第33話
薄氷の勝利とはまさにこのことを言うのだろう。
戦場と言う盤面は終始ヴィオラに圧倒されていた、健輔はそこを力技で突破しただけである。
勝者と言う形は取れているが勝利の解放感はあまりなかった。
強敵に勝利できた嬉しさは当然あるのだが、それ以上に自分の不甲斐なさに戦いが終わったからか、頭にくる。
「お疲れ様です、健輔様。見事な1撃でしたわ」
笑顔で出迎えてくれる敗者。
悔しさを微塵も見せない、悔しくないはずもないだろうに彼女には勝者を讃える気品があった。
受け止めなくては男としての器がしれたものになってしまう。
「ああ、ありがとう。見事な技だった、正直勝てたのは運良く仕掛けに気付けたからだと思うよ。本当に見事なものだった」
「そう言っていただけると私も全力でやった意義があります。よろしければ後学のために何故仕掛けがばれてしまったのか、お聞きしたいのですが?」
「単純な話だよ。あれだけ操れて、攻撃には貫通も付与できるのになんであの弾幕にはそれをしないのか、と考えると答えが出てきたんだ。もしかしたら、本命以外はただの見かけ倒しではないのかってね」
実に見事な試合運びだった。
1発目に貫通を付与した攻撃を行い、それを印象づける。
ド派手に周囲を動かし、水弾などを放つ。
実際、水の壁などは見掛けはぶ厚そうにしておいて中身はなかったのかもしれない。
水弾は本当にただの水を投げてるだけで、貫通などはなかったのだろう。
だからこそ、1発も当たらなかったのだもし攻撃が当たってしまうと、偽装がばれてしまうからだ。
「魔力糸も細かい操作を行わないなら、細くして見えづらくすることが可能なんだろう? 派手に周囲を動かしていたのはそれを視認されることを防ぐって意味もあったんじゃないのか? 高度を取らせないためっていうのもあったんだろうけど」
「……おっしゃる通りです。全て見抜かれていましたか、なるほど、戦闘論理的に不自然な部分が目立ってしまったのですね。これは今後の課題としておきます」
「後は、力押しだろうね。おそらく、葵さんが相手だったら、一撃目が入ったあとも突撃してきて、それで試合が終わってたと思うよ。人によってはダメージ覚悟で撃破を狙う人もいる。誰もが常に適切な行動をするわけじゃないからね」
ヴィオラと健輔だと互いに相性がよかったからこその膠着であった。
戦場という盤面を支配しようと、心理的な要素まで組み込んでいたヴィオラの策に健輔は完全に嵌っていた。
多量に攻撃に曝して判断力を低下させるのも、彼女の思惑通りだったのだろう。
最終的に健輔が仕掛けに気付いて力押しが有効であることに気付いたため、敗北することになったが、この弱点は割と致命的である。
「本来はお姉さんとセットだと聞いたけど、大体能力の想像もつくよ。だからこそ、力押しの対策はしておくべきだ。俺に押し切られいるようでは話にならない」
「忠告、胸に刻んでおきます。では、私からも1つ。健輔様は素晴らしい魔導師ですが、些か系統と言うものを画一的に捉え過ぎです。私は操ることに特化させましたが、流し込む、妨害に特化している人物も存在しますよ。名に捉われず柔軟に使いこなしていただければ、健輔様はもっとお強くなられるかと」
「……ああ、今回ので痛感したよ。もうちょっと頭を柔らかくしておく」
画一的に考えている。今回の試合でハンナが、そしておそらく真由美も教えたかったのはこれなんだろう。
別に方法に捉われる必要はないのである。
何せ万能系、なんでも使えることがただ1つの利点なのだから。
そこに自分で枷を嵌めてもいい結果にはならない。
使い方のパターンを増やさないといけない、今回の合宿はそこを重点的に固めよう。
目標の達成に必要なことを考えながら、健輔はハンナたちへ合流するのだった。
「はーい、お疲れ様! 個々の課題ってやつは確認してもらえたかしら? しつこく言うのは趣味じゃないからちゃんと自分で気付いてね? 人に言われたことよりも自分で気付いたことじゃないとやる気ってものが違うからね」
耳に痛い言葉だった。
割と考えてやってきたつもりだったが、つもりでしかなかったということだろう。
自爆を含めて、邪道を邁進していたと思ったら、それも結局は力押しだと叩きつけられてしまった。
本当の意味での頭を使う戦い方、この目にしっかりと焼き付いている。
