第36話
「お互いの順調に進行できてるみたいでよかったわ。私も誘っただけの意味があるもの」
夜、他のメンバーはとっくに解散した中、小さめの会議室では両チームの首脳陣が今後の予定について話し合っていた。
アメリカ側はハンナとサラ、日本側は真由美と早奈恵、彼女ら4人は感慨深そうに合宿を振り返っていた。
急に決まったことのため準備不足な面は否めなかったが、きちんと成果がでていることに全員ホッとしていた。
「うん、こっちも個々で問題を認識してくれてるみたいだからね。基本ルールだとわからない部分もレースルールでお浚いできたし、こちらとしては言うことなしかな。健ちゃんを筆頭に1年生もそろそろ一皮剥けそうな感じがしてきてるよ」
「こっちも順当にぼろ負けしたことでハングリーさが出てきたわ。私たちに頼り切らない形もできそうね。ただ、やっぱり個々で見るとあなたのところには負けるわ。葵だけでも羨ましいのに、優香と健輔の2人にあの美咲って子もなかなかじゃない。触発されたのか圭吾も悪くなかったわ」
どちらのチームリーダーも気合をいれて指導しているのは1年生たちだ。
2年と3年はよくも悪くも魔導師としてのスタイルはほとんど固まっている。
3年は純粋に完成に近いため、伸び白がすくない。逆に2年は伸び白はまだあるのだが、スタイル自体は固まっているため突っ込む部分が残っていないのだ。
こつこつと組み上げた土台をどのように活用するのかというのは、彼女らが口を出す問題ではない。
「あおちゃんから聞いたけど、そっちの1年にも面白い子がいるじゃない。ヴィオラちゃんだっけ? スタイルはともかく性格は私に似てる感じがするかな」
「次世代の前衛って触れ込みなのよね。悪くはないんだけど、セットで運用するのって結構難しいのよ。特定のルールでは力を発揮できないのもマイナスかしら。そこら辺は直接見て貰えると助かるわ」
「任せて。健ちゃんがお世話になった子みたいだし、しっかり扱いておくよ」
「少し、よろしいですか?」
サラがハンナと真由美の会話に割り込んでくる。
話し合いの最中にサラが割り込むことなどほとんどないため、少し驚いた様子も見せながらハンナは許可を出す。
「ヴィオラなんですけど、できればそちらの1年の方々も混ぜて見て欲しいのですが構わないでしょうか?」
「へ? 別にいいけど、なんでそんなこと?」
「ちょっと思うところがありまして。問題ないならお願いしたいと思いまして」
サラの言を受けた真由美は早奈恵の方に視線を送る。
意見を求められた早奈恵はサラに対して、質問を投げた。
「ふむ、察するに高島のやつと組ませてみたいのか? タイプが似ている上に戦い方もそっくりだ」
「ええ、それもあります。でも目的はどっちかと言うと優香です。健輔さんは薄々感づいてるみたいでしたが、合宿であの子だけ自己の課題に取り組めてません。こちらの落ち度でもありますが、高機動型で彼女を諌めれない以上、同級生で刺激した方がいいと思いまして。ヴィオラにとっても、ライバルは必要ですから」
「……なるほど、ライバルか。確かにモチベーションアップにライバルは重要だな。ヴィオラと九条の系統は相性がいいから、意図的にかみ合わせを狙う、と?」
「そんな大それたものではないですよ、同い年の気になる相手というのは必要でしょう? 私が妃里を、ハンナが真由美と言った感じで張り合ってましたが、大きな糧になりませんんでしたか?」
ライバルとまでいかずとも、同級生に負けたくない相手がいる方がよい。
サラはそう言っているのだった。
真由美としても優香をいつか乗り越える壁にしている健輔のモチベーションを鑑みるに悪い提案だとは思わなかった。
「ふむふむ、うん、いいよ。割とグルグル入れ替えながら2人を回してみようか? ヴィオラちゃんと優香ちゃんのセット訓練って感じで」
「お願いします。ただ、最初はできれば大勢でやってもらえればと思います。その2人のままでやってると真面目に練習をして終わってしまうだけですから」
「ああ、そういうことか。2人は性格も似てるんだね? 違うのは姉の出来ってとこ?」
