第35話
「みんな合宿お疲れ様、1週間経ったけど各々自分の課題の解決は順調?」
ミーティングルームに響く、真由美の声。
合宿前はほぼ毎日のように聞いていたものであるためか、まだ1週間しか経っていないのに随分と久しぶりに感じる。
全員変わらない様子で座っているのを見ると本当に常夏の島で合宿してるのかと、疑わしくなってしまう。
転送陣を使えば、電車に乗る感覚で日本に帰れてしまうのもそれを助長しているのかもしれない。
「途中経過の確認というわけでもないけど、今日は初日と同じように模擬戦で潰れることになるよ。違うところは、基本形式ではないルールでやるってことぐらい」
「実行ルールはレース形式のものになる。細かいルールは別途配布する資料で確認しろ。ルールは簡単だ、全部3セクションあるコースフィールドをゴールするそれだけだ」
レース形式、割と新しいルールのため頻繁に改訂作業が行われているらしい。
交代なしの登録人数は9名。
1セクションごとに3名登録することが可能で、1位~3位までの選手にポイントが入り最終的に合計ポイントが多い方が勝者となる。
1位が3ポイント、2位は2ポイント、3位は1ポイントとなる。
3名の中にバックスを登録した場合、コース情報を得ることができるメリットなどがある。
その代わり、最大で2人までしかゴールできないことになる。
「コースの中で相手の撃墜を狙ったり、各セクションは制限時間とミッションが設定されてるからそれをクリアしてないとゴールしても得点にならないとかもあるから、そのことも忘れないようにね」
健輔たち1年生からすると初めての形式の試合である。
割とてんこ盛りな内容の試合形式であるため、やっている方も楽しかったりする。
いつものようにとりあえず、相手を潰せばよいという形式ではなく頭脳戦の色が強くなるレース形式は今の健輔が抱える課題にとっては悪い内容ではなかった。
「今日は午前中に2戦、午後に4戦を予定してるわ。全員2回は出場してもらうからそのつもりでお願い」
「では、午前の第1試合のメンバーだ。真由美、葵、真希、圭吾、妃里、隆志。そしてバックスの私と香奈そして、美咲の9名だ。外れた面々は基本的に第2試合に出ると思っておいてくれ」
「じゃあ、みんな楽しんでいきましょう!」
『はい!』
試合に臨むため、各々準備を開始する。
試合があるものは試合フィールドへと、次の試合のものは観戦席の方へと。
第2試合への出場が決まっている健輔もその流れに漏れず、移動しようとしていた。
「佐藤、ちょっといいか?」
健輔からすると、あまり絡みのない先輩から声を掛けられたことに多少驚きながら振り返る。
「杉崎先輩? はい、大丈夫ですけど」
杉崎和哉、2年における武居早奈恵とも言うべき位置づけの先輩だ。
健輔はだけでなく1年組み全般があまり話したことのない相手でもある。
割と学年の壁が薄いチーム内でも、珍しく下級生と絡まないと、ある意味では微妙に浮いている人とも言えなくもないだろう。
「そんな驚いた顔するなよ、傷つくじゃないか」
「あ、いえ」
あまり絡んだ事がないためか、健輔は普段通りの対応を取れない。
もっとも、和哉は気にした様子もなかった。
まるで、お前さんがそういうタイプだというのはわかっていると言わんばかりの態度である。
「何、今後は組むことも増えていくはずだからな。この辺りで親交を深めたかっただけだよ。お前もこの形式は初めてだろ? せっかく第1試合を観戦できるからな、多少詳しいやつの解説はいらないか?」
特におかしな理由でもなかった、確かにただ1人だけタイミングが合わなかったのかほとんど絡む機会がなかったが、それはそれで問題だろう。
特に断る理由もないし、経験者の解説は正直なところありがたい。
「ではお言葉に甘えます、先輩」
「ああ、任せておけ」
軽い感じで了承して、健輔は和哉と共に観戦側へと向かうのだった。
『はーい、準備はよろしいですかー? 本日は天祥学園放送部、紫藤菜月の実況でお送りします。本戦でのレース式の運用テストも兼ねておりますので、忌憚のないご意見をお待ちしておりますね』
「今回も入るんですね、放送部。こんな頻繁に来て大丈夫なんですか?」
「向こうも貴重な練習の機会だからな。実際、ぶっつけでやるのは誰だっていやだろうさ」
観戦スペースで試合を見守る留守番軍団、アメリカ側を見てみるとサラとヴィオラが残っているのが確認できた。
