彩夏は同僚を叱りつける。
未だ混乱したままの健輔といい、場が混沌した原因は彼女であることが明白だった。
学生時代から変わらない2人のこの関係、生徒たちが集まるまでの少し間里奈は彩夏の説教を受けるのであった。
「まずは集まっていただいた皆さんすいませんでした」
「ごめんなさい~」
「い、いえ俺もなんか混乱してすいません」
教師2人の謝罪に健輔が代表して答える。
己の醜態がこの事態を引き起こしたかと思うと、穴に入りたいぐらい恥ずかしかったがこのまま場を投げるのは更なる恥の上塗りにしかならない。
「あまりグダグダとこの話題を引っ張るのもあれなので、これでいいでしょうか?」
「はい、大丈夫です」
「では、そろそろ本題に入ります。里奈」
「今回~割り込んだのはね~いい練習してるな~と思ったのが~理由なの~。ただ~ちょっと~気になったところがあったので~お話しようと思っただけなんです~」
「それだけなのにあんなタイミングで割り込むからややこしくなって。本当にごめんなさい」
里奈たちが今回の練習で見たかったことは簡単だ。
普段の練習の様子を見て何か問題がありそうなら指摘する、それだけである。
魔導の教師としてかなり高いレベルである彼女らからすれば学生の練習なんて少し見れば大凡の問題点は把握出来た。
わざわざよくやっている練習と指定したのは、そこに問題があると全体に響く危険性があるためである。
「なるほど、それで気になったってところはどこなんですか?」
「割り込んだのはですね~。やり方というか~心構えに問題がありまして~。そろそろ~次の段階に進むためにも~言った方がいいな~と思ったの~」
いつもと同じようにやっていたため、心構えの問題と言われても彼らには心当たりがない。
「このやり方~多分、真由美ちゃんから教わったと思うん~ですけど~趣旨を履き違えてるんですよ~」
里奈はそう言うと健輔と優香に指を向ける。
「佐藤くんは~どうして~優香ちゃんを狙わなかったのですか~? 隠れてなかったですよね~? この練習は~空中での~機動戦のやり方を~遊びながら覚える方法なんですよ~。攻撃が禁止されているのも~機動にのみ集中するためですから~」
「それは……」
健輔が初めて真由美から教わったときも同じことを言われた。
しかし、履き違えていると言われるほどのこととも思えない。
ルール違反はしていないし、機動はしっかりと行っている。
「佐藤くんが~優香ちゃんを~狙わなかったのは~まだ~いいんですけど~。先程~激しい機動戦をした後ですから~。ただ~美咲ちゃんと~高島くんは~ちょっと問題ありですね~」
「僕と丸山さんですか?」
「2人とも~格闘機動戦をやることは~少ないとは~思います~。でも~この練習は魔力の制御をこなしながら~行動することを~こなせるように~慣れていくため~というのもありますから~」
圭吾は割とトリッキーな系統の組み合わせが適正が高く、本人もそれを選んだため真っ当な機動戦をやる機会は少ないだろう。
美咲はそもそも戦闘系のメンバーではない。
魔導競技のルール上陣地から出てくることもほぼないだろう。
だが、そういったことを含めても練習ならば趣旨を理解してやらないといけない、と里奈は主張しているのだ。
「この訓練は追われるという状況で冷静さを失わないこと。付随して、精神的に厳しい状況でも魔力制御をこなせる事、以上2つに主眼を置いているはずです」
彩夏が補足するように説明を行う。
「だから~隠れたら~意味ないんですよ~。高島君~見つかって強襲されたら~冷静さをなくしてましたしね~」
「丸山さんは後方要員なのでその辺りは気にしなくてもいいですが、バックスは複数制御での支援が普通なので機動戦くらい軽くやれないといけませんよ? こういったのはできる人とできない人で他の技能に大きな差が付くものですから」
里奈と彩夏が2人の問題点を指摘する。
指摘された2人も思うところがあるのだろう真剣な目で先生たちを見返していた。
「速度で優越してる相手に対して~頭を使って逃げる~っていうのが趣旨なので~隠れちゃってる2人はダメダメですよ~」
的確なダメ出しだった。
鬼ごっこと聞けば遊びのように思うかもしれないが、立派な練習の一環でやっているのだ。
