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総合魔導学習指導要領マギノ・ゲーム  作者: 天川守
第2章 夏 ~飛躍の季節~
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第32話

 魔導師2人での戦闘における距離とは実はルールで定義されていない。

 そもそも、魔導戦闘というのは全力やろうとすれば大きなスペースを必要とするのがその理由となっている。

 アメリカのように土地が余っているならともかく、日本の天祥学園ではそこまで場所を取れない。

 そのため空間技術を駆使して、少しだけ広くしたりと涙ぐましい努力が続けられている。

 その点、今回の合宿はハワイであり、海という広大なフィールドを敷地内なら自由に使えるため実戦と変わらない距離を取れるなどと良い事尽くめであった。


 そんな素晴らしい条件で戦闘を始めた健輔は突発的な出来事にあい、困惑していた。

 相手の砲撃がなかったため、ヴィオラは前衛の可能性が高い判断した彼は砲撃の準備をを行い発射しようとしていたのである。

 すると、前方の海面が突如、壁のように吹きあがったのだ。


 「何だ、あれ? 攻撃、いや、壁か?」


 困惑していたその時である、健輔の真下に位置する場所で海面から何かがもの凄い勢いで飛び出してくる。

 

 「ッ障壁!」


 真下からの接近を察知した健輔は慌てて障壁を展開するが、


 『ライフ90%』


 それを読んでいた相手は一枚上手を行くのだった。



 ヴィオラの先制攻撃より既に5分、完全に健輔は足を止められていた。

 後衛もいけるのだから殴り合えばいいはずだったのだが、真下から襲いかかってくる水弾の大群がそれを阻む。

 前進しようにも海が壁のようになっていて、進路を遮っている。

 足を止めて殴り合おうとすると貫通付与の水槍が飛び出してくる。

 幸い避けれる程度のものため、まだまだ余裕はあるが精神衛生的によろしい状況ではなかった。


 だが、いくつか情報を得ることはできていた。

 この攻撃方法から考えれば、相手の系統はおそらく、


 「操作か? でも、これだけ大量に細かく動かすなんてできないぞ。それにあの壁もだ」

 

 あれだけ大量に動かせば確実に魔力量が不足する。

 収束で補っているのも考えられるが、それにしても無茶がすぎる。

 何より、操作系はそこまで便利なものではない。

 魔力を流しんで浸透させた己の魔力で物体を操作しているように見せかけるだけのものだ。

 だから、術者は近くにいないといけないし、操作用の魔力糸が視認できるようになっている。

 ゴーレム操者などが前衛になっているのもそれが理由だ。

 仮に後衛の距離で操作などできるなら、一気に最強系統へと踊り出ているはずである。

 何せ戦いというものは基本的に遠距離の方が強いのだ。

 砲撃型がメジャーになったのもそれが理由である。


 「何か、からくりがある訳だ。それを解けって言うわけだな」

 

 面白い、チーム内にはいなかったタイプだ。

 系統を砲撃タイプに組み替えて、移動しながら攻撃を試みる。

 これで何かしらの反応はあるはずだ。

 海水の壁目掛けて、砲撃を叩きこむ!


 「いけーーーー!」





 「まあ、素晴らしい砲撃ですわ。お兄様」


 世辞ではなく、真実感嘆の思いが籠った呟きであった。

 攻撃に曝される中で砲撃を放てるとは思ってなかったのだ。

 普通、後衛は足を止めていることが多い。

 これは機動よりも威力と精確性に重点を置くからだ。

 練習量が垣間見える素晴らしい攻撃である。

 同じ1年生でここまで差がある、単純な力量では間違いなくヴィオラよりも上だった。

 しかし、それ故に健輔はヴィオラの獲物になってしまう。

 

 「お兄様は自分の可能性をご自身で狭められている。流石ですわ、ハンナお姉さま。本当なら私ごときあっさりと倒せるでしょうに」


 魔導は系統分けも進み、定石の構築もかなりのものが積み重ねられている。

 それは先人たちの功績であり、彼女たちを含めて多くのものがその恩恵を受けているというべきだろう。

 しかし、同時に先入観というべきものも刷り込まれてしまうものだ。


 「操作系、いえ浸透系は遠くで戦えない。でも、それって全ての可能性を試したものでしょうか? そこをお考えください」

 

 弱点がわかっているならそれを何とかしようとするのが人間である。

 ましてや、魔導は個々人の特色が色濃く反映されるのだ。

 役割が極めて狭い砲撃型魔導師ならともかく、他の前衛魔導師ならば系統が同じだが戦い方は異なるなどということは多々ある。

 