つまり、あの2人が敵に回るということでもある。
このルールではサラの役割があまり発揮できないとはいえ、厄介な相手であることは何も変わらない。
「何か注意点はあったりするんですか? さっぱり定石とかもわからないんですけど」
「あー、言いたいことはわかるけどこの形式は難しいんだよ。編成とミッションで対応が決まるからな。臨機応変にやるっていうのがベストになる。その点、お前さんと九条は相性がいいと思うぞ、この形式」
「私たちの相性がいいですか?」
優香が少し不思議そうな感じで聞き返す。
ああ、頷くと和哉は理由について説明してくれた。
「ミッションや、コースの内容がなんであれ、高機動型はこの形式では1番有利なんだよ。なんせ、どんなことがあろうともレースであることには代わりないからな。速度が早いに越したことはない。万能系はわかるだろう? ミッションに合わせて系統を組み合わせれるんだから、そりゃ、強いだろうさ」
「なるほど。じゃあ、他の系統だとどうなるんですか? 例えば、部長とか火力型だと」
「真由美さんのタイプだと、撃墜狙いが主にになるな。ただし、相手が高機動型じゃないことが条件だけどな。身体系による魔力制御ってもろに錬度差が出るから、一概に不利ってわけではないよ」
やってみないとわからない面もあるのだろう。
組み合わせは同じでも戦い方は性格が出たりするのは、健輔も身をもって実感していることだ。
そんな多様な戦法を吸収することを合宿で求められていることはなんとなくはわかっている。
「そろそろ、始まるな。コースは障害物はなし、飛行ありの海上フィールドか、オーソドックスでよかったよ。今回は同じコースを3回ってやつみたいだしな」
「違うのってあるんですか?」
「あるぞ、1番ひどいのはゴールの代わりに転送ゲートが会って、海から砂漠になったりしたこともある。まあ、この形式のために専用コース作るなんて無駄の極みだからな、予算を圧縮するためにもいろいろやってるのさ」
『はーい、お待たせしました! 編成が終わったようですので、発表させていただきますね。掲示板の方をご覧ください』
言われたとおりに視線を向けると、第1レース、近藤真由美、高島圭吾、丸山美咲となっていた。
相手側もハンナが初めに出ていて残りは1年生のようである。
ヴィエラの姿もあるから間違いないだろう。
共に、バックスを入れているということは情報などの支援ありで行うということなのだろう。
「杉崎先輩、これって?」
「ああ、新人を上級生がめんどうみる形だな。ある程度は談合して決めてるんだろうさ。相性の悪さでぼろ負けとかいやだろう? ましてや、初めてなんだから勝負になるようにしておかないとな」
隣で優香の機嫌が微妙に悪くなったのを感じる、大方そんな心配をされる自分の力量不足がいやなのだろう。
前から思っていたが内罰的な傾向がちらほらと見える、それがバネになっている内は問題ないが何かの拍子で折れてしまったら大変なことになりそうだ。
健輔は相棒の中にある、静かな爆弾のことを心の片隅に刻んでおくのだった。
『それでは、両チーム出場選手はスタートラインまで前進お願いします。第2レース出場の方は上のラインに待機お願いしますね』
「お、始まるな。2人ともスタートは見物だから目を見開いて集中してるといいぞ。スタートは基本2パターンしか始まりがなくてな」
『それでは、試合を開始したいと思います! カウント3、2、1』
カウントに合わせて両チームが魔力を高めているのがわかる。
まさにレース形式、エンジンを温めているような感じだ。
今までやって来た形式は多少基本ルールから離れている程度で相手を倒す、というのが主目的なのは変わらなかった。
しかし、このルールは違う。
明確に倒す以外の目的で競い合うのは初めてだ。
カウントが終わりを迎えるその瞬間、和哉は笑いながら後輩たちに告げる。
「さて、普通にスタートするか、それとも」
『0! スター』
実況席が最後まで言い切る前に、爆音がそれを遮る。
一体、何が行ったのか考えるまでもないだろう、試合開始と同時に両チームが砲撃を相手側に叩き込んだのだ。
『開幕ぶっ放しです! 初めての相手もいるはずなのに大人げないぞ! チームリーダー!!』
「開幕に叩き込むのかの2択でな。どっちがいいとか、悪いとかはあまりないんだがやっぱり両方とも攻撃できたか」