「うんうん、いい目よ! まだまだ、合宿は始まったばかりだから考えて、考えて、考え抜いたと思っても自分に問いかけ続けなさい。魔導はきっとそれに応えてくれるから。……じゃあ、次のことをやりましょうか! サラー」
「連携訓練ですね、先程組んだペアでやっていただきます。もちろん、即席チームに複雑な連携なんて無理です。しかし、如何にそれを成し遂げるのか、それで見えてくるものもありますから」
「じゃあ、まずはヴィエラチームとヴィオラチームでお願いね?」
『はい!』
本当に戦闘だらけだな、と健輔は苦笑しながら即席の相棒を迎える。
何も知らないまま戦うより、1度ぶつかった後ならやりやすいだろうという、ハンナたちの思惑が透けて見える。
そして、それがぴったりと当てはまっていることに我がことながら単純だと笑うしかない。
「健輔様、よろしくお願いします」
気品のある佇まいで1礼してくる淑女――ヴィオラ・ラッセル。
先程戦かったばかりの少女は変わらず、笑顔のままで健輔と相対する。
かなり大人びて見えるがこれで同級生だと言うのだから、外人って進んでるんのかな、などとくだらない考えが浮かぶ。
アホくさいと、その考えを破棄すると挨拶を返す。
「おう、よろしく頼む。さっそくだが、俺が前にでる、真希先輩の気を逸らしてくれ」
グダグダと細かい作戦を詰める気はなかった。
おそらくこの少女ならば、簡潔に伝えて異論がなければ受け入れるだろう。
少し思案顔を見せた少女はこちらへと、質問を投げてくる。
「真希お姉さまは後衛とお聞きしております。先程、負けた私が言うのなんですが一応前衛でもありますが、健輔様が前に?」
「俺にやったみたいにできるなら、後ろでもやれると思うよ。何より、真希さんは後衛だけど、砲撃型じゃない。狙撃型なんだ、打ち合いなんぞしたら、こっちが落ちてしまうよ。あの人の集中を乱した上で、撹乱しないといけない。おそらく俺より君の方が向いている」
「……わかりました。今回はそれで良いと思います」
言い回しに少し引っ掛かるものがあったが、受け入れてくれたなら大丈夫だろう。
彼女はにっこりと笑みを見せると、承りましたと言って戦闘準備を始める。
作戦などとは言えないものである。
早い話が相手を分けただけのことなのだから。
いくら相手を認めたと言っても、訓練時間を含めていろいろなものが足りてない。
そんな状態で効果的な連携なぞ不可能である、それなら対処する相手を分けた方がいい。
そう自分を納得させて次の戦闘へ望む健輔だった。
「妹ちゃんは多分健輔に指揮を委ねると思うんだよねー。で、健輔は各個に対応するというそれはそれは普通な作戦を実行すると思うのよ。ポジション分けとしては健輔前衛、妹ちゃんが後衛かな? 妹ちゃんの系統で前に出るなら自分方がいいだろう、とか思ってそうだからねー」
「まあ、真希お姉さまとヴィオラが戦うのですか? そして、私が殿方と? ちゃんとやれますでしょうか? 私、いつもヴィオラに支えて貰っていますのに」
「大丈夫、大丈夫。さっきの試合で問題に気付いても人間、簡単に変われないものだよ。それにあなたは健輔といい意味で相性がいいからね。ちょうど、サラと剛志みたいな関係。性別は逆転しちゃったけどね」
反対側で作戦会議を進める伊藤真希とヴィエラ・ラッセル。
のんびりと考える2人にこれから戦闘ということに気負う様子はない。
健輔は能力のみを考えて各個の対処を選択したが、あることがすっぽり抜け落ちていた。
それは経験と、これが紛いなりにもチーム戦だと言うことである。
真希は2年生であり、経験で1年組みに優る、指揮官としてなら普通に優香をも上回る。
ましてや、健輔はこれが初指揮官である、勝負になるはずがない。
さらには多少自覚したとはいえ、元々単純な健輔である。
当然それは作戦傾向にも影響がでるあろう。
シンプルな思考回路を持つ健輔、それは強みであるのと同時に弱みでもあった。
「私はチマチマやるのも得意だしね。1撃必殺だけが芸ではないよん。ヴィエラんの方は壁を投げまくるみたいな感じでやってくれれば大丈夫だからねー」
「わかりましたわ、精いっぱいやらせていただきます!」
「そうそう、その意気。お姉さん、素直な子は大好きよ」
真由美という規格外の後衛がいるためか、些か健輔は砲撃型以外を甘く見てる感じがある。
本人が万能系で使うのもほぼ砲撃型なのは無意識にそれが1番強いと思っているからだろう。
指導を受けたのが真由美だと言うのもあるだろうが、個人的に面白くない。
葵程ではないが、これでも自負はあるのだ。