 「おいでませ、水の巨人。お兄様、こういう場所だからこそできることもあるのですよ」

 

 


 何もしてこないことを不思議に思っていたら、まさかの展開が起こっていた。

 健輔は彼女を収束・操作系と予想していたが海水で作られた巨人はその予想を裏切るものだったからである。

 一撃で蒸発したとはいえ、ゴーレムを生み出したということは彼女は創造系になるはずだ。

 いや、だがそれだと先程の真下から襲いかかってきた水鉄砲がなんなのかわからない。

 何より、小型の魔導弾のごとく大量の水球が投げつけられている。

 魔力を核として纏まっているため、投石されてるようなものだ。


 「なんなんだ? 実は3系統あるとかなのか!? 攻撃が多彩すぎるだろう!」


 魔導はその習熟能力の特性上、何かに特化していくものだ。

 一部の天才以外は間違いなくそれに縛られていて、天才以外での数少ない例外が健輔の万能系などになる。

 創造系もかなりの汎用性を誇っているがあれは創り出す者であり、攻撃を操作するものではない。

 優香を見ればわかるが魔力で刃を作ったりのするのがあの系統だ。


 「巨人、水弾、突然吹きあがる水槍、後は壁。魔力で作ってるならわかるはずだ。じゃあ、操作か? どうやって魔力を流してるんだよ!」

 

 このままだと負ける。完封などというのは流石に勘弁して欲しい。

 考えろ、混乱するな。

 必ず弱点がある、おそらくそれをうまく隠している。

 惑えば向こうの思惑通りに進むはずだ。

 冷静に怒れ、敵を見極めろ。万能系を使いこなすには必ずそれが必要になる。




 「健輔もよく動きますね、ヴィオラちゃんも凄いわ。あの1発目から仕込んでるんですもの、騙されても仕方ないと思いますよ」

 「遠くから見た時は冷静よね。葵? あなたは真由美も頼りにしてるんだからいつまでも戦士をやってたらダメなのよ? 視野を大きく持ちなさい。それができると思ってるから真由美も頼んでるんだから」

 「……わかってますよー。もうちょっと先輩らしく頑張ろうと最近思ってますから大丈夫ですよーだ」


 少し離れたところで模擬戦を見守る2人、ハンナと葵は休憩がてら健輔の戦闘を観戦していた。


 「あなたの弱点は機動力。それを補うには全体的な動きをみる視野を養うしかないわ。どんな火力も当たらないと意味がない。優香と戦ってわかったんでしょう? 真由美や私の火力は遠距離だからこそ輝くものでもあるわ」

 「わかってます。問題は、近接戦に持ち込むまでなんですよね。持ちこんでもあっさりと逃げられたら意味ないですし、本当に困った系統にしちゃいました」

 「棒読みで言っても説得力ないわよ。その弱点を解消してくれるのがあの子なんでしょう? あなたも真由美もお気に入りみたいじゃない。まだちょっと頭が固いところがあるけどね」

 「そちらのヴィオラちゃんは頭が良いですね。戦局を打開できるタイプじゃないですけど」

 

 健輔の万能系は文字通り地力が足りない以外はなんでもできるから万能なのである。

 彼はその部分を杓子定規で捉えてる面が強い。

 それでは万能系の特性も大きく制限されてしまう。

 正々堂々、正面からなどいう戦い方ではあれは器用貧乏で終わってしまうのだ。

 逆にヴィオラは柔軟な発想でうまく逸らしているが、邪道に精通しすぎて正道をうまく扱うことができない。

 元々、彼女は姉であるヴィエラとセットで運用するのが正着であるため仕方ないこととではあるのだが、敵がそんなことを考慮に入れてくれるはずはなく。


 「健輔はあれで王道好きですから。チームへの貢献で自爆して相手を落とすって言うのを選んでるのは割り切りの良さとかもありますけど、同時にヒーロー願望も交じってますもん。かっこいいですし、非難しづらいですからその理由だと」

 「性格までヴィオラが好きそうな感じなのね。性根が捻じれてる子ほど真っ直ぐな子が好きなものだから。戦い方にもそこがよく出てるわ。でも、邪道は王道を知った上じゃないと効果が薄いし、可能性を狭めるのよね」


