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総合魔導学習指導要領マギノ・ゲーム  作者: 天川守
第4章 冬 ~終わりの季節~
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第329話

 真由美の渾身の攻撃。

 事前情報なしの0距離爆撃を受けて、周囲は煙に包まれる。

 見守る3人の魔導師たちは、複雑な心境でこの光景を見守っていた。


「これで終われば、楽だけどね」

「葵さん、まったく信じてないですよね?」

「そりゃあ、ね? 真由美さんは一矢は報いてくれるけど、勝てるとは思ってないもん」


 そもそもの前提として、桜香は純魔力攻撃に対して極めて高い耐性を持っている。

 真由美やハンナ、それこそ世界に数人しかいない最強クラスの後衛を結集しても、遠距離攻撃で彼女を倒すのは相当に厳しい。

 煙が晴れて、そこにほとんど傷を負っていない人影が見えたことで、3人は呆れたような表情を作った。


「ほら、やっぱりあれは怪物でしょう」

「いや、それは……」

「聞こえてますよ、葵」


 葵の失礼な軽口に対して、健輔が反論しようとしたが、先に割り込む声が聞こえてくる。


「あら、もしかして気に障った?」

「いえ……」


 魔力煙を吹き飛ばして、中から現れた輝ける太陽は、苦笑を浮かべて葵の言葉を肯定する。

 

「自分でも中々に驚きです。思った以上に、出来ることが増えたようですね」

「真由美さんの0距離爆破に干渉して、固有魔力から普通の状態に戻して、威力を下げたんでしょう? 固有化を解除出来れば、吸収も出来るものね」

「否定はしませんよ。まあ、流石にダメージ0とはいきませんでしたが」

「真由美さんを舐めすぎね。その発言は」


 葵の言葉に桜香は苦笑のみを返す。

 他ならぬ彼女が、その失敗を痛感しているからだ。

 吹き飛ばされた術式。

 およそ3割ほどダメージ、おまけに咄嗟の防御で消耗した魔力回路は中々に大きな負担となっていた。

 