「よーくご覧なさいな。先輩の偉大さをというのを代表して、教えてあげよう」
『準備はいいわね? 審判は私たち観戦組みがするので問題ないわよ』
『いつも通りにやってください。ライフは基準通り、障壁は申告の通りにです。顔面狙いはやめてくださいね』
『うんじゃあ、カウントいくわよー3・2・1――0!』
「あー始まったわね、優香ちゃんはこの試合どう見るかしら?」
審判をやっている最上級生2人とは別にゆったりと戦場を見守る葵と優香。
葵はわくわくした様子を見せながら、後輩に問いかける。
「連携は難しいから各個での対決でしょうか? 私ならそうしますけど」
「50点かなー、それって普通のことを普通にやってるだけだよ? 勝ちたいなら何事ももう一工夫しないとダメかな」
「工夫ですか……?」
「そうそう、今回は特に両方とも前衛・後衛できっちりわかれてるんだから簡単だと思うよ。ほら、真希側はちゃんとやれてる。別に、いつも通りやればいいのにねー」
「いつも通り……? ……あ、なるほど戦力を集中させて対応する、ですね? 個別に戦っても火力が減少するだけだから」
正解を引いた後輩にニンマリとした笑みを向け、葵は答えを引き継いだ。
「そうそう、別に細かく考えなくていいんだよ。人数が減っていても基本は同じ。集中して叩かないとね。なんだかんだと言っても戦闘は火力こそ1番大事だからさ」
一方的に狙われている健輔を視界に収めながら、葵は1人だけ前に出ようとしたらそりゃそうなると溜息を吐くのだった。
『健輔、残りライフ40%』
『真希、残りライフ80%』
開幕と同時に狙い撃つように集中攻撃が健輔を襲った。
ほとんどヴィオラを無視して行われたそれは、健輔に大ダメージを与えた。
ヴィオラは後衛の真希に対して攻撃を敢行しているが火力不足で攻め切れていない。
同じく健輔も、強力な物理型前衛のヴィエラを突破できていなかった。
相手は攻撃こそが最大の防御と言わんばかりに攻めてきている。
結果として、健輔が回避に集中ことになり、攻撃がヴィオラだけとなってしまい完全に殴り負けすることになっていた。
「クソ!!」
問題に気付いて、修正する。
とても大事なことだがそんな簡単に治るなら問題とは言わないのだ。
健輔の誤算は3つ存在した。
そもそも、遠距離で戦えるというレベルのヴィオラが本職の後衛と打ち合えるなどと想定していたこと。
2つ目は万能系の自分が本職の前衛に正面から勝てるなどと想定したこと。
3つ目は、本職の後衛がいない状況にも関わらず、深く考えず火力を分散したこと。
「そもそも、妨害されながら戦うなんて後衛には普通のことだった! クソ! 賢くなった気分だった自分に腹が立つ!」
今回の編成ならば、自分が後衛をやらないといけなかったのだ。
にも関わらず、なんとかなるだろうと分けた結果がこれである。
連携はできないだろう、だから分ける。
普通の発想ではあったが、どこまでの普通でしかなかった。
勝ちたいならもう1段階は必要だったのだ。
『落ちついてください、健輔様。確かに采配ミスかもしませんが、決定打でもなんでもありません。冷静さを失うと本当に負けてしまいますよ』
念話で後方からの思念が入る。
久々に自分に対する怒りで煮え切っていた頭が急速冷える。
そうだ、別にまだ負けてはいないのだ、いくらでも取り返しがつく。
「っ、すまん。熱くなった」
『いえ、それに各個の対応も間違ってはいません。ただ、完全に相手に読まれていのだが問題です。お姉さまの系統は予想していたのでしょう? その上でこの編成を選ばれたのですから対策はあるはずです』
「ああ、わかってる。よし、ヴィオラはそのままで頼む。俺が人形を用意するから、壁を頼む。お姉さんには劣るだろうが、気に入ってもらえると嬉しいよ」
『なるほど、それで前衛に行かれたのですね。……ふふ、わかりました。今度こそ私の本領をお見せいたします』
序盤は制されてしまったが、次はこうはいかない。
ポジションとしての連携は難しいが、系統として他者と合わせることなら自分以上はそうはいない。
お返しだ、と心の中で笑うのだった。
「ありゃ、これは困ったな。そっかヴィエラんでできることは一応健輔もできるのか。それにしても3体同時操作とは。こりゃ、妹ちゃんは伸びるだろうね」
真希の視界には水の巨人が3体構成されるのが見えていた。
後衛に配置していたことが、今度は向こうの利点となる。
