第37話
「男がいるって素晴らしい」
個別に分かれての練習は終わり2週目からはある程度の人数での集団練習へと切り替わる。
模擬戦も2週目は一切存在せずに個別の技能を研鑽する形になる、ということが朝のミーティングで全員に伝達された。
後はフィールドに出て、個々に調整を行っている最中である。
「そのセリフさ、危険と言うか背筋が寒くなるからやめてよ。……なんなの? 1週間女に囲まれたからホモにでも目覚めたの?」
「どうして、そういう結論になるんですかね……。いいじゃないか……別に大声で青少年の主張をしているわけではないんだし」
「おい、そこのホモペア。ホモホモしてないで練習しろよ」
『違うわ(よ)!!』
揶揄られた方向に怒鳴り返すと2年の杉崎和哉が腹を抱えて笑っていた。
意外と接しやすい先輩だということは2人とも最近知ったのだが、こういう風にホモネタで遊ぶのは勘弁して欲しいと2人は思っていた。
特に健輔は微妙に世間からズレた九条優香という爆弾を抱えているのだ。
1度真顔で、「健輔さんは圭吾さんとお付き合いされてるのですか?」と言われた時は、血の気が引いたのを良く覚えている。
本気で信じているからこそ、厄介なのだ。
愛し合ってるなら、祝福しますとか言いかねないのがまずい。
そして、彼女が信じてしまうと連鎖的に事実になってしまいそうなのがもっと怖い。
だからこそ、彼らは全力で否定しておかないといけないのだった。
「すまんすまん、お前ら反応がいいからな、ついついやってしまう」
「勘弁してください……。これでも健全な高校生なんですから、薔薇に染まるとか考えたくもないんです」
「というか、九条さんがいる時は本当に勘弁してくださいよ。健輔だけならともかく、僕までホモ扱いになるのはいやです」
「おい」
「わかった、わかったって。お前たちが普通に女が好きなのはわかってるよ。気を付けますって、多分な」
わかってなさそうな先輩のやる気のない謝罪に肩を落としながら、指示に従う。
もっぱら、葵や真由美という年上の女性に世話になっていた影響か健輔、圭吾の両名共に普通の男性の先輩と言うものが逆にやりづらくなってしまったのだ。
いい人なんだけど、思いながら後を追う。
今日は和哉ともう1人伊藤真希による後衛ペアが共に練習を見てくれるとのことだった。
和哉はご覧の通りの付き合いで、葵の親友たる真希は現在健輔にとっては軽いトラウマになっている人物でもあった。
やりづらい、健輔は心底そう思うのだった。
「今日はどんなプランで行くの? 私としては健輔は預けていただきたいところなんですが」
「別にいいぞ。真由美さんからは好きにしていいとのことで、ハンナさんからヴィオラと言う子は九条のやつとセットってことだったからな。それ以外は自由にしていいんだから、お前に任せるのは何も問題ない」
「ふむふむ、じゃあ、健輔は私が育てますかね。今はちょうどよく私に狙撃された素晴らしい記憶が焼き付いてるだろうから、涙を流しながら教えを請うでしょう」
「ああ、多分目の前にゴキブリが出た時に似たような嫌な感じの表情で出迎えてくれると思うぞ、男が戦いで自分のプライドに罅入れたやつに好意持つとかありえないからな。確実に機会を見計らって同じことをやり返そうとするだろうよ」
気の知れた友人同士の爽やかな会話が、常夏の空へと消えていく。
うふふ、とまるで淑女ような笑みを浮かべた真希は一言隣に存在する、女性心理と言うものを一顧だにしない腹黒野郎に物申すのだった。
「とりあえず、撃つから防御しなさい」
いくつか区分けされた練習場で閃光が人影を貫くを健輔たちは確認する。
あそこは彼らが今から練習するようにと、言われた場所であり先行したはずの先輩が待っている場所でもある。
行きたくない、と心底から思いながら2人は下に降りるのだった。
「やっほー、ちょっと1名が突発的な自体でダメージを負ってるけど気にしなくていいからね。圭吾と優香ちゃん、後は妹ちゃんもそっちのダメ男が相手してくれるから詳しくはそいつから聞き出してねー。健輔は私とマンツーマンのの練習だよー喜びなさい」
喜びなさいの部分だけ真顔で見詰めてきた先輩に恐怖を感じながら、健輔は全力で屈することを選んだ。
