第331話『同じ視線で』
全身を黒で染める桜香。
黒の輝きは禍々しく、全てを塗り潰す力に溢れている。
パーマネンス戦において、健輔が垣間見せた可能性。
皇帝が新たな時代の到来を感じて、敗北と感じた輝きと方向性こそ異なるが同じ領域にある力。
可能性を秘めた『純白』に対して、こちらは差し詰め全てを飲み込む『漆黒』とでも言うべきだろうか。
過程を違えて、異なる道を進んだ2人当然の如く、辿り着いた境地も異なる様相を呈していた。
漆黒の太陽、魔導を踏み潰す暴虐がついに姿を現す。
魔導というカテゴリ、その中で道を極めて頂点に立った王者を超える新しい光が産声を上げたのだ。
「はっ、なるほどね。これは、ヤバイわ」
驚いたのは、この試合で一体何度目だっただろうか。
もはや数えることを放棄した健輔の心には、よくわからない清々しさが宿っていた。
ここまで見せ付けられれば、認めるしかないだろう。
九条桜香は、やはり天才であり――怪物であった。
健輔の『純白』は最初から用意された道であるだろうが、桜香の『漆黒』は彼女が自分で切り拓いた新しい境地である。
クリストファー、フィーネもその内、自分の道を見出すだろうが、1番最初に其処に辿り着いたのは後発だった桜香となったのだ。
魔導の奥深さ、まだ見ぬ境地を健輔のような偶然ではなく実力で引き出している。
「気圧されている場合じゃ、ないよなッ!」
逸る心のままに、健輔は戦場を駆け抜ける。
叫んだのは恐怖を吹き飛ばすためなのか、それとも歓喜によるものなのか。
発した本人もわからぬまま、彼は『不滅の太陽』に挑む。
この戦いの主役は優香だと、自分で言った言葉を蔑ろにしていると理解していたが、それでも止まれないし、止まらない。
「陽炎!」
『魔力をバーストします』
「……ふっ、いいでしょう。まずは、一手。――お見せしましょう」
白と真紅の2重光。
健輔であり、真由美でもある今の彼は己に宿った先輩の力を十全に使いこなす。
魔力の加護が必要な部分に力を集めて、薄くても問題ない部分には相応の力で留める。
細かな微調整は、健輔が本物以上の力を発揮するために必要な小細工だった。
真由美と健輔の違いは、それを成すだけの手段があるか、ないのかだけ。
そして、豊富な手札と多くの可能性だけが健輔の武器なのだ。
極限に近い戦いでも、否、極限に近いからこそこの戦いは単純な形に帰結した。
「はッ!」
「うおおおおッ!」
正面からの斬撃のぶつかり合い。
健輔は真由美の暴力を正しく全て近接能力に変換して挑んでいた。
2重光は漆黒とぶつかり、最初の交差の瞬間に役目を終える。
「――やっぱりか!」
「我が身にも余る力ですが、あなたを倒すのに、使いこなす必要はありません!」
「傲慢なことを言うな。それに、大した自信だ!」
「事実を語るのが、傲慢だとは知りませんでした」
不敵に言い返す桜香の顔には笑顔が浮かんでいる。
健輔の渾身が桜香の『漆黒』と接触しただけで弾け飛んだ。
起こった事象はたったそれだけだったが、両者の格の差を示すには十分だった。
真由美の全てを十全に使いこなして、その上で工夫を重ねても桜香は力技で努力を粉砕する。
ましてや、あの『漆黒』に対抗するには必ず『純白』が必要になるだろう。
無論、健輔の力も、桜香の力も結局は魔導の延長線上にある力であり、いつかは普通になる特別である。
しかし、だからこそ、この瞬間――今だけは一手足りないのだ。
「パーマネンス戦を見て、私は1つ確信を得ることが出来ました」
健輔の魔力を接触するだけで破壊しつつ、桜香は高らかに宣言する。
パーマネンスの最後に見せた白の輝き。
あれが持っている意味を、使い手である健輔以上に桜香は理解していた。
真逆にいる存在だからこそ、その全容が良く見える。
「何を……!」
「それが、わからないようならば、あなたは私に負けますよ」
「――だから、何のことだよッ!」
叫びと共に攻撃を繰り出すが、桜香は難なく対処してみせる。
漆黒を常時展開している訳ではないため、まったく通用しないということはない。
それでも両者の表情を見れば、有利なのがどちらなのかは一目瞭然だった。
『マスター、どうしますか』