 「それを教えようにもハンナさんのチームは個性低いですもんね、苦戦してかろうじてとかじゃ学習しないし、ハンナさんに負けた場合も仕方ない、と誤魔化してしまう」

 「悪い組み合わせじゃないわ。どっちが勝つのか楽しみね」

 

 ハンナの言葉通り、戦局が動こうとしている。

 彼女らには健輔が防御を捨てて攻勢に移ろうとしているのが見て取れていた。




 不利になるにつれて思考が澄み渡っていた健輔が最初に感じた違和感は攻撃の激しさの割に気迫が薄いということである。

 偶に危険なものがやってくるが、ほとんどは大した迫力を感じないのだ。

 相手を撃破する、という意思が希薄な攻撃そこに何か秘密がある。

 海から飛んでくる槍と、飛ばされてくる水弾、はては巨人のパンチと攻撃に曝されながらも必死に避ける。

 

 「巨人は吹き飛ばしても復活するし、壁も同じ。水弾は大したことないが槍がやばい」


 そんなことを呟いていると槍が障壁を貫通してくる。


 『ライフ60%』


 魔導機からの報告に苦い思いをしながら、打開策を考える。

 障壁突破が付与されている槍がまずい、後は巨人だろうか。

 いいように翻弄されている状態にいい加減イライラは募っている。

 貫通攻撃は障壁を素通りしてダメージを与える技術である。

 操作系が得意としてる攻撃であり、相手の魔力と接触した際に効果を無力化するというものだ。

 それが使えるのだから、相手が操作系であるのは間違いない。


 「そんなにダメージはないけど受け止めたのに、ダメージがあるのがうざい」

 

 既に4発、いずれも障壁で止めたがそれを突破されてのダメージだった。

 魔力を中和に用いるためダメージは大したことがないのだが、チマチマ削られるのも癪に障る。

 

 「……待てよ? チマチマ?」


 貫通攻撃が使えて、大量の弾幕が張れるなら一気に攻撃すればいいものをどうしてこんなチクチクと刺すような攻撃になっている。

 それこそ100発も貫通攻撃を打ち込めば撃墜くらい簡単だろう。

 

 「……はあん、なるほどね。そうか、そうか。そういうことね、すっかり騙されてたわ」


 系統を高機動型にセットする、身体をメインに創造と収束サブに置く。

 障壁はカット、全てを機動に回して相手に突撃を仕掛ける。

 

 「うまいやり方だな、今後は参考にさせてもらうよ。なるほど、確かにバカ正直にやる必要はないよな」

 

 本人にしかわからない納得を胸に、健輔は弾丸のごとく相手の陣へと突入を開始した。

 

 


 彼女が進めていた劇は台本通り進んでいたし、事実として彼女の側に不手際はなかった。

 ハンナからヴィオラに伝えられたことは、健輔をヴィオラの戦い方で撃墜することである。

 思い切りがよく、王道を好む戦い方は悪くはないが地力に劣る万能系でそれをやっていると早晩行き詰る。

 悪く言えば、健輔は素直な力押しが多いのだ、自爆などその最たるものだ言えるだろう。

 絡め手で戦うヴィオラはそういう意味では相性が悪かった。

 

 「そろそろ、お気付きになられたようですね。流石です、お兄様」

 

 4発、攻撃を当てた時点で予感はあったのだ。もしかしたら、と。

 案の定、しばらくしてから彼女の仕掛けに気付いたのか突撃体勢を取っている。

 こちらが作っていた見せかけの壁を粉砕して、近接戦の距離まで健輔はやってきた。


 「悪いな、少し時間が掛った」

 「いいえ、むしろよく気付かれたと思います。よろしければお気付きになられた理由を教えていただいても? これでも1番自信のある演目だったのですが、こうも簡単に見破られるとは思いませんでした」

 「それは考え方の違いだろ、あんな戦い方で貫通攻撃ができるんなら、俺なら無数の弾幕でそうそうに決着を付ける。お前が相手を嬲りたいとかいうタイプの可能性もあるが、魔導戦でそんなもの無用だからな。そこから考えたら、なんとなく答えがわかった」

 「なるほど、攻撃を激しくしすぎるのもダメですのね。ありがとうございます、改善点が見つかりましたわ。もう少し試行錯誤してみたいと思います」


 チーム内での模擬戦では左程問題にならなかったことも、実戦ではやはり穴があった。

 もはや勝率は2割程まで下がっているが、諦めるのは相手に失礼だろう。

 

