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総合魔導学習指導要領マギノ・ゲーム  作者: 天川守
第4章 冬 ~終わりの季節~
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第333話『ライバル』

 健輔の魔力回路に、最適化された力が流れ込む。

 魔力を大量に注ぎ込むことはパーマネンス戦で行ったが、あの方法は魔力のロスが想像よりも大きく、結果としてパワーアップは制御できる範囲に収まってしまった。

 自爆を避けるために仕方がないとはいえ、勿体ないとは思っていたのだ。


「流石だ、優香。俺にはこの方法は思いついても実行する手段がない」


 自爆せずに、かつ限界を超える力を発揮する。

 中々な無理難題に健輔も答えを持っていなかったのだが、彼の相棒は一味違った。

 大量の魔力による覚醒ではなく、健輔にとって最も適合した魔力を流し込む。

 これによって、最高のポテンシャルを発揮した状態で、優香は理想を描いたのだ。


「これに応えないと、男じゃないよな」


 籠められた想いに胸が熱くなる。

 遠回りだったのか、それとも意外と速かったのか。

 本当にやりたい、目指したいと思えるものを自覚するだけでこれだけ大層なことになってしまったのは、健輔の落ち度なのだろう。

 優香だけでなく、きっとフィーネやクラウディアもハラハラしながら見守ってくれているに違いない。

 武雄などは、笑いながら最後を待ってくれているだろうか。

 瞼の裏に浮かぶ、多くの魔導師の顔に健輔は言葉もない。

 貫きたいこと――ずっと探していたものがようやく見つかったのは、彼らのおかげである。

 誰か1人でも、何か1つでも欠けていたら、佐藤健輔は今の形ではなかった。

 全ての出会いに感謝を捧げる。

 だからこそ、最後の敵にも容赦はしない。


「陽炎!」

『存分に。マスター』


 健輔が言うまでもなく、陽炎は姿を変化させる。

 戦場に残った最後の戦友、人でなくとも、その間にある信頼は揺らぎもしない。


「術式発動!」

『終わりなき新星』

「いくぞ!」


 開幕は派手に、いつも彼らのリーダーが示す在り方を後輩として受け継ぐ意思がある。

 リーダーの名を少しだけ貰い、純白の力は暴力として世界に顕現した。

 構え方、そして心の在り方に真由美の姿を幻視した者は少なくない。

 『終わりなき凶星』は確かにこの戦いが最後となるのかもしれないが、彼女が残したものはこれからも続いていくのだ。

 それを証明するためにも、健輔は最強に立ち向かう。

 この輝きに相応しい敵として、彼女は健輔を待っていたのだ。

 ここからが桜香の本領であり、お互いに未知の戦いとなる。


「天照!」

『……問題なし。全力稼働』

「言われずとも、最初からそのつもりです!」


 剣に集うのは漆黒の太陽。

 全てを塗り潰す極限の発露が、健輔の可能性を迎え撃つ。


「唸れ、『不滅の太陽』!」

『――発動、承認』

「さあ、私の敵よ! 私に刃を突き付けてみろッ!」


 白と黒。