「……今はまだ、介入の機を窺いましょう。健輔さんが、何を選ぶのか。それを待ってからでも遅くないです」
優香は介入のタイミングを計っている。
危ういバランスで戦いになっている状況を迂闊に乱せば、結果として健輔を害することになってしまう。
それを理解しているからこその静止だった。
同時に彼女は何かを読み取ろうと、瞳に力を入れて2人の姿を視界に収める。
2人が戦う姿を見て、優香も自分の選択について思いを馳せていた。
「私は……どうなりたいんでしょうね……」
魔導機だけが彼女の迷いを聞いて、主の心を思い遣る。
3人の魔導師は、決戦の中で最後の選択が迫っていることを感じているのだった。
幾度目の交差だっただろうか、健輔と桜香の剣がぶつかりお互いの刃を弾き飛ばす。
勢い自体は、桜香の方に分があるのだが、何かを待っているかのような態度で攻めきらないことが膠着状態を生み出していた。
この状況、最後の戦いに至って手を抜かれる。
口から出てきそうになる怒りを必死に抑えるも、完全に成功したとは言い難かった。
無意味だとわかっていても、桜香を睨みつける。
「てめぇ……!」
「あら、攻撃が荒くなってますよ。怒りましたか?」
「くっ……!」
挑発だとわかっていても気分を害してしまうのは、健輔の未熟さ故でもあった。
能力の絶対値を抜きにすれば、葵が見抜いたように桜香は実に健輔とよく似ている。
正確には彼女が健輔に似るように自分を磨いたのだから、ある意味で当然の結末だとは言えた。
ここまでの戦いで健輔を評価もしくは、脅威として認めている魔導師は少なくはなかった。
最低でもフィーネとクリストファーの2人は、世間でいうような弱敵という印象は持っていなかっただろう。
しかし、彼ら2人ではここまで健輔に対して優位に立つことが出来ない。
万能系という系統への最適解は彼を力押しで倒すことだが、この方法を取るにはある問題が存在していた。
健輔を一瞬で、それこそ交戦した瞬間にでも脱落させることが可能ならば問題にはならないのだが、そこまで健輔も甘い相手ではない。
何より、彼に注力するということは結果的に健輔以外への注意が逸れるということでもある。
選択肢はそれほど多くないのだ。
健輔を放置して、他を圧倒してから彼を倒すか。
もしくは、健輔を倒してから周囲を倒すのか。
彼を主眼に置いた場合の選択肢など2つしか存在していない。
桜香と皇帝は前者を結果として選び、フィーネは後者を選んだ。
その程度の違いだが、その違いが異なる結末を呼び寄せる。
フィーネとは異なる解に達した桜香は美しい声で健輔のことを読み上げた。
「私があなたを研究した上で、至った結論があります。まずは、1つ目」
「なっ――!?」
正面にいる桜香が振るった剣が、突如真横から現れる。
空間転移したようにも見えるが、正面から迫る剣も本物の威圧感があった。
判別する時間はない。
瞬時に判断した健輔は、真横の攻撃を選択肢から除外して、前面へ全力攻撃を行うことを決めた。
死中に活あり、という訳ではないが、普通に避けるもしくは守るを選択すると負けるという直感が働いたのだ。
「陽炎!」
『魔力バースト』
主の行動を予測して、陽炎が魔力を一気に高める。
無謬の連携。
2人に齟齬はなく、行動は確かに完璧だった。
だからこそ、彼女にとっては予定調和に過ぎない行動となってしまう。
健輔の素晴らしい覚悟を、真下に存在していた本命の斬撃が嘲笑う。
「――舐めるなッ!」
『バレット展開』
しかし、その嘲笑を健輔は正面から受け止める。
ここまで至った魔導師として、簡単な小細工でやられるようなことはない。
そう主張するように、健輔は桜香へ宣言する。
「撃ち落とす!!」
気迫は十分であり、同時に完璧な返答である。
そして――完璧以上の返答ではなかった。
桜香はあっさりと迎撃を粉砕して真っ直ぐに進む。
健輔の前進は彼女の言葉を止める力も持っていない。
「――果断であり、あなたは前のめりに倒れるのを好む。このような危機的状況で選ぶ選択肢は必ず、達成確率が低そうなものになります」
激しい攻防の中で、桜香の冷たい言葉が響く。
そこには熱が存在していない。