こういう怒り方をしている女性に男性が勝つことなどありえないのである。
嵐が過ぎ去るのを静かに待つ以外にできることはなく、健輔の2週目はこうやって始まったのであった。
「はーい、さて2人っきりになったわけだけど、健輔君はこの状況になった理由に心当たりはありますか?」
分かれて最初に真希が問いかけてきたのはそんな内容だった。
先程までのテンションから鑑みるにもっとひどいことを言われる覚悟をしていた健輔から拍子抜けというか、一安心の出来事ではあったが、今度は真面目な方面でめんどくさい理由が出てくる。
先週の序盤の模擬戦において、健輔は真希に相手に完封負けしている。
言いわけの聞かない程の完璧な負けであり、彼の脳裏にここ最近出来事の中でワースト1だったことして、鮮明に記憶に残っていた。
「……先週の模擬戦、ですよね?」
「50点です。間違ってはないけどね、さて残りの50点を埋めるために再度質問です。なんで私に完封負けしたのかな? はい、理由をどうぞ!」
何故と問われればまずは経験不足が上げられるだろう。
如何に慣れてきたと言っても所詮は初めてまだ半年にすら達していない。
既に1年を超える経験を持つ真希に良いように翻弄されたこと、それが敗北の原因だと健輔は認識していた。
「……経験不足ですか?」
「うーん、プラス20点かな。それって自然に解決するから別に焦らなくていいからさ。わざわざ合宿中に真由美さんたち、こちら側の首脳陣が解決したいと思う君の悪い所、心当たりはあるんでしょう?」
「……すごく、言いたくないですけど。……よく考えたら俺って、自分の戦闘スタイルがないんですよね。正攻法が好きなのは間違いないですし、正と邪のどちらかを選べと言われたら正を選ぶ程度には。でも、それって別に悪い事じゃないですよね?」
「そりゃねー、だってそんなのどっちが強いとか関係ないもの。強い奴が使った方が強いのよ。だから、それは好みの問題にしか過ぎないから健輔の基準でいいわよ」
「だったら、あれですね。――スタイルが定まっていないこと、それが真希さんが当てられた理由ですか?」
「うん、正解でーす。和哉も同じ理由だね、私と和哉は状況に合わせて戦い方を変える対応だから、今回の相手にぴったりだと言ってこの役割をやることになりましたー」
ちゃらんぽらんに見えるこの伊藤真希と言う女性は、あの葵の親友という時点で没個性な人物ではないことがわかる。
彼女の印象は未だ健輔の中で一定していない、誰とでも仲が良くて逆にすごく親しい人物もいない、彼女はそういう人物像を持っている、ように見えると健輔は思っていた。
戦い方もそのふんわりした感じが反映されている。
系統は遠距離系をメインとして、サブは収束と系統だけなら真由美と同じとなっていて、彼女のポジションも後衛だ。
額面上のデータでは砲撃型に見えるのに、実際戦闘すると伊藤真希はスナイパーになる。
高密度の貫通射撃を用いて相手を撃ち落とす、それが基本的な戦い方だ。
ハンナのチームはハンナの弾幕もあり、これの恐ろしさを正しい形では味わっていない。
何故か、味方であるはずの健輔が練習中に洗礼を受けることになってしまったが、彼女は実戦でもあれをやってのけるのである。
「さて、正解した健輔君にはまずは軽いお浚いからいきましょう。あの模擬戦で私はヴィエラんを囮にあなたを撃墜しましたが、どうしてあそこまで綺麗に嵌ったかわかるかな?」
「俺が経験不足だったことと、綺麗に型に嵌った動きでわかりやすかったからですか?」
「ふむふむ、まあ、間違ってないけど、本筋でもないよー。だって、それの理由って別に悪くないじゃない。魔導競技だからって普通のスポーツと分けて考えなくていいんだよ? 陸上競技とからな、フォームとかは綺麗な方がいいでしょう? 魔導だって基本がしっかりしていてダメなことなんてないよ」
そう言われると健輔としては理由がわからない。
本人からすればきちんと全力を出し切った上で敗北しているのだから、その部分以外で落ち度があるとは思えなかったのだ。
後輩の悩んでいる姿に、真希は何か言いたそうな様子を見せる。
彼女の性分からすると、スパッと言いきって次に進みたいのだが、なるべく自分で気付かせるようにと、真由美から厳命されているためそれはできないのだった。