距離がある場所ならば、ヴィオラはゴーレムの操作に集中することが可能だからだ。
これで、彼女は全力に近いパフォーマンスを発揮できる、ということである。
「なるほど、彼女を後衛に配置したのはこれを狙ってたのもあるんだね。うん、それでも正直微妙だと思うよ。きちんとした前衛・後衛が組んだ時とは爆発力が違うもん」
後輩の思惑はわかったし、なるほど悪くはない。
しかし、健輔が後ろに下がって後衛をやることによるメリットに優ってるとは思えなかった。
「ヴィエラん、岩をいっぱい頭の上に作って上げてちょうだいな。予定通り、まずは健輔から逝って貰いましょう」
『わかりました! ヴィオラちゃんのお人形はどうするんですの?』
「無視無視! 巨人の弱点は機動力がないことだよ? 防御力と攻撃力はあるけど悲しいくらい機動力がないから、仲間の補助がないとまともに戦えないからね。だから、補助する人から潰しましょう」
『はい、真希お姉さま!』
スナイパーは静かにその時を待つ。確実に彼を撃ち貫く、その瞬間を。
「よし、ヴィオラ! 全面に押し出してくれ!」
『了解しました。巻き込まれないように注意してくださいませ』
3体の巨人は己が役割を果たす為、指揮者たる少女の姉に襲いかかる。
ここから状況は動く、後はどれだけこちらに寄せることができるのか、健輔はその時を待っていた。
だから、だろう。
すっぽりと大事なことが抜けていたのだ。
健輔にとって、これは小さくとも始めて行った指揮官としての試合だった。
勝利のため、自分にできることを考えることと全体を見渡して勝利の布石を打つことは似ているようで異なるものである。
だから、ヴィエラが己のダメージも省みずに大量の岩石を上空に創造した時に彼はその狙いを読み切れなかったのだ。
落下してくる、岩石群を避ける。
「よし! ヴィオラ! 前衛を押し切って――」
攻勢に移ろうとしたその時、健輔の真下から放たれた1撃が勝負を決めるのだった。
『健輔、ライフ0%、撃墜判定』
「ありゃ、終わっちゃたか。まあ、仕方ないわよね。まだまだ自分だけで精いっぱいでしょうから割とよくやった方だと思うわ」
「葵さんはこの状況になるとわかってたんですか?」
粘りに粘る健輔にしてはあっさりと勝負が着いてしまったことを不思議に思いながら、もはや、決着がついた試合を横目に優香は葵に問いかける。
「経験値でしょ? 後は考え不足かな? 細かい作戦立てても実効できないかもしれないけどそれと考えることは別でしょ? 健輔が前に出たことといい、割とノリでやりすぎたんじゃないかしら。あの子、前衛の訓練なんか後衛と比べたらしてないも同然なのにやれると思って前に出て案の定やられたって感じだし」
「スキルが足りてなかったと?」
「優香ちゃんが優秀すぎる前衛ってことがすっぽり頭から旅立ってるのよ。むしろ、今までが上出来だったのよ? 明確な格上に一矢報いるなんて、普通簡単にはできないわよ」
万能系の多彩さもそうだが、真由美がうまく戦場に投入していた、そういう側面もあるのだと葵は語る。
それは、有効な局面でうまく使えるなら万能系は格上も取れるという証左なのだ。
だからこそ、健輔には敗北の経験が必要になる。
それも自分のミスで負けるような、わかりやすい完敗が。
「ハンナさんのところはバランスがいいわ。個々の役割がはっきりしてそれを組み合わせて力を発揮する、って感じのチームね。うちは個々の力を束ねるって感じだから、割とリーダーに影響されるのよ。真由美さんはよく纏めてくれてるわよね、本当に尊敬するわ」
「そうよー真由美に感謝しなさいな」
2人会話にハンナが割って入ってくる。
趨勢の決した試合には興味がないのだろう、後はサラに任せて面白そうな方へと絡んできたのだった。
「いろいろと考えてこのペアにしたりしてるんだからね? 1から10まで全部言ったりはしないから勝手にみんな学んでいってくださいってことよ。しばらくはこれの繰り返しだから覚悟しておくように」
「わかってますよーだ。そういうことだから優香も頑張りましょうね。負けても学べるけど勝った方が気持ちいいわ」
「はい! 葵さん、よろしくお願いしますね」
女3人寄れば姦しい、賑やかな観客を他所に試合は静かに終わりへと向かい。
『ヴィオラ撃墜! 勝者、ヴィエラ・伊藤真希ペア』
鮮やかに健輔は敗北することになるのだった。
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