「……これって、どれぐらいの確率なんですか? 必ず、スタートダッシュの代わりに攻撃をプレゼントするわけじゃないですよね?」
「残念ながら、基本的に攻撃をプレゼントするのが主流なんだよ。理由は……わかるだろ?」
試すような口振りでこちらに問いを投げ返す。
安い挑発だとわかって乗ってしまうのは、健輔に限らず男の悪いところだろう。
「スタートダッシュするメリットがないから、ですよね? 高機動型以外の速度は大した差がない。スタートダッシュしても万が一相手に遠距離型がいたら背中から撃ち抜かれておしまいになってしまう」
「お、流石に真由美さんに日夜ボコボコにされてるだけのことはあるな。正解だよ、あわよくば、ぐらいでしかないが叩きこむやつはかなり多い」
レースは並走した状態で互いに砲撃を撃ちあいながら進むと言う展開になっている。
もの凄い泥仕合であった。
進みは遅く、まともなレースでは断じてないだろう。
『激しい打ち合いが両者を襲う! というか、レースしてくださいよ!! もう! とりあえず、ミッション通達です。中間地点にフラッグが用意されますのでゴールまでそれを運んでください』
「おいおい、何回出戻るかわからんぞ、そのミッション」
和哉は楽しそうにミッション内容をそう評価した。
フラッグを持って、ゴールに帰るという極めて単純なお使いであるが、この火力型の対決だと途中でフラッグが消し飛ぶことになる可能性は極めて高い。
消えれば取りに戻らないといけないのだが、その間に片方にゴールされたら堪らないので相手側のを消し飛ばそうと全力を出すことになる。
「たちの悪いルールですね」
「そうか? 真由美さんとハンナさんが潰し合う間に1年がどうやってゴールするかってことだろう? 初めてにはいい内容だと思うよ。俺が知ってる中で1番あれだったのは、借り物競走風味のやつでなそれが最初だったんだよ。あれはひどいぞ、結界の外に出て、観客からお題のものを借りて中に入った瞬間に撃墜されたからな」
「え……?」
「さながら、ダンジョンで階段昇ったら敵が待ち受けて並の鬼畜さだったよ。まあ、来るってわかればどうとでもなるけどさ」
ははは、と笑っているが聞いてる方が笑えない。
ルールに反してなければこの形式はなんでもあり、ということを忘れないようにしよう。
健輔だけでなく、優香も同じように心に刻むのだった。
妙に乾いた雰囲気が漂い出した日本側の解説席と違い、アメリカ側はいい匂いがする観客席であった。
サラを筆頭を美女ばかりのためか、それとも場の主たるサラの人徳なのか。
どちらかはわからないが、健輔の周囲とは明らかに空気が違うのは見ればわかる。
「ヴィオラ、あなただったらあのような状況になったら、どう動くのが正解だと思いますか?」
生徒を導く先生のように隣に座る後輩にサラは優しく問いかける。
問いかけられた美少女は僅かに考え込む様子を見せて、
「私なら後は任せて先に進むと思います」
と、自信を持って応えるのだった。
「あら? それは何故かしら」
「同レベルの後衛2人ですから、前に出た時に余程油断さえしなければ、ハンナさん、相手ならば真由美さんがしっかりと抑えてくれるでしょう。後は、注意を怠らずにゴールを目指せばいいと思います」
「なるほど、あなたはまくまでもレースという部分に重きを置いた、そういうことね?」
「はい、もしかして何か間違っているでしょうか?」
ヴィオラの問いかけに意味ありげな含み笑いを返す。
サラは答えを言う気が少なくともこの場では、ないと見て取れる。
今後の展開を見て判断しろというだろうか、とヴィオラは僅かな動きも逃さないように戦場を俯瞰する。
そんな後輩の勤勉な様子に満足げな表情を見せて、少しだけ目を細めたサラはヴィオラに聞こえないように小さく呟くのだった。
「そう、普通ならそう来るはず。でも、それは私たちにとっての普通……。真由美はどうかしら」
いまいち読み切れない親友の思惑を考えながら、サラは変わらないフィールドをじっと見つめるのだった。
『高島選手、ヴィエラ選手お互いに前に出ます!! 一気に勝負に出るつもりなのか!』
「いんや、ありゃフェイクだな。あの2人がそんなわかりやすい攻勢に出るかよ。タイミングまで被ったのは偶然だろうけど」
和哉の言が正しかったのか、状況は変わらず前に出ようとした2名はすぐさま後ろに戻る。