「うーん? わからない? じゃあ、ヒント。確かに健輔は自分の実力は出し切っていたけど、すっぽりとあることが頭の中から抜けています。これは前からそうだったのですが、さて何でしょう?」
クイズめいた物言いで冗談のような問いかけだったが、内容は真面目なものだった。
自分、という部分をわざわざ強調しているのだから健輔以外の要素が原因だとでもいうのだろうか。
あの時、組んだ相手はヴィオラであるが、彼女に落ち度はないだろう。
確実にあの敗戦は健輔の責任によるものである、それは間違いない。
それに以前からと言われると、国内での各試合なども全てそうだったということになる。
今に至るまで、戦闘を行う上で抜けていること、それは何なのだろうか。
思考の迷宮に入ろうとしている健輔を真希は興味深そうに見ている。
「らくーに考えてみなよ? 凄く簡単なことだからねー」
煮えたぎっている頭をとりあえず脇に置いておき、健輔は再び試合を振り返る。
反省会は敗北してから毎晩のように脳内で行ってきたが、露呈した問題は既に上げてしまっている。
1つずつ、振り返って行く健輔の脳裏に、その時ある事柄がヒットした。
あの敗北した試合までの全てに共通していることが、1つあるのだ。
「もしかして、相手の行動が考慮されていない、ですか?」
「お、正解ですよー、流石健輔! パチパチー」
やる気のない拍手音が口で付いてきているが、どうやら正解のよだった。
目は口ほどに物を言う、感心しているのもその視線からわかる。
真希は正解のご褒美だ、とでもいうかの如く細かい部分まで話してくれるのだった。
「7月くらいに真由美さんと模擬戦した時もそう。初戦もそう、そして私に負けた時も同じ。相手の情報は入ってるけど、どうやって動いてくるか、予想してないよね? この作戦を取ればああ動くってやつ。正解なんてないけど、作戦なんて如何に相手のミスに付け込むのかってものだよ? なのに、相手のこと忘れてたらうまくいくはずないよねー」
一切の言い訳を介在させない完璧な正論だった。
真希の言い分は簡単である、今までの試合で正攻法を好んだ健輔は自爆で以って相手を倒してきた。
それ自体に問題は何もない、もちろん個々の好き嫌い程度はあるだろうがルールに違反していないのだから好きにすればいいのだ。
だが、それが自分からそうのように試合を持っていったのではなく、選ばされたものであるから問題なのだ。
「作戦立てて、ここで自爆するのが1番効率がいいから自爆、って訳じゃないよね? あの局面ではそうしないと、役に立たないから使う。こっちの方が多い感じじゃない? だから、自爆を禁止された私との試合では一矢報いるのもできなかったのよ。だって、自爆ってそれだけ強力だもん。普通は考えないからね。逆に対策されたら、私との試合みたいになっちゃうけど」
「……なるほど、あの作戦でいきたいならそちらをこちらの殴り合いに引き込む作戦が必要だったんですね。そのためには後ろにいるより前に出た方が安全だと思わせないといけない、と」
「よくできましたー。まあ、そんなに難しく考えなくていいから。私も大体あの子ならこんな感じかなってやってるだけだからね。では、弱点を理解してもらったところで練習始めようか」
「よろしくお願いします!」
「元気があってよろしいですよー。うんじゃ、レッスン1から行きましょう。私が的を操作するから全部撃ち落としてくださいな。これに慣れたら、私も攻撃加えたりといろいろやっていくから。まあ、基本は健輔のアドリブ力を見るって感じだから気楽にねー」
緩い感じの雰囲気のまま真希はターゲットを動かし始める。
どんな目的で動いているのか、それを考えながらやらないといけないのだろう。
身体に覚えさせる系統の訓練は散々にやってきたが、今度は頭で考えて身体を動かさないといけないわけだ。
自分にできるのだろうか、と一抹の不安と強くなれるという期待感の異なる2つの思いを抱きながら、健輔は練習を始めるのだった。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
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