「固有化まで防げるとは……」

「葵さん訂正します。あの人、化け物ですわ」

「でしょ?」


 言いたい放題の健輔たちに僅かに苛立ちを感じながらも、表面上はいつもの顔を必死に維持する。

 口元が少しだけ震えているのは、化け物呼ばわりは流石に心外だったのだろう。

 如何なる魔導師も及ばぬ領域にいる天才だが、彼女も女子高生だった。


「そ、そんなに簡単にやった訳ではないんですが」

「ああ、そういう問題じゃないから。ま、甘んじて受けなさいな。別に悪意はないわよ?」

「わ、笑い声を我慢しながら、言うことではないですね」


 真由美の魔力は固有化を発動しているため、本来ならば魔導吸収能力でも吸収することは出来ない。

 ある人物の固有の魔力、それ故に固有化と言うのである。

 本質的に同じものである通常の魔力とは毛色が決定的に異なっているものであり、桜香が真由美ではない以上、絶対に扱うことは出来ない。

 健輔もあくまでももう1人の真由美として力を使っているのであり、真由美の固有魔力を健輔が使っている訳ではないのだ。

 しかし、桜香の固有能力はその原則を超えようとしていた。

 理屈としては、魔断結界による干渉などを用いて、強制的に固有化を解除した、という形になる。

 それでも、そんなことが出来る時点で怪物というしかなかった。

 理屈の上では、皇帝の黄金の魔力すらも彼女の前ではただの魔力になってしまう。

 そんな危険性と可能性を秘めているのだ。


「さてと、おしゃべりはここまでにしましょうか。真由美さんがあなたの底をある程度、暴いてくれたしね」

「そちらが来るのならば、こちらもお相手しますよ」


 真由美からの横槍、と言っても試合である以上、何も問題はないのだが、先ほどの攻撃は1つの成果を齎していた。

 桜香の戦いで熱くなった心が、僅かだが落ち着いたのだ。

 これが吉と出るのか、凶と出るのかはわからないが、1つの変化であるのは事実であろう。

 そう、万全を超えた状態で健輔を倒したい、とそんな欲求が生まれるぐらいには、桜香が落ち着いたことには意味がある。


「――そうね、やりましょうか。ただ、相手は私だけ、だけどね」

「――止めませんよ。それが、あなたの選択ならば」


 葵は何も言わずに、健輔へ視線を送る。

 交差するのは一瞬、言葉もないやり取りだったが、彼は静かに頷くと、


「優香、行くぞ」

「はい。葵さん、ご武運を」

「はいはい。後は、よろしくねー」


 即座に離脱を開始する。

 距離を取っての仕切り直し、より言うならば葵を殿としての撤退戦だった。

 このまま闇雲に戦っても、桜香には勝てない。 

 葵と、そして健輔はそのように判断したのだ。

 誰か1人を犠牲にしてでも、能力に対抗する準備が必要となる。

 勝利のために、ここで切り捨てる1人を選択した。

 残る葵に、不安な気持ちなど存在していない。

 敵を見据えて、不敵に宣言する。


「その防御、突破する方法がないとヤバイわね」

「でしょうね。そのための、捨石となるつもりですか?」


 桜香は常と変わらぬ様子だが、どこか瞳に剣呑さがあった。

 彼女が戦いたい本命の存在は、葵の背後にいる男の後輩である。

 葵のことを認めているし、評価もしているが、負けるとは微塵も思っていない。

 1人で足止め、より言うならば時間稼ぎに来るのを理解した上で、受け入れたのはただ単に落ち着いた心が、健輔たちの更なる可能性を欲したからである。

 同時に、目の前の相手と戦いという欲求もあった。

 負けるとは思わないが、それでも負けるかもしれない、という可能性は常に付き纏う。

 藤田葵という女性の弟子が、それを成し遂げた以上、彼女が達成する可能性も0ではない。


「さあ、どうでしょうか?」

「あなたのその趣向はあまり理解できませんでしたが、今なら少しは共感できますよ」

「そう、あなたと相互理解出来て、私は嬉しいわ」


 2人の美女が笑顔で微笑んでいるのに、妙に重苦しい雰囲気が漂っている。

 同学年同士のエース。

 ただ1人、同年代で桜香に立ち向かうことを選んだ女性は、念願の機会を前にして魂を奮わせる。

 決戦の前哨戦として、これ以上ないほどに上質な戦いが、始まるのだった。






 葵がここで桜香と戦うことを決めたのは、健輔たちを逃がすためだけではない。

 桜香の諸々の行動から、彼女の戦い方が後輩に似ていると感じたのが最大の理由であった。

 初見の能力による奇襲。

 健輔が多用した戦法であり、かつては桜香を、此処に至るまでには皇帝や女神までをも沈めた必殺の戦法だった。

 それと雰囲気が似ているのだ。

 対策を知っている身として、座して結末を待つ訳にはいかなかった。

 