彼女にとっては当たり前の事実を並べるだけの作業、しかし、健輔にとっては自分を暴かれる恐怖の出来事だった。
両者の温度差が奇妙に反映された空間で、焦る男の声と美しいが冷たい女性の声だけが響く。
2対1という数の利を上手く発揮出来ないままに、健輔は桜香の用意した流れに流されてしまう。
「くそっ! いや、まだだッ!」
背筋の震えを無視して、健輔は前に進む。
読まれていても関係ない、と改めて前進を決意する。
なかば自爆に等しい0距離での砲撃を以って、桜香の攻撃を迎え撃った。
「これで!」
「終わり、だと思いますか?」
放たれる2色の輝きは、桜香の攻撃を確かに留めることに成功した。
成功したが、奇跡はそこで打ち止めとなる。
黒い斬撃と拮抗するだけの魔力密度を生み出せたことは確かに素晴らしいことだった。
真由美の力と健輔の力。
2つの力が合わさって、最強にも抗する。
美談としか言いようがない話であるが、だからこそ簡単には実現しない。
「2つ目について話しましょうか。あなたの戦い方は、言うなれば弱者の戦い方です。状況、心理、全てを活用して勝利への道筋を作る」
桜香の声が響く空間で、健輔は必死に思考を巡らせていた。
事前に予想したことが、本番では役に立っていない。
今までとは違う戦場の動きに、健輔も『自分の出来ることをする』以外の選択肢を実行することが出来なかった。
「別にこれ自体は問題ないと思いますよ。むしろ、あなたの能力から考えれば当然のことでしょう。事実、あなたは成果を上げています」
フィーネ、クリストファー、そして桜香。
3強の全てを撃破した実績は誰にも否定できない。
しかし、だからこそ、今度はそれが健輔の弱点となるのだ。
桜香はその事をしっかりと見抜いていた。
誰よりも早く、ただ一心で健輔を見続けた彼女だけは健輔を過剰評価も、過小評価もしない。
「――ここで邪魔をする、ということはあなたも違和感程度は感じていましたか? 優香」
「優香!?」
「健輔さん、立て直しを! 傍から見ればわかります! 動きが全部、読まれてますよ!」
「っ、了解!」
桜香は背後から奇襲を仕掛けた優香の攻撃を片手で受け止める。
集まった漆黒の魔力が、優香の攻撃をただの少女が振るった攻撃へと貶めてしまい、ダメージを与えることは出来なかった。
攻撃を仕掛けた優香も、この光景を想像しなかった訳ではない。
止められるとわかっていながらも、敢行したことには理由があった。
「姉さん、あなたは!」
「……問答は終わったはずです。私は、健輔さんに勝利する。最初から言っているでしょう? 目的はそれだけで、狙いもそれだけですよ」
「私に、あなたの嘘が通じると思わないでください!」
気迫と共に双剣が動き出す。
健輔とリンクしている、つまりは真由美のパワーを得た優香は全てのバランスが高いレベルで安定した魔導師となっている。
凡百の魔導師を倒すのには何も不足はないが、この状況で相手が桜香の場合は敗北を意識する必要があった。
手数では確かに優香が優っている。
この1年間で成長した魔導師は健輔だけではない。
九条優香も、桜香の妹に恥じぬ領域まで駆けあがっている。
健輔が3強を撃破している故に、相対的に目立っていないが、ほぼ自分の能力だけで世界と戦える優香は桜香との血縁を強く感じさせる存在だった。
「その攻撃パターン、好きね」
「っ、やっぱり、私も!」
右から攻撃を集中させる――ように見せて、力を高めた斬撃を左から放つ。
単体でのコンビネーションとしては、優香が好むのがこの戦法だった。
双剣のメリット、左右どちらでも攻撃に使えることを活かした彼女の戦い方。
まだ未熟で粗い部分も多いが、この世界で磨かれた原石は確かな力を示していた。
「足!?」
「格闘戦にも手を出しています。まあ、葵には使いませんでしたが、あなたぐらいには十分でしょう?」
「――舐めるな!」
左からの斬撃を魔力を纏っただけの足で止める。
格を見せ付けるかのような戦い方。
必要以上に力を見せるのは、以前の桜香にはなかった在り様である。
姉の変貌の理由について、理由がわかる優香はなんとしてでもここで決着を付けるために前に進む。
優香にも確信がなかった奇妙な胸騒ぎ。