並走しながらの射撃戦のまま、中間点まで辿りつこうとしている。
見所がないというと言い過ぎだが、レース形式とはこれほど地味なものなのだろうか。
「つまらない感じするか?」
「あ、すいません。顔に出てましたかね?」
「いや、普通はそうだからな。俺もこのセクションはつまらないよ。後衛が混じってる場合はこういうのもよくあるからな。ミッションもつまらんからな。でもな、試合としてはかなり高度だぞこの戦い」
「真由美さんとハンナさんの読み合いが激しいですね。多分、バックスに誘導を全て任せて敵のことしか見てないです。そうじゃないと、あれだけ打ち合いを続けるなんて不可能ですから」
真剣な瞳でフィールドを見ていた優香は会話に割り込むように持論を挟んだ。
和哉は後輩の意見に、正解だ、と言いたげな顔をする。
「なるほどね……、ふむ、佐藤、九条の言うとおりだぞ、あの2人はそれだけレベル高い。一緒に並走してる1年は生きた心地してないだろうな。どちらかに大きな差があればもうちょい動きがあったんだろうが、最後のゴール手前が勝負の賭けどころだろうな」
双方、1年組みがフラッグを回収すると今度はゴールに向かって、並走した状態での打ち合いになった。
だが、今度はそのままいくことなどありえないだろう。
「ほら、動いたぞ? さてさて、どっちが勝つのやら」
予言のごとく宣言する和哉の言葉を最後に健輔たちは全神経を試合をへと集中させるのだった。
『ハンナ選手、真由美選手が前に出ます! また、追走するように圭吾選手、ヴィエラ選手も前に、ああー! 1年の両選手が勝負にで出ました!!』
実況の言葉通りに、砲撃の打ち合いを続ける2人を後方に置き去りにして、全力で前に出る圭吾とヴィエラ。
ヴィエラは圭吾側の進路に障壁や、岩を創造して配置することで妨害を仕掛けている。
一方の圭吾の方も、変幻自在な糸を用いて巧みに妨害を行っていた。
『後方の両名、共にノックアウト! どちらも撃墜判定です。後は残りのどちらがゴールするかです!』
実力に差がなさすぎた2人は至近での打ち合いにより、両方が潰れることになった。
勝負のどちらが勝つかに、掛っている。
双方共に、全力で飛んでいる、だからこそ、明確な以上が出たのが誰の目にも明らかになっていた。
ヴィエラの身体に糸が巻きついている。
それが彼女の行動を確実に邪魔をしていた、当然速度は著しく低下する。
つまり、第1セクションを制するのは、
『圭吾選手、ヴィエラ選手を置き去りにして1位でゴール! 日本チームの第2セクション組みがそのままスタートします。僅かに遅れて、ヴィエラ選手、ゴールです』
圭吾たちとなるのであった。
「ふむ、これはこのまま貰ったな。ミッションに苦戦すればあれだが第2は妃里さんと隆志さん、早奈恵さんみたいだ。万が一もないだろうさ」
和哉の言葉が観客側に響く、最後の展開を茫然と見ていた健輔たちは反応できず代わりに別の人物が反応した。
「よろしければ、こちらの敗因について聞いてもよろしいですか?」
いつまにか傍に寄っていたサラは自分たちの敗因について尋ねる。
簡単ですよ、と前置きした和哉が神妙な面持ちで語る。
「最初から打ち合いがブラフだったんですよ。多分、高島のやつの糸をずっと用意してたんでしょうね。あいつは創造・操作系だ。本来ならゴーレム系なのに魔力糸なんぞという見栄え最優先の技を使ってる。だから、基本ルールだとどっちつかずになって使いづらい。その代わりに小細工が聞くルールではめっぽう強くなったってことです」
「なるほど、ヴィエラは創造・収束系でその上戦い方は防御・物理型となるとレースには合いません。だからですか……。ありがとうございます、次の試合ではよろしくお願いしますね」
「こちらこそ」
穏やかな空気のまま、会談は終わる。
サラとしてはまったくノーマークの1年の情報を確認する意味合いもあったのだろう。
隠す必要性を感じない和哉はあっさりと情報を投げ渡しそこで話は終わったのだ。
「さてさて、次は俺たちだな、準備だけはしっかりとしとけよ?」
「……ええ、任せてください。親友があれだけ頑張ったんですからこっちも負けてはられませんよ」
この後行われた試合において真由美たち日本チームは勝利を飾り、午後も互角以上に渡りあったことで4勝2敗という好調な成績で1週間の節目を終えることになるのだった。