「ま、出すものは出してもらうわよ。私が相手だからね」

「……なるほど、仕切り直しよりもそちらが目的でしたか。仲がよろしいんですね」

「あら? 嫉妬かしら。あなた、コミュ障だもんね~」

「……それも、否定しませんよ」


 葵の言葉に桜香は僅かに羨望を覗かせてから、剣を構え直した。

 九条桜香は現時点の藤田葵には確実に勝利できる。

 結果だけ見れば、それは揺るがないことであり絶対の真実だった。

 しかし、過程に目を向ければ、それほど簡単なことではない。

 葵の在り方は彼女の先輩である真由美とよく似ている。

 前衛や後衛といったバトルスタイルの違いはあれど、両者が共に己の役割を完遂するということに関してはずば抜けた適性を持っていた。

 3強が相手だとしても葵も、真由美も、等しく同じだけの仕事が出来る。

 誰が相手でも揺るがない安定性は、彼女たちの高いレベルを示していた。

 だからこそ、ここで葵にはやるべきことがある。


「私の能力を、丸裸にするつもりですね」

「――さあ? どうでしょうね」


 赤紫の輝きが葵の身体を覆う。

 不敵な笑みは後輩にも受け継がれた自信の証。

 相手が誰であろうと極小の可能性でも勝つ可能性があるのが、藤田葵という魔導師である。

 ある意味では、その系譜の完成系として健輔が存在しているとも言えるだろう。

 葵を落とすには彼女を技量で上回り、圧殺する必要がある。

 桜香はそれを成せる魔導師であるが、それを行うには近接戦に応じる必要があった。


「いきます!」

「来なさいッ!」


 撤退した2人を意識から追い出して桜香は葵に集中する。

 桜香の身体の周囲には常時展開型となった『魔導吸収』が鉄壁の鎧として存在しており、魔断結界も問題なく展開されていた。

 マギノ・フィールドこそ砕かれてしまったが、あれを失っても桜香の手足をもぐには程遠い戦果である。

 真由美が戦場にいる間は再展開する危険性の方が高いため、最低限の防備ではあるが、それでも桜香の強さは大して変わらない。

 純粋な魔導攻撃に対して絶対の耐性を持つに至った彼女は、近接戦闘で打破するしか勝つための方法は存在しないのだ。


「はあああああッ!」

「温いッ!」


 桜香の魔力が籠められた斬撃を葵の拳が正面から迎え撃つ。

 この試合でも幾度も繰り返された光景。見慣れた景色だったもの。

 桜香は感慨や気迫こそなかったが、持てるスペックは完全に解放していた。


「えっ……」

「どうしたの、かしらッ!」


 にも関わらず、全ての防御を切り裂くはずの攻撃は何故か効果を発揮せず、相手の拳によって止められていた。

 固まってしまった桜香の隙を、容赦なく追撃の攻撃が襲う。


「どうして……!」

「惚ける暇があるのッ!」

「っ……!」


 葵については桜香もよく知っている、

 強さ、気質、その在り方。

 かつて同じチームに所属した同年代の強力な魔導師。

 2人はもしかしたら肩を並べて戦っていたかもしれないのだ。

 ライバルになるには差があり、かといって同格と呼べるほどでもなかった。

 縁はあったが深くなることのなかった両名だが、ここで、このタイミングでついに運命が交差する。

 どちらも負けられないだけの理由を背負っていた。

 桜香は1人でもやれることを証明するために。

 葵は、エースとしての責務を果たすために。

 勝利のために身を投げることを決めた葵を、目的を達成させることなく桜香は倒す必要があった。


「私と力が互角になったところで!」

「あら、別にそれだけじゃないわよ?」

「減らず口を!」


 何が起こったのかは理解出来なかったが、桜香は直ぐに動揺を捨てて、戦闘態勢に移っていく。

 能力への考察は頭の隅で続けて、今は葵と撃ち合うことに神経を尖らせる必要があった。


「……固有能力が原因なのでしょうが、一体、どれでしょうかね。可能性が高いのは!」

「ふふ、おしゃべりする余裕があるのかしら!」


 桜香は葵の固有能力に能力の絶対値を整えるものがあったことを思い出す。

 真由美がそうであるように、ましてや桜香がそうしたように能力の拡大解釈によって出来ることは大きく異なってくる。