 対極の輝きがお互いの存在を賭けてぶつかり合う。

 2人の中間地点でぶつかる閃光は、何かを主張するように点滅していた。


「押し切ります!」

「やってみろッ!」


 身体が軋みを上げている。

 悲鳴があちこちから鳴り響き、健輔の脳内を埋め尽くす。

 全てを塗り潰す暴力は、何の小細工もない。

 ただ圧倒的な力で正面からあるかもしれない可能性を消し飛ばすのだ。

 始まりにして既に格差は見えている。

 優香の献身を受けて、なんとか同じ領域に立ってもそもそもの器が違う。

 相手が歴史に名を刻む英雄のような存在ならば、健輔はせいぜいベテランの兵士とでも言うべき存在だ。

 そのようにありたいと思い、走り出したとしても生粋の英雄からは程遠い。

 現実は甘くない、とそんな事はわかっていたから、かつての健輔はエースキラーに己の役割を見出してそれで良いとしたのだ。


「クっ、やっぱり、重い……!」

『制御に全力を回していますが、幾分かのパワーロスが発生しています』

「わ、わかってる!」


 バカがバカな選択肢を選んで、順当に敗北する。

 つまり、この結末は用意されていた当たり前の光景なのだ。

 英雄ではない者が、英雄的な行動すれば末路は破滅であるのが当然であろう。

 有り触れた、どこにでも転がっている光景。

 仮にこのままいけば、そのようになるのは目に見えていた。

 しかし、アホになることを選んだ健輔はともかくとして、優香がこうなることを考えていなかったことがあり得るだろうか。

 健輔を支える道を選んだ蒼の乙女が、自分が落ちた後は知らない、などと放り出すような器のはずがないのだ。

 優香がその身を捧げて健輔を次のステージに導いたのは、手段を用意するためだ。

 彼女はしっかりとその後のことを考えていた。

 手段だけではどうにもならない。

 単純な話である、人は1人で出来ないことを他者と協力してこなしてきたのだ。

 餅は餅屋に。

 魔導の技術面――制御などに関するプロはしっかりと残っている。

 彼女たちのやり方で、健輔の仲間はまだ戦っていた。


『バカッ! 何を素直に魔力を制御しようとしてるのよ!』


 脳内に響く念話は、少しだけ涙声だった。

 バックスというのは戦いを見守る存在である。

 この戦いの全てを観察し、記録する者たちである彼女たちは、この試合を静かに見つめていた。


「っ、美咲?」

『ほら、さっさと制御を寄越しなさい。どんな魔力でも、なんとかしてあげるわよ。まったく、これだけ強くなったのに、何か不安なのはなんでかしらね』


 呆れたような、それでも嬉しそうな声で美咲は健輔に足りないものを差し出してくれる。

 エースになりたい。

 健輔は前に進み始めたが本物に勝てるほどの輝きはまだ持ち得ていない。

 だったら、手を借りればいいのだ。

 今までの道とは決別したが、何も使ってはいけない訳ではない。

 本当に大事なことを忘れてないように、健輔は健輔のやり方でエースを目指せばよかった。

 目の前に集中し過ぎて、すっかりと忘れてしまっていた最後の同期に詫びの意味も込めて、笑いながら健輔は言い返す。

 