試合が始まる直前までに感じていた不安の正体について、ついに答えを掴もうとしていた。
「はあああああッ!」
「はッ!」
気迫と共に放った斬撃を桜香の1斬が切り払う。
魔力による強化も吹き飛ばす『漆黒』は強制的な真っ向勝負を強要してくる。
可能性を潰し、自らのフィールドに立つことを求めてくる今の桜香に、多少の絡め手は意味がない。
戦術、武術、経験、危地を脱出するために必要なあらゆる要因が彼女の前では役に立たない。
「優香!」
「……ありがとございます!」
1人で持ち得る技が効かないならば、最後は仲間の手を借りるしかないだろう。
離脱して態勢を立て直した健輔は、今度は後衛として優香を援護する。
今の桜香に魔力攻撃は効かない。
それは確かに事実ではあったが、何事にも抜け道は存在しており、健輔はその抜け道を突く天才だった。
「その能力、常時発動ではないはず!」
「優香が抉って、俺が拓く!」
共鳴して、高まる力。
2色の輝きが戦場を覆う。
染まらないのはただ1つ、漆黒の太陽だけ。
2人の連携を、桜香は冷めた表情で冷静に見つめる。
健輔はまだわかっていないらしい、と彼女は内心で少しだけ困っていた。
このまま優香との連携を普通に続けても、クォークオブフェイトは桜香に勝てない。
一方でこのまま順当に勝つのも桜香の望むことではなかった。
ただ勝つだけでは足りないのだ。
桜香の望む状況に持ち込むためには、まだ一押し足りない。
「……私の質問に答えない、ということがあなたの懸念を表しているのに。あなたは、私と違って嘘を吐くのは下手ね」
迫る攻撃をただそこにあるものとして見つめる。
剣すらも構えずに、桜香は意識を迫る砲撃へと集中させた。
睨みつける対象は、健輔の魔導砲撃。
力の差を、位階の差を見せるために桜香は力を誇示する。
「消えなさい」
真由美に劣らぬ健輔の砲撃が、内部から生じた黒い輝きによって消滅する。
「はあ!?」
「まさか、視界に収めただけで……」
驚愕の声を上げる敵の様子を無視して、桜香は静かに次の行動へと移る。
敵が未だに自分たちの状況を理解していないのならば、無理矢理にでも目覚めさせる必要があった。
「理解していないのなら、理解させる必要がありますか。まったく、面倒な話です」
彼女の望みを達成するためには、今の健輔では不足している。
桜香の望みはこの試合の中で公言している通り、『健輔に勝ちたい』だった。
その気持ちに偽りは何も存在していない。
ある前提を満たした上で、という言葉さえなければ、それは至極普通の願望だった。
九条桜香には個人的に成し遂げたいことがあるのだ。
そのために、結果として勝利が必要なのである。
「……やはり、優香を削ぐ必要がありますね」
健輔は今まで、幾度も不利な戦場をひっくり返してきた。
しかし、そのためには必要な要因がある。
無軌道に戦っているように見えて、その要因を桜香は潰してきた。
残るのは、後1つ。
自分の妹の存在だけだった。
「……そこまで上手くはいきませんか」
出来れば最後は2人を同時に仕留めたかった。
そちらでも桜香の目的は果たせると言えば、果たせたのだから。
決断して、決意を携えて前に進んだ。
それでも、こうして惑ってしまう。
桜香は自分の揺れ動く様に嗤ってしまいそうだった。
「――でも、勝利だけは必ず貰います。それは、もう確定したことですから」
試合の終局は近い。
お互いに札を出し尽くそうする状況の中、頼れるものはここまで築き上げた努力と才能、目的に対する熱量だけだった。
桜香だけでなく健輔と優香も、最後まで全力を絞り尽くすことを諦めない。
どちらの意思も折れないのならば、どうにかして相手を凌駕する必要があった。
全ての道筋を付けた女は惑う2人に剣で問いかけている。
彼女の妹は、自分の進む道に迷っていた。
彼女の恋は、決断した道とは異なる道を前にして迷っていた。
己の手ではなく、誰かと歩みたい妹と、やはり自分の手で切り拓きたい男。
答えなどとうの昔に出ているのに、もどかしい2人に姉として、先を行くものとして、せめてもの手向けを桜香は向ける。
後に魔導が新たなステージに進んだと認識される試合の戦いの最後は、そんな2人の決断から始まるのだった。