 多数の固有能力を持ち、そのスペックを解放したからこそ、彼女にはその脅威がハッキリとわかっていた。


「それでも、勝つのは私ですッ!」


 目の前の雄敵に焦点を絞り、素早く撃破することを狙う。

 ここまで用いた能力だけで、早めに仕留めないといけない。

 現在フリーとなっている他の3名を放置することは危険すぎた。

 敵の能力を暴き、その上で時間を稼ぐ。

 困難なミッションに挑む葵を、桜香は躊躇なく全霊で粉砕することを決意する。

 この後の戦闘の趨勢を決めるであろう、重要な前哨戦は両者の激しい技の応酬となるのだった。






 この戦いで、葵が生き残ることはない。

 桜香に果敢に攻撃を仕掛けながらも冷静に葵は判断していた。

 持ち得るスペックの差、固有能力の特異さと多彩な使い方。

 言い方はあれだが、単純――つまりは単一能力でしかない葵では桜香の絡め手を正面突破するしかなく、それは桜香の土俵に昇るということを意味していた。

 個人という単位で見れば、勝敗は明確でありこの戦いには意味が存在しないように見える。

 しかし、大局から判断すれば、決して無意味な終わりなどではなかった。

 今の藤田葵では何をやっても、絶対に桜香に通用しない。

 それならば、最高のタイミングで使い捨てるべきだった。

 彼女は自分自身で、そのタイミングが今だと判断したのである。


「どこまで引っ張りだせるか。それが問題よね」


 後方で健輔たちが勝つための方策を整えている。

 葵の役目はここで桜香を逃がさず、かつ敵の切り札を引っ張り出すことだった。

 困難さは承知しているが、それぐらいで怯むような女ではない。


「わかったのは、まだ3つかな。怪しいやつを抜けば、だけど」


 まず『系統融合』だが、これは大筋の方向性は読めた。

 他の系統――まだ桜香が極みを見せていないものだと、遠距離系があるが、能力自体は真由美によって把握出来ている。

 これだけ情報があれば、健輔には十分だろう。

 故に『系統融合』は問題ない。

 『魔導吸収』に関しても同様である。

 かつては任意展開オンリーだったが、今は常時展開型も可能なようだった。

 これは桜香の実力が上昇したことによる影響だと判断できる。

 ここまでくれば、注意すべき能力は多くなく、最大の警戒を向けるのは番外能力にすべきだった。

 固有能力と同じように番外能力も以前よりも強大化している可能性は考慮する必要がある。

 戦闘の方向性を定めて葵は笑う。


「さて、頑張って引っ張り出しますか」


 真っ直ぐに行って、ぶん殴る。

 至極シンプルな葵の戦い方だが、やり方によっては桜香の方から様々な札を引き出すことが出来る。

 相手は手を変え、品を変えて葵を倒そうとするだろう。

 健輔のやり方を学習しているからなのか、良くない部分まできちんと模倣済みだった。


「はああああッ!」

「断ち切る!」


 以前の桜香はどちらかと言えば、健輔よりも葵に似ていた魔導師だった。

 シンプルな完成度を誇る故に、真っ直ぐ行って、それで試合が終わる存在だったのだ。

 それが、今の桜香は多彩な手札で相手を翻弄するタイプに変わっている。

 どちらが悪い、どちらが優れているなどの議論に、葵は興味はないが、1つだけ確かなことがあった。

 佐藤健輔と言う魔導師に、桜香は囚われている。


「甘い、力は大きくなったけど使い方は下手になってるわよ!」

「減らず口をッ! 額の汗は隠せませんよ!」


 口から飛び出た挑発は本音5割、強がり5割という配分だった。

 仮に桜香が自分の能力を十全に使いこなしているのならば、葵は1分と経たずに粉砕されているべきである。

 なのに、交戦を開始してから既に3分は経とうとしていた。

 世の中、というものは上手く出来ている。

 桜香は健輔から能力の拡張や、多彩な戦い方を学習した代わりに失ったものもあった。


「――全般的には、強くなっている。でも、ピンポイントの破壊力は前の方が上かしら。カウンターは結構対処が難しいものね」


 カウンター戦法は以前の桜香の戦い方だが、今の桜香は健輔のように積極的に攻勢を仕掛けて主導権を取りに行くタイプとなっている。

 この戦い方が、桜香には合っていないのだ。

 