「本当に、好き勝手言うな! 俺だって、初めてなんだから仕方がないだろう!」

『あっ、開き直りましたよ、こいつ! 早奈恵さんも何か言ってください!』

『構わんさ。だがな、健輔。1つだけしっかりと守れ』

「チームの名を汚すな、でしょ。わかってますよ!」


 心配性な先輩の言うことなど、この1年間でしっかりと把握している。

 白と黒はまだ押し合いを続けているが、身体も気持ちも軽くなった。

 ――戦える。

 それだけは今、ハッキリと自覚出来た。

 後はここからの話である。


「押し返すッ!」

『魔力制御開始。陽炎、私の制御を受け入れて』

『任せます。ありがとう、美咲』


 美咲と陽炎が健輔の魔力を武器として使えるように手綱を作ってくれる。


『健輔も立派に葵の後輩になったね! うんうん、香奈さんは嬉しいですよ』

『誠に遺憾だが、真由美ともそっくりだよ。限界を考えずに挑戦するアホの系譜に、本当の意味で仲間入りしたな』

「――それだったら、嬉しいですね! 俺も、ようやく一端の魔導師になれた気がします!」

『クっ、その返しもそっくりだよ。――いけ、次代のエースよ。私たちの力、最強のエースにしっかりと見せてやれ』

「了解ッ!」


 白が徐々に黒を押し返す。

 荒れ狂う暴力を先輩たちが、健輔の力として綺麗に整えてくれている。

 純白の可能性、自分だけの才能ではない。

 きっと、いつか全ての魔導師が同じことをやれるようになるだろう。

 それでも、今、この姿だけは間違いなく健輔だけのものだった。

 真由美が導き、葵が拓き、優香が押し上げてくれた。

 そして今、美咲たちが健輔を支えてくれている。


「――さあ、始めようぜ。九条、桜香ッ!」


 力を増す白に黒が対抗して力を上げる。

 限界を超えた両者は中間点で大爆発を引き起こした。

 それは、健輔の力が桜香に匹敵する領域に来たことを示している。

 不敵に笑う男に、女も満面の笑みを返す。

 力はお互いに示した。

 故に、ここからが本番となる。

 先制は、意外にも『不滅の太陽』九条桜香。

 誰よりも今の健輔を待ち望んいた女は限界を超えて、白き可能性に立ち向かうのだった。






 彼女の胸に宿った熱を他人は何と呼ぶのだろうか。

 この戦いを通して、彼女が考えていた1つの命題がそれだった。

 敵の成長を、完成を望んでチームどころか、妹すらも1つの駒として見立てて彼女は戦い抜いた。

 尊敬していた先輩も、なんとも癪に障る同級生も視界にすら入らない。

 強く、本当に強く、1点だけを見つめていたのだ。

 

「はあああッ!」

「陽炎ッ!」

『双剣、展開します』


 妹とよく似た双剣を構えて、意中の男性は桜香が思い描いた以上の姿で彼女に迫る。

 その瞳に自分がしっかりと映っていて、何処か彼女は安心した。

 敗北してから、健輔のことを考えなかった日は存在していない。

 全ての試合を見て、倒す方法を考えた。

 そして、彼女は気付いてしまったのだ。

 佐藤健輔の打倒は、それほど難しいことではない、と。

 彼自身が自分の存在を切り捨てることが出来ると判断しているのだ。

 倒す、ということを撃墜だと仮定した時に、これほど容易な存在はいないだろう。

 気付いて、思ったのだ。

 自分を超えた相手の可能性が、その程度のはずがない。

 その程度で終わるはずがない。

 全てはそんな子どもような想いが根本にある。

 そして、期待以上の姿で健輔は目の前に来てくれた。

 己の価値を見切ったエースキラーではなく、負けられないと叫ぶエースとして。

 桜香が思い描いた戦いは、ここで終わっている。

 彼女にとっても、この戦いは未知であり、胸が躍る戦いだった。


「終わらせます!」

「やってみろ!」


 魔力を纏った3つの剣が主の指揮で敵に放たれる。

 双剣は手数で優る分、どうしても威力に劣ってしまう。

 桜香の剣は威力で優る分、どうしても小回りには劣る。

 攻撃力と機動力。

 以前の戦いと立っている領域は異なっているが、構図としては似ていた。

 歴史は繰り返す。

 かつては3人がかりで意識を逸らして、健輔の怒涛のバトルスタイルの変化に押された。

 精神的に未熟だった時を思い、桜香は苦笑する。

 

「笑ってる余裕があるのか!」

「さて、それはどうでしょうか! 確かめてみればいいでしょう?」

「口が回るようになったな!」


 いくつもの戦いを見守り、こうして相対するのは2度目。

 負けないと桜香を見返す視線は半年前よりも研ぎ澄まされている。

 