「そういう言い方はどうかと思いますけど、優香がこれで気付いてくれればとは思います。追いかけている自覚すらないのは流石に危険ですから」
「ん、そうだね。言い方が悪かったよ。わかりました、1年生はそんな感じで面倒を見させていただきます」
サラの提案も終わり、話は一旦終わりを迎える。
まだ、いや既に合宿も3分の1を消化した、彼女らが着実に強くなっているように他のチームの己の研鑽に努めているのは間違いなく。
この最後の積み重ねが後の勝利に繋がるのである。
彼女らは全員3年生。
泣こうが笑おうが、これが最後の年なのだから。
健輔たちのハワイからは遠く離れた日本の天祥学園。
多くのチームが出払う為に逆に残って練習を行っているものたちもいる。
秋の本番へ向けて、調整を行う彼らのチームは『魔導戦隊』と呼ばれていた。
そして、このチームは健輔以外で1年生の万能系を抱える唯1つのチームだ。
現在、万能系は魔導師全体を通して見ても、国内では両手の指の数を満たさない人数しか存在せず、さらにその中でもチームに所属を行い競技魔導師として活動しているものは3人しかいない。
多くのものは支援魔導師として活躍している、これは競技魔導師としてのカリキュラムが未作成であるというのも大きい。
健輔はそんな中で競技魔導師として、第一線で活躍してる数少ない1人であり各機関も結構注目している選手となっている。
そんな万能系で一線を張っている人物の片割れを抱えている『魔導戦隊』がどんなチームかと言うと、
「いくぞ、みんな! 合体だ!」
『おう!!』
こんなチームである。
『魔導戦隊』その名の通り、特撮系ヒーローを魔導で再現したいものたちが集まったファンの集まりのようなチームであるのだが、過去国内大会でアマテラスを撃破したこともある強豪チームだったりする。
特徴は他のチームのように、交代を行うことがないこと。
3年、2年、1年でチーム内のチームを作っており、情報の交換や支援は行うが原則として他のヒーローの戦いを邪魔しないという内部ルールを設けているという大変変わったチームである。
他のチームはここと戦う時は常識が通用しないため、かなりペースが崩されて負けることが多くなる。
さらにこういう真面目にアホをやる連中に限ってレベルが高かったりするのが魔導の特徴でもある。
好きこそものの上手なれ、を体現する技術だからこその現象だとも言えるのだろうが、相手をするチームは大変だ。
他にも似たようなチームとして国内には『暗黒の盟約』が存在していて、この2チームの戦いはある意味で大変興味深いものになる。
「みんな、お疲れ様。俺たちの合体ロボの準備は万端だな。龍輝のおかげで先輩たちにはできなかったこともできるようになったし言う事ないな」
爽やかな笑顔でチームリーダーたる『赤』を纏った青年は周囲のメンバーへと語り掛ける。
リーダーからの賛辞を受けたシルバーを纏う青年、正秀院龍輝はバツの悪そうな顔を見せてから悪態を吐く。
「当然だ、俺が力を貸してるんだ。うまくいかないはずがない。何度も言っておくが、俺の脚を引っ張るなよ? 俺は1人でもやれるんだからな」
そう言い残すと龍輝は踵を返して、控室に向かった。
正秀院龍輝――健輔以外の競技魔導師の万能系にして、魔導戦隊のシルバーを纏うエースである。
魔導戦隊は、5名の戦闘メンバーと4名のバックスを基本にした珍しい構成のチームだが、今期の1年生チームはその編成を崩した戦闘メンバー6名とバックス3名の基本的な構成を採用している。
特別な理由がない場合崩すことを許されない編成を崩すことができたのは、単純にお助けポジションに龍輝が入ったからである。
「たっくんすごいよねー、私たち魔導師として戦う時は成り切ってるけど、彼は完全に素だもんね。戦う時は普通にかっこいいこと言ってくれるから私たちもすごい乗れるし、楽しいから別にいいんだけどさー」
ピンクを纏った女性が楽しそうな表情で、龍輝が去って行った方向を見ながら、彼の性格を評価した。
そういったことは大なり小なりチーム全員が思っていることであるが、龍輝は本気でやっているため誰も問題にしていなかった。