 「タネがばれてしまった手品師ですが、最後までお客様にお楽しみいただけるように努力しますので、お付き合いいただけると嬉しいです」

 「よく言う、この距離ならそれ、ちゃんと見えてるぞ。やる気満々じゃないか」

 


 

 その言葉が合図となったのか、笑顔のままの少女は僅かに腕を動かして見せる。

 左右合わせて10の指の先端から魔力糸が見えていた。

 健輔は背後で大きくなる気配に笑みを漏らしながら機動戦に入る。

 急上昇を行い、下を確認すると巨人が拳を振り抜いていた。

 ゴーレム生成が創造系のものとされているのは操作系ではイメージが難しいからだ。

 自分で巨人を作ってそれを操作するのと、そこら辺のものを材料に自分で全て操作して人型するのなら前者の方が簡単であり、後者はそんなことができるなら先程までのように弾幕でも作った方がいい。

 

 「注ぐ魔力の量で、操作性と強度を変える。人間どうしても、見た目に縛られるからな。確かめてみないと実際にどうなってるかなんてわからない。魔力糸も大元から分割させて魔力量を絞って細くすれば見えなくなる。よく考えられてるな」

 「お褒めいただいて嬉しいですが、まだ真髄は見せておりませんよ? 拙い技ですが、是非最後までご照覧ください」


 水の巨人が爆発する。それに合わせて大量の槍が健輔へと襲いかかる。

 普通に考えれば、魔力糸の数である10程度しか操作できないはずにも関わらず、最低で3ケタは操作されてるのが見える。


 「どうやってるんだよ、10でも普通イメージできんぞ」


 魔力を集めて、刃の形で周囲をなぎ払う。

 1発の威力は大したことがない、既に健輔はヴィオラの戦い方にある程度目星を付けていた。

 早い話彼女は正攻法に弱いのだ。

 今もそうだが、大量の操作を行っているように見せかけている可能性が高い。

 木を隠すならば森の中だ、それを実践している。

 

 「主導権を離さない、本当にいい勉強になったよ。――だから、そろそろ終わりだ」


 まだ、何かを隠している可能性は大いにあるが、関係ないだろう。

 彼女には火力も、そして防御力もないはずである。

 だから、全開の砲撃を持って直接粉砕すればよい。


 「終わりだ!」

 

 立ち止ったことにより、いくらかダメージを貰うが予想通り致命傷からは程遠い。

 チャージされた砲撃はヴィオラを射線に収めて放たれる。

 彼女にはそれをどうにかする力はなく、その一撃が幕を引くことなったのだった。




 「ヴィオラたちも終わったみたいですね。後はヴィエラと真希ですか。そろそろ休憩は終わりでしょうか」

 

 ハンナたちとは逆側で練習を行っていた優香とサラは先程決着がついた戦闘について意見を交わしていた。


 「葵は視野の確認、健輔は系統の使い方について、真希は物量の捌き方。そして優香、あなたは不利な相手との戦い方。そんな感じで分けてるのですが、ご自分ではどう思いますか? あなたと健輔の弱点は思いのほか似てますよ?」

 「ありがとうございます、すごく勉強になりました。同じ学年であそこまで系統を使いこなしている子がいるとは思ってみなかったです」

 「ちょっと、ずるしてるんですけどね、あの子は才能があるのもそうなんですけど最新研究の試験メンバーに志願してるのでちょっと裏技を使ってるんです」

 

 サラの茶目っけを含んだ物言いに首を傾げる優香。

 別に卑怯でもなんでもないだろう、与えられたものを使いこなしているのならばそれは本人の努力によるものはずだ、優香の顔にそう書いてあった。

 不思議そうな優香に笑いながら、サラはタネを明かす。


 「多重思考試験って言いましてね。多分、この分野はアメリカが1番進んでるんで卑怯だってことです。最近は各国の得意分野もはっかりと分かれてきましたからね。優香はそれも実力だと言ってくれるようなので安心ですが、人によってはずるいと言う方もおられますから」

 「はあ、そのよくわかりませんが、健輔さんも別に怒らないと思いますよ」

 「それならよかったです。じゃあ、そろそろ合流しましょうか。あなたも自分のスタイルというものが見えてきたみたいですし、一旦集まった方がいいでしょう」

 「はい、ご指導ありがとうござました」


 1礼して健輔のもとへと行く優香を見送り、サラもハンナの方へと向かう。

 下の世代の成長にうかうかしてはいられないなと、サラも改めて気を引き締めるのだった。


最後まで読んでいただきありがとうございます。

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