「この程度ですか! いつまでも付き合うほど、私は気が長くないですよ!」


 何度目かの交差で健輔を弾き飛ばして、桜香は宣言した。

 健輔が何かを狙っているのは、瞳を見れば簡単にわかる。

 何かを確かめるように体を動かしていた。

 大方、自分の性能を確認しているのだろう、と当たりはつけてある。

 そろそろ、向こうも頃合いであろう。

 桜香も、この魔力に身体が慣れた。

 後は、実践で確かめるしかない領域に来ている。


「さあ、このままではないでしょう? 見せなさい。あなたの歩んだ道のりを!」

「勿論、見せてやるさ!」


 安い挑発に正面から応じてくる。

 そこに能力への見切りは存在していない。

 自分ならばやれる、と信じているのだ。

 根拠もなく、理屈もないがそれこそがエースの第1歩だった。


「随分と淑女を待たせてくれましたね。紳士としては失格ですよ、健輔さん!」


 言葉と共に魔力を刃の形に圧縮して放つ。

 1発、2発、3発と連続で放たれた攻撃を健輔は同じように魔力圧縮して迎撃してきた。

 感じる魔力の性質は、破壊系。

 魔力に対して最強の能力を持つ系統が桜香に牙を剥く。


「まだ見習いでな。何、これから良い感じのエスコートをするさ。泣いて、喜んでくれると嬉しい」

「――ほう、よく言いました。では、期待させていただきましょう」


 全てを撃ち落として、意味ありげな視線を寄越す相手に桜香も笑い返す。

 ――この程度か。

 今度は健輔が桜香に問い返している。


「今のあなたなら、きっと――」


 最後まで言うことはなく桜香は天照を構え直して、魔力を全身に纏う。

 待ちにまった瞬間がやって来たのだ。

 対等となった健輔を打ち破り、桜香は桜香を始める。

 ここが本当の再出発の場所だった。


「私のこの想いに、答えを下さい。あなたが期待通りの方だと、信じさせて欲しい」

「さあな、勝手な期待については、知らんよ。――ああ、でも」


 桜香の唐突な言葉にも、健輔は正面から向かい合う。


「後悔だけは、させないさ」

「――十分です。では、これが本当に最後の最後です」


 問答は終わり、桜香は待ちに待ちまった時を迎える。

 

解放(リリース)――!」


 彼女の宣誓に従い、魔力回路が制限を超え始める。

 身体の中に存在する5つの異なる経路。

 未だに全容は把握されていない未知の器官が主の命によって、ついに解き放たれる。

 5つ系統、全てを根本から融合して桜香は真実の頂に届こうとしていた。


『セカンドフェーズ、移行』

「お見せします。これが、今の私の全力で全霊です」


 漆黒が彼女の代名詞だった『虹』へと戻っていく。

 しかし、これは弱体化を意味しない。

 他の魔導師にとっての遥かな頂を、彼女は日常として獲得したのだ。

 体内の変化は感じ取れずとも、表に出た雰囲気だけで健輔は察することが出来た。

 自分がバックスの3人の力を借りて、ようやく安定させたものを桜香は1人で完全に抑え込んでしまったのだ。


「すげえ……」


 称賛の言葉が自然と漏れる。

 世界大会の決勝で待っていた女性は、彼が望んだ通り最強の敵だった。

 健輔のエースたる道、その門出を祝福するにしては大袈裟な存在であろう。

 圧倒的な才能、追い付いたと思ったら離される絶望。

 多くの凡才が膝を折る現実を前にして、同じような凡才は瞳を輝かせた。

 英雄に近づこうとして、膝を屈するのも凡人ならば、次の英雄を目指そうと駆け出すのもまた凡人だった。

 そして、走ることに関してだけは、並大抵ではない情熱がこの男にはある。


「最高だな! 九条桜香。いいぜ、あの時の続きをしよう。今度は自爆では終わらせない!」

「感謝します。ああ――ずっと、この時を待っていたんです」


 両者は既に力は掌握している。

 お互いに必要なのは、未知を恐れずに道を開拓する勇気だけ。

 そして、勇気に関しては少しだけ自信があるのが、佐藤健輔という男だった。

 自分に負けないことを勇気と言うならば、彼は勇気のエキスパートである。

 自分だけは絶対に負けないと誓っていた。

 『最強』のエースと『最新』のエースがぶつかり合う。

 この戦いの結末は、まだ誰も知らない。


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