「そうだな、貴重な素質だよ。彼が俺たちの代に居てくれたのは本当に幸いなことだった。万能系は魔力を操るといわれていたが、その由縁を魅せつけてくれたからな。今回は俺たち1年生も例年より多く試合に出れるからもしれない」
ピンクの言葉をレッドは肯定する。
魔導戦隊では、試合の出場方法も他のチームのように上級生が決めるのではなく内部での模擬試合の結果で決めるようにしている。
そのため、1年生でもうまくやれば多くの試合に出れるようになっているのだ。
今期の彼らは切り札が上級生たちの地力を上回る強さを持っていることが強気の理由だった。
「そうだね、足引っ張らないようにもうちょっと頑張っておこうかな。リーダー付き合ってくれる?」
「ああ、任せてくれ!」
着々と牙を研ぎ澄ませるダークホースたち。
健輔のライバルになるかもしれないものも、静かに胎動を始めている。
そして、国内最大の障害たるあるチームも動き出していることを健輔たちはまだ知らなかった。
『さ、3名全員撃墜判定。……この試合、九条桜香選手の勝利です』
圧倒的な勝利を飾り、本来なら喝采とまではいかなくても勝利を祝う空気で満たされるべき場所を支配していたのは驚愕、ただそれのみだった。
時間制限なし、撃墜のみが勝利条件の試合で1対3という戦力バランスが狂った状態で始められた試合は、開始5分で早くも終わりを迎え、圧倒的に有利な側が何もできずに敗北するという恐るべき事態になっていた。
「お疲れ様、どうだった? 満足はいったかしら」
試合を終えて出迎えを受ける優香と良く似た雰囲気を持つ女性。
違う部分は胸を筆頭に全体的に母性的な雰囲気が強いのと、目付きもそれに合わせてか優香ほど鋭くないこと、そして身長が優香より低いことだろう。
「ダメよ、用意してもらったOBの人、大分能力が落ちてるわ。研究に時間を裂き過ぎね、勘が鈍ってるみたい。あれじゃあ、今期の大会の前衛レベルには届いてないわ。藤島先輩が実習で手を離せないから相手になる人いないかもしれないわ」
桜香の傲慢にも取れる発言、だがそれを誰も咎めない。
彼女はそう豪語するだけの能力があり、実績もある。
カリキュラムの差もあり、日本は他の魔導学校より単体戦力では優れた選手が多い。
平均値が高いとも言い換えることができる。
だが、トップに常にアメリカ校だし、技術的な新発見は欧州統合校だった。
建設途上のロシア、中国校はまだ正式参入していないため除外したとしても日本は後れを小技で追いかけているというのは間違えようのない事実だったのだ。
「次代の『皇帝』と『女神』どちらも確認したわ。……自画自賛になるけど私は5つの系統を使いこなして、固有能力も2つ保持してるわ。それでも、あの2人が来るなら絶対的な優位ではないわ。せめて、今の『皇帝』くらい倒しておきたいの、だからもっとレベルの高い人をお願い、それがダメなら数を増やして」
「わかったわ、会長にはそう言っておく。あなたは自分のレベルアップだけに念頭を置いて。細かいことは私がやっておくから、任せて」
「ありがとう……、ごめんね? 亜希」
「好きでやってることだから気にしないで。ほら、次が来るわよ」
僅かな休憩を挟んで早くも次の相手が用意される。
アマテラスはOBを含めたバックアップが豊富さが強みでもあるチームだ。
だが、国内最高峰のチームも桜香のオーダーに応えることができない。
無理を押して申し訳ないが、先代の『太陽』に出陣を願わなくてはならないだろう。
模擬戦を行う親友に視線を送った後、携帯を取り出して相手になりそうな人物へと連絡を取る。
「……あ、すいません私です。……はい、やっぱり物足りと言って。すいません、お忙しいのに……いえ、はい、ありがとうございます」
強くなるのは健輔たちだけではない。
どこのチームも最後の夏に全てを賭けている。
合宿は2週目に突入する、未だ定まらぬ自分のスタイルに苦悩する健輔を置き去りにして時間は確実に歩みを進めているのだった。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
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