「健輔のやり方……。ふうん、桜香にも可愛らしいところがあるじゃない」


 葵がこうまで桜香に抗することが出来るのも、何処かで見たことのある戦い方の影響は大きい。

 いろいろと考えているし、実際に能力も多彩なのだが、何処かで押しが弱くなるのだ。

 これは本来、健輔の戦い方が勝負を決めるためのものではないことも大きい。

 3強撃破などの功績で上手く目を逸らしているが、健輔は自分の実力で相手を撃墜したことは実際のところ、ほとんど存在していなかった。

 ヴァルキュリア戦で、単独でも強いところを見せたが結局のところ撃墜はしていない。

 相手を倒す戦い方、というものは桜香のコピー元である健輔にとっては、まだ研究中のものだった。

 忘れてはならない。

 健輔は地力不足であり、彼の戦い方はいろいろと誤魔化しているが、少なくとも現時点においては生存に主眼を置いた戦い方なのだ。

 攻勢防御を主体とした生存戦略に、桜香が適合するはずがないのである。


「そういう真っ直ぐなおバカさは嫌いじゃないわよッ!」

「唐突に人を馬鹿呼ばわりしないでくださいッ!」


 葵は表に出ているデータを纏めて健輔に送る。

 戦い方の端々に健輔の影響が見て取れるのがわかれば、向こうも対応し易くなるだろう。

 ならば、次に引き出すべきは桜香がまだ隠しているだろう能力についてだった。

 可及的速やかに引き摺りださないといけないのは、番外能力『魔力過剰圧縮能力』に関するものである。

 『オーバーカウント』――桜香が様々な形態を発現するのに使用する能力だが、本来は別の使い方があるはずなのだ。

 何もわかっていないのは、この能力だけである。

 それを引き摺り出すタイミングはしっかりと計算していた。


「チャンスは1回。健輔を鍛え上げたのが誰なのか。教えて上げないとね」


 桜香が焦れて、勝負を決めに掛かった時、葵の奥義を以って相手の切り札を引き摺り出す。

 不敵な瞳は、その瞬間だけを確かに見つめていた。






『健ちゃん、そっちは大丈夫かな?』

「はい、葵さんのおかげです」

『だったら良かったよ。さて、落ち着いたのなら、そろそろ本題だけどいいかな?』

「……はい」


 桜香の猛攻を捌きながら逆転の秘策を考える。

 流石にそのような離れ業をする余裕はなく、葵を捨て駒にしての仕切り直しになってしまった。

 陰鬱な感情が顔を覗かせそうになるが、今だけは脇に置いておく。

 全ては試合が終わってからの話だった。


『まずは結論からいこうか。私はこの戦いで、もう役に立たないよ』

「そう、ですね。その通りだと思います」

『ふふ、状況把握は出来てるみたいでよかったよ。じゃあ、私の活用の仕方はわかるね?』

「はい。……決戦術式を、使います」


 真由美の攻撃は全てが純魔力系のものになる。

 渾身の切り札すらも桜香に凌がれた以上、戦場に残っても足手まといにしかならない。

 そうである以上、真由美の存在は健輔が有効活用するしかなかった。


『あおちゃんが、なんとか最後の分は引き摺り出してくれるだろうけど……。わかってるね? 要は優香ちゃんだよ』

「余計なプレッシャーを掛けないためにも、この念話から外しているんですよね」

『うん。美咲ちゃんたちが向こうに繋いでる。……向こうも、同意見だってさ』

「俺でも同じ結論に至ります。……俺が、皇帝との戦いの最後のようになっても、あれには勝てないです」


 桜香の魔断結界と魔導吸収を併用した防御は、純粋な格闘戦以外の方法で突破するのは実質的に不可能である。

 皇帝の黄金光もあれの前には無力であろう。

 そうなると、構図がパーマネンス戦の時とは逆になってしまうのだ。

 同格の能力を備えた魔導師同士が正面から殴り合う。

 構図は同じだが、今度の場合は近接戦闘能力に優れているのは桜香であり、健輔ではないのだ。

 最後の意地を通すための攻撃も、勝利のために孤高を突き進む彼女に効果があるのかがさっぱり読めない。

 そうなると、やはり鍵は優香となる。

 健輔はそのように判断していた。

 しかし、


『ううん、違うよ。健ちゃん』

「へ?」


 他ならぬ真由美によって否定される。

 大まかな推測も同じで、結論も同じだが、ニュアンスが異なっていた。


『思っていることはわかるけど、とりあえずこれは認めなさい。どっちが残っても、今の桜香ちゃんには勝てないよ。1人では、あの子を止められない』

「それは……でも!」

『別に1人での事を想定するなって、訳じゃないよ。大事なのは心構えだからね』


 穏やかな真由美の声に、健輔は知らない内に余裕を失っていた自分に気付く。

 覚醒、そこからの逆転。

 健輔がどれほど豪胆であっても、動揺することは避けられなかった。

 

『わかるでしょう? 2人で、頑張って。負けてもいい、とかは言わないよ。でも、どんな結果でも、このチームは私の誇りだってことは忘れないで』

「……ありがとうございます。微力を、尽くします」

『うん――ごめんね。そして、ありがとう』


 真由美と最後の念話。

 今後、クォークオブフェイトというチーム、そして試合で彼女と念話をすることはない。

 そのことを心に刻み、真由美の全てを受け取るのだ。


「陽炎」

『決戦術式『クォークオブフェイト』起動します』


 最後のやり取りは終わり、健輔の心は急速に戦闘用に作り変わる。

 寂寥感はあるが、目を逸らすことはなかった。

 後輩の様子はきちんと見えているのだろう。

 僅かに笑みを浮かべながら、真由美は宣言する。

 そこには全幅の信頼があった。


『オーバーバースト、発動するよ』

『発動を確認しました。マスターー』

「ああ――いこうか」


 遠方で天に昇る光。

 流れ込む大量の魔力。

 かつてチームの総力で至った頂を、真由美は固有能力を使って1人で再現する。

 自爆する直前、その力の上限を消滅させて、どこまでも高めたのだ。


『いけます。魔力安定、複数の力を安定させて、取り込むよりもロスは少なかったですね』

「ああ、流石真由美さんだよ」


 もうすぐ戦場に残るのは健輔と優香、そして桜香の3人だけとなる。

 敵と同じ虹の輝きを纏い、健輔の可能性は孤高の太陽へ向かって翼を広げた。


「後は、葵さんだけか」


 準備は万全に、葵が引き摺り出す最後のピースを信じて待つ。

 世界大会の総決算。

 最後の戦闘は直ぐそこにまで迫っているのだった。


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