普通の鬼ごっこと同じようにやってよいわけではない。
「わかってくれましたか~? 多分~真由美ちゃんのことですから~かくれんぼとかも~やってると思うんですけど~ちゃんと趣旨を理解してやらないと~ダメですよ~」
里奈は指でダメですと、バツマークを作る。
「系統検査の後に~よくいるんですよ~。訓練の趣旨に反して~自分の系統のやつを~ごり押ししちゃう人たち~。真由美ちゃんも~気づいてると思うんで~そろそろ注意があるはずですけど~」
系統――魔導の根本の部分にある分類。
それを決めたばかりで本格的に魔導を習い始めたばかりだからこそ、圭吾などもうっかりと使ってしまったのだ。
現在、健輔たちが所属するチームの方針は『基礎を固める』である。
真由美のチーム、つまり健輔たちのチームは魔導大会の世界戦での優勝が目的だ。
それだけ狙う地点が高いということであり、練習にもその辺りが反映されている。
里奈は健輔たちのチームの目標を知っているのだろう。
だからこそ、大筋は問題がない細かい部分の事で口を出してくれたのだ。
「は~い。みなさん~ここまでは~大丈夫ですか~?」
「ご教授ありがとうございました、大山先生」
1人だけ注意されたメンバーではない優香が代表して礼をする。
「ありがとうございます、里奈先生」
「ありがとうございます、申し訳ありませんでした。大山先生」
圭吾と美咲も里奈に頭を下げていた。
何故かはわからないが里奈はいつもの2倍増しくらいでニコニコなった後、健輔の顔を見て少ししょんぼりする。
「ありがとうございました、里奈ちゃ、先生。そんなに気にしなくていいですよ。あれは俺もテンパりすぎでした」
「あう~本当にごめんなさいね~。先生~今度はもっとうまく~割り込めるように~頑張っておきます~」
健輔は頑張る部分が何か違わないか、と思ったが口に出して再度蒸し返すのもあれなのでその言葉を飲み込んだ。
正直であることは美徳ではあるが、常に正解とは限らない。
一通り言いたいことは言い終えたのだろう。
里奈はそのおっとりした顔のまま続きを口にする。
「これで~みんな~趣旨を把握しましたよね~? なので~続きといきましょう~。鬼は私ですから~頑張って逃げてくださいね~」
「では、私でこれで。里奈、ちゃんとやってくださいよ」
「うん~ありがとうね~。彩夏ちゃん」
健輔たちの了承を得ないまま話はどんどん進んでいく。
うすうすこうなるだろうとは思っていたが、いざこうなると少し緊張する。
「い~ち~、に~」
生徒の慌てる様子を気にせずに里奈はのんびりした様子でカウントを始める。
彼女は小柄な外見とほんわかした空気に反して魔導師としては結構な実力派なのだ。
先ほど説明された趣旨から考えると、タッチされていいから頑張って逃げてみろということなのだろう。
全員先程の説明を踏まえた上で、位置が分かる程度の距離にいる。
綺麗にバラけているが優香だけ割と里奈の近くにいた。
「は~ち~、きゅ~う、じゅ~う、では~行きますよ~」
魔力で強化を行った聴力が里奈の優しげな声を聞き取る。
宣言とほぼ同時だろう凄い魔力が集まっていく。
「それでは~まずは~、優香ちゃんです~」
里奈は周囲を見渡し、挑発するかのように近くにいた優香に向かう。
様子が少し嬉しそうなのは何故なのか。
里奈はありあまる魔力を大規模に放出しながら優香に向かって飛んでいった。
「速いな……」
里奈はロケットの如く優香に向かっていく。
正直な話レベルが違いすぎて何が起きているのか健輔にはさっぱりわからない。
そのまま2人は何度か交差を繰り返すも結局、優香が逃げ切ることとなった。
一定回数ドッグファイトを行って満足したのか里奈は優香からターゲットを変える。
里奈は2人の攻防を見守っていた3人を1人ずつ順に見渡し、健輔で視線を止めると笑みを深くした。
「げっ……。もしかして……」
里奈が再度大きく魔力を集める。
確実に狙いは健輔だった。
「逃げられるんだろうか……」
せめて先に圭吾か美咲から狙って欲しいという願望を心の奥に沈めて魔力を練り上げる。
優香との鬼ごっこよりはマシだ、と自分を慰めながら負けたくはないので気合を入れる健輔なのだった。